魔力ドーム温泉と、湯煙のハプニング
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第4章の日常・発展編が本格的にスタートします。
今回は、新設された街の目玉施設「魔力ドーム温泉」で巻き起こる、そんな二人の関係を揺るがす大きなハプニング回です。
19歳になった蒼汰と乃亜。二人の距離が、意図せぬ形で強制的に縮まってしまう夜を、どうぞお楽しみください!
開拓都市『豊穣』の夜は、二年前とは比べ物にならないほど明るく、そして賑やかだ。
刀真が深淵の雷鳴鉱を用いて組み上げた新型の魔力炉が、街の要所に設置された魔導街灯へエネルギーを供給し、柔らかなオレンジ色の光が石畳の街道を照らし出している。
数千人にまで膨れ上がった住民たちも、日付が変わる頃には深い眠りにつき、街全体が安らかな寝息を立てているようだった。
そんな静寂の中、街の郊外にある修練場からのみ、鋭く空気を裂くような音が断続的に響いていた。
「……ふっ! しっ! ……はぁっ!!」
上半身裸になり、滝のような汗を流しながら木剣を振るっているのは蒼汰だ。
彼の愛刀である『赫炎・魔竜刀』は強力すぎるため、街の近くで抜けば甚大な被害を及ぼしかねない。
そのため、夜の自主訓練では刀真が打ってくれた超高密度の重木剣を使用している。
(……力の制御が、まだ甘いな。もっと熱量を内側に留めねえと)
ビュンッ! と木剣を振り抜くたび、蒼汰の分厚い胸板と丸太のような腕の筋肉が躍動し、そこから溢れ出た熱気が白い蒸気となって夜空へ立ち昇っていく。
爆炎竜の肉を血肉に変え続けた蒼汰の身体は、十九歳という年齢以上の完成された戦士の肉体へと変貌していた。
その膂力と内包する熱量は、本人は気づいていないが、すでに王宮の騎士団長クラスですら束になっても敵わない領域にある。
「……よし、今日はこのくらいにしておくか」
蒼汰は木剣を置き、手ぬぐいで顔の汗を乱暴に拭った。
全身は汗と泥でベタベタだ。夜風に当たると少し肌寒いが、体内からは常に炉のように熱が発せられているため、風邪を引く気配は微塵もない。
「こんな汗だくじゃ、布団で寝られねえな。……一風呂浴びてから寝るか」
蒼汰が視線を向けた先には、街の中央付近に新設されたばかりの巨大なドーム状の施設があった。
それこそが、この豊穣の街が誇る最新の娯楽施設にして、住民たちの憩いの場――『魔力ドーム温泉』である。
元々は、理人が衛生管理のために「巨大な公衆浴場が必要だ」と提案したのが始まりだった。
そこに刀真が魔力炉による給湯システムを構築し、乃亜が地下水脈から引き上げた水を『浄化』で極上の泉質に変えたことで、王都の貴族すら体験したことのないような最高級の温泉施設が完成したのだ。
ただし、問題が一つだけあった。
急激な人口増加に合わせて急造したため、現在はまだ巨大な浴槽を持つ『大浴場が一つ』しか完成していないのだ。
そのため、お風呂は厳格な『時間交代制』となっている。
「ええと……今の時間は……」
蒼汰は夜空の月を見上げた。
訓練に集中しすぎて正確な時間はわからないが、月の位置からして日付はとうに変わっているはずだ。
温泉のルールでは、夜の22時から24時までが『女性専用』。そして深夜24時から翌朝までは、夜勤の警備隊や男たちのための『男性専用』時間に戻る手はずになっている。
「もう完全に深夜だろ。男の時間だな」
蒼汰は疑うことなくそう判断し、タオルの入ったカゴを小脇に抱えて、ドーム温泉へと足を向けた。
◇
深夜の温泉施設には、受付の人間もおらず、ひっそりとしていた。
ほんのりと硫黄と、理人が調合したリラックス効果のある香草の匂いが漂ってくる。
「ふぁ……誰もいねえな。貸し切りか、最高じゃねえか」
蒼汰は脱衣所に入ると、汗だくの道着を無造作に脱ぎ捨て、筋肉の鎧をまとった全裸になった。
ドームの奥からは、コポコポと絶え間なく湧き出るお湯の心地よい音が聞こえてくる。蒼汰はタオルを片手に、鼻歌交じりで浴場への分厚い木戸をガラリと開けた。
――モワァァァァッ。
中に入った瞬間、濃厚な湯気が蒼汰の全身を包み込んだ。
石造りの巨大な浴槽には、こんこんと透明なお湯が注がれている。
高い天井には湯気抜きの窓があり、そこから差し込む月明かりが、湯面を神秘的にキラキラと照らしていた。
「あー、やっぱり訓練したあとは風呂だな。こりゃたまらん」
蒼汰はかけ湯をするため、洗い場へと足を踏み入れた。
その時だった。
ピチャ、と。
分厚い湯気の向こう側――浴槽の奥の方で、かすかな水音が響いた。
(ん? 先客がいたのか。ルークか? それともゲン村長か?)
