深淵の夜語りと、風を喰らうカルパッチョ
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ふくらの実を使った特製バーガーで限界突破の兆しを掴んだ六人。
しかし、奈落の森の『深淵部』は、彼らにゆっくりと余韻に浸る時間を与えてはくれなかった。
木々が天を覆い隠す深淵では、陽が落ちるのが異常に早い。
あっという間に周囲は濃い藍色に染まり、底知れぬ暗闇が彼らを包み込もうとしていた。
「これ以上進むのは危険だ。今日はここで野営にしよう」
理人が、巨大な大樹の根本にある、少し開けた岩場を指差して言った。
「そうだな。乃亜、結界を頼めるか?」
「うん。任せて、蒼汰くん」
乃亜は岩場の中央に立ち、杖を両手で握りしめて静かに祈りを捧げた。
『清らかなる水よ、我らを守る不可視の壁となれ――浄化の結界』
ふわりと、淡く温かい光が半径十メートルほどをドーム状に包み込み、森の瘴気や小型の魔物の気配を弾き出す。
「よし、俺は火を起こす。見張りは二時間ごとの交代制だ。
最初は俺と楓菜でやるから、他の奴らは先寝ててくれ」
蒼汰が、刀の『陽炎』を使って集めた薪に火を点けながら指示を出す。
「分かった。……蒼汰、楓菜ちゃん、何か異常があったらすぐに起こしてくれ」
刀真が言い残し、理人、乃亜、萌音と共に、携帯用の毛布にくるまって岩陰で休息を取り始めた。
◇
パチパチと薪が爆ぜる音だけが、静寂に包まれた結界内に響く。
結界の外からは、時折、名も知らぬ巨大な獣の遠吠えや、木々がへし折れる不気味な音が聞こえてくる。
「……深淵の夜って、本当に真っ暗なんだね」
焚き火の前に座り、膝を抱えた楓菜が、少しだけ不安そうに火を見つめて呟いた。
「ああ。でも、お前の『鷹の目』と俺がいる。絶対に何も近づけさせねえよ」
蒼汰が、隣に座って力強く笑いかける。
「ふふっ、蒼汰くんは本当に頼もしいね」
楓菜が微笑み返し、少しだけ沈黙が落ちた後、彼女はいたずらっぽく小首を傾げた。
「ねえ、蒼汰くん。……ぶっちゃけ、乃亜ちゃんのこと、どう思ってるの?」
「ぶっ!?」
突然の直球な質問に、蒼汰は思わずむせて激しく咳き込んだ。
「な、なんだよ急に!」
「だって、今日あの勇者たちにバカにされた時、蒼汰くん、自分のこと以上にすっごく怒ってたじゃない。
乃亜ちゃんのこと守ろうとしてさ」
楓菜に図星を突かれ、蒼汰はポリポリと頬を掻きながら、焚き火から目を逸らした。
「……そりゃ怒るだろ。あいつが毎日、文句一つ言わずに俺たちの飯作ってくれてるの知ってんだから。
それに……あいつが笑ってると、腹一杯美味い飯を食った時みたいに、胸の奥がポカポカすんだよ。
だから、もう絶対に悲しい顔はさせたくねえ」
蒼汰の不器用だが真っ直ぐな言葉に、楓菜は「そっか」と優しく微笑んだ。
「じゃあさ、楓菜はどうなんだよ」
「えっ、私?」
「ああ。……理人のこと、よく目で追ってるだろ」
今度は楓菜の顔が、焚き火の光以上に真っ赤に染まった。
「み、見てないよ! ただ、理人くんって頭良くて、いつも冷静で……でも、私の『目』をすごく頼りにしてくれるから。
それが嬉しくて……って、なに言わせるの!」
楓菜がポカポカと蒼汰の肩を叩く。
二人の間に、張り詰めていた緊張をほぐすような、穏やかで等身大な笑い声が漏れた。
――だが、その安らぎは、唐突に引き裂かれた。
「……っ!!」
楓菜の表情が一瞬にして凍りつき、彼女は弾かれたように弓を構えた。
「どうした、楓菜!」
「蒼汰くん、来る! ……結界のすぐ外、上から!!
