王族の哄笑と、夜風のベランダ
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「――ふふっ、あははははっ! 見ましたお父様?
あの単純な小娘と馬鹿な男どもの顔!
わたくしが少し涙を流して見せただけで、コロッと騙されて英雄気取りですわ!」
王宮の最深部、限られた者しか入ることを許されない豪奢な王族の私室。
最高級の赤ワインが注がれたグラスを揺らしながら、クレア姫は下品に口角を歪めて哄笑していた。
昼間の宴で見せた可憐で慈愛に満ちた姿は、欠片も残っていない。
そこにあるのは、無知な者を見下し、他者の人生を弄ぶことを至上の娯楽とする冷酷な支配者の顔だった。
「よくやったぞ、クレア。
それにしても、あのようなガキ共に頭を下げるのは流石に骨が折れたわ。
背中が攣るかと思ったぞ」
ふかふかのソファに深々と腰を下ろしているバルカエス王が、忌々しそうに鼻を鳴らす。
「しかし、見事な成果でございます、陛下。
これほどの数の異界人を一度に召喚できるとは、私も思っておりませんでした」
「うむ。そちもよくぞ大役を果たしてくれた。
そちの働きには十分な褒美で応えよう」
「ははっ! ありがたき幸せに存じます」
王の労いに、ローブを深く被った宮廷魔道士が床に額を擦りつける。
薄暗い部屋の中で、宰相が陰湿な笑みを浮かべながらワイングラスを掲げた。
「あの者たちが強力なジョブとステータスを持っていれば、最前線で忌まわしき魔物と敵国の兵どもを追い払う『便利な剣』として大いに役立ってくれることでしょう」
「もし、使えない『ハズレ』が混ざっていたらどうするのです、宰相?」
クレア姫が意地悪く問うと、宰相は肩をすくめた。
「簡単なことです。最前線に『肉の壁』として置いておけば、魔物の腹を満たす時間稼ぎにはなります。
あるいは、他国への牽制のための死兵として使い潰すまで。
……我々が彼らの衣食住の面倒を見てやるのは、あくまで彼らが『我々のために血を流す』からに過ぎません」
「ふふっ、違いない。どちらにせよ、素晴らしい家畜が手に入ったわ。さあ、バルカエス王国の永遠の繁栄に乾杯しましょう!」
四つのクリスタルグラスが、チンッ、と澄んだ音を立てて交わる。
罪悪感など微塵もない、純粋な悪意の祝杯。
彼らにとって、召喚された二十人の若者たちの命など、チェス盤のポーンほどの価値もなかったのだ。
◇ ◇ ◇
同じ頃、王宮の客室エリア。
天蓋付きのふかふかのベッドの上で、多目蒼汰は寝返りを打つことを諦め、大きくため息をついた。
「……駄目だ。全然眠れねえ」
豪奢な部屋の空気が、どうにも息苦しい。
蒼汰は起き上がると、窓際に歩み寄って重いカーテンを開け、冷たい石造りのベランダへと足を踏み出した。
夜風が火照った頬を撫でる。
見上げれば、地球ではあり得ない『二つの月』が、漆黒の夜空に不気味なほど鮮やかに浮かんでいた。
自分が本当に異世界にいるのだと、否応なく突きつけられる光景だった。
(明日の、鑑定の儀……)
胸の奥で渦巻く不安を夜風で冷まそうと、手すりに寄りかかった、その時だった。
「……っ、ひっ……うぅ……」
静かな夜の空気に、微かな嗚咽が混じっていることに気づいた。
蒼汰がハッとして隣の部屋のベランダに視線をやると、そこには石の装飾の陰で身を縮め、膝を抱えて泣いている人影があった。
「……冨永、さん?」
驚きのあまり、声が漏れた。
びくっと肩を震わせ、人影がこちらを振り向く。
長い黒髪。月明かりに照らされたその顔は、涙でしとどに濡れていた。
昼間、同窓会で誰よりも輝いていた『高嶺の花』。
どんな時でも気丈に微笑んでいた彼女が、一人でひっそりと泣いていたのだ。
「た、多目くん……っ」
乃亜は慌てて目元を乱暴に拭い、立ち上がった。
「ごめんなさい、私……その、起こしちゃったかな」
