35.来た!(世界の終わりまで23日/11)
終わる世界。
終わりゆく世界。
そこから逃げるのか。
それとも最後まで留まって戦うのか。
もちろんわたしは──
前回のあらすじ!
来る!
もうすぐ来ちゃうぞミズカさん。
ガルドア広報にして歳矢の後輩。
でもって弟ユキくんの先輩さん。
けどこちらは未だ対策無策。
このゲームキャラまんまの自分を
どうしたものやら──え? 来た?
もう来ちゃったんですかー!?
さあ始まります(あわあわ)!
どんどん、ピンポン!
どんどん! ピンポン!
ぶーん、ぶーん、ぶーん!
叩かれる扉。
鳴り続けるインターホン。
そして、机の上で踊り狂うわたしのスマホ。
「来た!」
「どど、どうしようユキくん!」
思わず椅子から立ち上がったわたしの背中で、黒髪の長い三つ編みお下げが大きく揺れた。
ずり落ちそうになる丸眼鏡を抑えつつ、隣に立つ弟くんを見る。
「どうしようたって、ここ、逃げ場も隠れ場所もないしなあ」
東京下町、昭和の匂い漂う古びたアパートの二階の一室。
その中は、ただ「狭い」の一言。
部屋の主だったやつが几帳面だったからまだマシだけど、わたしが住んでたら絶対、床はなくなる。
見えなくなる。ケモノ道になる。
玄関扉を開ければ部屋の中はすべて丸見えだし。
ほんと、よくこんな部屋に住んでたな歳矢──なんて感心してる場合じゃなくて!
「もうドアを開けるしかないよ」
諦めたようにため息をつくユキくん。
でもその顔はどう見ても他人事。
むしろ面白がってるようにしか見えない。
「だけど──」
「放っておいたら扉、蹴破られるぞ」
「まさか!」
「今必要な資料に比べたら、こんなぺらっぺらの扉一枚くらい。お金でけりがつくものは後でいくらでも弁償できるし」
今度こそはっきり笑顔になるユキくん。
悪魔の笑顔。
「それとも、時間と締め切りに追われたゲーム関係者が何をするか、このまま黙って見物してたい?」
「ええい! わかった、わかったって!」
わたしは机のスマホをひっつかむと、
「今開けます! 開けますから壊さないで!」
歳矢の机がある部屋の端から玄関まで8歩、いや7歩で突っ切って玄関扉のドアノブにしがみつく。
ドアノブをぐるっと回してボタン式ロックを解除。
そのまま押し出すように扉を開く。
──と。
まさに足を蹴り上げようとしているボサボサ頭のメガネ女性がそこにいた!
「ぎゃーむぐぐ!」
いつの間にか背後にいたユキくんが、背中越しに手を出してわたしの口をふさぐ。
「ナキ姉、だからご近所迷惑──どもです、先輩」
「ありがとう、光谷くん──あと二秒で強行突入するところだったよ」
「はっはー。冗談ですよね」
「え?」
「え?」
「むぐ──?」
頭ひとつ高いユキくんの手がわたしの口からぽろっと落ちる。
けれど当の本人は、何事もなかったかのように黒いパンツスーツのほっそりした足を戻すと、
「アズールウィング・ゲームズ広報チームの真岡水華です」
言いつつ、ささっと頭に手をやってから大きく腰を折るようにして頭を下げる。
「本日はお忙しい中お手数おかけてしてすみませんでした!」
わたしも慌てて頭を下げる。
「い、いえこちらこそ、すぐ出られなくて本当にすみませんでし──」
「──ところで!」
腰を折ったまま、くいっとその頭だけが上がる。
逆光のはずの月光にキラリ、と光る黒縁眼鏡。
「それ、がるどあプレイヤーユナキさんの『アバターキャラ』ですよね?」
「あ、う、あの……これは──」
「……ふ~っふっふっふ、やっぱりここにいましたか」
ちろり、と舌なめずり(※あくまで脳内妄想です──妄想であってくれ!)。
「見い~つけた~!」
ここ、こ、怖──っ!
