逃げ帰る使節団。揺るがない豊穣の絆
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王宮からやってきた『徴税使節団』を乗せた馬車が、北の街道の彼方へと逃げ去っていく。
その車輪が巻き上げる砂埃が完全に消え去るまで、豊穣の広場は水を打ったような静寂に包まれていた。
「……やりやがったな、お前ら」
静寂を破ったのは、ルークだった。彼は呆れたように額を押さえながらも、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
「王国の名代である伯爵を自らの馬車で轢かせ、近衛騎士団を完全に震え上がらせて追い返すとは……。
これで完全に、王国との全面衝突は避けられなくなったぞ」
ルークの言葉に、蒼汰は首の後ろを掻きながらニッと笑う。
「悪かったな、ルーク。でも、あいつらが俺たちのメシと仲間を奪おうとするなら、黙って見てるわけにはいかねえだろ」
「全くだ。俺の嫁さんを奴隷にするなんて抜かす奴らに、容赦は必要ない」
刀真も、戦鎚を肩に担ぎ直しながら鼻を鳴らす。
王国に目をつけられるリスク。
それは、この辺境の開拓都市にとって、本来ならば絶望的な事態を意味する。
王国が誇る正規軍や、チート能力を持つ『勇者パーティー』が討伐に動けば、普通の街など一日と持たずに火の海と化すだろう。
「……みんな、ごめんな」
蒼汰が、広場に集まった住民たちに向けて深く頭を下げた。
「俺たちが王宮の奴らを怒らせちまったせいで、この街が戦場になるかもしれない。
……もし、怖い奴や、ここから逃げたい奴がいるなら、俺たちが全力で護衛して安全な場所まで送り届ける」
蒼汰の謝罪に、住民たちは顔を見合わせた。
そして。
「……何言ってんだい、蒼汰先生!」
声を上げたのは、この街の基礎を一緒に築き上げてきたゲン村長だった。
「王国の軍隊が来る? それがどうしたってんだ!
俺たちは元々、あの奈落の森の魔物に脅かされ、王都の重税に苦しめられて、いつ死んでもおかしくない泥水のような生活をしてたんだ!
それを救ってくれたのは、あんたたちじゃないか!」
「村長の言う通りだ!」
街のみんなが、一斉に拳を突き上げる。
「俺たちが腹いっぱい美味い飯を食えて、夜も安心して眠れるのは、あんたたちがこの街を作ってくれたからだ。
王宮の犬どもがなんだ!
俺たちの街と飯は、俺たち自身で守り抜いてみせるさ!」
「そうだ! 豊穣の英雄、万歳!」
「王国の奴らなんかに、屈して堪るか!」
ウオォォォォォォォォッ!!
広場を揺るがすほどの、怒号のような歓声。
誰一人として、怯える者はいなかった。
王宮から派遣された使節を叩き出したことで、彼らは「王国の圧政に怯える民」から「自分たちの国を守る誇り高き住民」へと、完全に精神的な進化を遂げていたのだ。
「……まったく。この街の人間は、君たちに似て非合理的で、向こう見ずな連中ばかりだな」
理人が眼鏡を押し上げながら、やれやれとため息をつく。
しかし、その瞳もまた、誇らしげな光を帯びていた。
「よし! じゃあ、厄介払いも済んだことだし、今日は前祝いで宴会だ!
乃亜ちゃん、とびきり美味しいおにぎりをお願いね!」
楓菜が明るく宣言すると、住民たちの歓声はさらに大きくなった。
王国の脅威が迫っているというのに、豊穣の街は恐怖に沈むどころか、かつてないほどの一致団結を見せ、盛大な宴へと突入していったのである。
◇
広場が宴会の熱気に包まれる中。
ルークは一人、政務室の奥にある通信魔導具の前に立っていた。
領都クレマンの中枢部、父である辺境伯と直接繋がる極秘の回線だ。
『……ルークか。どうした、息災にしているか?』
ノイズ混じりの声の向こうに、辺境伯の威厳ある声が響く。
「父上。緊急のご報告があります。
先程、王都より『徴税使節団』を名乗るトトメス伯爵の部隊がやってきました」
『……トトメスだと? あの強欲なだけの小悪党が。
それで、奴らは何と言ってきた?』
「……この街の資産の八割の接収と、特定の技術を持つ人材の、王都への奴隷としての強制連行です。
拒めば反逆罪として街を焼き払う、と」
『――ッ! 己の足元すら見えぬ愚か者どもめ!』
通信魔導具越しでも分かるほどの、辺境伯の激しい怒気が伝わってくる。
『それで、蒼汰殿たちはどうした?』
「……はい。刀真がトトメスの馬車をひっくり返し、彼らは命からがら王都へ逃げ帰りました」
『……ふっ。ははははっ!』
一瞬の沈黙の後、辺境伯の豪快な笑い声が響いた。
『そうか。あやつららしい痛快な返答だな!
