幻夢茸のポタージュと、筋肉に裏切られた男
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大爆発によって幻夢茸の巨大な傘は吹き飛んでしまったものの、太い柄の部分は無傷のまま、美しい純白の巨大なキノコ肉として残っていた。
「……よし。あの毒々しい表皮は溶かしちゃったから、中の綺麗な部分だけくり抜いて食べよう」
戦闘の緊張から解放され、いつもの割烹着姿に着替えた乃亜が、腕まくりをして元気よく宣言する。
「キノコか! こんだけデカいと、すげえダシが出そうだな」
刀真が、大剣を地面に突き立てて嬉しそうに鼻を鳴らした。
「ああ。これだけ良質な魔力を含んだ菌糸類だ。
旨味成分(グアニル酸)の塊だろうね。
……剛石猪の脂をバター代わりに使って、濃厚なポタージュにするのがベストだ」
理人が、食欲をそそる完璧な調理法を提案する。
楓菜の神速の小刀さばきで巨大な純白のキノコ肉がサイコロ状に切り分けられ、蒼汰が『陽炎』で熱した即席の石鍋へと次々に放り込まれていく。
そこに、以前の狩りで手に入れていた剛石猪の濃厚な脂身をたっぷりと加え、焦がさないようにじっくりと炒める。
ジュワァァァァ……ッ!
熱された猪の動物性の強い旨味と、幻夢茸の芳醇で深いキノコの香りが混ざり合い、それだけで胃袋を鷲掴みにされるような暴力的な香りが森に立ち込めた。
「うわぁ……いい匂い!
もうこれだけでご飯が食べられそうだよ」
楓菜が、たまらずゴクリと喉を鳴らす。
キノコがトロトロに溶け崩れてきたところで、乃亜が浄化した深淵の湧き水をたっぷりと注ぎ入れ、理人が細かく温度管理をしながら煮込んでいく。
最後に少量の塩で味を調えれば、白濁した黄金色のスープが完成した。
「できた! 『幻夢茸の濃厚バターポタージュ』だよ!
横で焼いておいた『ふくらの実』のパンを浸して食べてね!」
乃亜が、六人分の木椀に熱々のポタージュを注ぎ分ける。
「い、いただきますっ!」
六人は、ちぎったふくらの実をポタージュにたっぷりと浸し、一気に口へと運んだ。
「んんんんんっ!!!」
一口食べた瞬間、萌音が両頬を押さえて悶絶した。
「なにこれ! すっごく濃厚!
キノコの旨味がギュウゥゥって濃縮されてて、猪のバターのコクがそれを信じられないくらい引き立ててる!
フワフワのふくらの実にスープが染み込んで、噛むとジュワッて口の中が幸せになるよぉ!」
「たまんねえな……! 旨味が濃すぎて、いくらでも腹に入っちまうぜ!」
蒼汰が、熱いポタージュを音を立てて飲み干し、すぐさま二杯目を要求する。
「ふふっ、美味しいね。理人くんの言った通り、このキノコ、ダシが本当にすごい」
乃亜も、嬉しそうにふくらの実をかじっている。
「ああ。……それに、このポタージュの恩恵は、味だけじゃないようだ」
理人が、スープを飲み終えた木椀を置き、自分のこめかみをトントンと指で叩いた。
「えっ? ……あ、本当だ!」
理人の言葉に、萌音が慌ててステータスウィンドウを展開する。
そして、空中に浮かんだ数字を見て、信じられないものを見るように目を大きく見開いた。
「すごいよ! 理人くんと乃亜ちゃん! 二人のステータスが……今までの1.5倍以上に跳ね上がってる!」
「1.5倍だと!?」
刀真が驚きの声を上げる。
「うん! 理人くんの『知力(INT)』と、乃亜ちゃんの『MP(魔力保有量)』が、元の数値から1.5倍以上も増えてるの!
乃亜ちゃんのMPなんて、もう勇者パーティーの魔法使いよりずっと多いかもしれないよ!」
「どうりで、さっきから頭の中が異常にクリアなわけだ。
脳内の思考回路が何本にも分岐して、同時に複数の化学式を並行して処理できる感覚がある」
理人の知的な瞳が、底知れぬ自信に満ちて輝く。
「私も……なんだか、体の中にすごく大きくて深い泉ができたみたい。
これなら、いくら結界を張っても全然疲れない気がする!」
乃亜も、自身の内側に満ちた強大な魔力を感じて微笑んだ。
「よっしゃあああ!
俺もなんだか脳に栄養がいきわたってる気がするぜ!
