12.リトライ!(世界の終わりまであと24日/7)
「説得う……?」
ゲーマー椅子の上で、思いっきり眉をしかめて見せる弟くん。
「うんうん」
その前で、会心の笑みを浮かべてうなずくわたし。
「ほらさ、子どものころに一緒にやったゲームあったでしょ。町や学校の下にダンジョンとかあって、女神さまとか悪魔とかがいっぱい出てくるやつ」
「ああメガペル?」
「かな? ──とにかくそれって、確か敵の悪魔と戦わないで話し合って仲間にできたじゃん?」
まあ本当に仲間になってくれるかどうかはさておき。
せめて瞬殺確定のバトルを回避して、その先へ進めれば。
「……けど、『がるどあ』にはそんなシステムないぞ」
「そこはほら、バグとかで……」
「バグは単なる不具合。最初から実装してないシステムが使えるわけじゃない」
「うーんとね」
だから、なんて言ったらいいんだろ。
弟くんの机の上、二面あるモニター画面に表示されたキャライラストを見る。
その中のひとり。
銀髪金瞳の魔族剣士──チハヤ・ルース。
通称ちーさん(個人的にはチハヤくん)。
ゲーム開始早々、初心者でゲーム素人のわたしを全力で瞬殺してくれた魔王皇帝トーヤの腹心。
このイラストの彼は、ただのゲームキャラクターだけど。
実況動画で見たスマホの中の「ゲーム」と、自分が体験したあの「世界」を心の中で比べてみる。
スマホじゃだめだ。
PCでも無理。
でもわたしなら。わたしが迷い込んだあの世界なら。
あのトーヤのいる世界なら。
その彼の部下──いや、彼の「仲間」なら。
「『わたしたち』なら、ゲームのシステムだのなんだのに関係なく、直接、話ができるかもしれない」
「うーん……」
ユキくんは、頭をがしがし引っかくようにして。
「わかんねえ! ──けど、どうせ他に手はなさそうだし」
手を止めて、わたしを見る。
ふっと笑って、足を組む。
「それで、おれは何をすればいい?」
「そうだね……」
ぐうう。
「まずは何か食べよっか」
がくっとずっこけるユキくん。
「おい! ここまできてゲームじゃなくてメシかよ!」
「だってなんだかんだでお昼食べてないし、もう夕方だし」
「ポテチとかバリバリ食ってただろ」
「頭ブン回しすぎて糖分不足」
頭脳労働の見本みたいなプロ棋士さんなんか、対局中にケーキを貪り食ったりするらしい。
マンガ情報なので、エビデンスに自信はないが。
「ナキ姉のペースに付き合ってたら、次にログインするころには最終章が終わってるかも」
「はっは。かもね」
でもしゃーない。これがわたしのペースで生き方なんだから。
わたしはぱん! と手を打つと、
「とにかくお腹減ったし。減ってるでしょ、ユキくんも」
「そりゃ……」
「親の居ぬ間の台所──ってね、何か作ろう。冷蔵庫に何かある?」
「腹が減っては戦はできぬ──とかじゃないんだな。さすがナキ姉」
「はっは。褒めても冷蔵庫の中身以外、何も出ないぞ」
「はいはい。でもナキ姉って料理できたっけ?」
「はっは。はっは……はあ」
「わかってて聞きました。いいよおれが作るから。何食いたい?」
「大盛りごはんとベーコンエッグ!」
「それくらい自分でやれ!」
あうう。
☆
「おーい、見えてる~?」
『すげー。ほんとに手を振ってる……』
あの廃墟の聖堂の中。
その崩れた天井に向かって手を振るわたし。
耳元で飛ぶ二対の透明な翅を持つ小さな黒猫風妖精が、ユキくんの声で答える。
わたしは今、再び『ガルドアース・ウォーテイル』のゲーム世界に立っている。
黒い三つ編み髪に丸メガネ。
白くはためくマントの下、女子高生風の制服の上に、申し訳程度の胸当てアーマー&ブーツ。
腰に大きな石の剣を下げ、無数の剣や刀たちに囲まれて、ただひたすら手を振っている。
「おーい、おーい! すごーい、ゲームの中と現実がつながってる! おもしろー!」
『はいはい、もうわかったから。手を振るのやめてさっさとゲームを進めるぞ』
前回はいなかった黒猫妖精のしかめっ面に、はたと気がつくわたし。
そうでした。
「よし! ──じゃあ行こう!」
『おけー……と、その前にもう一度確認したいから、ステータス画面開いてくれる?』
「え? ああいいよ」
わたしはその場で立ち止まる。
しばらくそのままじっとしてると、やがて目の前に、いくつかの文字がふわっと出現する。
「トップ、イベントリ、クエスト、ガチャ……ああこれか」
わたしは「ステータス」に向かって手をのばす。
その指先が触れたとたん、背後の風景に重なるように半透明になった「ステータス画面」が開く。
「開いた! そっちは?」
『うん。開いた』
ユキくんは今、わたしが元の世界に残してきたスマホの画面を見ているはず。
その画面でも、同じように「ステータス画面」が開いたらしい。
『じゃあ、今度はこっちから操作するぞ』
黒猫が言うと、わたしの見ている前で、画面が次々と勝手に切り替わっていく。
元の世界で、わたしのスマホを使ってユキくんがやっているのだ。
と、いきなり横に浮いていた黒猫妖精が消えた。
「え? あれ? ゆっきー?」
と思ったら、また姿を見せる。
『ゆっきーいうな。大丈夫、一度イベントリに戻して、また出してみただけ』
「やったな!」
『ちょっとした仕返し──いきなり目の前で消えられるとびっくりするだろ』
それはまさに、現実世界でわたしに起こったことだった。
最終章を開始したとたん、ユキくんの目の前から消えた(らしい)。
「はいはい、わかったから、もう消さないでよ」
元々、イベントリに入っていた黒猫を見つけたのはユキくんだった。
今回は慎重を期して、ゲーム会社/歳矢(魔王皇帝トーヤ)から届いた「招待状」を開く前に、まずは公式からゲームアプリをダウンロードしてアカウントを作成していた。
そこであれこれ準備をしてから、改めて「イベントリ」に入っていた「招待状」をタップして、この世界へとやって(戻って)来たのだ。
もっとも、普通にゲームを始めたら最初にあるはずのプレイヤーキャラの選択とか、半ば強制的に始まるチュートリアルを兼ねた序章みたいなものは今回もなく、ユーザーホーム画面から選べるイベントも、やっぱり招待状=最終章のみ。
少しでもプレイしてゲームに慣れることができれば──という目論見は、完全に当てが外れてしまった。
その代わりじゃないけれど、持ち物リストの中に「スマホ」があるのをユキくんが気づいた。
ネットのがるどあコミュで調べてみたら、他のプレイヤーの持ち物には同様のアイテムがないことがわかった。
それで、もしかしたらとこちらの世界でそれを選択したら、この黒猫が出現したというわけで。
「これもバグってこと?」
『というより、一応作って実装してみたものの、結局お蔵入りした幻のアイテム──ってとこかな』
「ふうん。便利なのに」
『元々こういう使い方を想定して作ったわけじゃないと思うけどね』
「そうなんだ──で、どう? あれ、できそう?」
『あ、ああ……たぶん』
「どーしてあんたが緊張してるの」
『仕方ないだろ──』
しょぼ~ん、といった風の黒猫から、いつになく自信なさげなユキくんの声。
『これから実際にあの強敵と戦うのは、おれなんだから!』
「だったね。ユキくんが戦う。その間にわたしが話す──」
『わかってる。さあやるぞ!』
「うん!」




