第12話 風は海から
もうかれこれ二時間はこういう状態だ。
晩秋から冬にかけての海。
ポカポカの日差しの中で、水平線が遠くで空と交わっている。
古風な電車(江ノ電)の向こうの砂浜で、老夫婦が手をつないで歩いている。
ゆったりとした時間が流れていく。
湘南の真ん中と言えるこの場所『喫茶・あすなろ』
鎌倉高校前から七里ヶ浜に続く砂浜。その風景と、江ノ島の遠景が望めるテラス。
向かいに座ったみゆきは、せっかくの、その風景も目に入らないように、話し続けている。学校でのできごと、可愛い生徒のこと、なんでもない日常のこと。
潮風がときおり、テラスの木製テーブルを湿らせ、珈琲の香ばしい匂いに微かな塩分を混ぜ合わせる。波が砂を噛む、規則正しい「ザザーン・・・」という優しい音が、僕たちの間の奇妙な空白を埋めるように響いていた。
僕は、遠くの水平線と空との境界線がどこなのか、なかなか判別できないことにイラついて、みゆきの話しを頷きもせずただ黙って聞いていた。
『みゆき』と僕は、小学校一年生の時に同級生となった。
あれは、雪が深々と降っていた冬の日。古い木造校舎の隙間から吹き込む冷気と、石油ストーブの灯油の匂いが混ざり合う教室内。
外はしんと静まり返り、その静けさの中に僕自身が溶けていってしまいそうな日だった。
僕と『みゆき』は、偶然にも風邪で体育の授業を休み、教室に二人で残っていた。
机に座って、黙々と漫画を読んでいた僕の前に、いつの間にか『みゆき』が立っていた。
「・・・・なんだよ・・・」
『みゆき』は、真っ直ぐ僕を見て睨んでいる。
「・・・・」
「わたしね・・・わたし・・・」
「シンちゃんのこと・・・好きなんだ・・」
「・・は?・・・」
「あ、でもね、返事はね、ずっと後でいいよ。いつまでもまってるから」
それがきっかけで、小学校の頃は、『みゆき』はまるで姉のような存在となり、何事もめんどくさがる僕の世話を焼いてくれた。
中学校は異なる学校となったが、『みゆき』は、自宅から遠い、僕の家の近くの学習塾に一緒に通ってくれた。
高校も別になったが、月に一度は僕の家に来て、母さんから料理を習ったり、僕の勉強の手助けをしてくれた。
『みゆき』は、幼い時に母親を病気で亡くしている。
母さんも、父さんも『みゆき』を可愛がり、うちの子になりなさい、なんて冗談もよく口にしていた。
転機となったのは、高校生の時、『みゆき』は父親の仕事の関係で、室蘭から札幌に転校した時だ。
『みゆき』は、壁掛け用のレターホルダーを僕の部屋の壁にかけて行った。
「手紙は私の分身だよ。私の心が、ここに溜まっていくの。その数の半分でもいいから、心を送って。それと、あの時の返事、私はいつまでも、待ってるから」
別れの日、『みゆき』はそう言い残して札幌へ旅立った。
そのレターホルダーが三つ目となった頃、僕は東京の大学へ、みゆきは北海道大学の教育学部に入学した。
僕は大学に入学してすぐに弁護士となる夢をもち、みゆきは教師となることを目指して日々をおくるようになった。
時が過ぎ、大学を卒業したみゆきは札幌で教師となったが、僕は働きながら司法試験の受験を続けていた。
みゆきから、東京に来て私立の学校の教員になりたい。と何度か相談を受けたが、僕は頑なにそれに反対した。
僕は、僕の夢を実現して、みゆきを迎えに行く。
それが、身勝手な反対の理由だった。
ただ、そういう形でないと、何もかもが有耶無耶になってしまう。それが嫌だった。
その日、朝八時のことだった。
十一月の冷え切った朝の空気が、アパートの窓ガラスを結露させていた。試験のプレッシャーで胃がキリキリと痛み、部屋には重苦しい静寂が満ちていた。
一週間後に行われる司法試験の論文試験。今日は、予備校で最後の模試を受けるため、家を出ようとしたその時、携帯が鳴った。
「シンちゃんおはよう」
「なんだ、電話なんて珍しいな。んでも今さ、家出るとこんだ」
「そうんだ。ちょうどよかった」
「ん・・・?」
「迎えに来て欲しいんだけど」
「はっ・・・今から北海道こいってか?」
「いや、だから、どうやって行けばいいのか分かんなくて」
「えと、話し見えないんだけど」
「だから、シンちゃんの家に行こうとしたんだけど、行き方が分からなくて」
「あのね。今日ちょと忙しいんだ・・・てか、お前、今日学校じゃないの」
「だから、休暇もらって、それで、今羽田なの」
「・・・・・」
よく分からん。それでも、北海道で教員をし、今日も学校の授業があるはずの状況で、なんで今羽田に居る?何かあった?
