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幻惑の巨菌。交差する科学と祈り

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 深淵の森をさらに奥へと進む六人の周囲に、少しずつ、だが確実に「異常」が起き始めていた。


 先ほどまでむせ返るような獣の匂いと湿った土の香りが充満していた森の空気が、急に、肺の奥が焼けるような甘ったるい香りに変わり始めたのだ。


 それはまるで、熟れすぎて腐りかけた果実と、葬礼の場に焚かれる香木を混ぜ合わせたような、不気味な芳香だった。


 同時に、視界が急速に奪われていく。


 木々の間から這い出してきたのは、うっすらと発光する紫色の霧だ。


 それは生き物のようにうねりながら、地面を舐め、空を泳ぎ、六人の周囲を包囲していく。


「……ねえ、なんだか空気が淀んでない? 

 すごく嫌な感じがする。視界の端がぐにゃぐにゃして……世界が歪んで視えるの」


 乃亜が、自身の『霊視』の力で周囲を警戒しながら、不安そうに杖を握りしめた。


 彼女の目には、その霧がただの気象現象ではなく、どろりとした負のエネルギーをはらんだ「穢れ」の塊として映っていた。


「ああ、妙だな。獣の気配がパッタリと消えた。

 森が……静かすぎる。楓菜、何か見えるか?」


 蒼汰が刀の柄に手をかけ、親指で鍔を押し上げながら、背後で弓を構える楓菜に尋ねる。


「ううん、私の『鷹の目』でも動物系の生命反応は全然見えない……。

 でも、おかしいの。前方の開けた場所から、ものすごく巨大な『魔力の心臓』みたいなのがドクンドクンって脈打ってるのが視える……。

 あれ、生き物なの?」


 楓菜の鋭い視線が、紫色の霧が最も濃く渦巻くその中心を射抜いた。


「……みんな、今すぐ息を止めて! 乃亜ちゃん、最大出力で結界を!」


 突如、ホログラムウィンドウを指先で弾き飛ばすように操作していた萌音が、顔を蒼白にして叫んだ。


「えっ? うんっ! 『浄化の結界』!」


 乃亜が即座に応じ、杖の先端を地面に突き立てる。


 その瞬間、六人を包み込むようにドーム状の透き通った光が展開された。


 直後、結界の表面に紫色の霧が「ジュウウッ」と凄まじい音を立てて接触する。


 光の壁が波打ち、火花を散らす。


「なんだこりゃ!? ただの霧じゃねえ、これ全部動いてやがる!」


 刀真が鉄塊の大剣を構え、結界の壁を這いずる霧の正体を凝視して戦慄した。


「ただの霧じゃないよ! これ、全部『胞子』だ! 

 吸い込むと強烈な幻覚を見せられて、脳の神経系を直接焼き切られる! 

 同士討ちを誘発して自滅させる毒を持ってるんだ!」


 萌音が、自身の完全UIに流れる警告メッセージを必死に読み上げる。


「前方五十メートル! 胞子の主が来るよ! 

『妖魔の幻夢茸ファントム・マッシュ』レベルは……うそでしょ?! 38!」


 霧の奥から、ズズズ……と大地を引きずるような震動と共に、その怪物は姿を現した。


 それは、巨大な、あまりにも巨大な「キノコ」だった。


 二階建ての邸宅を丸ごと飲み込むほど巨大な傘は、毒々しい紫と斑点模様で彩られ、そこから絶え間なく紫の胞子が噴火のように吹き出している。


 太い柄の部分からは、何百、何千という不気味な菌糸の触手が、ミミズのように蠢きながら地面を這い回っていた。


「レベル38だと!? 勇者どもより格上じゃねえか! 

 だが、動かねえ植物なら話は早い! 根本からぶった斬ってやるぜ!」


 蒼汰が地面を蹴り、結界の境界線を越えて踏み込んだ。


 胃袋の中のカロリーを爆発させ、全身に熱を回す。


 抜き放たれた魔骨鋼の刀が、超高温の白光を放つ。


「『陽炎かげろう』ッ!!」


 渾身の一撃。巨木の幹すら一刀両断するはずの熱線が、幻夢茸の柄を直撃した。


 ボヨォォォォォンッ!!