☆
「時間がないので、資料を回収しながらのお話になりますが、いいですか?」
玄関で靴(パンプス違う。つま先にガードの入った安全靴!)を脱ぐや、そのままの勢いでまっすぐ部屋の奥、たった一つの窓の下にある歳矢のパソコン机に向かうミズカさん。
「は、はい。もちろんです!」
引きずられるように後を追いつつ、すっかり主導権を握られたわたしは素直に丸投げするしかない。
もちろんお茶もお菓子も無用。
本当にただ見ているだけ。
その話を聞いてるだけだ。
ちなみに今回は、ユキくんが一緒にいても言及なし。
その理由はすぐにわかった。
「あなたのことは、あなたが上げた──正しくはあなたの弟の光谷くんが上げた実況画像を見た瞬間、ピン! と来たんです」
立ったまま歳矢の仕事用ノートパソコンを開いてキーボードを連打。
ロック画面もPINもなんのその。
あっさり出てきたアイコンのいくつかを素早く開いて中身を確かめる。
「もちろんそれは、今のあなたのようなリアルな姿じゃなく、うちのゲームキャラと同じ見た目のビジュアルでしたけど。でも──」
壁側のプリンターが勝手に動いて、数十枚のハードコピーを次々と吐き出してゆく。
「その丸眼鏡と三つ編みで、あ、この人だ! って」
スーツのポケットから出したUSBを挿し、いくつかのフォルダをまるっとコピーしてゆく。
「……あのそれ、そのまま持って行かないんですか?」
常在戦場の病院で鍛えられたせいで、どんなに頭がパニックでも、一方でそれを客観的に見ているわたしがいる。
そのわりにはさっきひどい醜態を晒していたけれど、それはさておき。
その自分が、まさに目の前で施術中の先輩医師に対するように、半自動的に疑問を口にする。
「もしかしたら、まだ使われるかもしれないので──」
話を中断されても一向にペースを崩すことなく、ノートパソコンに向かったままのミズカさんは、
「彼に──トシヤ先輩に」
……え?
やっと手を止めたミズカさんが、
「いえ正しくは、魔王皇帝トーヤ・マギナスに」
「──あ!」
まさか、まさかこの人──知ってる?
「見たんでしょ。あなたも?」
黒縁眼鏡の半分に光が透って、その奥のやや吊り目がちな瞳をはっきり映し出す。
「ここで、この部屋で、彼を──」
「魔王皇帝姿の、トシヤ先輩を」
言葉に詰まる。
今度こそ本当にパニック。
ただ──
「あなたも……って、じゃあ、ミズカさんも?」
「わたしの場合は、これ越しでしたけど」
開いたノートパソコンを、つんと弾く。
「そう、あれはちょっとだけ顔を出した先輩のお葬式の後でした」
一瞬だけ、その口元が笑みとも後悔ともとれる曲線を描いた。
「あ、そういえば……」
受付にいた時、応対した記憶が。
そか、あれって──歳矢のお葬式って、まだ昨日のことだったっけ。
長い長い一日。
もっとも「今日」はまだ終わってないし。
まだまだ気持ちを整理する暇は全然なさそうだけど。
「その節はどうも。ご焼香だけですみませんでした」
立ったまま、隣で椅子に座ってるわたしへ、ぺこり。
「いえいえ。本当にお忙しそうですし。平日昼間の葬儀に来て頂けただけでじゅうぶんです」
ちょっぴり大人の会話。
「ありがとうございます。──で、続きですが」
ミズカさんは、プリントアウトの終わったハードコピーを手に取ってぱらぱらめくりながら、
「会社に戻ってからしばらくして、わたしの机にあったPCのミーティングアプリが勝手に開いて、この部屋が映し出されたんです」
ちょっと確認するように、顔を部屋の中に向ける。
「最初は誰も映ってなくて、まあたまにあることなので、すぐ閉じようとしたんですが、その瞬間、出たんですよ──彼が」
手にしたハードコピーをくるりと裏返して、こちらに見せる。
そこには、いかにも設定資料といった風の、トーヤの全身のイラストがあった。
「画像は実感で2秒か3秒くらいで、すぐ消えてしまいました。わたしはすぐ録画ファイルをチェックしたのですが、真っ黒な画像が3秒残っていただけで、彼の姿はありませんでした」
ミズカさんは、さらにコピーをめくりながら、
「その時は、疲れていたんだろと思って──実際疲れてたし、仕事も山積みだったので、それでスルーしたんです」
もしかしたら、夏コミ出展用のコスプレチェックの画像とかが紛れ込んだのかな、くらいで──と。
「そういや、もう来週だっけ夏コミ。やっぱり準備大変ですか? 企業ブースとか」
そんなユキくんに、ミズカさんは軽く頷いて、
「今回は特に、周年記念祭の予定が最終章イベントに急変更だしね。今は地獄の三丁目くらいかな。毎日生きてるのが不思議なくらい──」
そこで夢から醒めたように、すっと顔を引き締める。
もしかして本当に一瞬寝落ちしてました?
