34.ちょっとしたホラー#2(世界の終わりまであと23日/10)
諦めない。
諦めてなんかやるもんか。
さあ前を向け。突っ走れ!
前回のあらすじ!
がるどあ制作/開発会社の広報、
ミズカさんからの突然の連絡。
どうしても必要な資料を取りに
歳矢のアパートへやって来ることに。
でもわたし今、まさにそのゲームの
キャラクター姿なんですけど!
さあどうしようユキくん!
作戦会議だ──え? ホラー?
それどころじゃ──始まりです!
東京下町は千馬木にある他人のアパート。
今はもう他人な彼の机の前にある彼の椅子に座りながら、自分のスマホを手に取る。
無料で見つけた猫(ハチワレ。たぶんオス4歳くらい)の壁紙。
その黒い耳の上で続く、リアル世界のカウントダウン。
「午後8時50分か……」
それをじっと見つめる、ゲーム世界の住人そのままな姿のわたし。
小さく左右に回転する体に合わせて、背中の黒毛三つ編みおさげが揺れる。
「そうやってスマホとにらめっこしてるだけで、もう5分も無駄にしてる」
どこかスポーツカーを思わせる背の高い椅子をくるりっと回して、背後の声へ向ける。
そこには、どこぞのイベントで買ったらしいバックプリントのTシャツにブルージーンズ姿の、いたって平和な大学四年生が立っていた。
「ユキくんこそ、なに突っ立ってるの? 適当に座ってればいいのに──あ、その前に冷蔵庫からわたしのチョコモナカ取ってきて」
「座らせるのか使いっぱさせるのかはっきりしてよ」
言いながら、それでも台所横の冷蔵庫ヘ向かう弟くん。
いい子だ。
まあ今は、わたしの方がずっと年下に見えるけど(推定17歳。ふっふん!)。
「──ほいこれ。でもいいのか?」
「ありがと──何が?」
「ここ一応トシ兄の部屋だったんだし、もうその契約も終わってるんだろ?」
ユキくんは立ったまま、部屋の中を見回すようにして、
「こんな夜中に勝手に入り込んだり、電気や冷蔵庫とか使ってたりさ」
「大丈夫。わたし一応、あいつの遺品整理やることになってるから」
義理の母の瑠璃さんと相談して、この部屋のことは全部わたしに任せてもらってある。
「管理会社さんにもそう伝えてあるし、一応は人が死んだ部屋だし。次の借り手なんてそうそう見つからないから、まあ今月いっぱいは大丈夫だよ」
「そんなもんかね~」
「ほんはもんは。ごくん──世の中なんて」
チョコモナカを齧りながら、訳知り顔で頷いてみせるゲームキャラ少女。
「そだ、いっそユキくん、ここ借りたら?」
「ここを?」
「事実上彼の身内みたいなもんだし、この部屋の事情も知ってるし。今なら間違いなく格安で借りられるぞ」
むしろそれでも管理会社は大助かりだろう。
わたしも部屋の片づけを後回しにできるし。
正にいいことずくめ。
「どうせ卒業して就職したら、家、出るんでしょ? ──あ、もしかして」
「大丈夫。就職先ならとっくに決まってるから」
「あ、そなんだ。どこ?」
「ゲーム会社」
「げ!」
「──も傘下に入れてるそこそこでっかい出版社」
「ふ、ふうん。そうなんだ」
脅かすな。
チョコモナカ落っことすとこだったぞ。
「ミズカ先輩からも一応、うちの会社来ないって誘われてたけどさ、トシ兄の仕事見てるとね」
「まあねえ」
彼女の会社は現在、『ガルドアース・ウォーテイル』というスマホゲームを作って(開発して)いる。
通称がるどあ。
ところが今年の3月、運営会社がそのサービス終了を表明するやプレイヤー側から抗議が殺到。
現在は超難関コンテンツ「最終章」を通じて、運営側とプレイヤーたちが、その継続を賭けたガチ勝負を展開している。
事実上の「おわコン」だったがるどあは、これのおかげで現在めちゃくちゃ盛り上がっている。
とはいえ急遽決まった当企画のしわ寄せは、すべてその開発を担当している彼女たちの会社にのしかかっている。
通常なら年単位で準備すべきコンテンツをたったの数か月で形にして、それ以降もリアルタイムで作り続けているのだから。
「そんな緊急事態まっただ中とはいえ、電気代を払い忘れるほど忙しくて、疲れ切って何日か振りに帰ってみれば電気は止まっててエアコンが使えず、でもそれすら気づかず寝こけてそのまま熱中症で死んじゃうような職場だからねえ」
今だってもう夜9時近いのに、今夜の公式ライブ配信用の資料を回収すべく、当の「ミズカ先輩」がこちらへ向かって夜の町を疾走している(はず)。
「やりがいだけはありそうだけど」
わたしはほとんど溶けかけていたチョコモナカの最後のひとかけを口に放り込んでから、
「むぐん──まあ端から見てると、忙しそうな人って、ちょっとカッコ良く見えるしねえ」
「そーそー」
「でもそれが罠なのさ」
溶けたバニラアイスがくっついた指先をちっちと振る。
「経験者は語るって? 元研修医先生?」
「研修医にセンセつけんな」
