教室の魔法陣と、微笑む姫君
ここまでに登場したクラスメイト
多目 蒼汰・・・主人公 あだ名「ダメそうだ」浪人生
梶原 理人・・・蒼汰の親友 理系の天才 京王大理工学部進学
冨永 乃亜・・・クラスのマドンナ 聖ティアラ大学看護学部進学
福島 楓菜・・・※第1話の戦闘シーンに登場 あだ名「ふなっしー」
神宮寺 勇輝・・・クラスのリーダー Jリーグ内定
山城 翔也・・・神宮寺の親友 東阪大法学部進学
西園寺 美海・・・神宮寺の大ファン モデル
ガンッ! ガンッ!
「くそっ、開け! おい、誰か外にいるんだろ!?」
夕闇に沈みかけた3年A組の教室に、神宮寺の声と扉を蹴る鈍い音だけが響き渡っていた。
完全に密室と化した空間。
携帯電話を取り出した女子が「圏外になってる……!」と悲鳴のような声を上げた、その時だった。
――カッ!!
突如として、教室の床板の隙間から、暴力的なまでの純白の光が溢れ出した。
「な、なんだこれ!?」
「床が、光って……キャアアアアッ!」
悲鳴が連鎖する。
無数の光の線が床を這い回り、複雑に絡み合いながら、教室全体を覆い尽くすほどの巨大な『幾何学模様』を形成していく。
それはアニメや映画でしか見たことのない、まさしく『魔法陣』だった。
「ひっ、嫌ぁ! お母さん、助けてっ!」
「開けて! ここから出して!!」
「勇輝くぅん! 怖い、どうなってるのぉ!?」
パニックに陥った女子たちが泣き叫ぶ。
西園寺美海は真っ青な顔で、神宮寺の腕にすがりついてガタガタと震えていた。
「あり得ない! 床板からの局所的な発光現象!? 電源もない木材からこれほどの光量が発生するなど、物理法則を完全に無視している……ッ!」
普段は冷静沈着な梶原理人でさえ、目を血走らせながら、理解不能な現象を前に完全にパニックを起こし、早口で意味不明な分析を叫び始めている。
神宮寺や山城も、壁に背中を張り付けて強張った顔で光を見つめることしかできていない。
(……おいおい、嘘だろ)
扉のすぐそばに立っていた蒼汰は、眩しさに目を細めながら、現実離れしたその光景をどこか他人事のように見つめていた。
魔法陣。異異常な光。
密室。
ネット小説やライトノベルで腐るほど読んだ『異世界転移』のテンプレ展開。それが今、自分の足元で起きている。
本来なら蒼汰もパニックになって叫ぶべきなのだろう。
だが、今の彼の脳内リソースの九割は、足元の魔法陣ではなく『右腕の感触』に支配されていた。
「多目、くん……っ」
たまたま近くにいた冨永乃亜が、蒼汰の右腕を両手でギュッと強く抱きしめるように掴んでいたのだ。
恐怖に怯える彼女の顔がすぐ近くにある。微かに震える息遣い、衣服越しに伝わってくる柔らかい感触、そして鼻腔をくすぐるフローラルな香り。
(ちょっ、冨永さん!? 近い、近いって!)
非日常の恐怖よりも、高嶺の花である彼女に密着されている気恥ずかしさが完全に勝ってしまっていた。
心臓が別の意味で早鐘を打つ中、床の魔法陣がひときわ強く明滅した。
「――ッ!!」
視界が完全に白く染まり、強烈な浮遊感が内臓をふわりと持ち上げる。
蒼汰は思わず目を閉じ、右腕にしがみつく冨永を庇うように歯を食いしばった。
◇ ◇ ◇
浮遊感が消え、足の裏に硬い感触が戻ってきた。
教室の木の床ではない。ひんやりとした、石の感触だ。
「……う、ん」
「……え?」
薄れゆく光の中で、クラスメイトたちが次々と目を開ける。蒼汰もゆっくりと瞼を開いた。
そこは、見たこともない景色だった。
天井を見上げれば、色鮮やかなフレスコ画と巨大なシャンデリア。
周囲を囲むのは、大理石の太い柱と美しいステンドグラス。
そして何より彼らを驚愕させたのは、目の前に整列している『煌びやかな鎧を着た騎士たち』だった。
「……よくぞ参られた、異界の勇者たちよ」
透き通るような、凛とした声が広間に響いた。
騎士たちが恭しく道を開け、奥から一人の少女が進み出てくる。
豪奢なドレスに身を包み、金糸のような髪を揺らすその姿は、絵本から抜け出してきたような本物の『姫君』だった。
「わたくしは、このバルカエス王国の第一王女、クレアと申します。
どうか、我々の失礼な行いをお許しください」
クレアと名乗った姫は、お供の神官や貴族たちを従え、優雅に頭を下げた。
数秒の沈黙の後、クラスメイトたちのパニックが再び爆発した。
「はぁ!? 王国って何だよ! ドッキリか何かなのか!?」
「帰して! 警察呼ぶわよ!!」
「俺は大学の入学手続きがあるんだ!
