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44.帝都(世界の終わりまであと22日/5)

 リアルに物語なんてない。


 綺麗な答えなんて、

 幸せなだけの結末なんてあるわけない。


 だから人は物語を創る。

 でもそこでも、その世界でもわたしは思う。


 物語なんていらない。

 そんなものどこにもない。


 たとえ世界が本物だろうと偽物だろうと。

 わたしはわたし。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 それ以外にはなれないし、なりたくもない。


 わたしはわたし。ただそれだけの存在。

 でもそれだけの存在──なのだから。



前回のあらすじ!

 気がつくとそこは懐かしの大学病院。

 でもわたしはゲームキャラのユナキで、

 同僚はあのチハヤくんで。

 しかもそこへ運ばれてきた急患は──

 え、ユキくん!?


 ──と思いきや場面一転。

 最終章の廃聖堂前。

 葬式饅頭のおかげ(?)で

 人の姿に戻ったチハヤくんとユキくん。

 しかも二人とも、なぜかわたしと同じ

 がるどあ周年記念リングをつけていて。

 でもそこにあのドラゴンが現れて、

 今度こそ本当にブレス一発!

 ……もしかしてまた瞬殺ですか?


 始まります!


 くんくん……


 くんくん、くん…………


 どこからともなく、いい匂いがする。


 それは、焼きたてのパンの匂い。

 ふんわりとした、朝の匂い──


 ぐう、とお腹が鳴った。


「……おなかすいた」 


 ぷっ、と噴き出す声。

 同時に、しゃっと鋭い音がして閉じた目の向こうが明るくなる。


「う──んん?」


 うっすら開けた瞳が、緩やかに日差しに温められるように、ゆっくりと焦点を結んでゆく。


 やっと開いた目を、大きな灰色の瞳がのぞき込んでいる。

 その左右に突き出した三角形の耳と、朝の光を透かして輝く赤髪のツインテール。


 少しだけ日焼けしたような浅黒色の顔には、でも笑顔はなくて。

 わたし──「ユナキ」が目を覚ましたのを確認すると、さっさと背筋をのばして離れてゆく。


「えっと……ここ、は?」


「宿よ」


 そっけない答え。


「宿?」


 ユナキはゆっくりと半身を起こす。


 編まれたままの三つ編みがちょっと緩んでいた。

 あとで編み直さないと、と思う。


 魔法仕掛けのリボンはそうそう緩まないはずだけど。

 やっぱり安い魔法とか使われてたんだろうか──って。

 

 あれ? ユナキは──「わたし」は、そんな話、いつどこで聞いたんだっけ?

 だめだ頭がうまく働かない。


 それに、この「ユナキ」と「わたし」の視線が交錯する感じ……


 自分自身を外から眺めているような、でもそうして見られている自分もまた、やっぱり自分自身で……


 たとえるならそれは、夢の中の自分自身を見ているような。


 前にもあった、この感覚は──


 そんな「わたし」の思いをよそに、視界の中の「ユナキ」は、ベッドの上で起き上がろうとしている。


 ぎしぎしっと軋む寝台(ベッド)の音。


 それは隣に並ぶ空の寝台と見比べるまでもなく、シンプルな木製で。


 ざっくりした手触りのキルトの上掛けも、どこか湿っぽい。


 その下は、薄手のミニワンピース風インナー。

 ちなみにニーハイは、ベッドの足元側にかかってる。


 自分で脱いだ記憶はない。

 同室者がしてくれたのかな、ユナキは思う。


 二つのベッドの間にあるロウソク立てに置かれた丸眼鏡をとってかける。


 ほんのちょっとだけ見やすくなった視界(ほんと細かい……これほんとに基本無料のゲームか?)で、改めて部屋の中を見回してみる。


 扉の隣のハンガーに白マントがかかっていた。

 軽アーマー付きロングブーツもその下できちんと並んでいる。


 それ以外のシャツとスカートは、向かいの壁にかけてあった。

 色あせた、それでもつる草をイメージした模様が描かれた壁。


 あとは、これもかつては真っ白だったはずの陶器製の水差しと洗面器が置かれた洗面台。

 