萌音、俺の知力も1.5倍で爆上がりだな!」
蒼汰が、自信満々にガッツポーズをして萌音を振り返る。
干し肉の時は敏捷が上がらずに悔しい思いをしたが、これだけ濃厚な魔法生物のスープを三杯もおかわりしたのだ。
頭は良くなっているに違いない。
しかし。
萌音は気まずそうにスッと目を逸らし、ステータスウィンドウを指先で隠すようにした。
「えっと……蒼汰くんの知力は……プラス1、だね」
「…………は?」
蒼汰の動きが、またしてもピタッと停止した。
「プラス1……? 1.5倍じゃなくて、1!?」
「う、うん。ポタージュの魔力と栄養が、蒼汰くんの体に入った瞬間に全部『筋力(STR)』と『カロリータンク』の拡張に吸い取られちゃってるみたいで
……脳みそには、ほとんど回ってない、かな……」
萌音が、申し訳なさそうにフォローする。
「ふざけんなぁぁぁっ!! 俺の体、どんだけ筋肉と熱に飢えてんだよ!!
たまには頭も良くさせろ!!」
深淵の森に、蒼汰の理不尽すぎる絶叫が木霊する。
「あははっ! どんまい蒼汰!
どうやら俺たち前衛には、小難しい計算は似合わねえってことだ。
俺も知力は全然上がってねえよ」
刀真が、大笑いしながら蒼汰の背中をバンバンと叩く。
「うぅ……俺だって、たまにはインテリ系の魔法剣士みたいにスタイリッシュに戦ってみてえのに……」
膝を抱えていじける蒼汰を見て、楓菜がお腹を抱えて笑い転げている。
「ふふっ。嘆くことはないさ蒼汰」
理人が、呆れながらも楽しそうに眼鏡を押し上げた。
「この幻夢茸のポタージュ、鍋にまだ大量に残っているだろう?
これをさらに火にかけて限界まで煮詰め、水分を完全に飛ばせば、固形の『ブイヨン(出汁の塊)』が作れる」
「ブイヨン? それをどうするの?」
乃亜が不思議そうに小首を傾げる。
「月影豹の干し肉と同じだよ。いざという戦闘の最中にこの固形ブイヨンをかじれば、一時的に知力やMPを跳ね上げる『緊急用の魔力バフアイテム』になる。
……乃亜ちゃんの魔力切れを防ぐ、強力な切り札になるはずだ」
「なるほど! それなら強敵が来ても、すぐに魔法の威力を底上げできるね!」
萌音が嬉しそうに手を叩く。
「……まぁ、蒼汰には効果が薄いかもしれないがね」
理人がわざとらしく肩をすくめると、蒼汰が「うるせえっ!」と吠えた。
「俺だって……俺だっていざって時はブイヨンかじって、頭脳派の気分くらい味わいてえんだよ!」
蒼汰の負け惜しみに、ついに乃亜も堪えきれずに吹き出し、六人の温かな笑い声が焚き火を囲む。
知力と魔力の爆発的な底上げ、そして切り札となる固形ブイヨンの獲得。
力押しだけではない、彼らならではの『最強の戦術』が、また一つ深淵の森で完成しようとしていた。
◇
幻夢茸のポタージュでステータスを爆上げし、いざという時の切り札『固形ブイヨン』のストックまで確保した、その日の夜。
深淵の森の暗闇の中で、乃亜が展開した『浄化の結界』は、MPが1.5倍に跳ね上がった恩恵でこれまで以上に広く、そして分厚く光り輝いていた。
結界の外には相変わらず得体の知れない気配がうごめいているが、中には微塵も瘴気が入り込まず、まるで家の中にいるような安心感がある。
「……今日は平和だな」
焚き火の前に座り、パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら蒼汰が呟いた。
「うん。昨日の昼間に、いきなり疾風狼の群れに襲われた時はどうなるかと思ったけどね。
でも、萌音の的確な指示と、刀真くんの装甲破壊があったから無傷で倒せたんだよね。
みんなの連携、本当にすごかった」
隣に座る楓菜も、弓を膝に置いたままホッと息を吐いて振り返る。
楓菜の視線の先には、昨日の激戦でも見事な連携を見せた、刀真と萌音の姿があった。
萌音は安心しきった様子で刀真の分厚い背中にピタリと寄りかかって丸くなり、刀真もまた、寝ていながらも萌音を庇うように毛布を掛け直してやっている。
「……刀真くんと萌音、本当に仲いいよね」
楓菜が、焚き火の光に照らされながらポツリとこぼした。
「日本にいた頃から付き合ってたけど……こういう過酷な世界になっても、お互いを一番に信じ合えてるの、すっごく羨ましいな」