蒼汰は何気なく、音のした方へと視線を向けた。
ちょうどその瞬間、換気窓から吹き込んだ夜風が、浴場内に立ち込めていた湯気をスーッと一瞬だけ晴らした。
月明かりに照らされた浴槽の中央。
そこには、お湯からゆっくりと立ち上がろうとしている、一つのシルエットがあった。
長い、濡れた艶やかな髪。
暗がりの中でもはっきりとわかる、透き通るような白い肌。
細く引き締まったウエストから、なだらかに広がる女性らしい腰のライン。
そして――雫を滴らせながら、豊満な質量を主張して重力に揺れる、柔らかな二つの双丘。
「…………え?」
蒼汰の思考が、完全に停止した。
心臓がドクン、と信じられないほど大きな音を立てる。
目の前にいるのは、ルークでもゲン村長でもない。
「……ふぅ。いいお湯……」
濡れた髪をかき上げながら、小さく吐息を漏らしたのは、冨永乃亜だった。
二年前、いつも蒼汰の後ろに隠れて泣いていた少女ではない。
十九歳となり、大人の女性としての艶やかさと、目を奪われるような完璧なプロポーションへと成長を遂げた、女神のような乃亜の『完全な全裸』が、蒼汰の網膜に焼き付いた。
(おっ、おっぱ……いや、ちが、え!? なんで!?)
蒼汰の頭の中で、警報がガンガンと鳴り響く。
時間はとうに深夜を回っているはずだ。なぜ乃亜がここにいるのか。
いや、そもそも自分は今、乃亜の裸を、それも絶対に見ちゃいけない部分まで思い切り直視してしまっているのではないか。
パニックに陥った蒼汰の足が、思わず一歩後ろへ下がり――濡れた石床でキュッ、と音を立てた。
「……えっ?」
その微かな音に反応し、乃亜が振り返る。
月明かりの下。
全裸で硬直している筋肉だるまの蒼汰と、同じく全裸の乃亜の視線が、真正面からぶつかり合った。
「あ…………」
「…………」
沈黙。
永遠にも似た、数秒間の完全なフリーズ。
乃亜の大きな瞳が、限界まで見開かれる。
そして、彼女の透き通るような白い肌が、首の根元から顔、そして耳の先まで、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まっていった。
「の、の、乃亜……! ちが、これは、その……ッ!」
蒼汰の口から、情けない裏返った声が漏れる。
伝説の爆炎竜を前にしても一歩も引かなかった男が、今は生まれたての小鹿のようにガクガクと震え、手にした小さなタオルで自分の股間を隠すのが精一杯だった。
「あ、えと……お、俺は!
