帰還。生まれ変わった六人の英雄
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開拓都市『豊穣』の正面防壁には、かつてない悲鳴と怒号が激しく飛び交っていた。
「押し返せ!! 絶対に門を突破させるな!!」
辺境伯の長男であるルークが、最前線で銀の剣を振るいながら兵士たちを鼓舞している。
彼らの前に立ちはだかっているのは、体長三メートルを超える『暴虐虎』の群れ――それも、三体。
通常であれば、王国の精鋭騎士団が総出で討伐するレベルの中型魔物だ。それが三体同時にこの辺境の村を襲撃するという、未曾有の危機。
「ルーク様! だ、駄目です!
こいつら、皮が硬すぎて我々の槍が通りません!」
「防壁が……防壁が破られますぞ!!」
村の自警団を率いる村長のゲンが、血相を変えて叫ぶ。
暴虐虎の巨大な前脚が振り下ろされるたびに、防壁の太い丸太がメキメキと嫌な音を立ててひしゃげていく。
ルークや自警団は必死の防戦を続けていたが、その顔には明確な『疲労』と、拭いきれない『死の恐怖』が張り付いていた。
「……あーあ。俺たちがいない間に、随分と賑やかなことになってんじゃねえか」
その時。
絶望の喧騒を切り裂くように、ひどく落ち着き払った、どこか呆れたような声が響いた。
「え……?」
ルークとゲン村長が、弾かれたように振り返る。
森と村を繋ぐ街道の向こうから、巨大な背嚢を背負った六つの人影が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。
泥と返り血にまみれ、装備はボロボロに傷ついている。
だが、その足取りには微塵の揺らぎもなく、何より彼らの全身からは、歴戦の猛者すら震え上がるような『圧倒的な覇気』が立ち昇っていた。
「あ、あれは……蒼汰!! お前ら、生きて戻ったのか!」
ルークが、信じられないものを見るように目を丸くする。
「おおおっ! 蒼汰さんたちが帰ってきたぞ!!」
ゲン村長と村人たちの間に、パァッと希望の光が差した。
だが、蒼汰たちの様子は、村を出る前とは決定的に違っていた。
纏う空気そのものが、重く、鋭い。
まるで、そこに立っているだけで周囲の空間を支配しているかのような錯覚すら覚える「真の強者」のオーラ。
「解析完了。……レベル26の『暴虐虎』が三体」
最後尾でホログラムウィンドウを展開した萌音が、クスリと笑みをこぼした。
「ふふっ……なんだか、すごく可愛く見えちゃうね」
「違いねえ。レベル48の竜を見た後じゃ、ただのデカい猫だぜ」
刀真が、岩のような重さがあるはずの巨大な背嚢を「ドスンッ!」と地面に下ろした。
「……ルーク! そこ、危ねえからちょっと下がってな。左の一匹、俺がもらう!」
「うん! 飛びかかってくるよ。重心が低いから気をつけて、刀真!」
萌音の的確な指示を受け、刀真が、丸腰のまま大股で左の虎へと歩み寄る。
「グルアァァァッ!!」
獲物を見つけた虎が、地を低く蹴って跳躍し、刀真の首を食いちぎろうと巨大な顎を開いた。
ガシィィィィンッ!!!
「……は?」
ルークたちの前で、信じられない光景が広がっていた。
刀真が、虎の全体重を乗せた噛みつきを『左腕一本』で押し留め、顔色一つ変えずに受け止めていたのだ。虎の鋭い牙は、刀真の腕の皮膚に傷一つつけられていない。
爆炎竜の肉を喰らい、防御力(DEF)が限界突破した彼にとって、レベル26の物理攻撃など、そよ風にも等しい。
「遅えし、軽えな。……俺のハンマーを壊した罰だ。
お前は俺の『拳』の試し打ちの的にしてやるよ」
刀真が右拳を引き絞る。
「オラァッ!!」
ドゴォォォォォンッ!!
