第11話 ロクジュー
「やっぱり、ロクジューだろ」
「なにが・・・?」
数ヶ月ぶりに集まった、オヤジバンドの練習日。ギター、ベース、ドラム、キーボード、ボーカル。この年齢になって高校時代の同級生の、このメンツが集まっているのも、ちょっと奇跡に近い。
とは言え、六〇をとうに過ぎているオヤジ達にとって、練習スタジオに通うのも難儀だし、それぞれの楽器のセッティングをするのにも非常に時間がかかる。
例えば、三時間スタジオを予約しても、セッティングと撤収の後かたずけで一時間半かかり、実質練習時間は一時間半しかない。
オヤジというか、ジジイになるということはそういうことだ。
今日もバンド練習そっちのけで、よろず話に花が咲いている。
「バンド名どうするよ」
ベースが突然言い出した。
当面の悩みはバンド名をどうするかということを、その一言でみな思い出した。
「ニジューっていう、韓国だか日本だかわかんないグループあるだろ」
ベースが何気に独り言のように言う。
「あれって、年齢層のこと言ってるわけじゃないだろ」
ドラムが真面目に答える。
「アイドルグループじゃあるまいし・・・」
ボーカルがアホかという顔で言う。
「いやいや、これ、逆に自虐的で響きもよくて、なんかカッコよくないか」
いつもいい加減なことを言うギターが応じる。
みんなの目がキーボードに集中し、しばらくたってから、
「・・・みんなに任せる・・・」
キーボードはどうでも良いという態度でそう言った。
バンド名・『ロクジュー』
俺たち『ロクジュー』は、それから数年かけて、都内のライブハウスで定期的に演奏するに至り、世情では、謎のジジイバンドとして、他の出演者をくってしまう、さしずめ、ライブハウス荒らしという異名で言われるようになった。
当のバンドメンバー達は全く意識していなかったが、『ロクジュー』が出演予定のライブハウスは、いつも満員御礼となることから、ライブハウス側から出演依頼が来るようになっていた。
ある日、ライブが終わって、楽屋に戻ったメンバーに、スタッフから差し入れと、一通の手紙が届けられた。
その手紙にはこう書いてあった。
『おひさしぶりです。
私は、高校生の頃からあなた達のファンの一人でした。
娘から、ライブハウスで人気のおじさん達が居て、最初はなんか場違いで笑える感じだったんだけど、演奏が激しくて、歌詞が稚拙で、しゃばくて(ダサくて)思いっきり笑えるだけど、みょうに刺さる感じで、今、都内のライブハウスでトレンドになってるバンドあるんだよ。と聞いて、老体ながら娘に連れられてライブハウスに行きました。
その時に演奏していたのが、あなた達で、びっくりもしましたが、なつかしさもあって、曲を聴いていると、なんだか涙が自然に流れてきました。
なにか、あの時に戻れたような感覚になって、懐かしいというよりも、温かなものに包まれたような感じがして、一度だけで、また、あなた達のファンになりました。
どうか、そのままで、そのままの言葉を私達に届けてください。
いつまでも応援しています。
礼子 』
礼子とは、高校生の頃、俺たちバンドメンバーのマドンナ的な存在で、バンドを始めたのも礼子に見てほしいという単純な理由だった。
バンドメンバーはそれぞれ、驚いて、なつかしさのあまり、「バンドやっててよかった・・・」、「会ってみたいよな・・・」などと言っていたが、ギターだけは、何も反応を示さなかった。
高校生の頃、ギターは、他のメンバーに黙って、礼子に告白し、見事に玉砕しているのだ。
「なんだよ、ファンだったって、今更言うなよ」
ギターは、他のメンバーに聞こえない小さな声で叫んだ。
数か月後、新宿の某ライブハウス。
開演前、フロアは若者から同世代のオヤジ、かつての少女たちまで、多様な世代のオーディエンスで膨れ上がっていた。熱気とアルコールの匂いが立ち込める中、「おい、次はロクジューだろ?」「あのジジイたち、マジでヤバいらしいぞ」というざわめきが、波のように広がっている。まだ見ぬステージへの期待と、じりじりとした焦燥感が混ざり合い、会場全体の空気は、今にもはち切れんばかりに張り詰めていた。
転換の音楽が止まり、ステージの幕が上がる。
照明に照らし出された『ロクジュー』のメンバーは、白髪混じりの頭に、深く刻まれた目尻のシワ、見るからにただの「ジジー」だった。
しかし、彼らがそれぞれの定位置についた瞬間、空気の密度がガラリと変わった。
年齢という重力をあざ笑うかのように、彼らの全身から、強烈な情熱をぶちかますエネルギーの塊のような凄みが立ち上る。
静寂を破ったのは、ドラムだった。これから始まるロック魂を予感させるように、「つつタン、つつタン」と、軽快で小気味よいリズムを刻みだす。フロアの心臓を直撃するそのビートに導かれるように、牙を剥いたギターの鋭いカッティングと、地を這うようなベースの重低音が同時に滑り込んできた。さらにキーボードが、シンセの音圧で全体の空気をグッと分厚く押し上げる。
静寂から爆音への突然の変化によって、オーディエンスも十分に盛り上がり、興奮が最高潮に達したその瞬間、中央のボーカルがマイクを掴み、魂の底から絞り出すようなシャウトを轟かせた。
七〇年代風のブリティッシュハードロックのリフにオーディエンスは熱狂する。
曲は 『マジだぜ!』
お前らマジで生きやがれ!
マジって書いて本気って読むんだ!このやろう!
いまさら遅いって、ふざけんじゃね!
後ろを向いて嘆いてんじゃねーー!
前向いて、嘆いた涙を取り戻せ!
人生は恥のかき捨て場。
そんなこと今になって解ってんじゃねぇー!このやろう!
数えたって空しいぜ、怒りの数。
数えたって意味ないぜ、成功体験。
お前を評価するのはお前自身だ!
勝手に、他人に言わせるな!
だから、お前はこれからマジになれ!
マジは、本気の証だぜ!
夕日を眺めて黄昏てんじゃねぇ!
沈みゆく太陽が眩しかったら
それ以上にお前が輝け!
そして、夕日に向かって叫びやがれ!
俺の人生マジだぜ!
おわり
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