豊穣の噂、王都へ。焦る勇者たち
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バルカエス王国の王都。その壮麗な訓練場では、かつて蒼汰たちを「無能」と嘲笑い追放した『勇者パーティー』が、焦燥感に包まれていた。
「……クソッ! また上がらないのか!」
勇者・神宮寺が、聖剣を地面に突き立てて毒づく。
王宮が用意した最上級のダンジョンで魔物を狩り続け、大量の経験値を稼いでいるはずなのに、彼らのレベルは「65」付近でぴたりと止まっていた。
「システムの限界……レベルキャップか。
これ以上の成長には、伝説級の魔石か、あるいは……」
司令塔の山城が冷静に分析するが、その眉間には深い皺が寄っている。
王宮の保護下にある彼らは、システムの枠組みの中でしか強くなれない。
そんな停滞感に苛立つ彼らの耳に、最近、不穏な噂が届き始めていた。
――北の辺境に、見たこともない黒い鋼の道を敷き、ドラゴンの肉を喰らう規格外の連中がいる、と。
◇
その頃、辺境伯領の領都クレマン。
辺境伯の招待を受け、凱旋した蒼汰たちは、領都にある巨大な演武場にいた。
「貴殿らの実力、街道を作った土木作業の片鱗は見せてもらったが、純粋な武技も拝見したいものだな」
辺境伯の好奇心に満ちた提案により、蒼汰と刀真の模擬試合が行われることになったのだ。
周囲の観客席には、ルークや領都の騎士団、同行してきた理人、乃亜、楓菜、萌音の姿もある。
「おい蒼汰、あんまり派手にやるなよ?
ここは俺たちの街の修練場よりヤワなんだからな」
刀真が、宝石獣の肉を食らって更に上がった集中力をますます研ぎ澄ませながら、冥竜鋼製の重厚な盾と木槌を構える。
「分かってるって。……軽く、な」
蒼汰もまた、木剣を構えた。
彼らは勇者たちのように「システム」に依存していない。
深淵の魔物を喰らい、その特性を細胞レベルで取り込むことで、ステータスの数字を超越した身体能力を手に入れている。
『蒼汰くーん! 頑張ってー!』
『あなたー、格好いいところ見せてね!』
観客席から乃亜と萌音、そして楓菜の黄色い声援が飛ぶ。
その瞬間、十九歳の男二人の脳内で、何かが「プツン」と切れた。
「…………おい、刀真。聞いたか?
乃亜が俺を呼んでる」
「…………愛妻が、俺を見てる。
……蒼汰、悪いが『軽く』は無しだ」
二人の瞳に、深淵の主と対峙した時以上の「本気」の炎が宿る。
「『赫炎』――全開ッ!!」
「『爆炎の戦鎚』――最大出力ォッ!!」
ドォォォォォンッ!!
蒼汰の全身から白銀の熱波が爆発し、演武場の石畳が一瞬でガラス状に融解した。
それと同時に、刀真の盾から噴き出した衝撃波が大気を震わせ、周囲の重力を歪める。
「うおらぁぁぁッ!!」
蒼汰が踏み込んだ瞬間、地面が爆発し、彼は「音」を置き去りにして刀真の懐に潜り込んだ。
ガキィィィィィィィンッ!!!!
木剣と盾がぶつかり合ったはずの音は、もはや巨大な質量兵器同士の衝突音だった。
激突の余波だけで演武場を囲んでいた防護障壁が粉々に砕け散り、凄まじい暴風と石飛礫が観客席を襲う。
「――っ! あぶない!!」
破壊された石畳の巨大な欠片が、恐怖に目を見開く子供のもとへ弾け飛んだ。
騎士たちですら反応できない神速の飛来。
しかし、それよりも速く「影」が動いた。
シュンッ!!