こんなふざけた真似をして、タダで済むと思うなよ!」
神宮寺が怒鳴り、女子たちが泣きわめき、山城が声を荒げる。
先ほどの密室の恐怖も相まって、広間は二十人の怒号と悲鳴で修羅場と化した。
だが、クレア姫は微塵も慌てる様子を見せなかった。
彼女は困ったように小さく微笑むと、すっと右手を胸の高さに持ち上げた。
「皆様。どうか、落ち着いてくださいませ」
鈴を転がすような、穏やかな声。
彼女の手の動きに合わせて、微かな『波』のようなものが広間に広がったのを、蒼汰は確かに肌で感じた。
直後である。
「……あ、あれ?」
「俺……何でこんなに大声出して……」
「そうよね。とりあえず、お姫様の話を聞かないと……」
あれほどヒステリックに叫んでいたクラスメイトたちが、憑き物が落ちたようにスンッ、と大人しくなったのだ。
彼らの瞳の奥から焦燥感が消え、どこか夢見心地のような、不自然なほどの『冷静さ』が宿っている。
(……なんだ、今のは。気持ち悪いな)
蒼汰は腕をさすった。
まるで、脳みそを直接ぬるま湯に浸されたような気味の悪さ。
だが、蒼汰の意識は至ってクリアだった。
パニックも治まっていないし、警戒心もバリバリに残っている。
ふと隣を見ると、理人も同じように眉間に深いシワを寄せ、油断なく姫たちを睨みつけていた。
どうやら彼も正気のようだ。
右腕にしがみついたままの冨永も、小さく身震いをして蒼汰の後ろに隠れるように身を縮めている。
「……ご理解いただけて何よりです。
皆様には、これからこの世界を救う大いなる使命についてご説明せねばなりません」
静まり返った(させられた)教室の面々を見渡し、クレア姫は痛ましそうに眉を下げた。
「ですが、突然のことで皆様もさぞ混乱され、お疲れのことでしょう」
「姫様……」
「我々とて、平和に暮らしていた皆様を無理やり喚び立てるような真似はしたくありませんでした。
ですが……どうか、お許しください。
我々にも、どうしても皆様のお力に縋らねばならない事情があるのです」
ふわりと、クレア姫の大きな瞳に涙が浮かんだ。
言葉を詰まらせ、悲痛な面持ちで俯く美しい姫君。
その可憐な姿に、真っ先に絆されたのは神宮寺だった。
「姫様……いや、クレアさん! 泣かないでください。
事情はよく分からないけど、俺たちでよければ力になりますよ!」
「ええっ!? ちょっと勇輝くぅん!」
西園寺が慌てて腕を引くが、神宮寺はヒロインを守る主人公のような顔つきで胸を張った。
山城も顎に手を当て、「ふむ。そういうことなら、話を聞くのが先決だな」と、余裕ぶった態度で同調する。
「ああ……ありがとうございます、心優しき勇者様たち」
クレア姫は涙を拭い、花が咲くような笑みを浮かべた。
「まずは、皆様を歓迎するお食事をご用意いたしました。詳しいお話は、そちらで」
姫が優雅に手で示すと、重厚な扉が開き、奥へと続く大理石の長い廊下が姿を現した。
騎士たちに先導され、クラスメイトたちは列になって歩き出す。
その列の最後尾。
長い廊下を歩きながら、蒼汰と理人は周囲の騎士に聞こえないよう、極めて小さな声で言葉を交わした。
「……どう思う、蒼汰」
「どうって……お前こそどうなんだよ。さっきの、姫さんの『涙』」
「三流の芝居だね。
網膜を刺激して意図的に涙液を分泌させていたか、感情を誘導する一種の催眠術だ。
神宮寺たちは、見事にそれに引っかかった」
「……やっぱり、お前にもそう見えたか」
蒼汰は忌々しそうに舌打ちをした。
あの涙を見た瞬間、蒼汰の背筋には強烈な悪寒が走ったのだ。
あれは助けを求める弱者の目ではない。
自分たちを『便利な道具』として値踏みし、手なずけようとする支配者の目だ。
「うわぁっ……すげえ!」
「やばい、超豪華じゃん!」
廊下を抜けた先、開け放たれた宴会場からクラスメイトたちの歓声が上がった。
視線の先には、目を丸くするほど豪奢な空間が広がっていた。
長いテーブルには、見たこともないような巨大な肉の丸焼き、色鮮やかな果実、そして黄金のゴブレットに注がれた葡萄酒が所狭しと並べられている。
漂ってくる強烈な肉の脂の匂いに、恐怖も疑念もすっかり忘れ去ったクラスメイトたちは、吸い寄せられるように歓喜の声を上げて駆け出していった。
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