昼間の狼より、ずっと速くて重い!!」
楓菜の警告と同時。
頭上の大樹の枝から、音もなく『漆黒の影』が降ってきた。
乃亜の結界が「バチィッ!」と激しい火花を散らすが、その影は強引に結界を引き裂き、焚き火の光の中へ着地した。
「グルルルル……」
現れたのは、体長四メートルに迫る巨大な黒豹の魔物だった。
その毛並みは夜の闇そのもののように光を吸収し、四肢には濃密な魔力が揺らめいている。
「起きろ! 敵襲だ!!」
蒼汰の怒号で、眠っていた四人が一斉に飛び起きる。
「……解析完了! 『月影豹』!
レベル35! 昼間のボスより強いよ!」
萌音が瞬時にステータスを可視化し、悲鳴のような声を上げた。
「チッ、野宿の初日からとんでもねえ歓迎だな!」
刀真が大剣を構え、蒼汰の隣に並び立つ。
「消えた……!?」
月影豹が、文字通り夜の闇に溶け込むように姿を消した。
光学迷彩に似た、深淵の捕食者の特権。
「私の目からは逃げられないよっ!」
だが、楓菜の『鷹の目』は、空気のわずかな揺らぎと生命の鼓動を完璧に捉えていた。
昼間の特製バーガーで敏捷と動体視力が底上げされている今の彼女にとって、隠密行動など無意味だった。
「右斜め前! 刀真くん、お願い!」
「オラァッ!!」
楓菜の指示通り、刀真が虚空に向かって大剣を振り抜く。
ガギィッ!と硬い音が響き、闇の中から月影豹が弾き飛ばされて姿を現した。
「すげえぞ楓菜! ドンピシャだ!」
「『装甲溶解』!」
弾き飛ばされた豹の着地点に、理人が即座に酸の陣を展開する。
着地した豹の足元から「ジュウウッ」と不気味な音が立ち、その強靭な皮膚の防御力が削ぎ落とされた。
「これでトドメだ!! 『陽炎』!!」
蒼汰が、カロリーを全開にして地面を蹴る。
月影豹が反撃の牙を剥こうとしたが、それよりも速く、蒼汰の赤熱した刀が豹の首筋を深々と切り裂いた。
ズドォォンッ……!
断末魔すら上げる間もなく、月影豹の巨体が地面に崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ……っ。やったか」
蒼汰が刀を振り下ろした姿勢のまま、荒い息を吐く。
一匹だけの襲撃だったが、そのプレッシャーと殺気は、間違いなくこれまでで最強だった。
「みんな、怪我はない!?」
乃亜が駆け寄り、心配そうに全員を見渡す。
「大丈夫だ。……それより」
蒼汰はニヤリと笑い、倒れた月影豹のしなやかな巨体を見下ろした。
「こいつ……めちゃくちゃ美味そうな筋肉してんな。
夜食といこうぜ」
◇
深夜の広場に、再び焚き火の明るい光が戻った。
「この月影豹の肉は、筋繊維が異常に細かく、火を通すと逆に硬くなってしまう性質がある。
……だから、生でいく」
理人が、切り出された美しいルビー色の赤身肉を前に宣言した。
「生肉か! 腹壊さねえか?」
刀真が少しだけ眉をひそめる。
「僕の毒見スキルと、乃亜の浄化があれば寄生虫や魔素の毒は完全に消去できる。
さらに、昼間採った『烈火草』を細かく刻んで薬味にすれば、殺菌作用と風味の向上が同時に狙える完璧な調理法だ」
理人の説明に、全員の喉がゴクリと鳴った。
楓菜の正確な小刀さばきで、月影豹の赤身肉が向こうが透けるほど薄くスライスされ、大皿に美しく並べられていく。
そこに乃亜がニルス特製醤油、森で採れた柑橘類に似た木の実の果汁、そしてみじん切りにした烈火草を混ぜ合わせた特製ソースを、たっぷりと回しかけた。
「完成! 『月影豹の極上カルパッチョ』だよ!」
ツヤツヤと輝くルビー色の生肉に、醤油と柑橘の爽やかな香りが絡み合う。
「い、いただきまーす!」
一番最初に箸を伸ばしたのは、索敵で神経をすり減らしていた楓菜だった。
薄切りの肉を数枚まとめて口に放り込む。
「んんっ……!!」
楓菜の目が、こぼれ落ちそうなほど見開かれた。
「なにこれ、お肉なのに舌の上でとろける!