「なっ……!?」


 蒼汰の腕に返ってきたのは、手応えというにはあまりに異質な、不気味な柔らかさだった。


 刀身は巨大キノコの表面を覆う分厚い粘液と、異常なまでの弾力に完全に威力を吸収され、逆にトランポリンのように蒼汰の体ごと大きく跳ね返されたのだ。


「蒼汰! ……クソッ、なら俺のこの重さが通じるはずだ!」


 空中で体勢を立て直す蒼汰と入れ替わるように、刀真が突っ込んだ。


 素材の構造を見極め、一点に破壊を集中させる重装の一撃。


 ドムンッ!


 大剣がキノコの側面に食い込む。だが、それだけだ。


 キノコの肉は刀真の剣を飲み込むように凹むと、次の瞬間、凄まじい反発力を持って彼を弾き飛ばした。


「ぐわぁっ!? なんだこのゴムみたいな感触は……! 硬い素材の歪みが全くねえ、壊しようがねえぞ!」


「蒼汰くん、刀真! 無理だよ、物理攻撃はほぼ無効化されちゃう!」


 萌音が必死に解析データを共有する。


「この魔物、外殻がない代わりに細胞組織全体が『衝撃吸収のクッション』になってる! 

 物理ダメージを80%カット、さらに表面の粘液が魔法抵抗を極限まで高めてるんだ!」


 楓菜が、強化された弓で正確にエラの部分を狙い撃つが、矢は粘液に触れた瞬間にツルリと滑り、虚しく地面に落ちる。


「私の矢まで滑っちゃうなんて……! 

