25.現実……ですか?(世界の終わりまであと23日)
これは終わる世界で出会った仲間たちとの、
ちょっと遅まきながらの旅と冒険の物語──
(です! あくまでも!)
前回のあらすじ!
チハヤくんの説得もなんとか成功……と思ったら、
ええ、またまたバグですかー!?
しかも、弟のユキくんが強制ログアウトさせようと
した寸前、廃聖堂から「謎の女の子」が!
それはどうも見ても物語の最重要人物!
絵に描いたような謎少女なんですが!
(いえ実際ゲーム用に描かれたキャラですけど!)
でも次の瞬間、わたしの前から世界が消えて──
それでは続き、どうぞ!
──暗転。
そして。
軽い浮遊感がすうっと蒸発するように消えてゆく。
体が、自由になる。
目が、開く──
「……?」
ここは?
なんか暗くて……そして。
「──あっつ!」
あっつ。暑いわ!
なんでもいいからとにかく窓を開けようとして、ふと気がつく。
「ここ……ここって?」
まさか!
その場でぐるりと一回り。
間違いない。
「ここ、トーヤの……歳矢の部屋、じゃん」
間違いない。
ここはつい先日、熱中症で死んだ彼の部屋だ。
ここで死んで、自分が作っていたゲーム世界の魔王(皇帝)「トーヤ」に転生した元ダンナの部屋。
「まさか、またあんたの仕業とか? 歳矢──トーヤ」
彼が死んだ翌日、ここへやって来たわたしの前に、まさに魔王な姿で立っていた。
ただ今回は、そんな彼の姿はなさそう。
暗いのでよくわからないけど、部屋の中は綺麗に片付いたまま。
実際に遺品整理とかもまだなので、彼がいた当時とほとんど変わっていない。
占有スペース的は、わたしの品川のマンションの半分くらい。
でもすごく片付いてる。
暗がりなのにふつうに床を歩ける!
とても仕事にかまけて電気代を払い忘れるようなやつが(そしてそのせいで熱中症で死んじゃうようなやつが)住んでいたとは思えない。
ちょっと一緒に住んでいた頃を思い出す。
結婚して二年弱、わたしが今も住んでるそのマンションで暮らしてた。
当時も、研修先の病院で疲れ果てた深夜帰りのボロボロの体でよたよた歩いても、何も踏まずぶつからずに歩けた気が。
さらにキッチンには疲れた胃に優しいほんわか夜食が整っていた気が!
なんで離婚したんだわたし?
「だから研修ブッチしたからじゃん……」
いろいろきつくて逃げちゃったからじゃん。
はあ──って。
オモイデトリップしてる場合じゃない。
どうしてわたし、この部屋にいるの? なんで?
たったの今までゲーム世界に──『ガルドアース・ウォーテイル』の世界にいたのに。
「そうだ、チハヤくんは?」
チハヤくん──初バトルにして最強の敵、魔剣士チハヤ・ルース。
やっと仲間にできそうだったのに、ゲームがまたバグって。
その隙をつくように、現実サイドにいた弟くんがわたしをログアウトさせちゃって。
まだチハヤくんをちゃんと仲間にできたかどうか、確認できていなかったのに。
最後に言質は取った気がしたけど、うーん。
──て。
「……あれ?」
あと何か、もうひとつ、重大なことがあったような。
わたしは額に指をあてて考える。
「なんだっけ……ログアウト寸前、何か見たような……って、だからあっついわ!」
だめだ。暑すぎて考えに集中できない。
だいたいこんな部屋の中でマントなんか羽織ってるから──はあ?
マント?
「ですね~、暑いです~」
「でしょ! 待って、今エアコン入れるから──」
この部屋の電気機器は、歳矢の趣味でだいたい音声認識で操作できる。
AIスピーカー経由で命じれば、ちゃんとスイッチが入るのだ。
遺品整理の名目で電気も通してもらってあるし。
だからまだエアコンだって──え?
「え?」
「──はい?」
その声のした方を見る。
いる──なんかいる!
床にちょこんと座ってる!
「明かり、明かり! ええとなんだっけ──そうだ、ミスター・スコッティ! 明かりつけて!」
その声で、ぱっと天井のシーリングライトが点灯する。
「──わ!」
六畳サイズのフローリングの床に正座している子どもサイズの人影。
その青いツインテール頭が、ぺこりと下がる。
「どーも、です~」
「わわ!」
しゃべった!
