勇者たちの狂気と、要塞都市の納税
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――バルカエス王国領、辺境の開拓村。
空を焦がす真っ赤な炎と、人々の絶望の悲鳴が、夜の闇を凄惨に彩っていた。
「ひぃぃっ! た、助けてくれぇっ!」
泥だらけの鍬を握りしめた痩せこけた農民が、地面を這いずりながら命乞いをする。
彼らは重税に耐えかねて蜂起しただけの、ただの飢えた村人たちだった。
だが、彼を見下ろす少年の瞳には、微塵の同情も、そして敵意すらも存在していなかった。
「あーあ。なんでこんな弱いモブ狩りのクエスト、俺たちがやらなきゃなんねーの?
経験値にもならねえじゃん」
勇者・神宮寺は、退屈そうに欠伸をしながら、白銀に輝く『聖剣』を無造作に振り下ろした。
閃光が奔り、農民の体が真っ二つに両断される。
血の雨が降り注いでも、神宮寺は顔についた血を拭いもせず、ただ虚ろな目で宙を見つめていた。
「文句言うなよ、神宮寺。クレア様からの『おつかい』なんだからさ」
背後から、賢者の一文字雫が歩いてくる。彼の手から放たれた炎の魔法が、逃げ惑う女子供ごと、粗末な小屋をあっけなく灰燼に帰していく。
「早く終わらせて王城に帰ろうぜ。
……今日のディナーは、クレア様が特別に用意した『黒いスパイス』がたっぷりかかった極上の肉だ。
ああっ……思い出しただけで、ヨダレが止まんねえ……」
「違いない。早くあの肉が食いてえ……腹減ったなぁ……」
炎上する村の中心で、異世界の制服を着た少年少女たちは、人を殺しながらヘラヘラと笑い、ただ異常なほどの食欲と薬物への渇望だけを口にしていた。
彼らはすでに、正気などとうの昔に失っていた。
王国の『思考抑制剤』によって自我を破壊され、自国の民を虐殺することに何の疑問も抱かない、ただの殺戮人形へと成り果てていたのだ。
◇ ◇ ◇
――それから数ヶ月後。秋の収穫期。
かつて『奈落の森』の奥深くに存在した名もなき廃村は、今や全く別の姿へと変貌を遂げていた。
「……信じられねえ。本当に、これがたった数ヶ月で……?」
村の広場に立った難民のリーダー格の初老の男、ガッシュは、呆然と周囲を見渡した。
鳥居の結界の内側に広がるのは、大工と石工の技術、そして刀真が打った『魔骨鋼の道具』が合わさって完成した、堅牢な木造建築の家々と美しい石畳の道。
村の周囲を囲むのは、魔物の骨と石材が複雑に絡み合った、高さ十メートルに迫る難攻不落の『重装防壁』だった。
さらに防壁の内側に目を向ければ、広大な水田で黄金色に輝く稲穂が重そうに頭を垂れ、風に揺れている。
理人の科学的な土壌改良と、乃亜が注ぎ続けた『浄化の水』による成長促進の相乗効果は凄まじく、初年度から信じられないほどの大豊作をもたらしたのだ。
収穫祝いのお祭りでは、炊きたての新米で作った『銀シャリ』に、特製醤油で香ばしく炙った魔物肉を巻いた『肉巻きおにぎり』が振る舞われた。
誰もが顔を綻ばせ、笑顔で腹いっぱい頬張りながら「来年の作付けが今から楽しみだ」と喜びを分かち合ったばかりである。
「ガッシュさん、どうかしたか?」
収穫したばかりの作物を積んだ荷車を押していた蒼汰が、不思議そうに声をかける。
その隣には理人や、真新しい弓を手入れしている楓菜の姿があった。
「あ、いえ、多目様……。あまりにも村が立派になりすぎて、夢を見ているようだと。
数ヶ月前まで、死にかけで森を彷徨っていたのが嘘のようです」
ガッシュは深く頭を下げた後、ふと、蒼汰が着ている黒い学ラン(今は魔物の革で補強されている)を見つめ、微かに顔を強張らせた。
「……どうかしたか?」
「いえ……実は、私たちの村を焼き払った、王国軍の兵士たちのことを思い出しまして」
ガッシュの言葉に、蒼汰の足がピタリと止まった。
「兵士……いや、あれは普通の騎士ではありませんでした」
ガッシュは震える声で、忌まわしい記憶を語り始めた。
「私たちの仲間を、魔法と輝く剣で虫ケラのように虐殺していった悪魔たち。
彼らは鎧を着ておらず……多目様たちと同じような、その『黒い服』や、見たこともない奇妙な布ジャージの服を着た、若い少年少女たちだったのです……」
「なっ……!」
蒼汰が息を呑む。
少し離れた場所で農具の修繕をしていた刀真と萌音も、顔色を変えて弾かれたように立ち上がった。
「……間違いない」
刀真が、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
「俺たちと同じ服……。神宮寺たちだ。
あいつら、王国軍の代わりに自国の反乱軍の鎮圧に……ただの農民の虐殺に駆り出されてたんだ」
「そんな……神宮寺くんたちが、人を……」
萌音が青ざめ、口元を両手で覆う。
「完全に薬に飲まれて、王女の言いなりにされてやがる……っ。
いくらあいつらが嫌な奴らだったとはいえ、自我を奪われて人殺しの道具にされるなんて……!」
「……これが、王国のやり方か」
理人が、冷たい怒りを孕んだ瞳で眼鏡を押し上げた。
「勇者という最強の武力を、完全に洗脳して私兵化している。
……もはや彼らに、かつてのクラスメイトとしての意識は一ミリも残っていないだろうな」