 ベッド二つでいっぱいの部屋は、すべてが相応にくたびれていて。

 でもどこか懐かしくもあり、パンの香りと相まって、どこか安心させてくれる。


「えっとナナセちゃん、だっけ、ここにはあなたひとりだけ?」


 扉の前に立って──というかそこしか立って歩けるスペースがないけど──真っすぐにわたしを見つめている「女の子」に声をかける。


「ほとんど初対面のヒト族の子にちゃん付けされるような歳でもないんだけど──なんで?」


 いきなり名前を呼ばれたせいか、どこか試すような、探るような。そんな瞳で見返してくる。


「いや、うん、さっきね。誰かが笑ったような気がして」


「そりゃ寝言でもいきなりはらへった、とか言われたらね!」


 つん、と体全体をひねるように顔を逸らす。


 インナー代わりらしい、それなりに豊かな胸の下に切り返しのある生成りの膝上丈ワンピースの裾が、ふわっと揺れる。


 素足の細い太ももがちょっと寒そう。

 夏なのに──いや「ここ」は違うのか。

 

 返す言葉もなくただじっとその姿を見つめているユナキに、彼女は何かカン違いしたのか、


「笑われて当然でしょ。笑わせるあんたの方が悪い」


「ううん別に非難してるわけじゃなくて……だってほんと、いい香りだし」


 ユナキは目を閉じてくんくん、と鼻を鳴らす。

 リアル世界のそれとほとんど変わらない、香ばしい香り。


 ちなみにユナキ──リアルのわたし(ユキナ)は、どちらかといえば朝はパン党だ。


 本当に時間がなくてもそのまま齧って出られるし。

(パンを口にくわえたまま走るなんてマンガな事態をほんとにやった人は手を上げて! 友だちになろう!)


「安宿とはいっても一応は帝都で営業してるんだし、それくらい当然でしょ」


 たとえ最下級の安宿でも、ちゃんと焼きたてのパンが出る。


「じゃないとここじゃやってけないし。ま、のんびり食べてる暇があればいいけど──」


 待った、と手を上げるユキナ。


「帝都──? って?」


「帝都は帝都でしょ」


「ええと……」

 

 だめだどこかの誰かさんのせいで、帝都といえば「歌劇団」しか思いつかない。

(子どもの頃一緒に朝まで遊んでったっけ)


 困ったように笑うユナキに、ナナセちゃんも開き直ったように、


「レアルアーシア魔導帝国の帝都ガルデン!」


「ごめんわたし、何も知らないの」


 素直に言う。


「もしかして、刺使徒(エクスブレット)にされたとき、他の記憶も全部無くしちゃったとか?」


「えくす? あー……うん。それのせいかも?」


 そういえば、ちらっとだけ読んだがるどあのキャラ設定でも、主人公についてはそんなことが書かれていたような(ちゃんと読めって話だけど)。


「あたしの名前は憶えてたくせに?」


「それはほら、配信とかキャラ設定とかで見てたから」


「……はい?」


「あーいやいやいやいや、こっちのこと! です! はい!」


 思いっきり眉をひそめて腕組みしてたナナセちゃんんは、ユナキを睨むようにしたまま、


「とにかく、記憶がないってのは困るんだけど」


「だよね。ほんと、わたしも困ってて……」


「違う、あたしたちが困るって言ってるの」


「へ? なんで?」


 とそこで、ごんごん、と安っぽい音。

 誰かが外から扉を叩いてる。


「──お嬢さんたち、まだ寝てるのかな?」


「クロウ? もう起きてるわよ! すぐ行くから下で待ってて!」


「わかった」


「あやつの『すぐ』はまったく信用ならんがな」


 扉へ向き直ったナナセちゃんは、その野太い声へ、


「グゲン! あんただって一度食べ出したら全部食い尽くすまで動かないくせに!」


「食い物の話なら負けねえぞ!」


「誰がしてるか! さっさと行っちゃいなさいよ! あんたがそこにいたら出られないでしょ!」


 もうほとんど怒鳴り声のナナセちゃん。


「クロウ、早くそいつ連れってって! 服着たら行くから!」


「わかった、じゃあ食堂で!」


「はいはい!」


 扉にもたれかかってふう、と息をするナナセちゃん。

 