「病院で白衣着て聴診器下げてればもう立派な『先生』だろ」
言ってくれる。
まあそれはその通りだけどさ。
「でも実際ただ本当に忙しいだけで、やってる本人はそんなこと考えてるヒマなんか──って、だからそんなこと話してる場合じゃなくて」
「そうだった。とにかくミズカ先輩が来る前に、ナキ姉のその恰好、なんとかごまかす方法考えないとね」
ユキくんは、わたしの横から手をのばしてパソコンを操作。
とりあえずがるどあの公式ページを表示させる。
「見てこれ。今夜のライブレポート配信、開始が23時からになってる」
「だとしても本当に間に合うのかな」
二画面あるパソコンの画面の下には、20:59の表示。
もうすぐ午後9時。残り2時間しかない。
「余裕でしょ」
あっさりユキくん。
マジか。
「いつものことだし──それよりこっち。あと10分しかない」
「そうだった!」
「じゃあ今のがるどあの状況を見ながら対策を考えよう」
そうして現在まさに最終章を走っているプレイヤーさん達の実況画像をピックアップし始めたユキくんに、ふとわたしは、
「そういえばユキくん、なんで歳矢のパソコンのPINとか知ってるの?」
「ああ……メールが来た」
さかさか動いていたマウスの手が止まる。
明るい画面をじっと見つめたまま、尻ポケットから自分のスマホを抜き出す。
そのまま親指一本で画面をたどってから、こちらへ突き出してくる。
「見て」
「これが、そのメール?」
──ユキくんへ。このメールが届いた時、ぼくはもうこの世にいないかもしれない。もしそうなら、以下の手順でぼくのパソコンからクラウド、SNSの情報にアクセスできるから。後は優樹南と相談して、残すか削除するか決めてほしい。よろしく──
「優樹南……?」
「何?」
「──ううん。それより説明して。このメールが歳矢から届いたって?」
「パソコンに一定のアクセスがないと自動送信される設定になってたんだろね」
「用意のいいこって。でもどうしてユキくん?」
「どうせナキ姉に言ってもわからないと思ったんだろ」
んだと!
まあその通りですが!
「でも確かに用意がいいよな。まるで自分がもうすぐ死ぬってわかってたみたい……あ、ごめん」
「いいから。先続けて」
「いや別に、だからこのメールにパソコンのPINのヒントとか書いてあってさ、そのまま書かないのはさすがというか、誕生日をただ逆にしただけの誰かさんのスマホとは大違い──」
「それだけじゃないでしょ?」
だらだら語るユキくんに割って入る。
「なんか気になること、あるんじゃないの?」
ユキくんはちょっと迷ったようにそのメールを見つめながら、
「この部屋で、これ言うのはちょっとアレなんだけど」
「いいから言え!」
「このメール、ちょっと謎というか、ホラーなんだよね」
「……ホラー?」
また?
「これの作成日時って、あの日なんだよ」
「あの日?」
「ナキ姉が、ここで──この部屋で、魔王皇帝姿のトシ兄と会ったっていう日」
それは歳矢が死んだ翌日で。
その知らせを聞いたわたしは、なぜか彼の遺体があるはずの病院ではなく、まっすぐこの部屋へ来た。
そこでがるどあ最終章への「招待状」を受け取ったのだ。
禍々しい甲冑に身を包んだ異形美麗の魔人から。
がるどあ──ガルドアース・ウォーテイルのラスボス。
最終章の最後の舞台、魔帝城アーニーストーン宮殿の主。
魔王皇帝トーヤから。
そのキャラクターに転生した彼から。
顔形はまったく違うけれど、そう。
彼は間違いなく歳矢だった。
わたしの幼馴染にして元相方。
わたしはメールからユキくんに目を移して、
「わたしがここでトーヤ……歳矢とあった時にメールが届いたって、だからたまたまその時間に送信されるよう設定されてただけじゃないの?」
「違う。送信や着信じゃなくて、このメールが書かれた時間がその日だったって言ってる」
「えーと、だから? ……え?」
一瞬、背中に氷の刃が触れたような気がしてぴん! と身を起こす。
「それって、これ前もって書かれたものじゃなくて、死んだ後に書かれたものが送られてきたってこと?」
「ホラーだろ?」
「いやいや、でもこのメールが書かれた時間とか、そんなことどうしてわかるの?」
着信時間ならわかる。メアドをタッチすれば出てくるから。
でもそれ以外の情報は、このメールのどこにも書かれていない。
「メールのヘッダーにあるタイムスタンプ見れば一発」
ユキくんはスマホからWebのメールアプリを開いてそこにメールを表示させる。
「ほら」
見せられた画面では、普通のメールの前に、ずらずら~と謎の英数字が並んでいた。
「……何これ?」
「だからメールのヘッダー」
当たり前のような顔で、ユキくん。
「スマホだと見れないから、一度Webメールアプリに添付ファイルで送って、そこから開いてる」
なんのこっちゃか。
秘密の扉を開く呪文か?