爆風を切り裂き、楓菜が『極限瞬歩』でその軌道上に現れる。彼女は空中で身体を捻ると、手にした短刀の腹で巨大な石の礫を鮮やかに弾き飛ばした。
「乃亜、お願い!」
「はい! 『神明・結界』!!」
間髪入れず、乃亜が祈るように両手を掲げた。
瞬時に柔らかな、しかし絶対的な強度を誇る光の壁が観客席全体を包み込む。
蒼汰と刀真が撒き散らす暴力的なエネルギーの余波は、その聖なる結界に触れた瞬間、嘘のように霧散していった。
「な……なんだと……っ!?」
ルークが椅子から転げ落ち、目を剥く。
演武場の惨状にも驚愕したが、今の二人の少女の動きもまた異常だった。
王国の近衛騎士ですら視認不可能な速度で動いた「警備員」と、一国を覆う大魔導師ですら不可能な規模の結界を瞬時に展開した「清掃婦」。
「蒼汰くん! 刀真くん! もうやめて、皆さんが怖がってるわ!!」
乃亜の必死の制止が響くが、女の子たちの声援を「戦え」という合図だと勘違いしたままの二人は、もはや周囲の驚愕など目に入っていない。
「まだまだぁッ! 乃亜にいいとこ見せるんだよッ!」
「こっちのセリフだ! 萌音の前で膝はつかねえッ!」
ズドォォン! バキィィィン! と、領都の心臓部を揺るがす地響きが続く。
辺境伯は、自分の目の前で展開された「神の如き守護」と、目の前で繰り広げられる「天災の如き激突」を交互に見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
「……レベルがなかっただと? だから無能呼ばわりされて追放されただと……馬鹿な。
こやつら、自分たちの力で世界の理を書き換えておるではないか。
戦う者も守る者も……全員が規格外すぎる……」
王都の勇者たちがシステムの提示する「数字」の一喜一憂に苦しんでいる間に、辺境の「無能」たちは、恋する乙女の声援と仲間への信頼をガソリンにして、神の領域へとその足を踏み入れていた。
数分後。
演武場が文字通り「更地」に変わった頃、ようやく満足げに握手を交わす蒼汰と刀真。
しかし、土煙が収まるのと同時に、冷ややかな視線が二人を突き刺した。
「……多目蒼汰くん。遠山刀真くん。これがいわゆる『軽く』の結果かい?
演武場の修復費用と、破壊された防護結界の魔力損失分を計算すると、君たちの今回の褒美が丸ごと吹き飛んでもおかしくない損失だ」
眼鏡を光らせ、フルネームで彼らを呼びつつ、理人が手元の羊皮紙に凄まじい速さで数字を書き込みながら詰め寄る。
「ちょっと、あんたたち! 乃亜ちゃんが結界を張らなきゃ、観客席まで吹き飛んでたのよ!
私の分身も一つ、石飛礫で消えちゃったじゃない!
まったく、声援があったからって調子に乗りすぎ!」
腰に手を当てて怒鳴る楓菜に、蒼汰と刀真は先程までの威勢はどこへやら、揃って小さくなって頭を下げた。
「わ、悪かったよ……乃亜の声が聞こえたら、つい……」
「俺も……萌音が見てくれてると思ったら、全力以外出せなくなっちまって……」
乃亜は「もう、怪我人が出なくてよかったわ」と苦笑しながら、周囲の細かな瓦礫を『浄化』で消し去っていく。
一方、萌音は「刀真、凄く強かったよ!」と変わらずにこにこと彼を全肯定しており、それがかえって楓菜たちの怒りを増長させていた。
そんな説教の嵐の中、ガタガタと震えながらも立ち上がったのはルークだった。
「……何を言っているんだ君たちは! 責めるなんてとんでもない! 素晴らしい、素晴らしすぎるよ!」
ルークは目を輝かせ、蒼汰たちの手を取って激しく揺さぶった。
隣に立つ辺境伯も、深く感銘を受けた様子で大きく頷いている。
「これほどの武勇、王国の歴史を遡っても類を見ない。
演武場などまた作ればいいのだ。
我らクレマン領にとって、これほど心強い同盟者がいてくれることこそが真の宝。
王都の勇者たちにさえ、これほどの覇気はあるまい」
辺境伯は満足げに、執事に命じて特別な褒美を運ばせた。
「貴殿らの強さに相応しい、我が領が誇る名馬六頭を贈ろう。
これからはこの『冥竜鋼』の道を、この馬たちと共に風となって駆け抜けてくれ」
引き連れられてきたのは、毛並みの整った立派な軍馬たちだった。
この新たな「相棒」たちは、領地全体の道路網を広げていくという夢への大きな翼となる。
理人と楓菜の小言はしばらく止まなかったが、馬を手に入れ、辺境伯との絆を深めた六人の顔には、未来を切り拓く英雄としての確かな自信が漲っていた。
この日、クレマン領都に「豊穣の英雄は、一人残らず人の姿をした天災であり、同時に救世の主である」という新たな伝説が刻まれたのである
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