時間が……もう男の時間だと、思って……!!」
しどろもどろになりながら、必死に弁解の言葉を紡ぐ蒼汰。
動かなければ。すぐに背を向けて出て行かなければ。
頭ではわかっているのに、あまりにも刺激の強い光景――乃亜のその、女性としての圧倒的な美しさと色気を前に、蒼汰の身体は金縛りにあったように一歩も動かなくなってしまっていた。
対する乃亜は、悲鳴を上げるでもなく、蒼汰を罵倒するでもなかった。
ただ、顔を真っ赤にして涙目になりながら、バシャバシャと音を立てて浴槽の奥へと後ずさる。
「……っ!」
乃亜は、豊かな胸を両腕で必死に隠すように抱きしめながら、肩まで……いや、鼻の頭まで、すっぽりとお湯の中に沈み込んだ。
水面から出ているのは、真っ赤になった顔の上半分と、潤んだ瞳だけだ。
「わ、わかったから……っ」
お湯越しに、乃亜の震える声が響いた。
「蒼汰くんが、わざと覗こうとしたんじゃないのは……わかってる、から……っ」
「乃亜、本当にごめ……!」
「だ、だから……お願い……っ」
乃亜は、キュッと目を強くつむり、消え入りそうな声で懇願した。
「早く、あっちに行って……。……恥ずかしい、よぉ……っ」
その、あまりにも無防備で、女の子らしい恥じらいに満ちた声と表情。
それが、蒼汰の脳髄にトドメを刺した。
(――ッ!!)
「ご、ご、ごめんなさいッッ!!!!」
蒼汰は脱兎のごとく跳び退いた。
洗面器を蹴飛ばし、木戸に思い切り肩をぶつけながら、文字通り転がるようにして浴場から逃げ出した。
バタンッ!! と、けたたましい音を立てて木戸が閉まる。
脱衣所に飛び出した蒼汰は、床にへたり込み、ゼェゼェと荒い息を吐いた。
顔が熱い。全身の血が沸騰したかのように熱い。
これは『赫炎』の能力ではない。
純粋な、極度の羞恥と興奮によるものだ。
「……やっちまった。俺、とんでもないことやっちまった……っ」
頭を抱える蒼汰の脳裏には、先ほどの光景――湯けむりの中に浮かぶ、乃亜の白い肌と、柔らかな膨らみが、フラッシュバックのように何度も何度も再生されていた。
壁掛けの魔導時計を見ると、時刻はまだ『23時30分』を指していた。
蒼汰の体内時計が狂っていただけだ。乃亜はルール通り、女性の時間に入浴していただけだった。
「最悪だ……。明日から、どんな顔して乃亜のご飯食えばいいんだよ……」
蒼汰は脱ぎ捨てた自分の服をひったくるように抱え込むと、身体を拭くことも忘れ、逃げるように自分の部屋へと駆け出していった。
◇
その夜。
自室のベッドに潜り込んだ蒼汰は、暗い天井を虚ろな目で見つめていた。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓の音が、耳元でうるさいほど鳴り響いている。
二年間。
ずっと一緒に地獄を生き抜き、自分を支えてくれた乃亜。
彼女への想いは、深淵の修行を経るごとに強く、深いものになっていた。
しかし、あまりにも乃亜が「仲間のための聖母」として完成されていたため、蒼汰も踏み込みきれず、楓菜と「アシスト同盟」を組んで必死にチャンスを伺う毎日だった。
それが、今日、最悪な形で「男と女」の現実を突きつけられてしまった。
(……乃亜って、あんなに……女、だったんだな……)
思い出すだけで、顔から火が出そうになる。
恥ずかしそうに身をすくめ、「あっちに行って」と震える声で言った彼女の顔。
それは、聖母でも、仲間でもない、一人の「大人の女性」のものだった。
「……くそっ。全然、眠れねえ……」
蒼汰はベッドの上で何度も寝返りを打ちながら、シーツを頭から被った。
最強の英雄も、十九歳の健全な男子であることには変わりない。
明日の朝、どんな顔をして彼女と挨拶を交わせばいいのか。
彼女は自分を軽蔑していないだろうか。
そんな不安と、消し去ることのできない視覚の記憶に苛まれながら、蒼汰にとってかつてないほど長くて熱い夜が更けていった。
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