無能の烙印 嘲笑のステージ
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(動け……っ。何やってんだ俺、早く助けに行けよ!)
神聖なる『神具の間』の冷たい石床に崩れ落ち、嗚咽を漏らす冨永乃亜。
つい先ほどまで熱狂に包まれていた王宮の空気は完全に冷え切り、彼女にはあからさまな見下しと嘲笑が浴びせられている。
中学時代から誰にでも優しく、クラスの中心で光り輝いていた高嶺の花。
彼女が【清掃婦】という最底辺のジョブを引き当てた瞬間、神宮寺勇輝すらも「背負いきれない」と彼女を見捨てたのだ。
助けに行かなければ。
そう頭では分かっているのに、蒼汰の足は石床に縫い付けられたように動かなかった。
王族たちが放つ威圧感、そして「強者」の側に回ったクラスメイトたちが作り出す、絶対的な同調圧力。
異世界という異常な空間で可視化された『カースト』の暴力的な空気に呑まれ、蒼汰は一歩を踏み出す勇気を出せなかったのだ。
(くそっ……俺は、どこまで情けないんだ……!)
己の不甲斐なさに奥歯を噛み砕きそうなほど強く食いしばった、その時だった。
「次。梶原様、前へ」
宰相の冷ややかな声が響いた。
蒼汰の隣で、梶原理人が「……やれやれ」と短くため息をつき、静かに祭壇へと歩み寄った。
理人は眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、迷いなく水晶に手を触れた。
ぼんやりとした、緑色のひ弱な光が浮かび上がる。
【梶原 理人:ジョブ『毒見役』】
「毒見役……?」
クラスメイトの一人が、間の抜けた声を上げた。
宰相が、あからさまに顔をしかめて舌打ちをする。
「……王侯貴族の食事に毒が入っていないか、自らの体を犠牲にして確かめるだけの役職か。
これもまた、非戦闘職のハズレだな」
「はあ!? ただ飯食って腹壊すだけのジョブってこと!? ダッサ!」
男子生徒たちがゲラゲラと笑い出す。
理人は周囲の嘲笑を気にする素振りも見せず、冷静に口を開いた。
「無知とは恐ろしいね。未知の環境下において、動植物の毒性や化学物質の成分を解析することは生存確率を飛躍的に高める。
僕の知識と掛け合わせれば――」
「おいおい、異世界に来てまで理屈っぽいオタク語りかよ。
お前はただの毒見係だ、黙って隅っこで震えてろ」
山城翔也が冷笑と共に切り捨てると、再びドッと笑いが起きた。
理人は「……原始的な猿の群れと会話を試みた僕が愚かだったよ」と毒づき、そのまま表情を変えずに蒼汰の横へと戻ってきた。
「次。福島様」
嘲笑の熱が冷めやらぬ中、元弓道部の福島楓菜が呼ばれた。
ショートカットの髪を揺らし、一人で壁際に立っていた彼女は、ひどく居心地悪そうに祭壇へと進み出た。
水晶に触れると、くすんだ茶色の光が灯る。
【福島 楓菜:ジョブ『警備員』】
「け、警備員……?」
王族たちが、もはや隠そうともしない失望の溜め息を漏らした。
「……前衛の盾になるわけでもなく、ただ見張りをするだけの役職か」
クラスメイトたちの中で、再びクスクスと意地の悪い笑い声が広がり始める。
「てかさ、あいつの名前、字面は『福島』なのに読みは『くしま』だろ?」
「あー、『ふ』が無いから、ふなっしー!」
「ぷっ、ふなっしーが工事現場で交通整理の警備員やってるぜ! ウケる!」
以前から一部の男子がからかって使っていたそのあだ名が出た瞬間、広間は爆笑の渦に包まれた。
「おいふなっしー、ちょっとジャンプしてみてよ!」
「魔王軍が来たら赤い棒振って誘導すんのか!?」
浴びせられる心無い野次に、楓菜は顔を真っ赤にして唇を強く噛み締めた。
彼女は逃げるように祭壇から駆け下りた。
しかし、彼女が向かったのは元の壁際ではなかった。
楓菜は、床にへたり込んで泣いている乃亜の隣へと真っ直ぐに歩み寄り、庇うようにスッとしゃがみ込んだのだ。
クラスメイトたちを睨みつける彼女の瞳には、傷ついた孤独な獣のような、確かな反骨心が宿っていた。
「――最後。多目様、前へ」
宰相の声が、蒼汰を現実に引き戻した。
広間の全員の視線が、一斉に蒼汰に突き刺さる。
神宮寺の憐れむような目。
美海のニヤニヤとした笑い。
山城の計算高い視線。
蒼汰はゆっくりと深呼吸をし、祭壇の前に立った。
巨大な水晶に、両手を押し当てる。
――頼む。
動けなかった情けない自分を変える、戦える力を。
あいつらを見返せるだけの力を!