「とにかくその後で、今日改めて実況配信されたあなたの姿を見て、はっと気づいたんです」
開発の現場と直にやり取りしてる自分さえ知らない、謎のプレイヤーキャラクタービジュアル。
そして始まる、これも知らされていない「魔剣士チハヤ」との聖剣を巡るバトルと、その後に続く「オリジナル展開」。
「慌てて開発部に確認に行ったらあちらもパニックで。でもとにかく、なぜかそのバトルやシナリオのイベントがすでに実装されていたことだけはわかったんです」
そしてそれをやった人間を探してみれば──
「トシ先輩──魔王皇帝トーヤ自身だった、と」
「その通り」
背後のユキくんへ横目で頷きつつ、目の前のノートパソコンを指さす。
「記録によれば、ここから──このPCで」
ふう、とため息。
「本来、これではそこまでのことはできないはずなのですが……」
その辺のことはわからないので、わたしは話を変えて、
「でもそもそも、どうしてあのゲーム実況がわたしのものだとわかったんです?」
「前もって光谷くんから連絡があったんです。先輩から送られてきたというメールと一緒に。これからちょっと面白い配信するから、見ておいた方がいいよ──って」
「ユキくん、だからどうして勝手にそんなこと──!」
「実況は最終章走ってるがるどあランナーの義務だって言ったろ?」
「でも会社側にまで伝えることはないんじゃ──!」
「いえこの場合、教えていただいて本当に良かったです」
ミズかさんは、再び手にしたハードコピーを見せる。
そこには、黒髪の三つ編みロングお下げに丸眼鏡姿のプレイヤーキャラクターが──「わたし」の姿が描かれていた。
「これは今、このPCから出力したものです。もちろん会社には存在しません──が、それがなぜかここにある。正式な資料として。実装済みのキャラクターとして」
わたしにその資料を突き付けたまま、ニヤリッと笑うミズカさん。
「誰かがここで、このキャラクターをゲームに実装したんです。わたしたちの知らない間に」
「それも歳矢──トーヤが? でも、なんのために?」
「それは間違いなく、あなたを──優樹南さんを、いえ『ユナキ・ミツヤー』を、わたしたちのゲーム世界へと呼び込むため」
それも単なるゲームのキャラクターではなく、本人自身を。
「これはただ唯一、あなたのためだけに、あなたを『ガルドアース・ウォーテイル』の世界へ召喚するためにのみ用意された、まさにかの世界におけるあなたのアバターなんです!」
「そんな、まさか──」
「じゃあ今のあなたの姿は、どう説明します?」
「それは……」
てかミズカさん、あなたこそ何者?
どうしてそんなことを知ってるの?
それを尋ねようとした瞬間、でも突然、がるどあのバトルシーンでかかる曲が聞こえ始めた。
スラックスのポケットからスマホを出したミズカさんが、さっと画面を確認する。
「時間切れです。もう戻らないと配信班に殺されます」
さらっと言う。
この業界ならではの言い回しだとはわかってるけど、やっぱりちょっと反応してしまう。
「もちろん冗談です。死ぬほど仕事を押し付けられるだけです」
大して変わってないからそれ!
ミズカさんは、USBを入れたポケットをぽんと叩き、紙の資料は背負ってきたビジネスバッグに突っ込むと、
「今夜の配信に必要な資料と、先輩が追加した『あなた専用イベント』の証拠物件は回収できましたので、今回は良しとしましょう」
ビジネスバッグのジッパーを閉じかけていたミズカさんの手が、ふと止まる。
「そうでした、一番重要なものを忘れていました!」
あちこちポケットのついた黒いバッグからA4ファイルのフォルダーを引き出し、わたしへと突き出して来る。
「これは?」
「契約書です」
「契約書?」
「急な案件で申し訳ないのですが、ユキナさん──いえ、ユナキ・ミツヤーさん、あなたにはぜひ、夏コミの企業ブースに出展するわたしたちのステージで、公式コスプレイヤーになってほしいんです!」
は?
はああああ~~~~~!?
次回予告!
コミケだコミケだ夏コミだ~!
……なんて浮かれてる場合か!
わたしが公式コスプレイヤーですか?
マジですか!
でも会社は? がるどあ最終章は?
いやいや、それ以上に深まる
がるどあ世界の謎解きは?
どうなる次回!?
それは現在全力執筆中(^^ゞww!
お楽しみに~!