「いや、違うんだ。俺も全然眠れなくて、風に当たろうと思って……。その、大丈夫か?」
蒼汰の問いかけに、乃亜は無理に口角を上げようとして、ひきつったような愛想笑いを浮かべた。
「うん、大丈夫。
ちょっとだけ、お父さんとお母さんのこと思い出しちゃって……情けないよね。
神宮寺くんたちみたいに、しっかりしなきゃいけないのに」
強がる彼女の瞳から、再びポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。
彼女は両手で顔を覆い、しゃくり上げるように肩を震わせた。
「……怖いよ。本当に、私たち戦えるのかな。
無事に、元の世界に帰れるのかな……っ。
私、運動も得意じゃないし、ゲームのことも全然わからないのに……」
それは、彼女が初めて見せた年相応の弱音だった。
蒼汰の胸が、ぎゅっと締め付けられる。
励まさなきゃいけない。気の利いた言葉をかけて、安心させなきゃいけない。
だが、中学時代からクラスの隅で生きてきた蒼汰には、女の子をスマートに慰める経験値など絶望的なまでに不足していた。
「あ、あのさ! 冨永さん!」
焦った蒼汰の口から出たのは、裏返った大きな声だった。
「……え?」
「俺……俺さ、浪人だからさ!
先が見えなくて不安な気持ちは、ちょっとだけわかるっていうか、慣れてるんだよ!」
(……何言ってんだ俺!? これじゃただの自虐じゃねえか!)
内心で頭を抱える蒼汰だったが、一度勢いづいた口は止まらなかった。
手すりから身を乗り出し、必死に言葉を繋ぐ。
「だ、だから!神宮寺や山城みたいな頼りになる奴らもいるし、理人だって頭がいい。
それに……もし、もし何かヤバいことがあったら、俺が……!
いや、俺なんかが言っても全然頼りないかもしれないけど、絶対に冨永さんのこと助けるから!
だから、そんなに不安にならないでくれ……!」
一気にまくし立てた後、蒼汰はハッとして口を押さえた。
顔から火が出るほど恥ずかしい。ヒーロー気取りの、中身のない薄っぺらな言葉。
最悪だ。引かれたかもしれない。
恐る恐る隣のベランダを見ると、乃亜は目を丸くして蒼汰を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
彼女の唇から、小さな、本当に小さな笑い声が漏れた。
「あはは……なにそれ。多目くん、必死すぎ」
「あ、いや、ごめん……気持ち悪かったよな」
「ううん」
乃亜は手すりに寄りかかり、微かに赤くなった目元を緩めて、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「多目くんって、本当に優しいね。
……ありがとう。なんか、すごく安心した」
二つの月の光に照らされた彼女の笑顔は、蒼汰がこれまで見てきたどんな表情よりも綺麗だった。
心臓がトクン、と大きく跳ねる。
「……おやすみ、多目くん。明日、頑張ろうね」
「あ、ああ……おやすみ」
乃亜が部屋へと戻っていくのを見届けた後、蒼汰も自分の部屋へと戻った。
窓の鍵を閉め、カーテンを引く。
数秒の静寂の後。
蒼汰はベッドに顔からダイブし、枕に顔を押し付けてジタバタと悶絶した。
「うわああああああッ!! 俺のバカ! 童貞! コミュ障!!」
なんだあの不格好な慰め方は。
なぜもっとスマートに「俺が守るよ」とビシッと言えなかったのか。
気の利いた言葉一つ出てこなかった自分の不器用さを恨みながらも、脳裏に焼き付いた彼女の月明かりの下の笑顔が、いつまでも消えてくれなかった。
(……でも、ちょっとだけ笑ってくれたし)
絶対に、あの笑顔を曇らせるような真似はさせない。
そう心に誓いながら、蒼汰はゆっくりと目を閉じた。
――そして、運命の朝がやってくる。
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