蒼汰の祈りに呼応するように、水晶の奥底で微かな光が明滅した。
しかし、爆発的に光り輝くことはなく、ただチカチカと、壊れかけの電球のように頼りない点滅を繰り返すだけだった。
やがて点滅が治まり、空中に文字が浮かび上がった。
そこに記されていたのは。
【多目 蒼汰:ジョブ『浪人』】
「……は?」
蒼汰は、自分の目を疑った。
戦士でも、魔法使いでもない。
清掃婦や毒見役ですらない。
ただの、身分を示す言葉。
「ろ、浪人……? なんだそのジョブは。ステータスはどうなっている!?」
バルカエス王が玉座から身を乗り出して叫ぶが、水晶は沈黙したままだ。
体力も、魔力も、攻撃力も、一切の数値が表示されない。
一瞬の、完全な静寂。
その意味を理解した瞬間、王宮の広間は、この日一番の爆発的な哄笑に包まれた。
「ぶははははっ! 浪人って! 無職ってことだろ!?」
「やば! 現実でも大学落ちて浪人して、異世界に来ても浪人かよ! 筋金入りすぎだろ!」
「あだ名通りじゃん! 『ダメそうだ』は異世界でもダメそうだだな! ぎゃははははっ!」
腹を抱えて笑い転げる男子たち。
涙を流して笑う女子たち。
山城は眼鏡を直しながら「……論外だな。リソースの無駄どころか、存在自体がエラーだ」と冷酷に吐き捨てた。
クレア姫は汚物でも見るかのような目で蒼汰を一瞥し、ハンカチで口元を覆っている。
四方八方から降り注ぐ、嘲笑と蔑みの雨。
蒼汰は、祭壇の前に立ち尽くしたまま、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先。
床に座り込む乃亜が、涙で濡れた瞳で蒼汰を見つめ返していた。
その隣で、群れを鋭く睨みつけていた楓菜と視線が合う。
そして最後に、振り返った蒼汰の隣に立つ理人と、視線が交差した。
理人は、眼鏡の奥の冷徹な瞳で、小さく、だが力強く頷いた。
(……笑ってろよ)
無能だと、ゴミだと笑えばいい。
見つめ合った4人の間には、言葉以上の確かな『連帯』が生まれていた。
やがて、嘲笑の嵐が一段落すると、クレア姫と宰相が満面の笑みを浮かべて神宮寺や山城たちの元へと歩み寄った。
「素晴らしい結果でございます、勇者様、それに選ばれし皆様!
我が国の輝かしい未来が約束されましたわ!」
「ええ! 姫様、俺たちに任せてください!」
神宮寺が胸を張り、美海が「姫様ぁ、私聖女ですよ!」と馴れ馴れしく媚びを売る。
宰相も山城に向かって「司令塔様、後ほど今後の戦略についてゆっくりと……」と揉み手ですり寄っていく。
完全な『勝ち組』の輪。そこから弾き出された蒼汰たち4人の周囲だけ、まるで透明な壁があるかのようにポツンと不自然な空白ができていた。
「……見事な掌返しだ。
有益な駒には媚びへつらい、無価値と判断した個体は視界にすら入れない。
王宮の連中も、あいつらも、実にわかりやすいね」
孤立した空間の中で、理人が呆れたように息を吐く。
その言葉に、蒼汰も小さく肩をすくめた。
「ああ。むしろ好都合だろ。
変に期待されて最前線で使い潰されるより、放置されてる方がまだ生存確率は高い」
「同感だ。あとは、この城からどうやって安全にフェードアウトするかだが……」
周囲の冷たい視線などどこ吹く風で、淡々と生き残るための現状分析を交わす蒼汰と理人。
その二人の背中を、床に座り込んだままの乃亜と、彼女を庇うように立つ楓菜が、じっと見つめていた。
異世界で最底辺のジョブを突きつけられ、パニックになってもおかしくない状況下での、男子二人の静かな頼もしさ。
乃亜の瞳からこぼれていた涙が止まり、楓菜の強張っていた肩の力も、少しだけ抜けたように見えた。
「――それでは皆様!」
ふいに、クレア姫がこちらを振り返り、広間によく響く声で宣言した。
「見事なジョブの覚醒、まことにおめでとうございます!
皆様の輝かしい未来と、神聖なる結果を祝して……さあ、お昼の食事にいたしましょう!」
その言葉に、「メシだメシ!」「腹減ったー!」と無邪気に歓声を上げる『勝ち組』のクラスメイトたち。
だが、姫の視線は神宮寺たちにだけ向けられており、蒼汰たち4人のことは、まるでそこに存在しないかのように完全に無視されていた。
――この直後、彼らは知ることになる。
王宮が用意した『祝福の昼食』が、強者と弱者を分断する、いかに残酷で露骨なものであるかを。
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