でも噛むとしっかりとした弾力があって、噛めば噛むほど濃厚な赤身の旨味がドバッて溢れてくるの!
烈火草のピリッとした辛さと柑橘の酸味が、生肉のクセを完全に消してて……
最高に美味しいっ!!」
その言葉に我慢できず、蒼汰や刀真たちも次々とカルパッチョに群がった。
「うおぉっ! マジで美味い! 焼いた肉とは全然違う、ダイレクトな命の味がするぜ!」
「いくらでも食べられそう……!」
あっという間に大皿のカルパッチョが平らげられた、その時だった。
「……あ、あれ?」
立ち上がろうとした楓菜の体が、フワリとブレた。
ブレたのではない。
彼女がほんの少し足を動かしただけで、瞬きする間もなく焚き火の反対側へ移動していたのだ。
しかも、元の位置に彼女の『残像』がうっすらと残っている。
「えっ……私、今どうやって移動したの?」
楓菜自身が一番驚いて、自分の両足を見つめている。
「も、萌音ちゃん! 楓菜のステータスはどうなってる!?」
理人が興奮した声で叫ぶ。
「すごいよ……っ!」
萌音が、ホログラムの画面を食い入るように見つめながら絶叫した。
「楓菜ちゃんの『敏捷(AGI)』の値が、昼間の狼の時とは比べ物にならないくらい跳ね上がってる! 一気に50ポイントもプラスされて、1.4倍くらい速くなってる!
それに新スキル『瞬歩』まで獲得してる!」
「50ポイント!? 残像が残るほどの速度……これが深淵のバケモノの肉の恩恵か!」
刀真が驚愕に目を見張る。
「よっしゃあああ! 俺もステータス爆上がりだろ!」
蒼汰が嬉しそうに飛び上がり、シャドーボクシングのように素早く拳を繰り出した。
シュッ! シュッ!
「……あれ?」
蒼汰が首を傾げる。
確かに力はみなぎっているが、楓菜のような残像が残るほどの超スピードは全く感じない。
「萌音、俺の敏捷はどれくらい上がったんだ!?」
期待に満ちた目で振り返る蒼汰に、萌音は少し気まずそうに目を逸らした。
「えっと……蒼汰くんの敏捷ステータスは……プラス2、だね」
「……は?」
蒼汰の動きが完全に停止した。
「プ、プラス2……? 50じゃなくて、2!?」
「う、うん。蒼汰くんのステータス、食べたカロリーが全部『筋力(STR)』と『熱量上限』の方に吸収されちゃってて……敏捷にはほとんど回ってないみたい」
「ふざけんなぁぁぁっ!!なんで俺だけ足遅いままなんだよ!!
カルパッチョ、あんなにいっぱい食ったのに!!」
夜の深淵の森に、蒼汰の理不尽すぎる悲痛な叫び声が響き渡る。
「あははっ、どんまい蒼汰くん! 速さは私に任せてね!」
残像を残しながら高速で蒼汰の周りをグルグルと回る楓菜と、腹を抱えて笑う仲間たち。
強敵の恐怖すらも、美味い飯と笑いで吹き飛ばす。
絶望的な敗北を味わった彼らの心は、森の深淵に潜るにつれて、むしろ逞しく、そして確実に強靭に進化し始めていた。
いつも応援ありがとうございます!
今回は深淵の強敵、月影豹との死闘と、その後の極上メシ回でした。
深淵の魔物の肉は、ただ美味いだけでなく、もたらされる恩恵もケタ違いです。残像を残して動く「瞬歩」を覚えた楓菜に対し、どれだけ食べても「筋肉」と「熱」にすべてを吸い取られてしまう蒼汰……。
前衛職としての宿命(?)とはいえ、+2という切ない数字に、作者も書きながら少し蒼汰が不憫になりました(笑)。
足は速くならずとも、その分積み上がった圧倒的な「筋力」が、いつかあの勇者たちの盾をぶち抜く日が来るのか……。
不器用な彼らの反逆劇、これからも全力で描いていきます!
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