奇跡の初収穫と、折れた魔骨
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名もなき廃村に拠点を定めてから、三週間。
村の景色は、劇的な変貌を遂げていた。
かつては雑草が生い茂り、泥と瘴気にまみれていた道は綺麗に整地され、見通しが良くなっている。
そして何より変わったのは、すれ違う村人たちの表情だった。
いつも飢えと死の恐怖に怯え、俯いていた彼らの顔には、今や確かな活力と明るい笑顔が戻っていたのだ。
その活力の源は、間違いなく広場の中央にあった。
「よし、焼き上がったぞ!」
蒼汰が『特製かまど』の口から、分厚い魔物の平骨を、鉄板代わりにしたものに乗せた大鹿の肉を取り出した。
ドーム型に密閉されたかまどの内部で、全体から均等に熱を反射させながら焼き上げた肉は、ただの焚き火とは比べ物にならない。
表面はカリッと香ばしく、ナイフを入れた瞬間に透き通った肉汁がジュワッと溢れ出した。
「わぁっ! お肉、すっごくやわらかーい!」
「かまどのお肉、さいこー!」
タイキやハナたち子供が、熱々の肉を頬張って満面の笑みを浮かべる。
大人たちも「こんな美味い肉、王侯貴族のメシじゃねえか」と顔をほころばせている。
美味しい食事が、毎日のやる気を生む。
蒼汰と乃亜が作ったかまどは、間違いなく村の心臓部として機能していた。
そんな賑やかな朝食を終え、蒼汰たちは広場の向こうの農地へと足を運んだ。
「……信じられん。三週間。たった三週間で、もう収穫の時期を迎えるなんて」
村長ゲンが、腰の高さまで青々と育った葉を見つめ、震える声で呟いた。
「通常、この『ナナバ大根』は収穫まで一ヶ月以上はかかる。
それが三週間……。理人先生の肥料の力は魔法以上じゃ!」
「いや、僕の肥料設計と蒼汰の地熱管理だけでは、ここまでの短縮は不可能だ。……やはり、一番の要因は彼女だな」
理人が指差したのは、畑の端で両手を合わせ、静かに祈りを捧げている乃亜の背中だった。
「乃亜が毎日撒いている水には、彼女の『浄化』の力が無意識に溶け込んでいる。
それが土壌の瘴気を完全に消し去り、植物の生命力を極限まで引き出したんだ。
……乃亜の力が今後さらに増せば、収穫サイクルはさらに早まる可能性がある」
「乃亜お姉ちゃんのおかげだ!」
「聖女様だ! 乃亜様が祈ってくれたから、お山が味方してくれたんだ!」
村人たちが次々と乃亜に向かって膝をつき、感謝の言葉を口にする。
「あ、あのっ、私はただ、美味しいご飯を食べてほしくて、お水を出しているだけで……!」
乃亜は顔を真っ赤にして慌てて手を振るが、村人たちの崇拝の眼差しは止まらない。
彼らにとって、飢えから救ってくれた乃亜は、文字通り女神の代行者のように映っていた。
「へへん、乃亜はすごいんだから!
さあ、みんな!
お祝いは後にして、どんどん抜いちゃおうよ!」
楓菜の明るい声に応え、村総出での収穫が始まった。
◇
ズボッ、という小気味良い音と共に、白く太った大根が土から引き抜かれる。
「見て蒼汰! こんなに大きいよ!」
楓菜が両手で抱えるほどの立派な獲物を掲げた。
「ああ、こりゃあ美味そうだ。しっかり水分を吸って重てえ」
蒼汰も笑みを浮かべ、鍬を手に取った。収穫と同時に、次の種まきのために土を整える作業に入る。
カツン、という音が響く。
「……ん?」
蒼汰が少し眉を寄せた。
手に持っているのは、楓菜が大鹿の骨を削って作った『魔骨の鍬』だ。
鉄のような硬度を持ち、これまではサクサクと硬い地面を掘り起こしてきた。
だが、その手応えに、先ほどまでにはなかった『不快な振動』が混じっている。
「どうした、蒼汰」
理人が近づいてきた。
「いや……なんか、入りが悪いというか……」
蒼汰がもう一度、力強く鍬を振り下ろした、その時だった。
――ピキィッ!!
