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辺境の猛禽。クレマン辺境伯との邂逅と反逆の旗揚げ

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 バルカエス王国の国境防衛を担う重鎮、クレマン辺境伯。


 彼は王都の貴族たちが想像するような、丸々と太って絹の服に身を包んだ強欲な豚ではなかった。


 灰色の髪をオールバックに撫でつけ、鋭い鷹のような双眸を持つ、筋骨隆々とした五十代の男。


 左頬にはかつての激戦で魔物に負わされた一筋の深い傷跡が刻まれている。


 華美な装飾を嫌い、実用性を極めた漆黒の外套と使い込まれた長剣を帯びるその姿は、貴族というよりも『歴戦の将軍』と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。


「……父上。間もなく、報告にあった『奈落の森』の境界に到着します」


 揺れる馬車の中で、向かいの席に座る青年が緊張した面持ちで声をかけた。


 クレマンの長男であり、彼自身の直属の護衛でもあるルークだ。


 金糸の髪を持つ精悍な青年で、その鍛え上げられた体躯と澄んだ瞳には、父譲りの強い正義感と高い剣術の才が宿っている。


「うむ。……ルークよ、お前は数日前の徴税官の報告をどう見る?」


 クレマンが、腕を組んだまま低く渋い声で尋ねた。


「にわかには信じがたい内容でした。あの死を待つだけだった廃村が、わずか半年足らずで強固な城壁を持つ要塞都市へと変貌し、王宮すら凌駕する極上の特産品を生み出しているなどと……。

 何より、森を覆っていた『生臭い瘴気』が完全に消え去っていたと。

 これが事実なら、彼らは森の生態系そのものを捻じ伏せたことになります」


「そうだな。もしそれが王国への明確な反乱の兆しであれば、我が辺境軍をもって即座に踏み潰さねばならん。

 ……だが、あの徴税官が持ち帰った『黒い液体しょうゆ』の味と、特大の魔石。

 あれほどの品、王都の貴族連中でも用意できるものではない。

 私が直接この目で確かめる必要がある」


 馬車が森の獣道を抜け、視界が急に開けた。


「なっ……!?」


 窓の外を見たルークが、息を呑んで絶句した。クレマンもまた、鋭い目を僅かに見開いた。


 そこにあったのは、報告以上の『異常』だった。


 天を突くほど巨大な、漆黒の魔骨と石材が複雑に絡み合った重装防壁。


 そして、その城壁の上空には、村全体をすっぽりと覆う半透明の赤い光のドーム――完全な姿を取り戻した『鳥居の結界』が展開されていたのだ。


「……見事だ。これほどの広域結界、王宮の筆頭魔導士ですら構築不可能だぞ」


 クレマンが感嘆の息を漏らした、その時だった。


 ギゴゴゴォォォッ……!!


 重厚な音を立てて、城壁の巨大な門が開いた。


 馬車から降り立ったクレマンとルーク、そして護衛の騎士たちの前に、六人の少年少女が姿を現した。


「初めまして、クレマン辺境伯様。本日は遠路はるばるお越しいただき、感謝いたします」


 先頭に立っていた黒い学ラン姿の少年――多目蒼汰ためそうたが、背筋を伸ばし、貴族に対する丁寧な礼をとって出迎えた。


 しかし、その言葉遣いは丁寧でありながらも、決して卑屈ではない。


 一国の主として相対するような、堂々たる振る舞いだった。


「……お前が、この要塞の代表か」


 クレマンの鋭い鷹の目が、蒼汰を値踏みするように睨みつける。


「はい。私は多目蒼汰。村長に成り代わりの村の代表を務めさせてもらっています」


「なるほど。礼儀は弁えているようだ……口先だけの腑抜けではないようだな。良い目をしている」


 クレマンはふっと息を吐き、隣に立つ息子へ視線を送った。


「ルーク。少し彼らの『底』を測ってみろ」


「はっ」


 父の意図を察したルークが、静かに歩み出た。彼は腰の剣を鞘に収めたまま、蒼汰に向かってスッと構えをとる。


「クレマン辺境伯が長男、ルークだ。多目殿、あなたの実力を少し見せていただきたい。

 手合わせを願えるだろうか」


 突然の申し出に、村人たちがざわつく。だが、蒼汰は涼しい顔で頷いた。


「領主様からのご指名とあらば、断るわけにはいきませんね。……よろしくお願いします」


 蒼汰もまた、刀真が打ち上げた『魔骨鋼の刀』を鞘ごと抜き、木刀のように構えた。


「行くぞ!」


 ルークが地面を蹴る。


 王国の正統な騎士剣術。


 無駄の一切ない、疾風のような踏み込みから放たれる鞘打ちが、蒼汰の胸元を正確に狙う。


 ――ガァンッ!!


