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迫る使節と、笑顔の裏の絶対的な威圧

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 領都クレマンでの凱旋から数日。


 豊穣の街は、いつも通りの穏やかな活気に包まれていた。


 街の外れに新設された広大な放牧地では、六人の英雄たちが、辺境伯から下賜された六頭の軍馬と戯れていた。


「……よしよし、いい子だ。お前は今日から『疾風ハヤテ』だからな」


 蒼汰が、自分の愛馬となる漆黒の牡馬の首筋を撫でながら上機嫌に語りかける。


 しかし、ハヤテは蒼汰の撫でる手を鬱陶しそうに振り払い、ブルルルと鼻を鳴らしたかと思うと、一目散にある人物の元へと小走りで向かっていった。


「あれ? こら、どこ行くんだよ!」


 蒼汰が慌てて追いかけると、ハヤテは楓菜の腕の中にすっぽりと顔を埋め、甘えるようにすりすりと頬を擦り付けていた。


「よしよし、いい子ねぇ。ハヤテくんは本当に毛並みが綺麗ね」


 楓菜が、自分の愛馬である栗毛の牝馬と、蒼汰のハヤテの二頭を両手で器用に撫で回している。


 ハヤテはすっかり骨抜きにされ、トロンとした目で楓菜を見つめていた。


「……おいおい、マジかよ。なんで俺の馬が、俺より楓菜に懐いてるんだよ……!」


 蒼汰がショックで膝から崩れ落ちる。


「ふふっ、仕方ないでしょ。私は『叉鬼またぎ』のジョブ持ちなんだから、動物との親和性は誰よりも高いのよ」


 楓菜は得意げに笑い、ハヤテのたてがみを優しく梳く。


 その姿は、森の動物たちを愛する、等身大の無邪気な少女そのものだった。


 その光景を、少し離れた場所から静かに見つめている男がいた。


 理人である。


 彼は、自分の愛馬である芦毛の馬に、自作の栄養補給用タブレットを食べさせながら、楓菜の横顔から目を離せずにいた。


「……理人くん? どうかしたの?」


 隣で萌音と刀真が仲良く馬のブラッシングをしている横で、乃亜が不思議そうに首を傾げる。


「……いや。……動物と触れ合う際のホルモン分泌による精神安定効果を……観察していただけだ」


 理人は早口で言い訳をしながら、視線を逸らした。


 だが、その内心では、先日、薬草園で「論理を封印して」と言い放った彼女の言葉がリフレインしていた。


(……彼女は、本当に。……理屈を超えた、不思議な引力を持っている)


 理人は、自分でも気づかないうちに、口元に微かな笑みを浮かべていた。


 平和で、満ち足りた日常。


 だが、その穏やかな空気を引き裂くように、街の中央にそびえ立つ物見櫓から、切羽詰まった鐘の音が鳴り響いた。


 カーンッ! カーンッ! カーンッ!


「……敵襲か!?」


 蒼汰が身構える。


「いや、魔物の襲撃なら結界が弾くはずだ。……人間の軍隊か!」


 刀真が、素早く愛用の戦鎚を手に取る。


「私が様子を見てくる!」


 一瞬前まで馬と無邪気に戯れていた楓菜の表情が、凍てつくような『叉鬼』のそれに切り替わった。


 シュンッ!!