どちらにせよ。平穏を好むタイプのみゆきが、事前の連絡もなく、突然羽田に迎えにきてくれって言うこと自体異常事態で、僕は、行き先を模擬試験会場から羽田に変更せざるを得なかった。
羽田空港の到着ロビーは、さまざまな地方の匂いと、行き交う人々の無機質な足音がコンクリートの床に反響していた。到着ロビーで黙って座っているみゆきを発見したのは、その一時間後だった。何日も遠出するような大きなバックを持って、完全にツーリストになっている。
「きちゃった・・・」
みゆきは、何の説明もなくそう言い放って、家に連れて行けと要求してきた。
僕は、まず事情を聞きたいこと、そして、今日は大事な模擬試験でここ一週間は僕にとって人生の正念場だということを説明した。
みゆきは、たった一言「分かってる・・」と言って、家に連れて行くことを要求した。
こんな強引なみゆきを見たのは初めてだった。
ただ、どのような事情があるにせよ、僕は東京に出てきて決めていたのは、みゆきを東京の家には立ち寄らせないということだ。その一点が崩れると今まで抱いていた夢が崩壊してしまう。今思えば、そう勝手にに思い込んでいたのだ。
僕は、みゆきを、というよりも自分自身を落ちつかせるため、なるべくゆっくりとした口調で、北海道で何かあったのか。仕事は大丈夫なのか。東京に来なければならない事情ができたのか。などを順番に聞いていった。
みゆきは、思いのほか落ち着いた声音で、その全てを否定し、ただ、会いに来た。としか言わなかった。
教師の忙しさや大変さは知っている。責任感が強いみゆきが、そんな激務の毎日の中で、あえて休暇を取って今ここにいるというのは、彼女にとって暴挙に近い。
僕は、慎重に言葉を選んで、休み明けの学校の授業の用意もあることだし、今日一日は付き合うから、今日の夜の便で札幌に帰るということを約束させた。
頑なに家に連れて行こうとしない僕に対してみゆきは、他の子が居たりして。と普段では言わない冗談を口にした。僕は、だったらどうすると冗談で返したが、みゆきは、フンとそっぽを向いて「いくじなしのシンちゃんには無理ね」と言い放った。
みゆきの気持ちが落ち着いたのを見計らって、どこか行きたい所はあるかと聞いてみた。
みゆきは即座に「風は海からのモデルになった喫茶店」と言った。
『喫茶・あすなろ』に着いたみゆきは、北海道には無い外の景色に感動し、しばらくはしゃいでいたが、少し落ち着いてくると、教師としての生活、子供たちのすばらしさなど、饒舌に話し始めた。
二時間後、ふいに黙ったみゆきは、「ほんとにここ、あの歌のとおりの店なのね」と改めて言った。
そして、iPhoneのイヤホンの片方を僕に差し出した。
イヤホンから流れる歌は、風は海から だった。
海の見える国道沿いの店
壁にかかったメルヘン画 四季を彩る
次の夏もきっと会おうと言って笑う
あなたの眼は壁を見つめる
約束がほしい訳じゃないけれど
時折答えのない愛につかれてしまうの
風は海から海へと帰るもの
僕たちは、それから北海道に居た時のように、何の変哲もない、日常について話し、二人で笑いあった。
夜七時、再び戻ってきた羽田空港は、昼間とは一転して冷酷な美しさをまとっていた。巨大なガラス窓の向こう、滑走路に明滅する青や緑の誘導灯が、無慈悲な秒読みのようにチカチカとまたたき、僕たちに別れを告げている。
ターミナル内は、空調の不自然な乾燥した空気が立ち込め、電光掲示板の羽ばたくような音が耳障りに響いていた。
出発ロビーの入り口。
僕たちの間には、目に見えない強固なガラスの壁がそそり立っているようだった。
互いに触れることもできず、喉の奥まで出かかった言葉は、空港のあまりに広大な空間へと吸い込まれ、ただ凍りついていく。
僕にとっての夢が、彼女を閉じ込める冷たい檻であったとするならば、彼女が今日ここまで運んできた決意は、僕の檻を壊そうとするあまりに儚い(はかない)光だった。
別れに向かう二人の心は、まるで同じ軌道にありながら決して交わることのないレールのように、無機質で冷ややかだった。
僕が「待ってくれ」と言えば、このレールは方向を変えてくれるのだろうか。そう思うたびに、僕のちっぽけなプライドは、僕の唇を頑なに縛り付けていた。
「気をつけて帰るんだぞ」
「うん・・・」
「・・・・・」
「シンちゃん・・・」
「ん・・?」
「・・・・・・あの時の返事・・・今もらってもいい?
