地鳴り熊と、鋼の恋心
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深淵の森の奥深く。
そこは、光すらも拒絶するような濃密な魔素が渦巻く、文字通りの死地であった。
六人が歩を進める中、突如として大地が「ドォォォン……!」と、腹の底に響くような震動を見せた。
「……っ、止まって!」
萌音が鋭い声を上げるのと同時、前方の巨大なシダ植物が、まるで紙切れのようになぎ倒された。
現れたのは、これまでの魔物とは明らかに一線を画す、圧倒的な質量。
体長は優に六メートルを超え、その全身は毛皮ではなく、鈍色に光る分厚い「外殻」に覆われている。
四肢は丸太どころか巨木のような太さがあり、一歩踏み出すたびに文字通り地鳴りが響く。
「解析……完了! 『地鳴り熊』……レベル42!」
萌音の震える声が響く。
レベル42。
それは、これまでの死闘を潜り抜けてきた蒼汰たちにとっても、かつてない脅威だった。
「レベル42だと!? 勇者どものレベルを倍近く引き離してやがるじゃねえか!」
蒼汰が刀を引き抜き、陽炎を纏わせる。
「ガアァァァァァァァァァッ!!!」
地鳴り熊が咆哮した。その音圧だけで、周囲の木々の葉が真っ白に弾け飛ぶ。
次の瞬間、巨体に似合わぬ速度で熊が突進してきた。
「散れ!!」
理人の指示で全員が飛び退くが、熊が振り下ろした前足の一撃が地面を叩くと、衝撃波が地を走り、蒼汰と理人が大きく吹き飛ばされた。
「ぐわぁっ!?」
「蒼汰くん! 理人くん!」
乃亜が叫び、浄化の結界を展開しようとするが、熊は止まらない。
その鋭い眼光は、一番近くで体勢を崩した萌音へと向けられた。
「萌音っ!!」
刀真が叫んだ。
熊の巨大な鉤爪が、萌音を切り裂こうと振り下ろされる。
ガギィィィィィィィィィンッ!!!!
凄まじい火花が散り、金属が激しく擦れ合う音が静寂を切り裂いた。
萌音の目の前に立っていたのは、身の丈ほどもある魔骨鋼の大槌を振りかざした刀真だった。
「……刀真……!」
「萌音には……指一本触れさせねえぞ、この野郎!!」
刀真は、自慢の筋力を限界まで引き絞り、熊の剛腕を真っ向から受け止めていた。
だが、その足元は衝撃で数十センチも地面に埋まっている。
「刀真くん、ダメだよ! その熊の外殻、剛石猪の三倍以上の硬度がある!
今の攻撃力じゃ、逆に武器が壊れちゃう!」
萌音が必死に叫ぶ。
彼女の視界には、刀真のハンマーの耐久値が、熊の圧倒的な圧力によって急速に減少していく「数字」が見えていた。
「壊れる……? ああ、そうだろうよ!
だがな、俺が三日三晩、気合を入れて叩き直したこのハンマーは、そう簡単に折れるほど柔じゃねえ!」
刀真が咆哮し、熊の腕を押し返した。
しかし、熊はすぐさま二撃目、三撃目と怒涛の連続攻撃を繰り出してくる。
蒼汰が横から切り込もうとするが、熊の放つ『重力震』の余波で近づくことすら叶わない。
「刀真! 無理するな、一旦引け!!」
蒼汰の声も、刀真の耳には届かない。
彼はただ、背後にいる萌音を守ることだけを考えていた。
(クソッ……! 硬え……硬すぎる! どこを叩いても、衝撃が全部俺の腕に返ってきやがる!)
刀真の腕の筋肉が、限界を超えて悲鳴を上げる。握力は消えかけ、視界がチカチカと点滅し始めた。
「刀真くん……っ!」
萌音は、自分の無力さに涙が溢れそうになった。
自分は戦えない。ただ数字を見ていることしかできない。
でも、その数字は今、刀真が死ぬと言っている。
(いやだ……。刀真を、死なせたくない!)
萌音は目を強く瞑り、心の中で叫んだ。
(管理者の権限……もっと、もっと奥まで視えなさいよ! ただのステータスじゃない、この化け物の、構造の『穴』を!!)
その時。
萌音の『絶対鑑定』が、かつてない色に輝いた。
情報の奔流が脳内に流れ込む。キノコのスープで底上げされた知力(INT)がフル回転し、膨大なデータを処理していく。
「視えた……!」
萌音の視界に、熊の全身を覆う鈍色の外殻が、無数のパズルのピースのように分解されて映し出された。
そして、その数万という接点の中に、一箇所だけ、呼吸に合わせて魔力が明滅する「一点」を見つけた。
「刀真! 私の指示通りに動いて!」
萌音の声が、戦場に響き渡った。
それは、いつもの控えめな彼女からは想像もつかない、力強く、揺るぎない司令塔の声だった。
「萌音……?」
「その熊の外殻は一枚岩じゃない!
呼吸する瞬間にだけ、左胸の下、三枚目の甲殻の隙間に魔力の逆流が起きる!
