秘められた才能の予感
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ズドォォォォンッ!!
王宮の裏手に広がる広大な第一訓練場に、鼓膜を劈くような爆発音が轟いた。
土煙が晴れた後には、分厚い鉄の的が飴細工のようにドロドロに溶け、原型をとどめないスクラップと化していた。
「す、凄まじい威力だ……! あれが勇者様の放つ炎の魔法か!」
「剣の太刀筋も、我々近衛騎士すら凌駕している!
まさに一騎当千だ!」
王国のベテラン騎士たちが、震える声で感嘆を漏らす。
その中心に立っていたのは、真新しい純白の軽鎧に身を包んだ神宮寺勇輝だった。
彼は見事な装飾が施された訓練用の長剣を振り抜き、額に浮かんだ汗を爽やかに拭った。
「ふぅ……こんなもんか。ステータス画面の『魔力放出』ってスキルを念じただけなんだけどな」
神宮寺が余裕の笑みを浮かべると、見学席に座っていたクレア姫が「まあっ、素晴らしいですわ!」と歓声を上げ、クラスメイトたちも「勇輝マジ最強!」「魔王軍なんて瞬殺じゃん!」と大盛り上がりだ。
圧倒的な才能を見せつけたのは、神宮寺だけではない。
「右翼陣形、三歩前へ。盾の角度を十五度上げろ。
……よし、そこで『士気高揚』だ」
少し離れた場所では、『司令塔』の山城翔也が安全な後方から指示を飛ばしていた。
彼が指を鳴らした瞬間、指揮下に入った新米騎士たちの体が淡い光に包まれ、その動きが劇的に加速する。
的確な先読みと全体バフスキルによって、ただの訓練兵の集団が、瞬く間に精鋭部隊へと変貌していた。
さらに隣の区画では、『賢者』の一文字雫が、呪文の詠唱すらなしに巨大な氷柱を次々と出現させ、的を粉砕していく。
そして、極めつけは。
「危ないっ!」
騎士同士の模擬戦で、一人の若い兵士が足を滑らせ、運悪く木剣が額に直撃してしまった。
激しく出血して倒れ込む兵士。
そこに、「私に任せて!」と駆け寄ったのが『聖女』の西園寺美海だった。
彼女が両手をかざすと、黄金色の温かい光が溢れ出す。
「ミドルヒール!」
光が傷口を包み込んだ瞬間、兵士の額の傷が嘘のように塞がり、流れていた血すらも完全に消え去った。
治癒魔法の中でも高度な技術を要する中級魔法を、彼女は初日からいともたやすく行使してのけたのだ。
「おおおっ……! 一瞬で傷が塞がったぞ!」
「奇跡だ……! まさに聖女様だ!」
「ふふっ、これくらいどうってことないよー。みんなのために頑張るね!」
騎士たちから拝むように感謝され、美海はこれ以上ないほどの得意顔で愛想を振りまいている。
――圧倒的な才能。
規格外の力。
水晶の間で与えられた文字は飾りではない。
『勝ち組』の彼らは、間違いなくこの世界を揺るがすほどのチート能力を持っていた。
王宮が彼らを優遇し、チヤホヤするのも当然だと言えるほどの、明確な『実力差』がそこにはあった。
◇ ◇ ◇
一方で。
歓声に沸く中央の訓練場から遠く離れた、砂埃の舞う一番端の区画。
蒼汰たち4人は、王宮の端にある「荷物置き場」のようなスペースにぽつんと立たされていた。
「おい、お前ら」
面倒くさそうに歩いてきた下級兵士が、蒼汰たちの足元にガラクタの山を無造作に放り投げた。
ガチャン、と鈍い音が鳴る。
「……なんだ、これ」
蒼汰が眉をひそめて見下ろしたのは、刀身がボロボロに欠けた錆びだらけの剣。
楓菜の足元には、弦がだるだるに緩み、木枠が歪んだ使い物にならない弓。
理人の前には、よくわからない薄汚れたすり鉢。
そして、乃亜の前には、柄の折れかけた小汚い『モップ』が一本。
「お前たちの訓練道具だ。
どうせ前線には出ないんだ、適当にそれ振って、俺たちの邪魔にならないように大人しくしてろ。
あっちの指導で忙しいんだからな」
兵士は鼻で笑うと、蒼汰たちに背を向けて、神宮寺たちがいる華やかな中央区画へと走っていった。
残されたのは、乾いた風の音と、足元のガラクタだけだった。
「……なんだよ、これ」
蒼汰は、錆びついた剣を拾い上げた。
重い。バランスも最悪で、握っているだけで手が痛くなる。
こんなもので素振りをしたところで、手首を壊すだけだ。
「……ははっ、ほんとに警備員以下じゃん。何この弓。引く前に折れそうなんだけど」
楓菜が、歪んだ弓を手に取って自嘲気味に笑った。
彼女はギリッと唇を強く噛み締める。
元弓道部のエースとして誇りを持っていた彼女にとって、このナメ腐った道具を渡されることは、何よりの屈辱だった。
「……っ」
乃亜は、足元に転がった折れかけのモップを見つめたまま、立ち尽くしていた。
昨晩、納屋の掃除で空気を浄化できた時、彼女の目には「もしかしてやれるかも」という希望の光が確かに宿っていた。
だが、今、遠くから聞こえてくるのは、圧倒的な魔法の爆発音と、美海の聖女としての力を称賛する歓声だ。
いくら部屋の空気を綺麗にできたところで、魔物を倒せるわけでも、兵士の傷を一瞬で治せるわけでもない。
「……やっぱり、駄目だよね」
乃亜の口から、ポツリと、限界まで張り詰めていた糸が切れたような声が漏れた。
