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決戦の準備。街道を駆ける辺境伯と、魔の森の罠

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 トトメス伯爵ら『徴税使節団』が豊穣の街で無様に馬車に轢かれ、王都へと逃げ帰っていったその日の夕刻。


 豊穣の広場では、英雄たちと街の住民たちが集まり、来るべき事態に向けての緊急会議が開かれていた。


「……王国の名代をあんな目に遭わせたんだ。王宮の連中が黙って引き下がるわけがねえ。

 確実に討伐軍を差し向けてくるだろうな」


 蒼汰が、腕を組みながら険しい表情で切り出す。


「ああ。使節団が王都に辿り着き、討伐の勅命が下るまで……早ければ二週間というところか。

 それまでに、この街を『絶対に落ちない要塞』に作り変える必要があるな」


 理人が眼鏡のブリッジを押し上げ、冷静に計算を弾き出す。


 王宮との戦争になる。


 その絶望的な予測を聞いても、豊穣の住民たちの顔には悲壮感はなかった。


 彼らの心には、「自分たちの街と生活は、自分たちで守り抜く」という強固な決意が漲っていたのだ。


「よーし、野郎ども! 明日から大忙しだぜ! ここから先は一歩も通さねえってくらいの、最高のバリケードを作ってやろう!」


 蒼汰が声を張り上げると、ジョーや難民上がりの大工たちが力強く応じた。


 その日から、豊穣の街は一丸となって臨戦態勢へと移行した。


 蒼汰は自身の『赫炎』の力で身体能力を極限まで引き上げ、大人十人がかりで運ぶような巨大な魔骨鋼の支柱を片手で軽々と地面に突き立てていく。


 その横では、刀真が凄まじい速度で戦鎚を振るい、支柱同士を溶接するかのように繋ぎ合わせていた。


「どうだ蒼汰、俺の『錬魔刀匠』の力で作った逆茂木さかもぎは! 

 大鹿の魔骨に冥竜鋼をコーティングしてある。

 これなら近衛騎士の突撃だろうが、攻城兵器だろうが、完全に弾き返すぜ」


 刀真が、鋭く尖った巨大なトゲの群れを満足げに叩く。


「おう、最高だ! これなら俺が本気で蹴っ飛ばしてもビクともしねえな」


 物理的な防衛ラインが着々と構築されていく一方で、街の周囲を囲む森の中では、より陰湿で致死的な罠が仕掛けられようとしていた。


「……計算通りだ。このポイントの風向きと地脈の流れを利用すれば、効率的に『アレ』を隔離できる」


 理人が、羊皮紙の図面と森の木々を交互に見比べながら、淡々と指示を出している。


「楓菜、南西の区画にいる『暴れ風狸マッド・アナグマ』の群れを、C地点まで誘導してくれ。分身を使って、フェロモンカプセルを風上に撒くんだ」


「了解! 『極限瞬歩』、三速!」


 楓菜の身体がブレたかと思うと、三人の『幻影分身』がシュンッと音を立てて森の奥へと散開していく。


 理人が構築していたのは、森の中に人工的な『魔物溜まり』を作り出すという、狂気のバイオトラップだった。


 奈落の森の浅層に生息する凶暴な魔物たちを、特殊なフェロモンと魔素で特定の窪地へと誘導し、乃亜の結界で一時的に閉じ込めておく。


 そして、王国軍が街道を通って森の境界に差し掛かった瞬間、結界を解除し、飢えと興奮状態に陥った魔物の大群を一斉にけしかけるという算段だ。


「……理人くんって、敵に回すと本当にえげつないわよね」


 木の上から戻ってきた楓菜が、呆れたようにため息をつく。


「最大効率で敵の戦力を削ぐための、論理的な最適解だよ。

 僕たちの目的は彼らを全滅させることではなく、戦意を喪失させて退かせることだからね」


 ◇


 街の外で男たちと楓菜が防衛設備の構築に汗を流している頃、街の中央にある調理場と醸造所では、もう一つの重要な戦いが行われていた。兵糧の確保である。


「乃亜ちゃん、こっちの干し肉、水分飛び切ったよ!」


「ありがとう、萌音ちゃん! それじゃあ、最後に私の『浄化』で表面の雑菌を飛ばして、真空状態の樽に詰めていきますね」


 使用しているのは、かつて蒼汰たちを襲った『凶暴熊猪マーダー・ボアグリーズ』をはじめとする、森の中層で狩った高ランク魔物の肉だ。


「これ、ただの干し肉じゃないよね。萌音ちゃんの『鑑定』で見たら、どんな効果があるの?」


 楓菜が、つまみ食いをしようとした手を萌音にペシッと叩かれる。


「この『特製・魔獣の干し肉』はね、継続摂取で『物理耐性アップ(大)』と『継続スタミナ回復』、それに乃亜ちゃんの浄化効果で『精神状態異常の無効化』が付与されてるよ。

