命の水と、泥のかまどの約束
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翌朝。
案内された空き小屋の板間で目を覚ました蒼汰たちは、差し込む朝日に目を細めながら、自然と一つの輪になって車座に座っていた。
昨日は魔物を狩り、フクラの実を焼き、理人の薬で村人たちの治療を行った。濃密すぎる一日だったが、不思議と疲労感はない。
「……なぁ、みんな。昨日の夜も少し話したけどさ」
蒼汰が、真剣な顔つきで三人の顔を見渡した。
「俺たち、この『名もなき村』を、当面の……いや、ずっとの『拠点』にしないか?」
その提案に、真っ先に手を挙げたのは楓菜だった。
「大賛成! だって、この村の人たち、みんなすっごくいい人だし!
それに、タイキくんやハナちゃんが飢えたり魔物に怯えたりしてるのを、このまま放っておけないよ!」
「僕も異論はない」
理人が眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、淡々と、しかし力強く頷く。
「合理的観点から見ても、王都の追っ手から身を隠しつつ、安定した生活基盤を築くには、この辺境の村は最適だ。
それに、あの朽ちた鳥居の結界……あれを完全に修復できれば、ここは奈落の森の脅威から完全に隔離された『絶対安全圏』になる」
「私も、賛成です」
乃亜が、胸の前で両手をきゅっと握りしめて微笑んだ。
「昨日、村の人たちが私たちの作ったご飯を食べて、泣いて喜んでくれたこと……私、一生忘れないと思う。私、この村の人たちのためにも、もっともっと美味しいご飯を作りたいな」
「そう! それだよ乃亜!」
楓菜がバンッと床を叩き、身を乗り出した。
「拠点にするってことは、毎日の生活があるってこと! サバイバルの延長みたいな焚き火の丸焼きだけじゃなくて、もっとちゃんとした『美味しいご飯』を食べたいよね!」
「美味しいご飯か。……昨日のフクラの実も美味かったし、肉も最高だけどさ」
蒼汰が天井を仰ぎ見て、ポツリと本音をこぼした。
「やっぱり俺たち日本人としては、ホカホカの『銀シャリ』を腹いっぱい食いたいよな」
その言葉に、三人は同時にゴクリと喉を鳴らした。
しかし、乃亜が少しだけ困ったように眉を下げて首を振る。
「……うん。王宮から持たされた干し飯の残りは前の戦いで全部食べ切っちゃったし、昨日の森の探索でも、お米の代わりになりそうな穀物は見つからなかったの。
今の私たちには、お米のストックはゼロだわ」
「そっか……。まあ、森の中にそう都合よく野生の米が実ってるわけないよな。この世界でも貴重品みたいだし」
蒼汰が肩を落とした、その時だった。
「でもね、蒼汰くん。昨日、村長さんが言っていたの覚えてる?
広場の向こうに広がっている荒れ地……あそこ、昔は『水田』だったって」
「水田……? あっ! 確かに言ってたな。ってことは……!」
「そう。この村の土と気候なら、絶対にお米は育つはずなの!」
乃亜の瞳に、強い光が宿った。
「今はまだ荒れ果てているし、種籾が残っているかもわからない。
でも、いつか絶対にあの水田を復活させて、私の『清らかな水』でいっぱいにして……黄金色のお米をたくさん実らせようよ!」
「おおおっ……! 自家栽培で、米を作るってことか!」
蒼汰がガバッと身を乗り出す。
「うん! でもね、いざお米が収穫できた時、焚き火の火じゃ絶対に美味しく炊けないの。
お米をふっくらとした最高の『銀シャリ』に炊き上げるには、熱を逃がさずに包み込む『かまど』がどうしても必要なのよ」
乃亜はぎゅっと拳を握りしめ、みんなの顔を見渡した。
「だから、今はまだお米はないけれど……いつか来るその日の目標のために! そして、今あるお肉やスープをもっと美味しく料理するために、私たちだけの『かまど』を作りたいの!」
「なるほど、未来の白米のための、かまど作りか!」
蒼汰がポンと手を打つ。
「よし、決まりだ。今日からの本格的な村おこしの第一歩として、まずは乃亜のために、世界一立派な『かまど』を作ろうぜ!」
「さんせーい!」
楓菜が元気に両手を挙げ、理人も「悪くない目標だ」と口角を上げた。
◇ ◇ ◇
かくして、村の広場の片隅で『かまど建設プロジェクト』がスタートした。
「かまどなら、私、おばあちゃんちの田舎で見たことあるよ!
