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狂騒の宴と、見定められる命

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

「おおおっ……! すげえ肉!」


「キャー、お姫様みたい! 食器も全部本物の銀じゃない!?」


 大理石の宴会場に、クラスメイトたちの歓声が響き渡った。


 長いテーブルには、絵本でしか見たことのないような巨大な猪の丸焼きや、色鮮やかな果実、湯気を立てるスープが所狭しと並べられている。


 クレア姫の魔法によって恐怖を忘れさせられた彼らは、空腹も相まって、我先にと豪華な食事に群がっていった。


「蒼汰、僕らも少し腹に入れておこう。未知の環境下では、エネルギーの枯渇は死に直結するからね」


「ああ、そうだな」


 理人に促され、蒼汰も皿にロースト肉と琥珀色のスープを取り分けた。


 まだ温かいスープをスプーンですくい、口に運ぶ。


(……ん?)


 蒼汰は思わず眉をひそめた。


 まずいわけではない。塩気はしっかりあるし、香草の匂いもする。


 だが、致命的に『深み』が足りないのだ。


 口の中に広がるはずの旨味が途中でプツンと途切れ、ただ塩水を飲んでいるような味気なさが残る。


 肉の方も同様で、食感は柔らかいが、肉本来の旨味を引き出す工夫が一切されていなかった。


「……ひどい味だ」


 隣でスープを一口飲んだ理人が、あからさまに顔をしかめて小声で吐き捨てた。


「昆布や鰹節、シイタケといった『出汁(旨味成分)』の概念が存在しない文化圏らしい。

 岩塩と香草だけで獣臭さを無理やり誤魔化しているだけだ。

 栄養価は高いだろうが、味覚への刺激としては三流以下だね」


「だよな。見た目が凄い分、なんかガッカリだ」


 蒼汰が同意して頷くが、周囲のクラスメイトたちは「異世界のメシうまー!」「王侯貴族の気分じゃん!」と大はしゃぎで肉を貪っている。


 パニックの後で味覚が麻痺しているのか、そもそも雰囲気に酔っているだけなのか。


「皆様、お口に合いますでしょうか」


 上座から、クレア姫が優雅な笑みを浮かべて語りかけてきた。


「最高です、クレアさん!」


 神宮寺が、葡萄酒の入ったゴブレットを掲げて調子よく答える。姫は嬉しそうに頷くと、鈴を転がすような声で言葉を続けた。


「我々が皆様をこの世界にお喚びしたのは他でもありません。

 バルカエス王国、ひいてはこの世界を脅かす邪悪な魔王軍を討ち果たしていただきたいからです」


「魔王軍……」


「はい。ですが、ご安心ください。

 異界より渡りし勇者たる皆様には、この世界を生き抜くための『特別な力』――

 固有のジョブや強力なステータスが、神より与えられているはずなのです」


 その言葉に、クラスメイトたちの間にざわめきが広がった。


「特別な力って……つまり、ゲームのチート能力ってことだろ!?」


「マジかよ! 俺たち、選ばれた勇者ってことじゃん!」


「これで勝ち組確定じゃん、ウケる!」


 神宮寺や西園寺をはじめ、大半のクラスメイトの瞳にギラギラとした欲望の色が灯る。


 彼らは完全に『異世界転移した主人公』の気分に浸りきり、RPG感覚で完全に浮き足立っていた。


 山城も「ふむ。我々の優秀なポテンシャルが高く評価されたということか」と、選民意識を丸出しにして満足げに頷いている。


 だが、その狂騒の中で、理人は微かに鼻で笑った。


「馬鹿馬鹿しい。

 見ず知らずの人間を二十人も無条件で養い、こんな宴で歓待する。

 国家の経済状況からして異常だ。

 彼らは僕らに、食事やベッド以上の『甚大な見返リターンり』を求めているか、あるいは……」


「あるいは、使い潰す気満々ってことか」


 蒼汰は、手に持っていたフォークを静かに置き、周囲を観察した。


 豪華な食事。にこやかに微笑むクレア姫や王族たち。壁際で控える重武装の騎士たち。


 一見すると歓迎ムードだが、蒼汰の目は誤魔化されなかった。


 王族や騎士たちの目は、決して『客』を見る目ではない。


 彼らの視線には、明らかな計算と冷酷さが張り付いていた。


 それはまるで、市場に並べられた馬や牛の骨格を値踏みし、どれが有益な『家畜どうぐ』であるかを選別するような、ひどく冷たい目つきだった。


(ゲーム感覚で浮かれてる場合じゃない。ここは、ヤバい……)


 蒼汰が警戒を強めながら、さりげなくクラスメイトたちを見渡した時だ。


 この異常な狂騒の中で、明らかに浮かない顔をしている者がいることに気がついた。


 一人は、神宮寺や西園寺たちの輪の中心にいる冨永乃亜だ。


 彼女は勧められた肉を小さく口に運んではいるものの、その表情はどこか居心地が悪そうで、時折不安げに視線をさまよわせている。


 誰に対しても優しい彼女だが、生来の勘の良さで、この場の不気味さ、あるいは食事の『味のなさ』に気づいているのかもしれない。


 そして、もう一人。


 会場のずっと端の方、柱の影に隠れるようにして、一人で黙々と食事をしている女子がいた。


 元弓道部の福島楓菜くしまふうなだ。


 ショートカットの髪から覗く瞳は鋭く警戒を帯びており、大皿から取ってきた肉を咀嚼しながら、あからさまに「マズい」と言いたげな微妙な顔をしている。


 彼女もまた、この生ぬるい群れの空気に馴染まず、ソロで周囲の気配を窺っているようだった。


(……まともな神経してる奴も、少しはいるみたいだな)