冷たい音が響き渡った。
蒼汰が手にした鍬の、骨でできた刃の根元に、大きな亀裂が走っていた。
「あ……」
乃亜が息を呑む。
「折れ……た?」
楓菜が慌てて駆け寄ってきた。
「そんな、嘘でしょ!? 私が一生懸命削ったのに! 大鹿の骨だよ?」
「……楓菜。他の道具も持ってきてくれ」
理人の厳しい声に、村人たちが使っていた骨のスコップや鍬が集められる。
そのどれもが、刃先が異常に摩耗していたり、細かなヒビが入ったりしていた。
「……やはりな。生産性の限界だ」
理人が、折れた鍬の断面を『解析』しながら溜息をついた。
「素材の質が足りない。あの日、蒼汰が泥を焼いた時に使った『マーダー・ボアグリズ(熊猪)』の骨。
……あれを100点とすると、大鹿の骨はせいぜい30点だ。
熊のように魔素を濃密に溜め込んだ『王』の素材でないと、この過酷な開拓作業の負荷には耐えられない」
「そっか……。あいつの骨は、もう使い切っちゃったもんね……」
楓菜が肩を落とす。
最高級の素材である熊の骨は、鳥居の補強や最初の防壁の一部に使ったことで底を突いていた。
「魔骨の道具なら何でもいいってわけじゃないのか」
蒼汰は折れた鍬を見つめ、苦々しく吐き捨てた。
「……このまま道具が壊れ続ければ、開拓はここでストップだ。
肥料があっても、土を掘れなければ種はまけない。
壁だって、これ以上は伸ばせないぞ」
初収穫の喜びに沸いていた広場に、冷たい沈黙が流れる。
タイキやハナも、不安そうに大人たちの顔を見上げていた。
「……鉄があれば」
乃亜が、ぽつりと呟いた。
「本物の、鉄でできた頑丈な道具。それを作ったり、直したりできる人がいれば……」
その言葉に、蒼汰は腰に提げた刀の柄をそっと撫でた。
「……刀真が、いればな」
「ああ。追放される前夜、お前のなまくら剣を一瞬で研ぎ上げてくれた、遠山刀真か」
理人が眼鏡を押し上げる。
「あいつのジョブは『見習い細工師』だったが、あの金属加工の腕は確かだった。
あいつがいれば、この折れた魔骨の代わりになる鉄の農具を打つことだってできるはずだ」
「うん。それに、あの時なけなしの食料とお小遣いを分けてくれた萌音ちゃんも……」
乃亜が、胸の前で両手をきゅっと握りしめる。
楓菜も、腰に差した短刀——刀真が打ち直し、護身用にと渡してくれたもの——を優しく見つめた。
「萌音、私たちのこと『無能なんかじゃない』って言ってくれたんだよね。
……あの二人は今頃、どうしてるかな」
「見習いとはいえ、生産職だ。今頃は王宮の立派な工房で、神宮寺たちの派手な武器でも作らされてるんじゃないか?」
「かもな。昔から人のいい奴らだったし、王宮で上手くやっててくれりゃいいけど」
蒼汰は王都の方角を見上げた。
彼らは知る由もなかった。
その恩人である刀真と萌音が、王宮の狂気と過酷な労働から命からがら逃げ出し、すでにこの奈落の森へ足を踏み入れていることなど。
◇
「……今は、この収穫を祝おう」
理人が、沈んだ空気を変えるようにパンッと手を叩いた。
「道具が壊れた事実は変わらないが、お腹を満たせば次の策を考える余裕も生まれる。
牛乳やバターがないから王都のようなシチューは無理だが、この大根と鹿肉から出る出汁を使えば、最高の『水炊き』ができるはずだ」
「うんっ! 私の清らかなお水で煮込めば、素材の旨味がもっと引き出せると思う!」
乃亜がパッと顔を輝かせ、折れた鍬の横に置かれた、白く輝く立派な大根を抱え上げた。
その日の昼。
かまどで作られた、透き通ったスープの水炊き。
肉の旨味と大根の甘みが極限まで溶け出したその温かい味に、村人たちは飛びきりの笑顔で喜んだ。
最高のメシと、道具を失う不安。
そして、遠く離れた恩人を想う心。
名もなき廃村の復興は、さらなる仲間を求める切実な壁へと突き当たっていた。
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