えーっとね、形はこんな感じで……」
楓菜が木の枝を拾い、広場の土にガリガリと図面を描き始めた。
丸いドーム型に、上に二つの穴が開いており、下には薪を入れる四角い口。
横には謎のトゲトゲが生えている。
「……楓菜。なんだこの横のトゲは」
「え? なんかかっこいい装飾?」
「却下だ。そんな無駄な突起をつければ熱が逃げる」
理人は大きなため息をつくと、楓菜から木の枝を奪い取り、その隣にスラスラと新しい図面を引き始めた。
「かまどの本質は『燃焼効率』と『保温性』だ。
下部の空気穴から酸素を取り込み、燃焼した熱気が鍋底を均等に舐めるように流れる流体力学的な構造が必要になる。
……この空気孔の直径を1とすると、排煙口の比率は……」
ブツブツと数学的な計算を呟きながら、理人の手によって、無駄を一切省いた、しかし最高に機能的な三連かまどの設計図が土の上に完成した。
「す、すげえ……お前、なんでかまどの構造まで知ってんだよ」
「熱力学の基本を応用しただけだ。料理は化学だからな」
理人がドヤ顔で眼鏡を光らせる。
「よーし! 設計図ができたなら、あとは作るだけだな!」
蒼汰は気合を入れると、革の胸当てと上着を脱ぎ捨て、動きやすいシャツ一枚になった。
「俺がベースの泥をこねる。乃亜、水を出して手伝ってくれるか?」
「うんっ、任せて!」
蒼汰が広場の隅の粘土質の土をスコップ代わりに使った魔物の平骨で掘り起こし、一箇所にこんもりと山を作る。
そこへ、乃亜が『巫女』のスキルを発動させた。
「お願い、清らかなお水……っ」
乃亜の白い両手から、キラキラと光を帯びた透明な水が湧き出し、土の山へと注がれていく。
「よし、こねるぞ!」
蒼汰が泥の中に両腕を突っ込み、全身の体重をかけて力強く練り込み始めた。
グチャッ、グチャッという重い音が響く。
粘土質の土は非常に重く、普通の高校生なら数分で腕が上がらなくなるほどの重労働だ。
しかし、蒼汰の『限界突破』で強化された筋力は、まるでパン生地でもこねるかのように、大量の泥をリズミカルに練り上げていく。
「蒼汰くん、お水、もっと足す?」
「ああ、頼む! 少し硬いから、全体に回るようにかけてくれ!」
「わかった!」
乃亜が再び浄化の水を注ぎ、蒼汰がそれを土の奥深くまで練り込んでいく。
その作業を繰り返しているうち、二人は奇妙な感覚に包まれ始めた。
「……あれ? なんかこの泥、すごく……温かい?」
乃亜が、不思議そうに自分の手のひらを見つめた。
蒼汰も、練り込んでいる泥の感触が変わってきたことに気づいていた。
最初はただの冷たくて重い土だったのに、今はまるで『生き物』のように滑らかで、内側からぽかぽかとした熱を帯びているのだ。
「……たぶんだけど」
蒼汰が、泥だらけの手で汗を拭いながら笑った。
「乃亜の『浄化の水』と、俺のカロリー消費から漏れ出てる『熱』が、この泥の中で混ざり合ってるんだと思う。
ただの土くれが、俺たちの力で特別な素材に変わってるみたいだ」
「私たちの力が、混ざり合ってる……」
乃亜はパッと顔を赤くしたが、すぐに嬉しそうに微笑み、泥に触れた。
「本当だ……。すごく優しくて、力強い感じがする。
……これでお米を炊いたら、絶対に美味しくなるね」
「おーい! 蒼汰おにいちゃん、乃亜おねえちゃん、何してるのー?」
ふと、背後から可愛らしい声がした。
振り返ると、タイキとハナが、興味津々な様子でトコトコと駆け寄ってきていた。
「おにいちゃん、どろんこだー!」
「おっきな泥だんご、作ってるの?」
