神宮寺の苛立ちとプライド。狂気の進軍
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王宮の謁見の間で、トトメス伯爵の無様な報告がもたらされた翌日。
王都の中央広場には、王室の伝令使の声が響き渡っていた。
「……以上により、国王陛下はクレマン辺境伯に対し、直ちに反乱分子である『豊穣の街』を武力鎮圧し、首謀者六名を王都へ護送するよう勅命を下された!」
それは、辺境伯に対する最後通牒だった。
王族たちは、まだクレマン辺境伯が「王家の威光」を恐れ、蒼汰たちを裏切って差し出す可能性があると踏んでいたのだ。
辺境の軍事力を削ぐ手間が省けるなら、それに越したことはないという、宰相の狡猾な計算に基づく布告だった。
しかし、その目論見は、10日後の夕刻、辺境伯領から王宮へと届けられた一通の書状によって、粉々に打ち砕かれることになる。
王の執務室。
バルカエス王、宰相、クレア姫の前で、軍務大臣が震える声でその書状を読み上げていた。
「『……我がクレマン領は、領民に豊かな食と平和をもたらした豊穣の英雄たちを、絶対の同盟者として保護する』」
「な……に?」
王の顔が、怒りで赤黒く染まり始める。
「『……王宮の度重なる不当な要求と、使節団による領民への暴力行為は、断じて看過できるものではない。
よって、我がクレマン領は、今日この時をもってバルカエス王国との隷属関係を破棄する』」
「……き、貴様ッ! それは……!」
「『……迫り来る王宮軍に対しては、我が領軍の全軍をもって豊穣の街を死守する構えである。
これ以上の理不尽な侵略行為には、断固たる武力をもって抗戦する所存である』」
読み終えた軍務大臣が、蒼白な顔で書類を下ろした。
沈黙。
それは、王宮に対する明確な『宣戦布告』だった。
「――おのれェェェェェッ!! 辺境の田舎貴族風情がァァァッ!!」
バルカエス王が、机上のワイングラスを壁に投げつけ、獣のように咆哮した。
「許さん! 断じて許さんぞ! 我が王国の権威に泥を塗り、あまつさえ独立を宣言するなどと……!
宰相! 直ちに神宮寺たちを呼べ! あの生意気な辺境伯の首を、そして『ハズレ職』のゴミ共を、跡形もなく消し去ってこいと命じるのだ!」
「はっ! 直ちに!」
王の怒号が響き渡る中、クレア姫だけは扇子の奥で冷酷な笑みを深めていた。
(……ふふっ。愚かな辺境伯。王国の『最強の剣』を相手に、防衛戦が成立するとでも思っているのかしら。
……まあいいわ。あの街が灰になった報告を、王宮のバルコニーで聞かせてもらいましょう)
◇
同じ頃、王宮の地下に広がる王族専用の特級ダンジョンでは、無残な殺戮が繰り広げられていた。
「オラァッ! 死ね! 死ねェッ!!」
勇者・神宮寺勇輝が、原型を留めないほどに切り刻まれた高位のオーガの死骸に、聖剣を何度も何度も突き立てていた。
飛び散る血しぶきが彼の頬を汚すが、神宮寺は狂ったように哄笑しながら攻撃をやめない。
「あははっ! 勇輝、もうそれ死んでるわよ? ……『聖なる裁き』!」
読者モデルだった聖女・西園寺美海が、癒やしとは程遠い極太の光線を放ち、壁際に逃げようとしていた魔物の群れを、その悲鳴ごと光の中に蒸発させる。
「チッ、効率が悪い。一文字、範囲魔法で一掃しろ」
司令塔の山城が、冷酷な目で戦況を見下ろしながら指示を出す。
「言われなくても。……『業火の嵐』」
賢者ジョブを持つ一文字が杖を振るうと、ダンジョンの空間そのものを焼き尽くすような巨大な炎の渦が発生し、残っていた魔物たちを瞬く間に黒焦げの炭へと変えた。
レベル上げのための訓練というよりは、ただの「八つ当たり」と「虐殺」だった。
彼らは最高クラスの魔物を一方的に蹂躙し、莫大な経験値を得ているはずだった。
しかし――。
「……クソッ! また上がらねえ!」
神宮寺が、自身のステータスウィンドウを睨みつけ、苛立たしげに聖剣を壁に叩きつけた。
「レベルが65からピタリと止まりやがった! 俺は選ばれた『勇者』だぞ!?