 これなら、勇者が使ってくる変なデバフ魔法も弾けるはず!」


「それだけじゃないです! こっちの特製焼き結びも完成です!」


 発酵師のニルスが、大きな籠を運んできた。


 乃亜が育てた艶やかな『銀シャリ』を握り、ニルスの醸造所で熟成された『特製味噌』と『醤油』を表面に塗って炭火で焼き上げた「味噌焼きおにぎり」だ。


「この味噌、魔骨の出汁と薬草が練り込まれてるから、『全ステータス30パーセント上昇』と『一時的な自動回復リジェネ』の効果があります! これなら、みんな怪我をしてもすぐに治りながら戦えるわ!」


 豊穣の街は、約二週間という準備期間をフルに活用し、物理的な罠と、身体能力を底上げする「食」の力によって、鉄壁の要塞へと変貌を遂げていた。



 そして。使節団が追い返されたあの日から、半月が経とうとしていた頃。


「……みんな、集まってくれ」


 ルークが、険しい表情で通信魔導具の羊皮紙を手に広場へと駆け込んできた。


「王都に逃げ帰ったトトメス伯爵の報告を受け、王宮から父上の元へ『反乱の首謀者である蒼汰たち六人を直ちに差し出せ』という最後通牒が届き続けていたんだが……昨日、ついに父上がそれを明確に拒否し、王宮に対して『隷属関係の破棄』を突きつけた。……宣戦布告だ」


 その言葉に、広場の空気がピリッと引き締まる。


 クレマン辺境伯は、王家の威光よりも、領民に豊かな食と平和をもたらした豊穣の英雄たちを「絶対の同盟者」として選んだのだ。


「父上からの通信によれば……王宮は激怒し、すでに勇者パーティーを筆頭とする近衛騎士団の討伐軍を進発させたとのことだ。……ついに、来るぞ」



 ◇



 バルカエス王国の王都の正門から、地鳴りのような行軍の足音が響き渡っていた。


「進め! 辺境の反乱分子どもを、神聖なる王国の力で浄化するのだ!」


 派手な装飾の施された白馬に跨り、高らかに聖剣を掲げるのは、勇者・神宮寺勇輝である。


 その後ろには、聖女の美海や司令塔の山城といった勇者パーティーの面々、そして王都の守りを固めるはずの近衛騎士団が、総勢二千名の隊列を組んで続いていた。


「ふん。たかが田舎の村を一つ潰すのに、大袈裟な軍隊だぜ」


 神宮寺が、鼻で笑う。


 彼の瞳は、王宮で摂取した『黒い粉』の影響で異様にギラつき、理性よりも破壊衝動が勝っている状態だった。

「蒼汰の野郎がどれだけイキっていようが、俺のレベル65のステータスと、この聖剣の前にひれ伏すのは時間の問題だ。……せいぜい、俺を楽しませてくれよ?」


 狂気と慢心に満ちた王国軍は、豊穣の街が長期間かけて用意した死の罠が待ち受けているとも知らず、北の街道を砂埃を上げて進んでいった。



 ◇



 時をほぼ同じくして。


 豊穣の街の南に位置する、クレマン辺境伯領の領都からも、一軍が出陣していた。


 軍の先頭を走るのは、荘厳な黒毛の軍馬に跨る初老の猛将――辺境伯その人である。


「全軍、急ぎ歩調を合わせよ! 我が領の誇りたる『豊穣の街』に、王国の犬どもの薄汚い足を一歩たりとも踏み入れさせるな!」


 辺境伯の号令に、領軍の精鋭騎兵五百名が雄叫びで応える。


 王都から進軍してくる討伐軍よりも先に豊穣に到着し、防衛線に合流する計画だった。


「……それにしても、これは驚いたな」


 辺境伯は、手綱を握りながら、自らの乗る馬の蹄の音に耳を澄ませた。カッカッカッ、と、硬質で心地よい音が続く。


 彼らが今走っているのは、蒼汰と刀真が完成させたばかりの『豊穣街道』である。


『冥竜鋼』を惜しげもなく敷き詰めたその道は、馬の蹄が滑ることなく、泥濘も凹凸も一切存在しない。


「閣下! この道、異常なほど馬の足が進みます! 通常の土の街道に比べ、行軍速度が倍以上出ておりますぞ!」


 副官の騎士が、興奮した面持ちで報告に並び駆けてきた。


「うむ。私も驚いておる。……蒼汰殿たちが『交易を豊かにするため』と敷いてくれたこの道だが、まさか軍隊の迅速な展開にまでこれほどの影響を及ぼすとは」


 辺境伯は、遥か北に見える奈落の森のシルエットを見つめ、深く感嘆の息を漏らした。


 補給線を確保し、軍隊の移動速度を極限まで高める。


 それは戦争において勝敗を分ける最も重要な要素だ。


 蒼汰たちは平和的な理由でこの道を作ったのだろうが、結果として、領地の防衛力を桁違いに引き上げていたのである。


 彼らの先見の明と、街を要塞化する技術力は、もはや一国の王のそれを凌駕している。


「進め! 時代を変える本物の英雄たちが、我々を待っているぞ!」


 辺境伯軍の騎馬隊が、冥竜鋼の黒い道の上を、飛ぶような速度で駆け抜けていく。


 王国軍の狂気と、辺境軍の決意。


 二つの巨大な軍勢が、鉄壁の要塞と化した豊穣の街へ向けて、ついに激突の刻を迎えようとしていた。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

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