「私なんて、掃除くらいしか……戦闘じゃ、何の役にも立たない。
……美海ちゃんたちとは、最初から違うんだ」
彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
昨晩の微かな希望は、残酷な現実と圧倒的な実力差の前に、一瞬にして粉々に打ち砕かれてしまったのだ。
「……冨永さん」
蒼汰は、握りしめた錆びた剣の柄が軋むほど、強く力を込めた。
悔しい。
こんなあからさまな扱いを受けて、乃亜が泣いて、楓菜が唇から血が出るほど悔しがっているのに、言い返す言葉も、実力も、今の自分には何一つない。
理人もまた、薄汚れたすり鉢を見つめたまま、無言で冷たい瞳を伏せていた。
華やかな称賛の嵐と、惨めな砂埃の舞う広場の隅。
絶対的な『力』の格差を叩きつけられた訓練初日。蒼汰たちの心は、異世界に来て初めて、本当に折れかけていた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
ホコリっぽさが消え、清潔な空気に包まれた納屋の四人部屋。
薄暗いランプの灯りの中、4人はベッドの上に集まり、支給された夕食を囲んでいた。
昼間と同じ、石のように硬い黒パンと、塩水のような薄いスープ。
絶望的な気分のまま無理やり胃に流し込んだその食事は、砂を噛んでいるようだった。
「……っ」
蒼汰は、微かな目眩を感じてこめかみを押さえた。
視界の右下に、薄ぼんやりと浮かび上がる赤い警告表示。
『満腹度:31%』
(やっぱりだ……。このメシじゃ、全然回復しねえ)
王宮に来てからずっと出汁の効いていない食事や、この残飯のようなパンばかりを食べているせいで、蒼汰の満腹度ゲージはじわじわと下がり続けていた。
このままでは、戦うどころか餓死してしまう。
「……多目くん、顔色悪いよ。大丈夫?」
乃亜が、赤く腫れた目で心配そうに覗き込んでくる。
その顔を見た瞬間、蒼汰の中で何かが吹っ切れた。
こんな所で、折れている場合じゃない。
王国の連中がまともな武器もメシもくれないなら、自分たちでどうにかするしかないんだ。
「……みんな。実は、俺には見えてるものがあるんだ」
蒼汰の真剣な声に、3人が顔を上げる。
「俺の視界には、神宮寺たちが言ってたような『レベル』や『HP・MP』のステータス画面は一切ない。
その代わり、右下にずっと『満腹度ゲージ』ってのが表示されてるんだ」
「満腹度、ゲージ……?」
「ああ。今の数値は31%。
多分だけど、俺はこの『カロリー』を魔力や体力の代わりに消費して戦うシステムになってる。
……だから、この王国がよこす栄養スカスカのメシじゃ、俺は戦う前に死ぬ」
蒼汰の告白に、理人がハッとして眼鏡を押し上げた。
「なるほど……摂取カロリーを直接エネルギーに変換する燃費構造か。
となれば、僕らが生き残るための最優先課題は『高カロリーで栄養価の高い食事の確保』ということになる」
「でも、こんな残飯みたいな食事しか出されないのに、どうやって……」
乃亜が不安そうに呟くと、楓菜がポンッと自分の膝を叩いた。
「自分たちで調達すればいいんだよ。
あのさ、今日配られた弓、歪んでて最悪だったけど……遠くの森を見た時、私、動物の足跡が光って見えたんだ。
風の動きも、匂いも。
……警備員じゃなくて、たぶん『狩人』みたいな職種のスキルだと思う」
「! それなら、僕の『毒見役』のスキルも辻褄が合う」
理人が身を乗り出した。
「僕の目には、植物や物質の『成分構成』が色分けされて見える。
王国の人間が知らない未知の食材でも、毒を抜いて安全に加工できるはずだ」
「じゃあ……私の『清掃婦』は……」
乃亜が、自分の手のひらを見つめる。
「汚れを落とす、浄化の力。
……泥水や、魔物の毒を綺麗な水に変えられるかもしれない」
点と点が繋がり、4人の間に静かな興奮が広がっていく。
楓菜が獲物を狩り、理人が毒を抜いて調理し、乃亜が浄化で水と衛生を保ち、蒼汰がそれを食べて戦う。
王国が「無能」と切り捨てた4つのハズレ職は、掛け合わせることで『究極の自己完結型サバイバルチーム』になる可能性を秘めていたのだ。
「俺たちのジョブは、王国の決めつけた『戦闘』って枠にはまらなかっただけだ。
ガラクタを持たされたなら、俺たちのやり方で工夫して特訓するしかない」
蒼汰が、3人の顔を力強く見回した。
「いつか絶対に、俺たちの力で……あいつらより美味い飯を食ってやろうぜ」
「……うんっ!」
乃亜が、昼間の絶望を振り払うように、力強く頷いて笑顔を見せた。
楓菜も「上等じゃん」とニヤリと笑い、理人は「非科学的な連中に、真の知性を見せつけてやろう」と眼鏡を光らせる。
圧倒的な才能の差に心が折れかけた初日。
しかし、薄暗い納屋の中で秘密を共有した4人の瞳には、明確な反逆の炎が宿っていた。
明日から始まる2週間の訓練。
彼らは王宮の隅で、誰にも気づかれない「泥臭い努力」を開始することになる。
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