 ていうか、今の二人は、もしかして──

 けれどユナキが何か言う前に、ナナセちゃんが、


「そんなわけだから、あんたもさっさと服着ちゃって。髪直すなら手伝うから」


 ナナセちゃんは、壁にかけてある自分の服を手に取りながら、


「ああそれと、もしあたしたち以外に誰か見えてるなら、先に言って」


 ぎくり。


「いやだから最初からそんなもの見えてないけど──なんで?」


「それきっと呪いだから。あんたか、あたしの命を狙ってる刺使徒(エクスブレット)の」


「呪い……?」


「誰かさんがユユリコ姫の暗殺に失敗したから。しかも普通ならその場で処分されてるところを、こうして生き延びてる。暗殺団としちゃ放っておけないでしょ」


 そういえばそんなことがあったような─って。


 思い出した。

 前にも、こうして「ゲーム世界の中の自分」をいわゆる「神の視点」から眺めてた時があった。


 あの時もいきなり最終章とは違うがるどあ世界──それが始まる前の「本編」序章へと飛ばされて。


 そこでは記憶を奪われた使い捨ての刺客──「刺使徒」として、お姫さま──空色ツインテ髪の「ユユリコ姫」の暗殺をさせられそうになっていた。


 そんな「ユナキ」を助けてくれたのが、彼女──「ナナセちゃん」を始めとする「仲間たち」だった。


 ということは、やっぱりここは、またあの最終章前のがるどあ世界で。


 そして扉の外で声をかけてた「クロウ」さんも含めて、みんな最終章から見れば過去の──「本編」で出会うキャラクターたち。


 けれどあの時ユナキがいたのは、聖王都と呼ばれていた。しかも夜。

 対して今は朝の帝都。


 どうやらこれは、序章とはまた別のイベントシナリオらしい。


「わたし」は、まだベッドに座っているユナキから「部屋の外」へと意識を広げてみた。

 ユナキからの見た目だけじゃ不可能な、俯瞰的な視点で宿の中が見える。


 廊下をゆく、青い長髪をポニーテールのように縛っている青年(と呼ぶにはまだちょっと早いかも)。

 その後ろで、廊下一杯の体を揺らして歩く老戦士。


 他に人影はない。

 

