洗脳の恐怖と、希望の種籾
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「刀真! 北条さん! しっかりしろ!」
奈落の森の奥深く。蒼汰の叫び声が木霊した。
楓菜の仕掛けた巨大な落とし穴の底から引き上げられた二人のクラスメイトは、全身泥だらけで、無数の擦り傷を作り、完全に意識を失っていた。
「ひどい熱だ……それに、ひどく衰弱してる。二人とも、限界まで体力を使い果たしてるんだ」
理人が刀真の首筋に指を当て、緊迫した声で告げる。
「蒼汰、僕がロープで二人を背負う。急いで村へ戻るぞ! 乃亜の『浄化の水』が必要だ!」
「おうっ!」
蒼汰と理人は、ボロボロになった恩人たちを背負い、全力で森を駆け抜けた。
背中から伝わってくる刀真の体は、高校時代に比べてひと回り以上も痩せ細り、骨と皮のようになっていた。王宮での過酷な労働がいかに異常だったかを、その軽さが物語っていた。
◇
名もなき廃村の空き小屋。
敷かれた毛布の上に寝かされた刀真と萌音の口に、乃亜がそっと『清らかな水』を含ませる。
「お願い……元気になって、二人とも……っ」
乃亜の祈りと共に、淡い光を帯びた水が二人の喉を通っていく。
脱水症状と疲労で限界を迎えていた細胞に、浄化の力がゆっくりと染み渡り、高かった熱が徐々に引いていった。
「……ん、ぁ……」
数時間後。夕闇が村を包み始めた頃、ようやく刀真が微かなうめき声を上げて目を開けた。
「……ここは……」
「気がついたか、刀真」
覗き込んできた蒼汰の顔を見て、刀真はビクッと体を震わせ、直後、信じられないものを見るように目を丸くした。
「多目……? お前、生きて……っ。じゃあ、ここは……」
「ああ、俺たちの村だ。お前ら、王宮からずっと逃げてきたんだろ。もう大丈夫だ」
「多目くん……乃亜ちゃん……?」
隣で目を覚ました萌音も、ぼやけた視界の中で懐かしい顔ぶれを捉え、ボロボロと涙をこぼした。
「……私たち、ずっと、みんなに会いたいって思ってた。……でも、こんな死の森で生きているわけないって……。
自分たちも、みんなも死んじゃうんだって、思ってたのに……っ」
「バカ、何言ってんだよ! 俺たちが簡単にくたばるわけないだろ!」
蒼汰が力強く笑うと、萌音は泣き笑いのような表情で頷いた。
「よかった……本当によかった……。夢じゃないんだね……」
ひとしきり再会の涙を流した後、萌音は震える手で、泥だらけになった自分のボストンバッグを大切そうに抱え寄せた。
「あのね……多目くん。私、王宮を逃げ出す時……どうしてもこれだけは持っていかなきゃって、命がけで盗んできたの」
萌音がバッグの中から取り出したのは、二つの麻袋だった。
「こっちは、すぐに食べるためのお米。
……そして、こっちの小さな袋……これが一番大事なもの」
萌音が、重なり合った布で何重にも守られた小さな包みを開いた。
そこに入っていたのは、わずか数掴みほどの、殻に包まれた『種籾』だった。
「これ……っ!」
乃亜が息を呑み、身を乗り出した。
「種籾……!? これがあれば、来年にはもっとたくさんのお米が……!」
「うん……。王宮の倉庫の奥にあった、最高級の品種なの。
……私、商人だから分かるんだ。今あるお米を食べ切っちゃったら、それで終わり。
でも、これがあれば……多目くんたちが、ずっとこの先も食べていけるから……っ」
自分たちもいつ死ぬか分からない極限の逃亡生活の中で、萌音は「自分たちが食べるための米」よりも先に「蒼汰たちが未来を繋ぐための種」を守り抜いていたのだ。
その献身的な想いに、蒼汰は胸が熱くなるのを感じた。
「萌音……お前、最高にカッコいい商人だよ。ありがとう。この種、絶対に無駄にしない。
乃亜との約束なんだ。この村を黄金の稲穂でいっぱいにするって」
「……うんっ!」
乃亜も涙を拭い、力強く頷いた。
◇
乃亜と楓菜が、大事そうにお米の袋を抱えてかまどへ向かう。
明るい背中を見送った後、小屋には蒼汰と理人、そして寝台に横たわる刀真と萌音が残された。
「……さて。感動の再会のところ悪いが、少し深刻な話をさせてくれ」
理人が、ランタンの灯りの下で眼鏡を鋭く光らせた。
「二人の体を『解析』していて、異常な数値が出た。お前たちの食事に、何か『薬物』が混入されていたな?」
その言葉に、刀真と萌音は息を呑んだ。
「……気づいたか、理人」
刀真が、自嘲気味に笑って目を伏せる。
「ああ。間違いない。自律神経を強制的に麻痺させ、思考力を奪い、強烈な依存性を生み出す化学物質。……『思考抑制剤』だ」