重い沈黙が流れる中、蒼汰はゆっくりと、腰に差した魔骨鋼の漆黒の刀に手を置いた。
「……ガッシュさん。あんたたちの村を焼いた奴らの正体、たぶん俺たちの知り合いだ。
本当に、すまない」
「そ、そんな! 多目様たちが謝ることでは……!」
「いや。俺たちが、あいつらをぶん殴ってでも止めてやらなきゃいけなかったんだ」
蒼汰の目には、かつてないほどの鋭い覚悟の炎が宿っていた。
「洗脳されてるとはいえ、あいつらがやった事は許される事じゃない。
……刀真、萌音。王国は俺たちを追放しただけじゃなく、あいつらの命と心までおもちゃにしてる。
絶対にぶっ潰すぞ」
「ああ……っ! やってやろうぜ、多目!」
「うん……! これ以上、誰も悲しませないために!」
六人の異世界人たちの心に、「王国との全面戦争」という明確な決意が燃え上がった、その時だった。
「おーい! 多目さん、理人先生!!」
防壁の上の見張り台から、自警団の若者が大声を張り上げた。
「森の向こうから、馬車が来ます! 旗の紋章は……領主、クレマン辺境伯の家紋です!!」
「……来たか。秋の『納税』の取り立てだな」
代官であるケントが、分厚い帳簿を抱えて蒼汰たちの元へ駆け寄ってきた。
「よし。俺たちがこの数ヶ月でどれだけ化けたか……お偉いさんに見せつけてやろうぜ」
蒼汰は不敵な笑みを浮かべ、防壁の巨大な門へと向かった。
◇
「……はぁ。まったく、憂鬱な仕事だ」
奈落の森の浅い獣道を抜けながら、クレマン辺境伯の徴税官は馬車の中で深いため息をついていた。
「あの『名もなき廃村』は、ただでさえギリギリの生活。
しかも最近、森の魔物が活性化しているという噂もある。
どうせ今年も税など払えまい。また辺境伯様に免除のお伺いを立てねばならんのか……」
護衛の騎士たちも「死体だらけじゃなきゃいいですがね」と苦笑いしている。
だが、木々が開け、目的地の村へと辿り着いた瞬間。
徴税官と騎士たちは、全員が馬車の上でポカンと口を開け、石像のように固まった。
「……は? な、なんだ、あれは……?」
彼らの視線の先。
そこにあるはずのボロボロの柵とあばら屋は影も形もなく、代わりに天を突くような巨大な『漆黒の城壁』がそびえ立っていたからだ。
魔物の骨と石材が完璧に組み合わさったその壁は、王都の城壁すら凌駕するほどの威圧感を放っていた。
ギゴゴゴォォォッ……!!
重厚な音を立てて、巨大な門が開く。
中から現れたのは、全身を漆黒の『魔骨鋼の重鎧』で包み、大人がすっぽり隠れるほどのタワーシールドを構えた巨漢の兵士――覚醒したジョーだった。
「よ、ようこそおいでくださいました、徴税官殿!」
ジョーが腹の底から声を張り上げると、護衛の王国騎士たちが「ひぃっ!」と悲鳴を上げて思わず剣に手をかけた。
歴戦の騎士すら圧倒されるほどの、すさまじい重装歩兵の覇気だった。
「お出迎えご苦労様です、徴税官殿。今年の『税』の納入準備は、すでに完了しております」
ジョーの背後から、帳簿を持ったケントと、悠然と歩く蒼汰たちが姿を現した。
「ば、馬鹿な……ここがあの廃村だと!?
この城壁は……それに、その男が着ている鎧、信じられないほどの魔力を帯びているぞ……!」
腰を抜かしかけている徴税官の前に、ケントが次々と木箱を開けて並べていく。
「まずは、巨大熊猪をはじめとする、魔物の『高純度魔石』が三十個。そして、特級の魔骨素材。さらに……」
木箱の中には、王宮の宝物庫でしか見られないような巨大で澄み切った魔石がゴロゴロと転がっていた。
さらに隣の箱には、理人とニルスの技術が詰まった丸々と太った巨大な野菜と、謎の『黒い液体』が入った樽が置かれている。
「な、なんだこの黒い水は……?」
「試しに、そちらの焼き魚にかけて食べてみてください」
蒼汰に促され、徴税官が恐る恐る、樽の中の液体を小皿に垂らし、魚につけて口に運ぶ。
「――っ!?」
次の瞬間、徴税官の口から絶叫が溢れた。
「な、なんだこれはぁぁっ!!
芳醇な香りと、魚の臭みを完全に消し去る強烈な旨味……!
極上の調味料ではないか!!」
「それだけじゃありませんよ。我が村の特産品は、まだまだ無限にあります」
ケントが自信満々に胸を張る。
「これが、今年の我が村の納税分です。……ですが、これはあくまで『今年の分』」
蒼汰が、ガタガタと震えている徴税官の前に立ち、ニヤリと笑いかけた。
「領主のクレマン辺境伯様によろしく伝えてください。この村はもう、ただ搾取されるだけの弱者じじゃない。
……来年からは税じゃなく、この特産品と武具をそっちに卸す代わりに、王国からの干渉を防ぐ『対等な同盟』を結びたいと」
「た、対等な同盟だと……!?」
「ええ。俺たちはこれから、この村を足場にして王国をぶっ潰す。……クレマン辺境伯様が話の分かる賢い領主なら、俺たち『要塞都市』と手を組むのが一番利益になるって分かるはずです」
かつて無能と蔑まれ、死の森へ捨てられた少年たち。
彼らが創り上げた圧倒的な力と豊かさは、今、辺境の領主を巻き込み、腐敗した王国を揺るがす巨大な反逆の嵐へと変わろうとしていた。
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