「そんな、旧リデル要塞遺跡の古神兵機じゃあるまいし~」
「りで……よーさい? でみえ?」
「それより、やっぱり暑い、です~」
「あ、だったねごめん!」
わたしはふう、と息を整えて、
「あーあー、ミスター・スコッティ! エアコン入れて! 冷房20……いや19度!」
直後、ぶおーんと音がして、頼もしい冷風が背中の三つ編みにかかり始める。
ふう、と一息。
でもこれ毎度思うけど、ミスター・スコッティって誰? ……じゃなくて!
三つ編み?
明るくなった部屋で、改めて自分の姿を見る。
学生風のシャツにプリーツスカート。
軽装の胸当てにロングブーツ。
二の腕まで覆う籠手。
「ユナキじゃん!」
顔に手をやる。
メガネがある。丸眼鏡。
そして黒髪の長い三つ編みお下げ──
「なんで? ひょっとしてわたし、まだゲーム世界にいる?」
足元の青髪ツインテをスルーして走る。
どたばたとひとつしかない窓に駆け寄って、カーテンを開く。
ロックを解除、すりガラスの窓も全開に。
「あっつ! ──って」
吹き込む熱風のような風。
草原を渡る涼やかなそれとは違う。
普段なら気づかない、雑多な匂い。
むせ返るような町の、人の生活の匂い。
すぐ先には、廃聖堂ならぬ隣のアパートの壁。
もちろん、見渡す限りの草原なんてどこにもない。
間違いない。
ここは元の世界。
わたしの世界。歳矢の世界。
トーヤでもユナキでもない、ゲームでもない。
現実の世界。
なのに。
「どうしてわたし、ゲームキャラのままなの?」
窓を閉め、カーテンを引いて振り返る。
部屋の真ん中でちょこんと座っている、青い髪の女の子。
「ああ~、涼しいです~」
気持ち様さそうに眼を閉じて、顔を上げてエアコンの風を受けている。
思い出した。
それはログアウト寸前、あの廃聖堂から出て来た謎少女。
「……もしかして、一緒に来ちゃった?」
こっちの世界へ?
眼を開いた女の子は、「?」とでも言いたげに首をかしげる。
その金色の瞳が、天井のライトに一瞬、きらりと光ったように見えて。
「幻とかじゃ、ないよね?」
女の子は自分の顔や腕をぺちぺち叩き、白いワンピースの裾をぱたぱたさせる。
「みたい、です~」
「言葉もふつうに通じる──か」
もっともゲーム内でも平気で日本語使ってたけど。
リアルとはいえ本物の異世界ってわけでもないから、当然と言えば当然か。
部屋と一緒に頭も冷えて来たらしく、ちょっとまともに考えられるようになる。
「そうだね、まあ落ち着こう」
「はいです~」
ちょこんとうなずく女の子。
改めてその姿をよく見てみる。
青というより、もっと明るい空色髪のツインテ。
頭には二本の角。これも最初は髪飾りのように見えた。
細身のそれが、頭の左右でくるんと丸まって生えている。
この手の定番キャラとしては肌は白くない。
小麦色とまでは言わないが、艶のある健康的な瑞々しいライトブラウン。
人種やマイノリティになどの多様性に配慮したデザインなのかも。
セーラー風の大きな襟のついたAラインの白いワンピースも含めて、今どきのゲームキャラにしては露出が少なめな印象。けどちゃんと壺は押さえてるというか。
一般人に近いわたしの感覚でも素直にかわいいと思える秀逸のデザイン。
さすが神絵師。
「ええと、じゃあまず、軽く自己紹介かな」
女の子の前に座りかけたものの、まだ自分がブーツをはいたままだったことに気がつく。
「わ、やばい」
軽装とはいちおう装甲のついたロングブーツなので、けっこう大変。
「ゲームなら、装備交換一発で脱げるのに」
現実ってめんどくさい。
やっと片方脱いで、もう一方のベルトを外しながら、
「あなたの方は? ブーツとか」
「あっち、です~」
玄関の方を指さす。
わたしのそれより一回り小さなブーツが揃えて置かれてあった。
「いつの間に……」
いや感心してる場合じゃない。
やっと脱いだブーツをその隣に置いて、ついでに冷蔵庫のドアを開ける。
ちなみにブーツの下は二―ソックス。わたしは黒。謎少女の方は白。
よく見ると、銀糸で細かい紋様が入ってたりして、けっこうしゃれてる。
てか、ここまで設定してるんだ。すご。
