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圧倒的な力の差。王宮の犬と、震える刃

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

「――おととい来やがれ、王宮の犬ども」


 蒼汰がニヤリと笑い、全身からほんの数パーセントだけ『赫炎』の熱量を漏らした瞬間。


 豊穣の広場の空気が、物理的に歪んだ。


 ビリビリと肌を刺すような高密度の魔力。刀真が戦鎚を肩に担ぎ直しただけで発生する、重力すら捻じ曲げるような静かな威圧感。


 二人の青年の姿は、王国の近衛騎士たちの本能に直接『死』のイメージを叩き込んでいた。


「な、なんだ……このプレッシャーは……!」


「息が、できな……ッ!」


 五十人の精鋭騎士たちは、誰一人として剣を振り下ろすどころか、一歩も前へ踏み出すことができなかった。冷や汗が額を伝い、剣を握る手がガタガタと情けなく震えている。


 二年前、鑑定の儀で「ハズレ職」と蔑んだあの少年たちの面影は、そこには微塵もなかった。


 彼らの目の前にいるのは、深淵の主を何体も葬り去ってきた、人の姿をした天災そのものだ。


「ひ、ひぃぃ……っ! 貴様ら、何をしている! 早くその泥水すすりどもを斬り捨てろ! 

 お前たちは王宮が誇る、平均レベル40超えの精鋭騎士団だろうがッ!」


 トトメス伯爵が、恐怖で顔を引き攣らせながら馬車の上から喚き散らす。


 だが、その虚勢を、鈴を転がすような笑い声が軽やかに打ち砕いた。


「ふふっ。精鋭騎士団、ですか」


 蒼汰と刀真の後ろから、萌音が歩み出る。


 彼女は薬指の虹星晶を輝かせながら、空中に半透明のウィンドウを展開した。


 彼女の真ジョブ『管理者権限』による、絶対的な『鑑定』の力である。


「ええと……平均レベルは38ですね。しかも、王都の安全な訓練場でスライムやゴブリンばかり狩って上げた、中身のない『養殖』のステータス。

 実戦経験が足りていないから、精神力(MEN)の数値が極端に低いです。

 ……ああ、それにトトメス伯爵? 

 あなたのその馬車の底、隠し金庫に王宮から横領した金貨がぎっしり詰まっていることも、私の目にははっきりと視えていますよ?」


「な、ななな……ッ!?」


 トトメス伯爵の顔面から、一瞬にして血の気が引いた。


 絶対の機密であるはずの横領を一目で見抜かれ、騎士たちの脆弱な精神性まで暴き出されたのだ。


 萌音の正確無比な情報分析力の前に、使節団が纏っていた『王国の権威』というメッキは完全に剥がれ落ちた。


「だ、駄目です! こんな連中、勝てるわけが……!」


 騎士の一人が悲鳴のような声を上げた、その時だった。


「くそっ、ならば……!」


 極限の恐怖と、すべてを見透かされた屈辱に耐えきれなくなった一人の騎士が、完全に冷静さを失い、凶行に走った。


 彼は蒼汰たちから少し離れた場所にいた、豊穣の街の村人――小さな子供を庇うように立っていた母親の腕を掴み、強引に引き寄せ、その首筋に剣を突き立てたのだ。


「動くなッ! 一歩でも動けば、この女の首を刎ねるぞ!」


「きゃあああっ!」


「お母さんっ!」


 広場に悲鳴が上がる。


 騎士は血走った目で蒼汰たちを睨みつけた。


「へ、へへっ……どうだ! 街の人間が可愛いなら、おとなしく剣を捨てて両手を……」


 シュッ、シュッ。


 風を切るような、微かな音が二つ。


 騎士が言葉を言い終えるより早く、空気を切り裂いて飛来した『何か』が、彼の手から剣を弾き飛ばした。


「……あ?」


 騎士が呆然と自分の手を見下ろす。


 彼の両肩には、いつの間にか音もなく『漆黒の矢』が深々と突き刺さっていた。


 激痛が走る前に、彼の両腕は完全に感覚を失い、ダラリと垂れ下がっている。


 理人の調合した麻痺毒を塗った、楓菜の矢だ。


「――っああああああああっ!?」


 一拍遅れて、騎士が絶叫を上げた。


 だが、その声は、彼の背後から聞こえた『冷たい囁き』によって、恐怖と共に凍りついた。


「……人の街で、随分と野蛮な真似をしてくれるじゃない」


 いつの間にか。


 本当にいつの間にか、騎士の背後に、栗毛のポニーテールを揺らす少女――楓菜が立っていた。


 彼女は『極限瞬歩』で音速を超えて移動し、王宮の騎士が瞬きをする間に背後を取り、その首筋に冷たい短刀を当てていた。


「ひっ……! い、いつの間に……っ!」


「私たちの街の住人に、その汚い手を二度と触れないで。

 ……次に動いたら、今度は肩じゃ済まさない。をいただくわよ」


 楓菜の静かで、けれど絶対的な殺気を孕んだ声に、騎士は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


 母親と子供が、恐怖でその場にへたり込む。


 突きつけられていた剣先が触れ、母親の首筋には微かに血が滲んでいた。


「大丈夫ですか? もう安心ですよ」


 そこに、柔らかな春の風のような声が降り注いだ。


 乃亜である。


 彼女がそっと母親の肩に触れ、『癒やしの光』を指先から灯した瞬間。首筋の傷は一瞬で塞がり、それどころか、広場を包んでいた緊迫感と恐怖の余韻すらも、温かな光の波動となって浄化されていく。


「あ……ありがとうございます、乃亜様……!」


「ああっ……なんて神々しい……!」


 母親が涙を流して感謝し、騎士たちはその光景に愕然とした。


 王宮で最も神聖とされる『聖女』の魔法すら凌駕する、圧倒的で純粋な癒やしと浄化の力。


 それを、かつて『清掃婦』と蔑まれた少女が、息をするように自然に行っているのだ。


 力でも、情報でも、速さでも、そして癒やしでも。


 騎士たちは、自分たちがすべての領域で「赤子扱い」されている事実を悟り、完全に戦意を喪失した。


「ひぃぃっ……! ば、化け物どもめ! 