そこが、全ステータスを支える『構造の支点』だよ!」
刀真は、萌音のその言葉を微塵も疑わなかった。
「……左胸の下、三枚目だな。了解だ、萌音!」
「それから、蒼汰くん、楓菜ちゃん! 私のタイミングで、熊の注意を右側に逸らして!」
「おう! 任せとけ!」
「了解だよ、萌音!」
萌音のオペレーションが始まった。
「……今! 蒼汰くん、斬り込んで!」
「おおおおらぁっ!!」
蒼汰が右側から陽炎の斬撃を放ち、熊の意識をそちらへ向かわせる。
「楓菜ちゃん、目を狙って!」
「逃がさないよっ!」
楓菜が放った三本の矢が、熊の視界を奪う。
「ガアッ!?」
熊が僅かに仰け反り、大きく息を吸い込んだ。
「今だよ、刀真くん!! 全カロリーを一点に込めて!!」
「しゃああああああっ!!」
刀真が、岩をも砕く踏み込みで地を蹴った。
背嚢から取り出したばかりの『月影豹の干し肉』を口に放り込み、無理やり筋力を二割増しにブーストさせる。
「俺は……鍛冶師だ! どんなに硬え素材でも、叩き場所さえ分かれば……壊せねえものなんて、この世にねえんだよ!!」
刀真の魔骨鋼のハンマーが、赤黒い魔力を帯びて唸りを上げる。
ターゲットは、萌音が指し示した左胸の、ほんの数センチの隙間。
「『盾割り(シールドブレイカー)』……フルスイングッ!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
衝撃波が森を揺らし、周囲の大樹が何本もへし折れた。
次の瞬間、地鳴り熊の「絶対に壊れない」と謳われた外殻に、蜘蛛の巣のような亀裂が一気に走り――
パリンッ! という音と共に、巨大な体から全ての殻が剥がれ落ちた。
「ガ、ア…………」
防御の要を失い、むき出しの急所を叩かれた地鳴り熊は、そのまま山が崩れるように横倒しになり、沈黙した。
沈黙が広がる中、刀真はハンマーを支えに、荒い息を吐きながらその場にへたり込んだ。
「……はぁ、はぁ……。やったぜ、萌音……」
「刀真くん!!」
萌音が駆け寄り、倒れそうな刀真の体をぎゅっと抱きしめた。
「よかった……本当によかった……っ! 刀真が死んじゃったら、私、私……っ」
萌音の目から、我慢していた涙がボロボロと溢れ出す。
刀真は少し照れくさそうに、だが優しく、自由な方の腕で萌音の背中を抱き寄せた。
「悪りぃ、萌音。心配かけたな。
……でも、お前がいてくれたから、俺は最高の『鍛冶』ができたよ」
「うん……。私こそ、刀真がいなきゃ、何もできなかった。
……本当に、大好き」
日本にいた頃から付き合っている二人だが、極限の死線を共に乗り越えたことで、その愛情はさらに深く、強固なものになっていた。
刀真は顔を真っ赤にしながらも、萌音の頭をポンポンと撫でた。
「……バカ。んなこと、日本にいた時から分かってんだろ。
俺だって、お前がいなきゃこの世界で生きていけねえよ」
戦場に残った二人の絆は、深淵の絶望を塗り替えるほどに固く、熱かった。
「……ねえ、蒼汰。私たち、入るタイミング失ってない?」
岩陰で、カルパッチョで得た敏捷を活かして待機していた楓菜が、小声で蒼汰に尋ねた。
「ああ。……あの『完全に出来上がってるカップル』を見せつけられると、俺たちが『アシスト同盟』で攻略しなきゃならねえ壁(乃亜と理人)の高さに、思わず泣きたくなってくるな」
蒼汰が、羨ましさと己の前途多難さに、思わず鼻を啜った。
「さあ、お熱いところ悪いが、さっさとこの熊をバラそうぜ。
刀真、萌音。……こいつはきっと、最高のメインディッシュになる」
理人の冷静だが温かい言葉に、刀真と萌音は顔を見合わせて、幸せそうに笑った。
深淵の王者の肉。
それを喰らえば、彼らの力はまた一段、神の領域へと近づくに違いない。
二人の覚醒と、揺るぎない愛。
それを糧に、六人のサバイバルはさらなるクライマックスへと加速していく。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は『豊穣』チームきっての安定カップル、刀真と萌音の覚醒回でした。
普段は後衛でサポートに徹する萌音が、司令塔としての真の力を発揮し、刀真がその愛に全力で応える……。執筆していて、作者も少しだけ胸が熱くなってしまいました(笑)。
一方で、そんな二人を横目に「アシスト同盟」の必要性のなさを痛感する蒼汰と楓菜。彼らのもどかしい恋模様も、これからどう転がっていくのか。
そして、倒した地鳴り熊。
この「歩く要塞」のような魔物の肉を、乃亜がどう調理し、六人がどんな進化を遂げるのか……。次回のメシテロ回をどうぞお楽しみに!
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