大砲が直撃したかのような轟音。刀真のたった一発の正拳突きが、暴虐虎の巨体をボールのように数十メートル先まで吹き飛ばし、即死させた。
「なっ……!?」
ルークの顎が外れそうになる中、残る二体の虎が激怒し、一斉に襲いかかってこようとする。
「じゃあ、真ん中の子は私たちがもらうね! 理人!」
「ああ。楓菜、関節の動きを止めてくれ」
シュバッ!!
楓菜の体がブレたかと思うと、一瞬で十重二十重の残像となって真ん中の虎を包み込んだ。
「お、遅すぎるよっ!」
竜の速度すら上回る敏捷(AGI)を得た楓菜にとって、虎の俊敏性すら止まって見えた。
彼女の小刀が閃き、一瞬にして虎の四肢の腱を正確に斬り裂く。
「ガアッ!?」
体勢を崩した虎の足元に、理人が白衣を翻して小瓶を投げつけた。
「『化学式陣』展開。
……強酸性・装甲溶解」
青白い陣が発光した瞬間、虎の分厚い縞模様の毛皮と強靭な外装が一瞬でドロドロに溶け崩れる。
「発火」
続けて投げられた発火剤が、剥き出しになった生身に直撃。爆発的な炎が虎を包み込み、一瞬にして炭化させた。
「残るは一体ね!」
乃亜が、修行を経てさらに輝きを増した薙刀の石突を大地に打ち鳴らす。
最後の一体が、パニックに陥り、防壁の方へと死に物狂いで突進しようとした。
「させないわ! 『神明・浄界』!!」
乃亜の背後に巨大な白百合の光が咲き誇り、村人たちと防壁をすっぽりと包み込む、美しくも強固な神域の結界が展開された。
ドスンッ!と虎が結界に激突するが、光の壁はヒビ一つ入らない。
「サンキュー、乃亜! ……おい、デカ猫。
俺たちの村の壁に傷つけて、タダで帰れると思うなよ」
蒼汰が、魔骨鋼の刀を抜き放ち、ゆっくりと進み出る。
今の蒼汰は、竜の肉と熱量を限界まで取り込み、筋力(STR)とカロリー上限が異常な数値に達していた。
もう、この程度の相手に『赫炎』を纏わせる必要すらない。
「オラァッ!!」
蒼汰が、ただ力任せに、横薙ぎの一閃を放った。
ザシュッ……。
一拍遅れて、暴虐虎の上半身が、ズレるように滑り落ちた。
蒼汰のあまりの筋力と剣速に、虎は自分が斬られたことにすら気づかないまま、絶命したのだ。
◇
沈黙。
村の広場を支配していた絶望の喧騒は、水を打ったように静まり返っていた。
三体の暴虐虎。
村を滅ぼしかけたその脅威は、彼らが現れてから、ものの数十秒で「瞬殺」された。
カチャリ、と蒼汰が刀を鞘に収める音が、やけに大きく響く。
「……す、すげえ……」
ゲン村長が、震える声で呟いた。
「たった一撃じゃ……。あんなバケモノどもを、あんな……っ」
「蒼汰!! みんな!」
ルークが剣を収め、満面の笑みで駆け寄ってくる。
それに続き、村人たちの中からワァァァァッ!と割れんばかりの歓声が上がった。
それは、村を救ってくれた大切な仲間、いや『真の英雄』への、心からの喝采だった。
「お前たち……いったい森の奥で何をしてきたんだ?
出発前とは、まるで別人のような覇気じゃないか」
ルークが、信じられないものを見るような顔で蒼汰の肩を叩く。
「だから、ただ美味いメシを食って修行してきただけだって」
蒼汰がニッと笑う。
「それよりゲン村長、ルーク! 森の奥で、村の防壁強化や魔力炉に使えそうな『土産』をたっぷり拾ってきたぜ。ちょっと広げていいか?」
刀真が「よっこらせ」と巨大な背嚢の紐を解く。
ルークや村人たちが、ゴクリと唾を飲み込みながら興味津々で覗き込む。
まずは楓菜と乃亜が、布に包まれた大量の食材を取り出した。
「これは『幻夢茸』の無毒化された柄の部分と、『月影豹』の特製干し肉だよ!