この世界で一番強いはずなのに、なんでこれ以上上がらねえんだ!」
「私だってそうよ! なんでこんなに魔物を殺してるのに、ずっとレベルがそのままなのよ!」
美海も金切り声を上げる。
システムによって与えられたチート能力で無双することに慣れきった彼らにとって、どれほど魔物を殺しても「成長できない」というシステムの限界は、耐え難い屈辱と苛立ちをもたらしていた。
荒んだ訓練を終えた彼らは、王宮の豪華なダイニングへと案内された。
テーブルには、彼らのために特別に用意された極上の肉料理が並べられている。
だが、その料理には、彼らの思考を抑制し依存性を高めるための『黒い粉』が、普段よりも明らかに多量に振りかけられていた。
「うめぇ……! やっぱり王宮のメシは最高だぜ!」
神宮寺が、フォークも使わずに手掴みで肉を口に放り込み、獣のように咀嚼する。
美海や山城、一文字も、焦点の定まらない虚ろな目で、狂ったように料理を貪り食っていた。
その光景を、マジックミラー越しに安全な監視室から見下ろしている影があった。
クレア姫だ。
「ふふっ……あはははっ! 本当に、見事な『豚』に育ちましたこと」
クレア姫は、扇子で口元を隠し、歓喜の笑いを漏らした。
「あの粉の量、今回はいつもの三倍に増やしておきましたの。これで彼らの精神は完全に崩壊し、ただ私の命令に従って破壊を繰り返すだけの、便利な『殺戮人形』の完成ですわ」
◇
食後、豪華なラウンジのソファに深く腰掛けた神宮寺は、薬の作用で異様に高揚し、苛立たしげに貧乏ゆすりを繰り返していた。
「……あいつらが、俺たちより凄いわけがない」
神宮寺が、血走った目で虚空を睨みつけながら呟く。
「俺は『勇者』だぞ。……レベルが上がらないのは、システムの問題だ。
俺の実力じゃない。俺はこの世界で一番強くて、特別で……」
停滞感に苛立っていた彼は、プライドを取り戻すための「憂さ晴らし」の対象を渇望していた。
そこへ、宰相の使いが足早にやってきて、国王からの勅命を伝えた。
「――なんだと? 辺境伯が反乱を起こした?」
神宮寺が、バンッとテーブルを叩いて立ち上がる。
「しかも、あの『浪人』や『清掃婦』どもが、その反乱の首謀者として街を支配してるだと!?」
「その通りです、勇者殿」
使いの騎士が、恭しく頭を下げる。
「陛下は、勇者パーティーの皆様に、辺境の反乱鎮圧と、あの異世界人どもの討伐を命じておられます。
……王国の近衛騎士団を率いて、あの不遜な街を跡形もなく消し去っていただきたい、と」
「……はっ! ははははっ!」
神宮寺の顔に、歪んだ歓喜の笑みが浮かんだ。
「いいぜ、やってやるよ! 最近は魔物狩りにも飽きてたところだ。
ちょうどいい『憂さ晴らし』になる」
神宮寺は、聖剣の柄を強く握りしめた。
「あいつら、俺たちに追放された腹いせに、辺境伯を騙して調子に乗ってるんだろうが……思い知らせてやる。
レベル一のゴミが、レベル六十五の俺たち『勇者』に逆らうことが、どれだけ絶望的なことかをな!」
神宮寺の言葉に、ラウンジにいた他のクラスメイトたち……聖女の美海や、司令塔の山城も、薬物で瞳孔の開いた下劣な笑みを浮かべて同調した。
「本当よね。乃亜とか、昔はちょっと可愛いからって調子に乗ってたけど、泥まみれで泣き叫ぶ顔が見物だわ」
「ふん。小手先の細工で作った街など、俺の魔法で一瞬で吹き飛ばしてやる」
彼らの思考は、完全に狂気に蝕まれていた。
王宮の食事に混ぜられた『黒い粉』のせいもあるが、それ以上に、彼ら自身の「選民思想」と「肥大化したプライド」が、彼らを後戻りできない場所へと突き動かしていたのだ。
「……おい。行くぞ、お前ら」
神宮寺が、部屋の隅で暗い顔をして座っている一部のクラスメイトたちを顎でしゃくった。
「俺たちの力を見せつける時が来たんだ。
……あの辺境の街を火の海にして、俺たち『勇者』の絶対的な強さを、王国中に見せつけてやろうぜ!」
神宮寺の号令により、勇者パーティーと王国の討伐軍は、北の辺境――豊穣の街へ向けて、破滅の進軍を開始した。
どうせただの腹いせの反乱。
すぐに制圧できると高を括る彼らは、自分たちが向かう先にあるのが、決して触れてはならない『天災の巣窟』であることなど、微塵も知る由はなかった。
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