「ああ。あの二人の信頼関係は筋金入りだ。
あいつら見てると、背中を完全に預けられる相手がいるって、やっぱいいなって思うぜ」
蒼汰が深く頷く。
そんな蒼汰の横顔を、楓菜がジッと見つめ、いたずらっぽく小首を傾げた。
「……で? 蒼汰は乃亜のこと、どう思ってるの?」
「ぶっ!」
蒼汰は思わず吹き出し、慌てて口を塞いだ。
「お前、またその話かよ! 声がデカいっての!」
「だって気になるんだもん。こないだの見張りの時に、蒼汰から私のことも聞いてきたじゃない」
楓菜が、ツンと唇を尖らせる。
「……理人とはどうなんだよ。
ポタージュ飲んであいつの頭がさらに良くなったから、お前、ますます付け入る隙がなくなったんじゃねえか?」
蒼汰の反撃に、楓菜は「うぅ……」と分かりやすく肩を落とした。
「理人、私のこと、便利な『索敵レーダー』くらいにしか思ってないんじゃないかなぁ。
いつも『楓菜の目は頼りになる』って言ってくれるけど、それって完全に戦力としての評価だし……。
女の子として見られてる気が、一ミリもしないよ」
「奇遇だな」
蒼汰も、深く、深い溜息を吐いた。
「俺もこの前、乃亜から『ご飯をいっぱい食べる蒼汰くん、好きだよ』って言われたけどな。
あれ、完全に腹を空かせた大型犬に向ける目だったぜ」
焚き火の前で、二人は膝を抱えて項垂れた。
「……あのさ、理人って、魔法の計算や化学式のことになると誰よりも頭の回転が速いのに、そういう感情の機微みたいなの、全然分かってないよね」
「ああ。戦闘の知力は200超えでも、恋愛の知力はゼロだな」
「乃亜もだよ。みんなのお母さんみたいに優しくて母性は海より深いくせに、自分に向けられる好意には、絶望的なまでに鈍感なんだから」
「「はぁ…………」」
二人の盛大な溜息が、夜の森に虚しく溶けていく。
どれだけ深淵の魔物の肉を喰らい、ステータスを限界突破させようとも、意中の相手の「鈍感」という絶対防御の壁だけはどうにもならないらしい。
「このままじゃ、俺たち……勇者どもをぶっ飛ばすより先に、寿命が来ちまうぞ」
「ねえ、蒼汰」
楓菜が、ふと顔を上げて蒼汰を見た。その瞳には、かつてないほど真剣な光が宿っている。
「私たち、協力しない?」
「協力?」
「そう! 私が乃亜に、蒼汰のカッコいいところをさりげなくアピールするの!
その代わり、蒼汰も理人に、私の女の子らしいところをアピールして!」
楓菜の提案に、蒼汰は目を丸くした後、ポンッと手を打った。
「なるほど……。自分から行くのが無理なら、外堀から埋めるってことだな。
前衛と後衛で死角をカバーし合う、完璧な陣形じゃねえか」
「でしょ? 名付けて『恋愛鈍感アシスト同盟』だよ!」
楓菜が、パァッと顔を輝かせて右手を差し出す。
「乗ったぜ、その同盟」
蒼汰もニヤリと笑い、楓菜の小さな右手をガシッと力強く握り返した。
「よしっ、契約成立!
じゃあ明日から早速、私が乃亜に『蒼汰って、食べっぷりだけじゃなくて剣を振る姿も頼もしいよね』って吹き込んでおくから!」
「任せとけ。俺も理人に『楓菜は弓だけじゃなくて、笑顔も最高だぜ』って耳打ちしてやるよ」
「えっ、そ、それはちょっと恥ずいかも……」
照れ笑いを浮かべる楓菜と、頼もしげに胸を叩く蒼汰。
深淵の魔物との過酷な死闘が続く中、焚き火の温かい光に照らされた二人の間には、戦友としての絆とはまた違う、共犯者のような微笑ましい秘密の共有が生まれていた。
最強のステータスを持ちながら、恋には不器用な二人の秘密同盟。
この同盟が果たして機能するのか、それとも斜め上の結果をもたらすのか。それはまだ、深淵の森の神すら知らない。
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は理人と乃亜の『頭脳派コンビ』が知略で強敵を打ち破る回でした。
極上のキノコポタージュでみんなの知力が爆上がりする中、どれだけ栄養を摂ってもすべて「筋肉(STR)」に変換されてしまう蒼汰……。前衛の宿命とはいえ、不憫すぎて作者も少し同情しています(笑)。
そして夜には、恋に不器用な二人による『恋愛鈍感アシスト同盟』が結成されました。彼らの恋と筋肉の行方、どうか温かく見守って(応援して)いただけると嬉しいです!