 どうすればいいの、これ!」


『ギギギギギ……ッ、シュルルルッ!!』


 攻撃を受けた幻夢茸が怒りの震動音を響かせる。


 無数の菌糸の触手が鞭のようにしなり、乃亜の結界を四方八方から叩き始めた。


 ベチンッ! ベチンッ! と叩かれるたびに、乃亜の顔から血気が失われていく。


「くぅっ……! 重い……なんて重い魔力なの……っ!」


 乃亜が杖を両手で必死に抱え込む。結界を維持するためのMPが、砂時計の砂が落ちるような速さで削られていく。


 胞子を防ぎながら、レベル38の物理的な猛攻を凌ぐ。


 それは乃亜一人にかかる負担としては、あまりにも過酷な試練だった。


「これじゃジリ貧だ……! 俺と刀真の攻撃が通じねえなら、どうすればいい!」


 蒼汰が悔しげに拳を握り締める。


 レベルの壁。


 圧倒的な防御性能の前に、彼らは再び己の無力さを突きつけられようとしていた。


 だが、その絶望の渦中で、一人だけ眼鏡の奥の瞳を冷徹に輝かせている男がいた。


「蒼汰、刀真くん。……そんなに焦らなくていい。これは『計算可能』な範疇だ」


 理人が、爆風で乱れた白衣を正しながら、静かに一歩前に出た。


「理人くん!? でも、魔法も効かないって……」


 乃亜が苦しげに彼を見上げる。


「物理が効かないのは構造のせいだ。

 魔法が効かないのは表面の成分のせいだ。

 ……なら、その両方を内側から『中和』してしまえばいい。

 乃亜ちゃん、今から僕が言う通りに魔力を操作できるか?」


「えっ……? う、うん! 理人くんの言うことなら、なんでもやるよ!」


「よし。今、君はドーム状に結界を張って全方位を守っているが、それを一時的に止めてくれ。

 代わりに、あのキノコの『足元』一点に、君の浄化の力を集中させるんだ。

 防御ではなく、攻撃的な『洗浄』としてね」


「防御を止める……!? でも、そしたら胞子が……!」


 楓菜が驚愕して叫ぶ。


「大丈夫だ。そのための『化学式陣』だよ」


 理人が白衣のポケットから複数の小瓶を取り出し、足元の土に素早く模様を描いた。


「『吸着濾過きゅうちゃくろか』の陣。……さあ、今だ、乃亜ちゃん!!」


「……分かった! 信じてるよ、理人くん!!」


 乃亜が覚悟を決め、杖を前方に突き出した。


 光のドームが霧散する。一瞬、紫の胞子が襲いかかろうとしたが、理人の描いた陣が青白く光り、周囲の胞子を磁石のように吸い寄せ、無害なチリへと変えていく。


「はああああああっ!!」


 乃亜の全魔力が、一本の激流となって幻夢茸の柄へと叩きつけられた。


『清らかなる水よ、穢れを穿つ矛となれ――高圧浄化ウォーター・ジェット!!』


 ただの魔法ではない。


 それは、乃亜の「汚れを許さない」という清掃婦としての本能と、巫女としての神聖な力が融合した、超高圧の浄化水流だ。


「ギィィィィッ!?」


 魔法耐性の要であった紫の粘液が、乃亜の水流によって一気に洗い流され、キノコの「生身」の細胞が露出する。


「ここだ……! 中相転移、起動!!」


 理人が乃亜の水流に沿わせるように、強酸性の劇薬が入った瓶を投擲した。


 瓶がキノコの柄で割れた瞬間、理人が足で描いていた『化学式陣』の第二段階が発動する。


装甲溶解アシッド・ダウン!!」


 乃亜の水によって魔力コーティングを剥がされた部位に、理人の酸が直接浸透する。


 バチバチと泡を吹き、物理攻撃をあざ笑うかのように弾き返していた弾力のある表皮が、化学反応によって組織を破壊され、泥のようにドロドロに溶け崩れ始めた。


「ギ、ギガァァァァァッ!!」


 自身の体が溶けていく未体験の激痛に、幻夢茸が狂乱したようにのたうち回る。


「よし、致命的な隙ができた! 蒼汰、トドメの準備だ!!」


 理人が、最後の一瓶――特製の『粉塵爆発用カプセル』と『揮発性魔力燃料』をブレンドした自作の爆弾を、キノコの傘の裏にあるエラに向かって正確に投げ込んだ。


「おうっ!! 待ってました!!」


 蒼汰が、熱量上限までカロリーを燃焼させ、地面を蹴った。


 狙うは、理人が投げ込んだ小瓶。


「理人! 乃亜! お前らが作ってくれたこの道、絶対に無駄にしねえ!!」


 蒼汰が空中を舞い、逆さまになりながら傘の内部へと潜り込む。


 理人の投擲した爆薬が、エラの奥深くに吸い込まれた瞬間。


「燃え尽きろ!! 極大『陽炎』ッ!!!!」


 蒼汰の赤熱した刀が、内部から爆薬を叩き切った。


 ドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 一瞬の静寂の後。


 幻夢茸の巨大な傘が、内側からの激しい粉塵爆発に耐えきれず、花火のように四散した。


 紫の胞子は爆炎によって焼き尽くされ、夜の深淵に巨大な火柱が立ち上る。


「……はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 土煙が舞う中、蒼汰が膝をつきながら着地した。


 その背後では、レベル38の怪物が、その巨大な傘を失い、ボロボロになった柄だけを残して沈黙していた。


「……討伐……完了……」


 萌音の震える声が、森に響いた。


「やった……やったよ、理人くん!」


 乃亜が、膝をガクガクさせながらも、最高の笑顔で理人に駆け寄った。


「ああ。……僕たちの『科学』と『浄化』、深淵の化け物にも通用したね」


 理人が、少しだけ誇らしげに眼鏡を押し上げ、乃亜の健闘を讃えるように頷いた。


「すげえよお前ら……。力任せじゃどうしようもなかった相手を、こんな風に倒しちまうなんて」


 刀真が呆然としながら、大剣を鞘に収める。


「これが、知恵の戦いなんだね……」


 楓菜も、弓を下ろして感心したように二人を見つめていた。


 暴力でも、レベルでもない。


 お互いの特性を理解し、一瞬の隙を突く完璧な連携。


 彼らはまた一つ、勇者たちが決して辿り着けない「真の強さ」の階段を登ったのだ。


「……よしっ! 蒼汰、トドメは刺した。……早速、こいつを採取バラそうぜ」


 理人の言葉に、蒼汰はニヤリと笑って立ち上がった。


「おう! こんだけデカいキノコだ。最高のダシが取れそうだな!!」


 激戦の熱気が冷めやらぬ中、六人は新たな獲物の収穫に向けて、意気揚々と歩み寄るのだった。

いつもお読みいただきありがとうございます!


今回は脳筋……いえ、物理アタッカーの蒼汰と刀真が手も足も出ない強敵に対し、理人と乃亜の『知性派コンビ』が魅せてくれる回でした。

勇者たちがステータスの暴力で押し通る中、理の力で「構造」をぶち抜く彼らの戦い方は、書いていて作者もワクワクします。

次回はいよいよお楽しみ、巨大キノコの収穫&実食パートです!

「この知略バトル、痺れた!」「続きの飯テロも早く見たい!」と思っていただけましたら、ぜひ**【ブックマーク登録】や【下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価】**で応援いただけると、執筆の励みになります!

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