 蒼汰がほんの少しだけ安堵の息を吐いた、その時だった。


「それでは皆様。お腹も満たされたところで――」


 クレア姫が立ち上がり、よく通る悲痛な声で宣言した。


 先ほどまでの和やかな空気が一変し、王族たちの顔に重苦しい影が落ちる。


「改めて、皆様に我々の窮状をお伝えし、どうかお願いがございます」


 クレア姫は胸の前で両手を組み、祈るようにクラスメイトたちを見渡した。


「現在、我がバルカエス王国は未曾有の危機に瀕しております。

 各地で凶悪な魔物が異常発生し、防衛線が崩壊しつつあるのです。

 さらに……その混乱による国力の低下を好機と見た近隣の他国が、国境を越えて侵略の魔手を伸ばしてきております」


「他国が……戦争、ってことですか?」


「はい。魔物の暴走と、他国からの理不尽な侵攻。

 この二つの脅威により、罪のない多くの国民が家を焼かれ、飢え、命を落としています。

 我々の力だけでは、もはやこの国を守り切れません。

 どうか、異界の勇者たる皆様のお力で、この国を……罪なき民をお救いください!」


 クレア姫の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。


 すると、上座の中央に座っていた恰幅の良い壮年の男――バルカエス王が、重々しく立ち上がった。


「事情もわからぬ若者たちを、我々の都合で強引に喚び立てたこと……まこと、すまなかった」


 王は重厚な王冠を被った頭を、蒼汰たちに向かって深々と下げたのだ。


 一国の絶対的な支配者である王が、見ず知らずの学生たちに向かって頭を垂れる。


 その光景が放つインパクトは絶大だった。


「お、王様……ッ! 頭を上げてください!」


 たまらず立ち上がったのは、神宮寺勇輝だった。


 彼は感動で目を潤ませながら、ヒロインと国を救う主人公そのものの顔つきで胸をドンと叩いた。


「事情はわかりました!

 罪のない人たちが苦しんでるのを、見過ごすわけにはいきません。

 俺たちでよければ、全力を尽くして戦います!」


「ええ、我々の優秀なポテンシャルが、少しでもこの国の役に立つのなら」


 山城も鷹揚に頷き、クラスメイトたちからも「姫様を泣かす奴らは許せない!」「俺たちが何とかしてやるよ!」と、熱狂的な賛同の声が沸き起こった。


 王と姫が「おお……! 心優しき勇者様たちよ!」と感謝の言葉を述べる中、蒼汰と理人はひたすら冷めた目でその三文芝居を眺めていた。


「……見事な心理掌握術だ。

 権力者の『涙』と『謝罪』を見せることで、自分たちは被害者であると錯覚させ、神宮寺たちの庇護欲と承認欲求を完全に満たした。

 これで彼らは、喜んで王国の捨て駒になるだろうね」


 理人が、除菌シートで指先を拭きながら小声で吐き捨てる。


 蒼汰も同意するように短く息を吐いた。


「罪のない国民が飢えて苦しんでるのに、王族の連中はこんなに豪華な肉を食って丸々太ってるんだもんな。どう考えても胡散臭すぎる」


「そういうことだ。破綻しているよ、この国の経済も、トップの倫理観もね」


 感動の渦に包まれる宴会場の中で、蒼汰は深く椅子に背中を預けた。


 やがて王族の背後から、細身のローブを着た陰湿そうな男が進み出た。王の側近である宰相だった。


「勇者様方の頼もしきお言葉、王国を代表して御礼申し上げます。

 皆様には明日、朝陽と共に『鑑定の儀』を受けていただきます」


「鑑定の儀?」


「はい。王宮の地下にある神聖なる水晶に触れていただき、皆様お一人お一人に宿る『ジョブ』と『固有スキル』を覚醒させ、正確なステータスを計る儀式でございます。

 今宵はゆっくりとお休みになり、明日の儀式に備えて英気を養ってくださいませ」


 宰相が恭しく一礼すると、壁際に控えていたメイドや騎士たちが動き出し、クラスメイトたちをそれぞれの客室へと案内し始めた。



 ◇ ◇ ◇



 案内されたのは、王宮のさらに奥にある豪奢なゲストルームだった。


 一人一部屋という破格の待遇。


 天蓋付きのふかふかのベッドに、見事な彫刻が施された調度品の数々。


 だが、部屋の扉が閉まり、一人きりになった蒼汰の心に安らぎは一切なかった。


 蒼汰はベッドに仰向けに倒れ込み、天井のフレスコ画を見つめた。


(明日の、鑑定の儀……か)


 チート能力がもらえると無邪気に信じている神宮寺たちは、今頃修学旅行気分でぐっすりと眠りについているのだろう。


 だが、蒼汰の胸の奥には、鉛のような重い不安が渦巻いていた。


 もし、自分に『国を救うような有益な能力』が備わっていなかったら?


 あの王族たちの、家畜どうぐを値踏みするような冷たい視線。


 期待外れだとわかった瞬間、彼らはどんな顔をするのだろうか。


 窓の外から、見知らぬ異世界の二つの月の光が差し込んでくる。


 多目蒼汰の長く、そして運命を決定づける夜が、静かに更けていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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