「──で? とにかくこれで、このメールがいつ書かれたかがわかる、と?」
「うん。ほらここに書いてある」
ユキくんが示した場所には、「Date」の文字と、その後に続く「:」で区切られた数字の列。
「確かに時刻みたいだね」
「前から曜日、日、月、時間、の順で並んでる」
「あ、最後のプラス0900って、もしかして」
「UTCとの時差。世界協定時。ぶっちゃけグリニッジ標準時のこと」
「知ってるわい!」
ちょっと確認しただけだって。
元研修医なめんな。
電子カルテとかPACSじゃUTCは常識だっての。
でも確かに、細かい時間はともかく、日付は間違いなく「あの日」だった。
「これ、間違いないの?」
「このメールを作成したパソコンの日付をいじれば、作成時間を偽装することはできる」
ユキくんは、表示された英文字列を軽くスクロールさせつつ、
「けどそんなの簡単に見破れる。でもって結果から言えば、このメールにその手の偽装がされた痕跡はなかった」
「じゃあやっぱりこれ、歳矢が死んだ後に書かれて送られてきたってこと?」
でも、だったら誰がこのメールを?
あの日、この部屋にいたのは──
「え、わたし?」
わたしが書いた?
「何言ってんの? 頭、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
確かにホラーだ。
「まあ考えられるのは、やっぱりトシ兄だよ」
「だって、だからあいつは死んで──」
「そっちのトシ兄じゃなくて、魔王皇帝の方」
「トーヤ?」
「ナキ姉だって見たんだろ? 魔王皇帝トーヤがこの部屋にいたの」
「そりゃ、まあ、たぶん」
「じゃあ歳矢──トーヤが、自分の死後、ここに戻って、この机に座って、このパソコンでそのメールを書いたと?」
わたしは思わず、自分の座っている椅子や目の前のパソコンをぐるぐると見回して、
「あのカッコで? いかにも魔王な姿で、この椅子にちょこんと座って、ちまちまメールを書いてた?」
その姿を想像すると、ホラーというより、なんかコメディだけど。
「確かにね」
横に立つユキくんと顔を見合わせて、にこりと笑い合う。
まあホラーっちゃホラーかもだけど、でもなんか彼らしいといえば彼らしいのかも。
「あ、そういえば言い忘れてたけど、さっきも来てたんだっけ」
「誰が?」
「歳矢──じゃない、トーヤ」
「この部屋に?」
「ううん。お隣さんの屋根の上」
「屋根?」
「そ。ああでもその前に、なんだっけ、リデルさんだが、リデリ―さんだかって名前の女魔剣士みたいな敵が突然襲ってきてさ……」
「リデラー!? 大竜魔将リデラー・ルルクオン!? まさか!」
お、すごい食いつき。
「そんな大物までこっちの世界に? え、ナキ姉、ひとりでバトルしたの!?」
「ううん、他にも、ええと青い髪のツインテ少女、じゃない少年の、ゆーくんていう子が……」
「ってまさか!? じゃあ『らじおん』でミズカ先輩が言ってたのは、ゲーム世界の話じゃなくて」
「どう話してたかは知らないけど、うん、一緒にこっちに出て来た。いい子だったよ。でも、トーヤが」
けれど言い終える前に、ユキくんが、
「ナキ姉、なんでそんなマイペースなんだよ! これはとんでもないこと──」
ぴんぽーん。
「──なんだぞ! ……え?」
ぴんぽーん、ぴんぽーん。
わたしは思わずパソコン画面の時間を見る。
21:10──11。
「……先輩だ」
「え?」
先輩って、ミズカさん?
「ミズカさん、来ちゃったの……?」
わたしとユキくんは、再び顔を見合わせる。
ただし今度はそこに笑顔はなく。
ぴんぽんぴんぴんぽーん!
……こんこん。
『すみません、夜分すみませんが、真岡です。あの光谷さん、いらっしゃいますか!』
こんこん、どんどん!
「うわ、うわ、どーしよ、どーしよ!?」
「いやそんなしがみつかれても!」
「隠れる? 隠れる?」
でもどこへ?
どんどん、ぴんぽん、どんどん、ぴんぽん!
『真岡です。光谷さん? すみませーん!』
と、机の上のわたしのスマホがぶーん、と踊り出す。
画面には「真岡 水華」の文字。
だめだ逃げられない!
どーする、
どーする!
どーしよう!?
次回予告!
なんだかんだやってるうちに
来ちゃいましたよミズカさん!
ゲームキャラ姿のわたしを見た
彼女から聞かされる、予想外の
真実とは──!
うわ~楽しみー!
(ってそんなん書いて大丈夫か(^^;ww!?)




