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幕間2 月夜の誓いと、お腹いっぱいの幸せ

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 開拓都市『豊穣』の中央広場から聞こえるどんちゃん騒ぎは、深夜になっても一向に収まる気配がなかった。


 そんな喧騒から少し離れた、村を囲む木造の防壁の上。


 蒼汰は一人、新しい相棒である『赫炎・魔竜刀』を膝に置き、夜空に浮かぶ二つの月を見上げていた。


「……蒼汰くん、こんなところにいたのね」


 背後から、ふわりと甘く優しい香りが漂ってきた。


 振り返ると、両手から湯気を立てる木組みのカップを持った乃亜が、柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。


「乃亜。……お前こそ、主役なんだから広場にいなくていいのか? 

 村の奴ら、お前の料理に拝み倒してたぞ」


「うふふ、もうみんなお腹いっぱいみたいだったから。

 少し風に当たりたくて」


 乃亜は蒼汰の隣に腰を下ろし、カップの一つを差し出した。


「はい、これ。理人くんが調合してくれた『深淵の香草茶』。

 お肉をたくさん食べた後の胃に優しいんだって」


「サンキュー。……うん、美味い。五臓六腑に染み渡るぜ」


 蒼汰は温かいお茶を喉に流し込み、大きく息を吐き出した。


 夜風が心地よい。


 王宮を追放され、奈落の森へ放り出されたあの日から、本当に色々なことがあった。


 死に物狂いで泥水をすすり、化け物の肉を喰らい、そして、ついに森の深淵を制覇した。


「……なぁ、乃亜」


 蒼汰が、手元のカップを見つめたまま、ポツリと口を開いた。


「あのさ。……俺、ずっとお前に言わなきゃいけないって思ってたことがあるんだ」


「私に?」


 乃亜が不思議そうに小首を傾げる。


「追放された初日。俺たち、凶暴熊猪マーダー・ボアグリーズに殺されかけたよな」


「……うん」


 乃亜の顔が、少しだけ曇る。


 彼女にとって、何もできずに震えていたあの日は、最大のトラウマだった。


「俺、あの時、自分のカロリーを使い果たして倒れただろ。


 ……意識が遠のく中で、本気で思ったんだ。


『あぁ、俺はここで死ぬんだな』って。


 勇者にもなれず、何者にもなれないまま、ただのゴミみたいに野垂れ死ぬんだって」


 蒼汰の横顔は、いつものお調子者な彼とは違う、ひどく真剣で、静かなものだった。


「でも、目が覚めた時……お前が泣きながら、俺に『おにぎり』を食わせてくれた。

 あの時、口の中に広がった塩っぱくて、温かい味……俺、一生忘れねえよ」


「蒼汰くん……」


「俺がここまで生きてこられたのは、強くなれたのは……全部、お前が毎日美味い飯を食わせてくれたからだ。

 お前がいなきゃ、俺はとっくに死んでるか、心まで化け物になっちまってた」


 蒼汰はそこで言葉を区切り、ゆっくりと乃亜の方へ向き直った。


「乃亜。……俺の命を繋いでくれて、本当にありがとう」


 その、あまりにも真っ直ぐで嘘偽りのない感謝の言葉に、乃亜の瞳からホロリと涙が零れ落ちた。


「私……ずっと、自分のこと、役立たずだと思ってた」


 乃亜が、震える両手でカップを握りしめる。


「王宮では清掃婦って笑われて……森でも、みんなの後ろに隠れてるだけで。

 ……でも、私の作ったご飯が、蒼汰くんを支えられてたなら……私、生きてて、よかった……っ」


 ポロポロと涙を流す乃亜。


 いつもはみんなを笑顔にする聖母のような彼女が、今は年相応の、ただの脆い女の子に見えた。


 ――気づけば、蒼汰の体は動いていた。


「……っ」



 乃亜が小さく息を呑む。

 蒼汰の大きく、タコだらけのゴツゴツとした両手が、乃亜の華奢な背中に回り、彼女の体をそっと、しかし力強く己の胸へと抱き寄せたのだ。


「えっ……そ、蒼汰、くん……?」


 突然のハグに、乃亜の頭の中が真っ白になる。


「役立たずなんかじゃねえ。お前は、俺たちの自慢の『巫女』だ」


 耳元で囁かれる、低く落ち着いた男の声。


 乃亜の鼻腔をくすぐるのは、森の土と、微かな鉄の匂い、そして……蒼汰の体から発せられる、ストーブのように力強く、安心する『熱』。


(あ……れ……?)