「・・・・・・・・・」
千歳への便の最終搭乗手続を告げるアナウンスが、冷たく機械的な女性の声でロビーに広がる。
僕はみゆきの目を凝視できず、ただ、ロビーの虚空を見つめていた。
「・・・・・・・また、・・・くるね。来てもいいでしょ?・・・」
「・・・・・・・・」
「・・ね?・・・・」
「ん・・・・・・・・・・・どうかな・・・」
「・・・・・・・・」
僕を見つめていたみゆきの頬を、ふいに、静かに、涙の滴が流れた。
その涙は、滑走路の光を反射して、一瞬だけ美しくきらめき、そして床へと落ちていく。
「じゃあ・・・ね・・・・」
みゆきはそれだけ言うと、弾かれたように後ろを向き、出発ゲートへと歩き出した。その背中は、僕が知っているどの『みゆき』よりも小さく、そして痛々しいほどに強張っていた。大きなバックの重みに耐えるように、一歩、一歩、彼女は僕から離れていく。
手荷物検査場の自動ドアの手前で、みゆきは一瞬だけ足を止め、振り返った。しかし、僕と目が合うことはなかった。彼女はただ、最後にもう一度、僕の姿を記憶に焼き付けるように小さく深く頷くと、ゲートの向こうへと足を踏み入れた。
金属探知機の無機質な電子音が出発ロビーに鳴り響き、自動ドアが「シャー」と冷たい音を立てて閉じる。みゆきの姿は、厳重なセキュリティの向こう、旅立つ人々の雑踏の中に吸い込まれていった。
僕は、みゆきと僕の間の境界線が完全に引かれてしまったことを知った。
一人になったロビー。
周囲の喧騒が、遠い水底の音のようにこもって聞こえる。
急に、世界からすべての熱が奪われたような、凄まじい寂しさが足元から這い上がってきた。
どうかな・・・ってなんなんだよ!。
なんで曖昧な返事ばっかりしてんだよ!。
自分の卑怯さと不甲斐なさが、鋭い刃となって胸の奥をメッタ刺しにする。
張り裂けそうな痛みに蹲り(うずくまり)そうになりながら、僕は動くことができなかった。
ガラス窓の向こうで、彼女を乗せたであろう飛行機が暗い夜空に溶けていく。
僕は、ただ無力にそれを見送るしかなかった。
みゆきが去ったゲートの前に立ち尽くし、彼女の残香が完全に空港の乾燥した空気に消え去ってもなお、僕は自分の影だけを見つめながら、何時間も、何時間もその場に座り続けた。
十一月の司法試験・論文試験は、合格できなかった。
僕は大学卒業後、一般企業に就職せず、法律事務所のパラリーガルとして勤務しながら試験勉強をしていた。
弁護士と共に、法律の実務を行なっているうち、司法試験そのものに違和感を抱かざるを得なくなっていた。
短答式試験は、判例が正しいものであることを前提とした暗記試験。続く論文試験は、論述やロジック遊びをしているようなもので、およそ実務の世界では無意味なものばかり、屁理屈を論述させているとしか思えなくなっていた。
とは言え、受からない者の言い訳は、所詮言い訳にしかならない。問題なのは、他者とは異なり、昼間勤務で、圧倒的に勉強時間が確保できないことにあり、それが数年続くと、精神的にも疲弊してくる。
ここが限界かもしれない。そう思い始めていた。なにより、これ以上勉強を続けていると、世間ずれしてしまう。要するに、受験勉強の持続は、世の中から置き去りにされて行く、世間的な常識を知らないままになってしまう。という恐怖があった。冷静になってそう思考してみると、勉強ばかりして世の中に接してこなかった早期合格者ほど、世間を知らない、世間の常識から乖離していることになる。なんともへんてこりんなロジックに行き着く。