ルークよ。奴らが逃げ帰った以上、王宮は面子を保つために必ず討伐軍を差し向けてくるだろう。
……我がクレマン領も、ついに決断の時が来たようだな』
「……父上。それは」
『ああ。王家の腐敗は、もはや留まるところを知らん。
……あの『冥竜鋼』の道を敷き、領民に豊かな食をもたらした蒼汰殿たちを、私は領主として、いや、一人の人間として絶対に見捨てん』
辺境伯の声には、微塵の迷いもなかった。
『ルークよ、蒼汰殿に伝えよ!
我がクレマン領は、今日この時をもってバルカエス王国と袂を分かつ!
迫り来る王宮軍に対しては、領軍の全軍をもって『豊穣の街』を死守する構えである、とな!』
「――はっ!!」
ルークは、胸の奥から湧き上がる熱い感情を抑えきれず、深く頭を下げた。
辺境の一都市の小さな反逆が、今、領地全体を巻き込む「独立戦争」へとその規模を拡大した瞬間だった。
◇
その夜。
外で住民たちが宴会で盛り上がる中、政務室には蒼汰、理人、刀真、乃亜、楓菜、萌音の六人と、ルークが集まっていた。
机の上には、豊穣の街とその周辺の精緻な地図が広げられている。
「……辺境伯様が、そこまで言ってくださったのか」
ルークからの報告を聞き、蒼汰が驚いたように息を吐く。
「ああ。クレマン領軍も、防衛のための援軍を出してくれるそうだ。
だが、主戦場になるのは間違いなくこの豊穣の街だ。
……防衛策を練らなければならない」
「防壁の強化なら、俺に任せておけ」
刀真が、地図の街の外周を太い指でなぞる。
「残っている『冥竜鋼』のストックを全部溶かして、既存の防壁をコーティングする。
大砲の弾だろうが、魔法だろうが、傷一つつけさせねえ『絶対防壁』を作り上げてやる」
「罠と迎撃システムの構築は僕の管轄だ」
理人が、眼鏡のブリッジを押し上げながら計算式を書き込んでいく。
「敵が『豊穣街道』を進行ルートに選ぶ確率は九十九パーセント。
街道沿いに『腐死蛇』の毒素を散布する仕掛けと、宝石獣の結晶回路を用いた自動迎撃トラップを敷き詰める。
これだけでも、正規軍の進行速度を六割は削げるはずだ」
「偵察と索敵は私に任せて!」
楓菜が、頼もしく胸を叩く。
「私の『幻影分身』を使えば、森の中からの奇襲も完全に防げるわ。
敵の部隊構成と進行ルートは、一秒の狂いもなく伝達してみせるから!」
「物資の管理と、みんなのステータス把握は私がやるね」
萌音が、薬指の指輪を撫でながら微笑む。
「長期戦になっても大丈夫なように、備蓄の分配ルートはもう計算してあるよ。
いつでも最高のパフォーマンスで戦えるようにサポートするね」
「私は……絶対に、負傷者は出させません」
乃亜が、決意を秘めた瞳で真っ直ぐに前を向く。
「結界の出力を最大まで引き上げて、街の中には絶対に攻撃を通さない。
……もし怪我人が出ても、私の『癒やしの光』で、すぐに治してみせるから」
仲間たちが次々と自分の役割を宣言していく。
二年前、ただ王宮に怯え、逃げることしかできなかった四人の少年少女は、今やそれぞれが軍隊に匹敵する力を持つ、絶対的なプロフェッショナルへと成長していた。
最後に、蒼汰がニッと笑って拳を鳴らす。
「よし。じゃあ、俺の役割は一つだな」
蒼汰の瞳に、静かで、けれど圧倒的な熱量の『赫炎』が灯る。
「防壁と罠を抜けて、のこのこやってきた王宮の連中を……この手で、真正面からぶっ飛ばす。
二年前の借りも含めて、たっぷりと利子をつけて返してやるよ」
その言葉に、誰もが力強く頷いた。
迫り来る王国の脅威。かつて自分たちを見下した『勇者』たちとの激突の足音。
だが、豊穣の英雄たちの心には、もはや不安も恐怖も存在しない。
極上の名物料理で腹を満たし、鋼の絆で結ばれた彼らは、次なる戦い――己の平和と居場所を守るための防衛戦に向けて、最高の笑顔で迎え撃つ準備を整えるのだった。
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