村のみんなも食べたら、すっごく元気になって足も速くなるから!」
「あと、こっちは魔物蜂の特濃ハチミツと、深淵で採れた『鬼蒜』っていうスパイスです。
お肉料理に使うと絶品なんですよ」
甘い香りと強烈に食欲をそそるスパイシーな香りが広がり、村人たちが「おおおっ」と歓声を上げる。
「これは深淵の中層で採取した『高純度・魔力結晶』と、特殊な化学反応を起こす『雷鳴鉱』だ。
ルーク、僕の化学式陣と組み合わせれば、この村の魔力炉の燃料として、王都の設備すら超える出力が出るはずだよ」
理人が取り出した青い結晶を見たルークが、震える手でそれを受け取った。
「ば、馬鹿な……こんな純度の高い結晶、親父(辺境伯)の宝物庫でしか見たことがないぞ……!」
しかし、一番の驚きはそこではなかった。
刀真と蒼汰が、ニヤリと笑い合い、背嚢の一番奥から「それ」を取り出した。
ドスゥゥゥンッ……!!
広場の地面に置かれたのは、大人の背丈ほどもある巨大な深紅の『鱗』と、大剣のように鋭く巨大な『牙』だった。
それが放つ圧倒的な熱量と魔力の威圧感に、周囲の空気がビリッと震える。
「こ、これは……まさか……」
ゲン村長が腰を抜かしそうになりながら後ずさった。
萌音が誇らしげに説明する。
「奈落の森の最深部にいた主、『爆炎竜』の鱗と牙、それに骨だよ。
……あ、全部は譲れないからね!
刀真の新しい武器と、蒼汰たちの最強装備を作るのに使うから、村の防壁強化へのお裾分けは少しだけね」
「ば、ばばば、爆炎竜だとぉぉぉっ!?」
ルークだけでなく、ゲン村長や兵士たちからも悲鳴のような驚愕の声が上がった。
「伝説の災害級魔物じゃないか! そ、それを君たちだけで……!?」
蒼汰がケラケラと笑いながら答える。
「ああ。めっちゃくちゃ強くて死にかけたけどな。
でも、ぶっ倒してドラゴンステーキにして食ったら、最高に美味かったぜ!
おかげで筋力も爆上がりだ。
……まぁ、ドラゴンの脳ミソまで食ったのに、知力(INT)はプラス2しか上がらなくて萌音に笑われたけどな!」
そう言って蒼汰が何気なく、近くにあった虎の巨体より大きい岩を指先で小突くと。
岩はパンッという乾いた音と共に、一瞬にして粉々に砕け散った。
「……ふふっ、蒼汰ったら、また力加減間違えてる」
楓菜が呆れながら笑う。
「ねえねえ、乃亜。あんなバカ力でも、蒼汰がアシストしたら『頼もしい』って思える……?」
楓菜が小声で耳打ちすると、乃亜は満面の笑みで頷いた。
「ええ! あんなに力がついたなら、これからはもっとたくさん、大盛りのお肉を食べさせてあげなきゃって思うわ!」
「……うん、そうだね。もう何も言わないよ……」
楓菜が、カクッと肩を落とす。
王宮から無能と蔑まれ、捨てられた六人。
しかし彼らは今や、伝説の竜を屠り、その肉を喰らい、王都すら持ち得ない至高の素材を抱えて帰還した「規格外の英雄」となっていたのだ。
「さあ、みんなでお土産の整理をしましょう! 今夜はルーク様も交えて、村のみんなで大宴会よ!」
乃亜の号令とともに、ゲン村長や村人たちの歓声が、開拓都市の空高く舞い上がった。
限界を突破したステータスと、最強のドラゴン素材。
無能と呼ばれた者たちの、痛快な反逆劇の『第二幕』が、今、高らかに幕を開けた。
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