 楓菜の身体がブレたかと思うと、音を置き去りにして、物見櫓の頂上へと『極限瞬歩』で駆け上がっていった。


「……見えた。南の街道から、一隊の馬車と……重武装の騎士団。三十……いや、五十人はいるわね」


 上空から、楓菜の透き通るような声が響く。


「馬車の紋章は……バルカエス王家の双頭鷲! 王都からの使節団よ!」


「王宮の連中だと……!?」


 蒼汰の顔が、怒りで険しくなる。


 二年前、自分たちをゴミのように見捨てた連中が、今更何の用だというのか。


「……みんな、落ち着いて」


 ルークが、険しい表情で広場へと駆けつけてきた。


「相手が王家の使節団なら、迂闊に手を出すことはできない。

 ……ここは、街の代表として僕が対応する。みんなは、いざという時のために下がっていてくれ」


「……分かった。ルークに任せる」


 蒼汰は悔しそうに拳を握りしめながらも、ルークの言葉に従った。


 ◇


 数十分後。


 豊穣の街の正門が開き、王宮からの『徴税使節団』が、土足で街の広場へと踏み込んできた。


 先頭の豪華な馬車から降りてきたのは、派手な貴族服を着崩し、傲慢な笑みを浮かべた太った男――徴税使節のトトメス伯爵である。


「ほう。これが、最近噂になっている辺境の街か。

 ……なるほど、道は綺麗に舗装され、建物もしっかりしている。貧民の集まりにしては、随分と羽振りが良いようだな」


 トトメス伯爵は、広場に集まった住民たちを、まるで家畜の群れを見るような目で見下した。


「ようこそ、豊穣の街へ。私はこの街の政務を預かる、クレマン辺境伯の息子、ルークと申します。王宮からの使節団とは、いかなるご用件でしょうか?」


 ルークが、礼儀正しく、しかし辺境伯の息子としての誇りを持って進み出る。


「ふん。辺境伯の息子だと? 田舎貴族の小せがれが、私を誰だと思っている?」


 トトメス伯爵が、鼻で笑う。


 本来、爵位としては辺境伯の方が上であるにもかかわらず、王都の中央貴族であるというだけの理由で、彼はルークをあからさまに見下していた。


「私は国王陛下の名代、トトメス伯爵である! 

 本日は、貴様ら未開の地の民に、王家からの『慈悲深い沙汰』を伝えに来てやったのだ」


 トトメスは、背後の騎士から羊皮紙の巻物を受け取り、もったいぶって広げた。


「第一に。この街が違法に蓄財した利益を、王国への『特別税』として接収する。今ある物資、および金貨の八割を直ちに差し出すこと」


「な……八割だと!?」


 広場の住民たちから、怒りと悲鳴が上がる。


 それは、街を維持するための最低限の備蓄すらも奪い去る、文字通りの略奪宣言だった。


「静まれ! まだ続きがある」


 ダルマンが、住民たちの反応を愉しむように薄笑いを浮かべる。


「第二に。この街に、特殊な技術を持つ者がいるそうだな。未知の鋼を作る細工師と、美味なる料理を作る女。

 ……その二名は、直ちに王都へ出頭し、王宮専属の『奴隷』として一生を捧げること。

 これを拒むなら、街ごと反逆罪として焼き払うものとする」


 ルークの顔が、怒りで真っ赤に染まった。


「……ふざけるな。この街は、辺境伯様の保護下にある独立した自治都市だ! 

 そのような理不尽な要求、絶対に呑むわけにはいかない!」


「ほほう? 田舎貴族が、国王陛下の勅命に逆らうというのか? 

 貴様らのような辺境の泥水すすりが、王家に盾突くとはな」


 トトメスが指を鳴らすと、背後の五十名の近衛騎士団が一斉に剣を抜き、殺気を放った。


 だが。


 その絶対的な威圧を前にしても、豊穣の住民たちは、誰一人として怯えてはいなかった。


 彼らはただ、静かに道をあけ、その後ろに立つ「英雄たち」へと視線を送った。


「……おい、ルーク。もういいか?」


 住民の輪の中から、二人の青年がゆっくりと歩み出てきた。


 蒼汰と、刀真である。


「なんだ、貴様らは。命乞いでもしに来たのか?」


 トトメスが、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「命乞い? 誰が?」


 蒼汰が、ニヤリと不敵に笑う。


「俺たちはただ、お前らみたいな『小悪党』の顔を、久しぶりに間近で見たくなってな」


「貴様ら……っ! 無礼だぞ! 捕らえろ!」


 トトメスがわめき散らすが、近衛騎士たちは一歩も動かなかった。


 いや、動かなかったのではない。


 蒼汰と刀真の二人が、ただそこに立っているだけで、騎士たちの本能が『死』を警告し、全身を硬直させていたのだ。


「……王都への連行だと? 冗談キツいぜ」


 刀真が、首の骨をポキポキと鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべる。


「俺の嫁さんと、俺の親友の想い人を、お前らみたいなゴミの集まりに渡すわけねえだろ」


「……この街の飯と、俺たちの平和を奪おうってんなら」


 蒼汰の全身から、微かに、ほんの数パーセントだけ『赫炎』の熱量が漏れ出した。


 それだけで、広場の空気が焼け焦げ、トトメスの額から滝のような冷や汗が噴き出す。


「――おととい来やがれ、王宮の犬ども」


 二人が放つ常軌を逸したプレッシャーの前に、五十人の精鋭騎士はただの一歩も踏み出せない。


 二年前、奈落の底で泥水を啜らされた無力な少年たちは、もうここにはいない。


 王都の常識に縛られた愚か者たちへ突きつける、痛快で容赦のない『反逆』の鉄槌が、今まさに振り下ろされようとしていた。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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