さておき。
「なんか飲む? ええと──」
そうだ、自己紹介の途中だったっけ。ついクセで。
こちらへ向けて座り直した彼女が、またぺこりと頭を下げる。
「ユユリ、です~、ユユリ・ウインデイル」
「ゆゆり・うぃんでぃる?」
横に首を振られる。
「ういん、でいる、です~」
「あー、ちゃんと区別してるんだ」
「です~」
わたしは鼻先にかかったメガネに指をあててくいっと戻しながら、
「相変わらず細かいとこにこだわってるなこのゲーム」
「げえむ?」
「そか、自分がゲームのキャラだって自覚はないのか……」
「はい~?」
「ああいや、こっちのこと──ええとわたしは」
わたしは冷蔵庫の扉をいったん閉めて、彼女に正対する。
「ゆ……ユナキ・ミツヤー」
ちょっと迷ってから、そっちの名前を言う。
少なくともこの姿の場合は、それが正しいような気がする。
「ええと、職業は治癒師で、あとはなんだっけ……そうそう、そーどうぉーかー? とかなんとか」
「治癒師の冒険者さん、ですか~。珍しいです~!」
「へえ、そうなんだ?」
まったく他人事。
まああっちの世界の話だしね。
「じゃあ改めて、ユユリちゃん? なんか冷たいもの、飲もっか」
冷蔵庫の中には、遺品整理中に水分補給したり軽く食事したりできるよう、必要最低限の飲料や食品を入れてある。
二人分としても、今日明日くらいなら全然もつだろう。
部屋の整理も基本的にわたしがお義母さんに代わって引き受けてるし。
管理会社の人だって、こっちに鍵を預けたまま「片付けが終わったら連絡ください」とか、事実上ほったらかしだし。
つまり日中夜間含めて、誰かが突然やってくる心配もない。
要するにこの姿のままでも、謎の少女がいても、とりあえず問題はない。
「……そうか?」
まあいいや。
そういうことにしよう。
これも買い置きしておいた紙コップ(いちいち洗わなくていい)二つに、ペットボトルの炭酸飲料を注いでゆく。
「コーラとか、大丈夫?」
また小首をかしげられる。
だよねー。
ペットボトルをしまうついでに首元の留め具(半月型のちょっと凝った金属製)に手をやって、背中の白マントを外す。
マントを腕に引っ掛け、両手に紙コップを持って戻る。
「はい、どうぞ」
「いただきます~」
おとなしそうな見た目によらず、ぐいっと一気飲み。
よほどノドが渇いていたのか、けっこう豪快な飲みっぷりで……って、
それ、炭酸飲料ですよ?
「──う? げ、げほげっほ~!」
言わんこっちゃない(言ってない)。
「ごめん。お水とかの方がよかったね」
目に涙をためてげほげほやっていたユユリちゃんは、でも紙コップを両手で持ったまま、
「いえいえ、げっほ、これ、ごっほ、すごい、げっほっほ、おいし~です! げは!」
「そう? すっごい苦しそうに見えるけど……」
「ごほぐほ、ふう……もう大丈夫、です~」
にっこり。
「そ。まあ気に入ってもらえてよかったよ。お代わりいる?」
「ぜひ~」
元気に空の紙コップを突き出して来る。
ゲーム世界で初めて見たときの「謎少女」な印象とはだいぶん違う。
よく知らないけど、元々ゲームの中ではこんな性格なんだろか。
「ユユリちゃん、元気だね。男の子みたい」
ああいや、こういう言い方や決めつけは、今どきの子にはNGだったか。
やっぱりおばさんくさいし、まだ28歳だし。
ていうか今は自称17歳のゲームキャラだし。
はっはー。
気を付けないと──って。
「はい~、ぼく、オトノコ、ですから~」
「だよね~。ごめんね~」
うん?
んん……?
んんん…………?
はあああああああ~~~!?
「おとのこ~~~~!!!!!?」
次回予告!
ええ~? 謎少女じゃなく、謎少年ですと!?
せっかく現実世界に戻っても姿はそのままだし、
ゲーム世界から謎少女改め謎少年までくっついて
来ちゃったし──
とにかくこのままじゃいられない。
なんとかユキくんと連絡取らないと!
でも他人のアパートで、しかもゲームキャラ姿
(+ツインテの自称謎少年付き)で、どうしたら?
とにかく何か方法を考えるしか?
キーワードはルービックキューブ?
なんで?
お楽しみに~!