あれ以来みゆきとの連絡も遮断されたままだ。もちろん、試験に落ちたことも知らせていない。
考えてみれば、みゆきには、受かったら迎えに行く。と明言したことは無い。ただ、これは自分がそう思っていただけで、みゆきも、そう思っていてくれていると勝手に考えていたに過ぎない。
その手紙がみゆきから届いたのは、法律事務所を退所した六月初旬だった。
手紙には、短く、今までの感謝の気持ち、そして、結婚すること。相手は北大の医師であることが書かれていた。
添えてあった一枚のCDには、風は海から の曲が入っていた。
十二年後、『喫茶・あすなろ』は閉店してしまったが、そこから眺望できる景色は、あの時とは変わらないままだ。
僕は、経営コンサルタントとして自立し、弁護士よりも高給取りになると息巻いて生きていた。
父が亡くなったとの知らせで、僕は北海道に帰った。
父の葬儀の時みゆきが弔問に訪れた。
僕は、十二年前と同じく、凛々しく立ち位振る舞う彼女を見て、なにか安堵を覚えた。お互い黙礼した瞬間、全てが氷解したように、心の安らぎを感じた。
葬儀を終え、母と二人になった時、母は、僕の知らないみゆきのことを語り始めた。
僕は、大学入学のために東京に出てから八年ほどの間、親とは全く連絡を取らずにいた。理由は取り立てて無いが、連絡しないのは無事な証拠だと単純に考えていた。
ただ、みゆきとは、頻繁に手紙のやり取りが続いていた。SNSの無い時代で、メールでのやりとりも趣が無いということで、二人で話し合って、原始的な紙のやり取りを続けていたのだ。
みゆきは、僕が親に連絡していないことを知っていて、二ヶ月に一度は、僕との手紙のやり取りや僕がどのような生活をしているかを、わざわざ実家に行って、親に伝えてくれていた。
司法試験の苦しさや、落ちた時の悔しさは、みゆきが誰よりも知っていて、その気持ちを代弁するように、親に説明してくれていた。
急に、親父が入院した時も入院の手続きや医師や病院とのやり取りを全てやってくれていたと言う。
みゆきが他者から求婚された時、僕の気持ちが知りたいのであれば、会っておいでと助言したのは母だった。
そして、東京から帰ってきたみゆきは、「ただ、そばに居たいだけ。でも、それが分かってもらえなかった」と言ったという。
人の想いは風に溶けて海から運ばれ、そして海へ帰って行くように、みゆきからもらった沢山の想い、それをみゆきへ返してあげられなかった。
幼い時にもらった心を、言葉にして返してあげられなかった。
僕達は、同じ時の中で奇跡のように巡り合い、同じ時の中で生きてきた。ただ、想いはすれ違ったまま歩み続けていたことに気づけないままだった。
みゆきにとっての望み、それは社会的な立場や、安定した環境、ましてや夢が成就することや、それを願うことでもなかったと思う。
たった一言。言葉が欲しかったんだと思う。
『人を想うというのは、お返しを求めるものじゃなくて、ただ、ただ、そばに居てほしいと願うこと。そう思うことだけで、私の願いは叶っていたよ」
実家の窓からは、月の灯りに照らされた鏡のように透明な海が広がっている。
海からのやさしい風が、みゆきの想いを運んできてくれたように思えた。
僕は、海へと戻っていく風に、「ありがとう」という言葉を、そっと載せた。
おわり
※ お読みいただきありがとうございます。
一言でもご感想をいただければ、この上ない幸せです。