「洗脳って……お前、マジで言ってんのか?」
蒼汰が拳を強く握りしめる。
萌音が、震える声で理人の言葉を肯定した。
「理人くんの言う通りだよ。私、『見習い商人』の鑑定スキルで、厨房で使わされている『謎の黒い粉』の正体に気づいたの。
神宮寺くんたちは毎日あれを大量に食べさせられて、もう、自分が王女の駒になってることにも気づいてない……」
「私、あの粉が危ないって分かったから、刀真くんにも教えて、絶対に食べないようにしてた。
厨房の残飯や、粉がかかってないパンの端っこだけをかじって……」
萌音がギュッと自分の胸の服を掴んだ。
「でも……厨房で粉を振りかける時に舞い上がった細かいチリを吸い込んだり、味見を強要されたりして、少しずつ体が侵されてたの。
ここ数日、頭にモヤがかかったみたいになって……このままじゃ、心が死んじゃうって、怖かった」
「……だから、完全に頭がイカれる前に、死ぬ気で森に逃げ込んだんだ。
多目たちに会いたい、せめて一目だけでもって……その一心で」
刀真の告白に、小屋の中は重く冷たい静寂に包まれた。
王宮に残ったクラスメイトたちは、すでに手遅れかもしれない。
その絶望的な事実に、蒼汰は歯噛みすることしかできなかった。
「……安心しろ」
理人が、静かに眼鏡の位置を直した。
「幸い、お前たちの摂取量はごく僅かだ。そしてここは王宮ではなく、僕たちの村だ。
僕の調合技術と乃亜の『浄化』の力を合わせれば、細胞にこびりついた毒素、完全に洗い流してやる」
「お待たせー! ご飯、できたよー!!」
楓菜の元気な声と共に、小屋の扉が開いた。
お盆を持った乃亜が、湯気を立てるお皿を大事そうに抱えて入ってくる。
「刀真くん、萌音ちゃん。今の二人の弱った胃袋でも食べられるように、柔らかく握ったよ」
乃亜が差し出したお皿に乗っていたのは、真っ白に輝く、二つの大きな『塩おにぎり』だった。
具は入っていない。ただの米と、塩だけのシンプルな食べ物。
だが、その米は特製の泥かまどの中で、乃亜が穢れを一切祓った『清らかな水』をたっぷりと吸い込み、ふっくらと、一粒一粒が真珠のように輝きを放って炊き上がっていた。
そして表面にまぶされているのは、理人が解毒成分を配合した『特製の薬師塩』だ。
「これ……」
刀真が、震える両手でそのおにぎりを受け取る。
温かい。
王宮の冷たく硬いパンや、カビの生えていそうな残飯とは違う、命そのもののような温もりが、手のひらから伝わってくる。
「食べて。絶対に、元気になるから」
乃亜の優しい声に促され、刀真と萌音は、大きく口を開けて塩おにぎりにかぶりついた。
――ザクッ、ホロッ。
口の中で、米粒がほどける。
噛み締めた瞬間、米本来の強烈な甘みと、特製塩のまろやかな風味が弾けた。
そして何より、乃亜の「浄化の力」が溶け込んだそのご飯は、胃に落ちた瞬間から、二人の体を蝕んでいた『黒い粉の毒素』と『極限の絶望』を、まるで春の雪解けのように優しく洗い流していった。
「あ……」
刀真の目から、大粒の涙が溢れ出した。
頭を覆っていた不快なモヤが晴れていく。
自分が生きていて、温かい仲間に囲まれているという実感が、全身の細胞に行き渡っていく。
「美味い……っ。なんだこれ、めちゃくちゃ……美味いっ……!」
刀真は、声を上げて泣きながらおにぎりを頬張った。
鍛冶場での理不尽な暴力、いつ心が壊れるか分からない恐怖、死の森を逃げ惑った絶望。
その全てが、この真っ白なおにぎりの温かさの前に溶けて消えていく。
「ふぇぇぇんっ……多目くん、乃亜ちゃん……っ! おいしいよぉっ……!」
萌音もまた、顔をくしゃくしゃにして子供のように泣きじゃくりながら、両手でおにぎりを食べ進めた。
泥だらけの二人が、涙で顔を濡らしながら、一心不乱に塩おにぎりを食べる。
その姿を見て、蒼汰はたまらず刀真の肩を強く抱き寄せた。
「……よく生きて、俺たちのところまで辿り着いてくれたな。もう心配ない。
今日からここは、お前らの村だ」
「刀真、萌音。君たちは『無能』なんかじゃない。
この村を開拓するために絶対に必要な、最高の才能だ」
理人が優しく微笑み、楓菜が「これから毎日美味しいご飯食べようね!」と笑いかける。
王宮の暗闇から逃げ出してきた二人の命が、極上のおにぎりと「希望の種」によって救われた夜。
細工師と商人という、村おこしに必要不可欠な二つの才能が合流したことで、名もなき廃村の逆転劇は、ここから爆発的な加速を始めるのだった。
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