 鈍い衝突音が響いた。蒼汰は半歩も下がらず、自らの鞘でその一撃を完璧に受け止めていた。


「……っ! 重い……!」


 ルークが驚愕に目を見開く。


 体格は自分と変わらないはずなのに、剣を通して伝わってくる力が桁違いなのだ。


「なかなかいい剣筋ですね。でも、森の魔物はもっと理不尽ですよ!」


 蒼汰の体から、微かに陽炎のような『代謝熱』が立ち上る。


 極限のサバイバルで磨かれた野生の勘と、圧倒的なカロリー変換による膂力。


 二人の鞘が、激しい音を立てて何度も交錯する。


 ルークの華麗で精密な連撃を、蒼汰は力強く、泥臭くも確実に弾き返していく。


 互いの実力が拮抗し、剣を交えるごとに相手の息遣いと剣に込めた想いが伝わってくるようだった。


「ははっ! やるな、蒼汰!」


 いつしかルークは「多目殿」という呼び方を忘れ、一人の剣士として少年のように笑っていた。


「ルークこそ、森の魔物よりずっと強え!」


 蒼汰もまた、丁寧な口調を崩してニッと笑い返す。


 最後の一撃。互いの渾身の力がぶつかり合い、両者は同時に大きく後ろへ飛び退いた。


「……そこまでだ」


 クレマンの低い声が響く。


 ルークは荒い息を吐きながら、しかし晴れやかな笑顔で剣を収め、蒼汰に向かって右手を差し出した。


「見事だ、蒼汰。お前の強さは本物だ。

 ……辺境を護る剣士として、お前のような同年代の強者に出会えたことを誇りに思う」


「俺もだ、ルーク。あんたみたいに真っ直ぐな奴が領主の息子で、本当によかったよ」


 蒼汰が、その手をガッチリと握り返す。


 その瞬間、身分を超えた二人の間に、確かな親友としての絆が芽生えていた。


 ◇


「……驚いた。ただの廃村を要塞化するだけでなく、これほどの活気と豊かさを生み出しているとは」


 村の広場に案内されたクレマンは、感嘆の声を漏らした。


 行き交う村人たちは血色良く、難民としてやってきた大工や石工たちと協力して、見事な家屋を次々と建てている。


「お待たせいたしました、クレマン様。お食事の準備が整っております」


 乃亜が、湯気を立てるおにぎりと、醤油で香ばしく焼き上げられた魔物の肉を盆に乗せて運んできた。


 クレマンとルークは、促されるままにその肉を口に運んだ。


 ――瞬間、二人の動きが完全に停止した。


「……っ! 父上、これは……!」


 ルークの目から、美味しさのあまり絶句する。


「ああ……。私の五十年の人生で、これほど美味いものを食ったのは初めてだ。

 ただ美味いだけではない、体の奥から活力が湧き上がってくる……。

 理人という少年の肥料と、ニルスという者の発酵技術……まさに食の革命だ」


 クレマンは箸を置き、深く息を吐き出して蒼汰たちを真っ直ぐに見据えた。


「……完全に、私の負けだ。お前たちは辺境の農民でも、ただの難民の集まりでもない。

 ここに新たな『国家』を創り上げようとしているのだな」


「ご推察の通りです、辺境伯様」


 蒼汰が、真剣な眼差しで切り出した。


「俺たちは、あの腐った王国を許すつもりはありません。

 俺たちを追放しただけじゃなく、今も洗脳したクラスメイトたちを兵器として使い潰している王女を、俺たちは絶対に引きずり下ろします」


 王国への反逆。


 それは貴族として絶対に頷いてはならない言葉だ。


 だが、クレマンは豪快に笑い声を上げた。


「くっ……ははははっ!! 痛快だ!!」


 クレマンが立ち上がり、蒼汰に向かって力強く右手を差し出した。


「私とて、民を犠牲にして私腹を肥やす、今のクレア王女が牛耳る腐敗した王室には反吐が出そうになっていたところだ。

 お前たちのその『魔骨鋼』の武具と『極上の食料』を我が領地に卸せ。

 代わりに、王国からの政治的な干渉は、私が全て防波堤となって弾き返してやろう!」


「ありがとうございます。……共に、新しい時代を創りましょう」


 蒼汰が、その分厚い手を力強く握り返した。


「ルーク。お前は今日から、定期的にこの村へ通え」


「えっ……!?」


「次期辺境伯として、彼らが創る『国』の強さと温かさを、その目で学び、肌で感じてこい。蒼汰という良き友からな」


「は、はいっ! 謹んでお受けいたします!」


 ルークが、嬉しさを隠しきれない笑顔で蒼汰と顔を見合わせた。


 かつて無能と蔑まれ、奈落の森へ捨てられた少年少女たち。


 彼らは極限の飢餓から這い上がり、仲間を集め、ついに辺境の猛禽という強大な外部勢力との同盟を勝ち取った。


 豊富な資源、強固な防衛力、そして信頼できる盟友。


 王国へ反逆するための「新たな国」の土台は、今ここに完全に組み上がったのである。


 静かに、しかし確実に。


 腹ペコの英雄たちが巻き起こす反逆の嵐は、腐敗した王国の喉元へと迫りつつあった――。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

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