魔物の恩恵と、理(ことわり)と野性の共鳴
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!
魔骨のスパイク防壁の建設が始まり、村が少しずつ安全と活気を取り戻し始めていた数日後のこと。
村の広場では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「いやっほーう! なんか今日、すっごく体が軽いよ!」
楓菜が、広場の端にある高さ十メートルほどの見張り台(昨日大工班が組み上げたばかりの櫓)の柱を、文字通り「猿のように」スルスルと登り、そこから何の躊躇もなく地面へ向かって大ジャンプしたのだ。
「ちょっ、楓菜ちゃん!? 危ないっ!」
乃亜が悲鳴を上げるが、楓菜は空中でくるりと身を翻すと、猫のように音もなくふわりと着地した。
「へへーん! 全然平気! なんかね、足にバネが入ってるみたいにポンポン跳べるんだ!」
「……おい、福。いや、楓菜」
理人が、手元のすり鉢で薬草をすり潰す手を止め、眼鏡の奥で目を細めた。
「お前、さっきのジャンプ、滞空時間と着地の衝撃吸収率が常人の物理法則を完全に無視していたぞ。
……ちょっとこっちへ来い、『解析』する」
「えー? 理人、また理屈っぽいこと言うのー?」
口を尖らせながらも楓菜が近づくと、理人は彼女の体を上から下までジロジロと観察した。
「……やはりな。お前の『素早さ』と『脚力』の数値が、数日前に比べて異常なほど跳ね上がっている」
「マジか。そういや俺も、昨日防壁の泥をこねてた時、いつもより体が軽く感じたんだよな」
刀の手入れをしていた蒼汰も、興味深そうに立ち上がった。
「ああ、蒼汰の数値も上がってはいる。だが、楓菜の上がり幅は異常だ。
僕の数値は微増といったところなのに……」
理人は顎に手を当て、ブツブツと呟き始めた。
「おそらく、この数日間主食にしている『ホーンラビット(ツノウサギ)』と『ブレードディアー(大鹿)』の肉の恩恵だろう。
あの俊敏な魔物を食べ続けたことで、特性が僕たちの細胞に定着したんだ」
「じゃあ、なんで楓菜だけそんなに上がってるんだ?」
「……『職種による適性』の違いという仮説が成り立つな」
理人が指を立てる。
「楓菜のジョブ『叉鬼』は、森を駆け回る機動力に特化している。
だから素早さの特性を吸収しやすい。
逆に、蒼汰の『山伏』は火力と耐久力、僕の『陰陽師』や乃亜の『巫女』は後衛職だから、素早さの恩恵をフルに受け取れないんだ」
「なるほどなー! 私、素早さ特化ってことか!」
楓菜が嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
「……なんか、俺より素早いって言われると、ちょっと悔しいな」
蒼汰が負けず嫌いな笑みを浮かべ、準備体操のようにアキレス腱を伸ばし始めた。
「おい楓菜、ちょっと試してみようぜ。広場の端から、あそこの新しくできた防壁の門まで……約百メートル。どっちが速いか競争だ」
「望むところだよ! 今の私なら絶対に負けないもんね!」
二人がスタートラインに並ぶ。
その様子を見て、近くで土いじりをしていたタイキやハナをはじめ、村の子供たちが何が始まるんだと集まってきた。
「おにいちゃんと、おねえちゃん、なにするのー?」
「かけっこ競争だよ! どっちが速いか、みんなで見届けてね!」
乃亜が子供たちを安全な場所へ誘導し、理人がスタート地点の中央に立った。
「……いいか、フライングは失格だからな。僕が手を下ろした瞬間が合図だ」
理人が右手を高く上げる。
蒼汰はクラウチングスタートの構えを取り、楓菜はリラックスした様子で立ったまま前を見据えた。
子供たちがゴクリと息を呑む。
「位置について。……ヨーイ、ドンッ!!」
理人の手が振り下ろされた瞬間。
バンッ!!という爆発音のような踏み込みの音が広場に響いた。
「はえっ!?」
蒼汰が驚愕の声を上げた。
彼の初速も凄まじかったが、楓菜のダッシュはまさに「矢」そのものだった。
彼女の足が地面を蹴るたびに、土が弾け飛ぶ。風の抵抗など存在しないかのように、一直線に百メートルの距離を駆け抜けていく。
「ゴール!!」
乃亜が叫んだ。
楓菜が防壁の門を余裕でタッチし、そこから遅れること約一秒。
蒼汰がものすごい勢いで駆け込んできた。
「ぶっちぎりで楓菜の勝ちーっ!!」
「わぁぁぁぁっ!! おねえちゃん、すっごくはやーい!!」
「おにいちゃん、まけちゃったー!」
タイキとハナが大はしゃぎで拍手喝采を送る。
他の子供たちも「すごいすごい!」「風みたいだった!」と目をキラキラさせて飛び跳ねた。
「はぁっ……はぁっ……!