 乃亜の心臓が、トクン、と大きく跳ねた。


 いつも「ご飯まだー?」と無邪気に寄ってくる、大きなワンちゃんのような蒼汰。


 でも、今自分を包み込んでいるこの腕は、広くて、分厚くて、絶対に離さないという確かな意志を持った『男の人』の腕だった。


「……蒼汰くん、あったかい……」


 乃亜は戸惑いながらも、抵抗する気にはなれず、そっと蒼汰の広い胸に額を押し当てた。


 ドクン、ドクンと、力強い鼓動が伝わってくる。


「……決めたわ」


 乃亜が、蒼汰の胸の中で、ポツリと呟いた。


「私、一生……蒼汰くんの胃袋を守る。

 あなたがどれだけ傷ついても、どれだけお腹を空かせても……私が絶対に、美味しくて温かいご飯を作って、笑顔にするから」


 それは、乃亜からの最大限の愛情表現であり、決して揺らぐことのない『誓い』だった。


「ははっ。そいつは頼もしいや」


 蒼汰が、乃亜の背中を優しくポンポンと叩いて、少しだけ体を離した。


 月明かりに照らされた二人の顔は、どちらも少しだけ赤く染まっていた。


「……じゃあ、明日からも大盛りで頼むわ」


「もうっ! 蒼汰くんは本当に食いしん坊なんだから!」


 二人の間に、いつもの笑い声が戻る。


 だが、その空気は以前のような「家族」や「仲間」という枠組みから、ほんの少しだけ、確かな『特別』へと歩みを進めていた。



 ◇



「……よしっ! よぉぉぉしっ!!!」


 少し離れた物見櫓ものみやぐらの影。


 気配を完全に消すスキル『隠密』を発動させていた楓菜が、音を出さずにガッツポーズをキメていた。


(やった! やったよ蒼汰! まさか自分から抱きしめに行くなんて

 ……あの超鈍感バリアの乃亜ちゃんが、完全に女の子の顔になってた!!)


 自分は今回一切のアシストをしていないが、そんなことはどうでもいい。


 ついに動き出した前衛職の恋の行方に、楓菜は一人、暗闇でニヤニヤと笑いが止まらなかった。


「……何をしているんだい、楓菜」


「ひゃああっ!?」


 背後から急に声をかけられ、楓菜が飛び上がる。


 見れば、いつの間にか理人が眼鏡を光らせて立っていた。


「り、理人!? なんでここに……」


「宴のアルコールを分解する薬を作っていたんだが

 ……君が物見櫓の影で、不気味な笑みを浮かべていたからね。

 どうかしたのかい?」


「どうかしたのかい? じゃないよ! 

 あそこ見てよ、あそこ!」


 楓菜が指差した先では、蒼汰と乃亜が肩を並べて、楽しそうに夜空を見上げていた。


「……彼らがどうかしたのかい?」


 理人が不思議そうに首を傾げる。


「…………はぁ」


 楓菜は、特大の溜息を吐いた。


(蒼汰は壁を越えたっていうのに……こっちの壁は、絶望的に分厚いなぁ……)


「まぁいいや。……ねえ、理人。

 私たちも、もっと強くなろうね」


 楓菜が、理人の白衣の袖をチョイっと引いて微笑む。


「ああ。もちろんだ。

 ……彼らだけに、前を走らせるわけにはいかないからね」


 理人が、少しだけ口角を上げて頷いた。


 見上げる夜空には、美しい二つの月。


 最強の力を手に入れ、絆を深めた六人の英雄たち。


 彼らが次に目指すのは、自らを捨てた世界への、痛快なる反逆の道。


 ――奈落の森を制覇した彼らが、王宮の勇者たちと再び相見えるまで、あと少し。


(第3章・完)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


これにて「第3章:奈落の森・深淵修行編」が完結となります!

 ずっと「大食いの息子」ポジションだった蒼汰が、ついに男としての大きさを見せつけ、乃亜の鈍感バリアにヒビを入れることができました。

 背後で「よしっ!」とガッツポーズをしている楓菜の姿が、作者もお気に入りです(笑)。ただし、理人の壁はまだまだ分厚そうですが……。


無能と捨てられたどん底から始まり、互いの欠点を補い合い、最強の素材と進化を手に入れた六人。

 いよいよ次回より、新章「第4章:王都帰還と反逆の狼煙(仮)」がスタートいたします!


【作者からのお願い】

 「蒼汰よくやった!」「ここからざまぁの始まりだ!」とワクワクしてくださった方は、第3章完結の記念といたしまして、ぜひ【ブックマーク登録】や、ページ下部の【☆☆☆☆☆】をポチッと【★★★★★】にして評価いただけますと、新章を執筆する上で最高の励みになります!


皆様の温かい応援に、いつも支えられております。

 いよいよ始まる反逆の物語。第4章もどうぞよろしくお願いいたします!

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