 私を誰だと思っている! 国王陛下の名代だぞ!

 私に指一本でも触れれば、王国軍がこの街を火の海に……!」


 トトメスが後ずさりしながら喚き散らす。


 だが、その言葉すらも、空気を読まない男の静かな足音によって遮られた。


「……五月蝿いな。成分解析の計算が狂う」


 理人である。


 彼は白衣のような特製の外套を翻し、無言、無表情のまま、トトメス伯爵たちの前へと歩み出た。


 彼の手には、薄紫色の液体が入った小さなガラス瓶が握られている。


「な、なんだ貴様は! 私に近づくな!」


 トトメスが叫ぶが、理人は眼鏡の位置を直しながら、淡々と告げた。


「これは、奈落の森の深層に生息する『腐死蛇カース・パイソン』の猛毒と、『宝石獣』の残留魔素を掛け合わせ、さらに僕の『陰陽師』のスキルで結晶化させた特製ポーションだ」


「ど、毒だと……!?」


「ああ。致死性はないが、皮膚に触れた瞬間、強烈な幻覚作用と、全身の痛覚が三倍に跳ね上がるデバフを引き起こす。……効果時間は、およそ七十二時間だ」


 理人はそう言うと、親指でポンッと瓶の蓋を開けた。


 その瞬間。


 シュゥゥゥゥッ……と、瓶の口から紫色に輝く不気味な気体が漏れ出し、足元の草花が一瞬で枯れ果て、黒く変色した。


「……ひっ!?」


 騎士たちが、本能的に命の危険を感じて一斉に後ずさる。


 致死性はないと言いながら、目の前の草は完全に死滅しているではないか。


 理人の論理と狂気が混ざり合った瞳に、彼らは底知れぬ恐怖を覚えた。


「さて。この街の空気をこれ以上汚染されるのは、統計的に見て非常に不快だ。

 ……君たち、この瓶を投げられる前に、自らの意志で撤退する気はないか?」


「ば、馬鹿な……っ! こんな辺境の貧民どもが、王宮の使節に……!」


 トトメスが震える声で強がるが、彼の足はすでに恐怖でガタガタと震えていた。


「貧民? 誰がだ」


 蒼汰が、ゆっくりとトトメスの馬車の前に歩み寄る。


「俺たちは、この『豊穣』の街の住人だ。

 ……俺たちのメシと平和を奪おうってんなら、相手が王様だろうが魔王だろうが、容赦はしねえ」


 蒼汰が、馬車の車輪の横にそびえ立つ、装飾用の巨大な岩石に拳を添えた。


 そして、力を込めることもなく、ただ『軽く』押し込む。


 バキィィィィィィィィィィンッ!!!!


 大砲でも撃ち込まれたかのように、大岩が粉々に砕け散る。その凄まじい衝撃波と突風をもろに受け、トトメスの豪華な馬車は堪えきれずに完全に横転した。


「……ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 トトメスが横転した馬車から転げ落ち、無様に地面を転がる。


 圧倒的な恐怖に完全に心を折られた伯爵と騎士たちは、横転した馬車や荷物すらも見捨てて、一目散に逃げ出そうとした。


 だが。


「おいおい、忘れ物だぜ」


 逃げようとする彼らの背後に、ドスンッ! と凄まじい地響きが鳴った。


 全員が振り返ると、そこには信じられない光景があった。


 刀真が、数トンの重量があるはずの横転した馬車を、たった一人でやすやすと持ち上げていたのだ。


「さっき萌音が言ってた『隠し金』、無くしてもいいのかよ?」


 刀真が獰猛な笑みを浮かべ、持ち上げた馬車をトトメスの方へと勢いよく押し出した。


 ゴロゴロゴロ……ッ!! と異常な速度で転がっていく巨大な馬車。


「あ、ああああっ!?」


 逃げ遅れたトトメスは、自らの馬車に無様に轢かれ、豚のような絶叫を上げた。


 車輪の下敷きになり、泥まみれで這いつくばる伯爵の前に、蒼汰がゆっくりと歩み寄る。


「……おい。二年前、俺たちをゴミ扱いして森に捨てた連中に伝えておけ」


 蒼汰が、見下ろすように冷たい声で告げる。


「俺たちは生きてる。……そして、お前らが一生かかっても届かない場所で、最高の飯を食ってるってな」


 その言葉は、王宮の使節団に対する、絶対的な『格の違い』を見せつける死刑宣告だった。


 情報、武力、速さ、魔法、そして圧倒的な暴力。


 そのすべてにおいて手も足も出ないことを悟ったトトメス伯爵と五十人の近衛騎士団は、もはや反論する気力すら失った。


 彼らは武器を捨て、馬車に轢かれてボロボロになった伯爵を引きずりながら、命からがら北の街道を王都へと逃げ帰っていくのだった。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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