 銀狼の魔剣士チハヤくんや、「わたし」の弟ユキくんはいないらしい。

 ならやっぱり過去のがるどあ世界……ってことで確定か。


 ちなみにどちらも、バトル時のような防具も武具もない。

 いたって「普通」のシャツとパンツスタイル。


 これが普通のゲームなら、たとえ宿屋の名かだろうがフル装備の戦闘装束で闊歩してるところなんだろうけど。


 そこは一応リアル寄りなだけあって、そのあたりは考慮されてるらしい。


 もっともすべてのゲーム要素をリアルに落とし込んでいたら、それはそれでけっこう面倒な問題が起こりそうだけど(大量の各種アイテムやゲットした武具の保管場所とか)。


「何ぶつぶつ言ってるの? ほら急いで! 髪半分やったげるから!」


 まだベッドに座ってるユナキの横へ来るナナセちゃん。

 魔法のリボンを解呪しつつ、三つ編みお下げの片方をさっさと解き始める。


「髪梳きは? ないの? こんな髪してるくせに──もうしゃーない!」


 いったん離れて、床のバッグから持ち手のついたブラシを出す。

 それからまたユナキの隣に座って、ざっくざっくと髪を梳きはじめる。


「てかほんとに黒なんだ。あんたの髪」


 そういえば、地の髪色が黒いのはこの世界では二人しかいないって言ってたっけ。


「ヒト族は見た目がすべてなんでしょ。だったら毎日の手入れくらい、ちゃんとしたら?」


 諫言、耳に痛いっす(リアルの「わたし(ユキナ)」共々)。


「ナナセちゃんはきれいにしてるよね、髪」


「どうせ何をやっても無駄だけど」 


 ユナキの髪を結いながら、さっと頭を振る。


 長いリボンのように波打つツインテール。


「それをわかっててこんな髪型してるわたしも大概だけどね!」


「ううん、似合ってる。それに赤い髪だって、すごくきれいだし」


 髪を結っていた手が止まる。

 ちょっとやわらいでいた表情が、またかちっと硬くなる。


「この髪が? この色が?」


 ふう、と一息。


「あなた──ユナキ? ほんとに知らないようだから言っておくけど、そんなこと、外じゃ絶対言わないで」


 ナナセちゃんは、再び手を動かしはじめながら、


「この世界じゃ、人もエルフも、それ以外も、基本すべて呪いにかかってる」


 それは世界の始まりに封じられた五座の神星竜(ガルドアーシア)たちによって。


 どの星竜から受けた呪いかによって髪の色が変わる。

 いくら染めても隠しても、すぐ元の色に戻ってしまう。


 その色が濃いほど、純粋であればあるほど、呪いも強い。


 もっとも呪いといっても、別に悪いものばかりでもない。

 人をして魔法の聖剣が操れるようになったり。

 魔狼族や魔竜族の民に人の姿を与えたり。


 けどやはり「赤」は魔の色。邪竜の色。

 邪悪の象徴。


「あたしの髪が純粋な赤に見えるなら、それこそ強い呪いの証。忘れないで」


 それを言うなら、あんたも一緒か──って。


「ここまで濃い、純粋な黒髪なんて、ホント、初めて見る──あ、ごめん」


 ナナセちゃんが速攻で謝った。

 つまりこの黒髪は、それだけ「悪い色」ってこと、なのかな。


「とりあえず髪を染める魔法はあるけど、でも半日からせいぜい一日しか持たないの──でも」


 まるで先の言葉を上書きするかのように、ナナセちゃんは一方的に話し続ける。

 

「まあね、あたしはどうでもいいんだけど。でももしあんたが染めるとしたら、どんな色がいい?」


「えっと、──青? 空色? とか?」


 とっさに浮かんだのは、その色だった。


 それはクロウくんの色。

 そして、あのゆーくんの、ユユリコ姫の色。


「本気?」


 空色は最上位の色。王の色。

 もっともそれは聖王都に限った話で。


「帝都(ここ)ならありかもだけど、でもある意味、赤や黒以上にヤバいかもね」


「だったらクロウくんも?」


「……くん? って、そりゃあいつはね。一応ガチで聖王家の血筋だから。逆にそれは隠せない。青は本当に強いから」


 ただし本人はとっくに王位継承権を放棄して王家とは縁を切っている。


「もっとも表向きは、父王の意向に背いて、帝国軍との戦いを一方的に放棄した咎で廃嫡されたことになってるけどね」


 運命のいたずらで第二王子として王位継承権を持つ身分になったが、元々庶民だったお妾さんの子。

 最初から王家の血には馴染めなかったのだと。


 相変わらず口調はきついけど、ちゃんと説明してくれるナナセちゃん。

 もちろんその間も髪を結う手は止まらない。


 なんだかんだで面倒見がいいんだなこの子。


 あ、でも、エルフはそうやって「人」扱されたら怒る──なんて話、なかったっけ?


「これもついでだからあ(・)な(・)た(・)に(・)言っとくけど、あたしはエルフじゃないから」


 ついっと顔を上げて、天井の方を──そのあたりから部屋の様子を眺めている「わたし」の方へと顔を向けるナナセちゃん。


 え? もしかしてこっちが「見えて」る?


 思わせぶりに笑うナナセちゃん。

 でもすぐに視線を下げて真顔に戻る。


「エルフとは違う。といって、もちろん人ですらない。ただのデミエルフ」


 それはまるで自分自身を卑下するように。


「だからこれ以上慣れ合おうなんて思わないで──はい終わり! あとは自分でやって!」


 あっという間に髪を結い直して離れてゆく。


 一方ユナキは、残されたブラシを解いた髪に当てながらはふう、とため息。


 ちょっと話せると思ったら、次の瞬間には怒って離れてしまう。


 この子を怒らせないようにするには、どうしたらいいんだろう?

 とユナキは思う。


 ほんとにね!


 

次回予告!

 どうやらまたがるどあ本編、

 最終章前の「過去世界」へと

 飛ばされたらしいわたし。


 先に出会ったメンバーも集まり、

 どうやら一緒に何かするようで。

 でも何を?

 って、そこに怪しい仮面の二人組が!

 

 果たして二人の正体は!?

(なんかもうバレバレ?)


 お楽しみに!

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