ウソだろ、百メートル走でこんなに差をつけられるなんて……っ!」
蒼汰が膝に手をつき、肩で息をしながら本気で悔しがった。
「へへん! 見たか蒼汰、私の脚力を! 勝負は私の勝ちだね!」
楓菜は全く息を切らしておらず、得意げに胸を張る。
「いいなー! たいきも、かけっこしたい!」
「ハナもするー!」
興奮した子供たちが、スタートラインに並び始めた。
「よーし、じゃあ今度はみんなで競争だ! 乃亜お姉ちゃん、合図お願い!」
「ふふっ、いいよ。みんな、横に並んでねー!」
広場に、乃亜の優しい声と子供たちの無邪気な笑い声が響き渡る。
毎日魔物に怯え、泥のように働くしかなかった廃村の子供たちにとって、「ただ走って順位を競う」というこの遊びは、初めて経験する最高にエキサイティングな『娯楽』になったのだった。
◇
「……全く。直感と野性だけで動く馬鹿は、見ていてヒヤヒヤするな」
広場の隅に戻ってきた楓菜に、理人が呆れたようにため息をついた。
「なによー! 理人も一緒に走ればよかったのに。絶対ビリだけど!」
「非科学的な挑発には乗らない。僕は頭脳労働の専門家だ」
理人は眼鏡を押し上げると、手元にあったすり鉢から、緑色のドロドロとした液体が入った小瓶を取り出した。
「ほら、お前の矢を貸せ。先端にこれを塗布しておく」
「なにこれ?」
「森の奥で見つけた、麻痺毒を持つ植物から抽出した特製の『毒薬』だ。
……お前のその異常な機動力と射撃センスは、確かにこの村の最大の武器になる。
だが、大型の魔物相手には決定打(火力)が足りないだろう?」
理人は、楓菜の骨の矢の先端に、丁寧にその麻痺毒を塗りつけていく。
「お前はただ、その足で敵を翻弄し、これをかすり傷でいいから一発当てればいい。
あとは僕の化学物質か、蒼汰の炎がトドメを刺す。
……これがお前の『野性』を最大限に活かす、僕の『理』だ」
その言葉に、楓菜はパチクリと瞬きをした後、ニシシと嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
「……そっか。やっぱ理人がいるとすっごく助かる!
私、頭使うの苦手だからさ、そういう計算は全部お任せして、思いっきり暴れ回れるってわけだ!」
「……計算できない野獣の手綱を握るのは、理系の役目だからな」
理人がそっぽを向きながらぶっきらぼうに答えると、楓菜がポンッと彼の肩を叩いた。
「よろしく頼むよ、最高の相棒!」
「……痛いぞ、馬鹿力」
蒼汰と乃亜の絆とはまた違う。
直感で動く『叉鬼』と、理論で支える『陰陽師』。正反対の二人が互いの長所を認め合い、強力なコンビネーションが確立した瞬間だった。
彼らの身体と心は、この過酷な異世界の中で、確実に『生き抜くための形』へと進化を続けていた。
ご一読いただきありがとうございます!
思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。
もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。
今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。
ブックマーク登録も、執筆の励みになります。 よろしくお願いします!