ハナが不思議そうに小首を傾げる。
「泥だんごじゃないぞー。これはな、いつかみんなで『美味しいご飯』を食べるための魔法の箱、『かまど』を作ってるんだ」
蒼汰がウインクすると、二人の子供は「まほうの箱!」と目を輝かせた。
「たいきも手伝う!」
「ハナも!」
「おっ、いいぞ。じゃあ、理人のお兄ちゃんが描いたあの線の通りに、この泥をペタペタくっつけていってくれ」
タイキとハナが小さな手で泥を掴み、理人の設計図の通りに土台を作り始める。
蒼汰と乃亜が練り上げた魔法の泥を、子供たちが笑顔で積み上げ、それを蒼汰がしっかりと固めていく。
少し離れた場所では、楓菜が「がんばれー!」と手を振り、理人が「そこ、厚みが1ミリ足りないぞ」などと小言を言いながらも見守っている。
太陽が真上に昇る頃。
大人たちが総出で作るような立派な三連かまどが、村の広場に完成していた。
乃亜の浄化水と蒼汰の熱、そして子供たちの手によって形作られたそれは、土の表面がまるで磨き上げられた陶器のように滑らかで、微かに神秘的な光を帯びているように見えた。
「よーし、仕上げだ。離れてろよ」
蒼汰がかまどの前に立ち、両手をかざした。
「燃えろ……っ!」
体内のカロリーが一気に熱量へと変換され、陽炎となってかまど全体を包み込む。
ゴオォォォッ! という音と共に、通常なら数日かけて乾燥させるはずの泥が、超高温によって一瞬にして焼き締められていく。
もうもうと立ち上る水蒸気が晴れた後には、レンガのように赤茶色に固まり、叩くとコンッという硬質な音を響かせる、完璧な『特製かまど』が鎮座していた。
「わぁぁっ……! すごい、すごいよ蒼汰くん!」
乃亜が、完成したかまどを見てパァッと花が咲いたような笑顔を見せた。
嬉しさのあまり、乃亜は自分の顔に泥がついていることにも気づかず、蒼汰の手をぎゅっと握りしめた。
「蒼汰くん……私、約束する。いつか絶対にあの水田を復活させて、この村でお米を実らせる!
そしてこのかまどで、世界で一番美味しいご飯を炊くね!」
「ああ。村のみんなで、腹いっぱい銀シャリ食おうぜ」
「うん! 蒼汰くんも、理人くんも、楓菜ちゃんも、村のみんなも……全員が笑顔になるような、そんなご飯を毎日いっぱい作るから!」
キラキラと輝く乃亜の真っ直ぐな瞳。
それに射抜かれた蒼汰は、一瞬だけドクンと心臓が跳ねるのを感じた。
だが、すぐにいつもの不敵で、だけど優しい笑みを浮かべて、乃亜の頭をポンと撫でた。
「……頼もしいな。乃亜が世界一の飯を作ってくれるなら、俺は毎日、世界一美味い肉を狩ってくるよ」
「ふふっ、約束だよ?」
「ああ、約束だ。……だから、爺さんと婆さんになるまで、ずっと俺の胃袋を満たしてくれよな」
冗談めかした蒼汰の言葉。
それは、明日生きられるかもわからない過酷な異世界のサバイバルの中で飛び出した、ほんの軽い軽口のつもりだった。
「……っ。もう、蒼汰くんったら。大食らいのお爺ちゃんのお世話なんて、大変そう」
乃亜が少しだけ頬を赤くして、嬉しそうに笑う。
「おにいちゃんと、おねえちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんになるの?」
無邪気に首を傾げるタイキとハナの頭を、蒼汰は照れ隠しのように撫で回した。
後に、名もなき廃村が強大な『国』へと成長し、すべての戦いが終わった遙か未来。
彼らが本当に結ばれるその日まで、この『泥のかまどの前で交わした未来の白米への約束』は、二人にとって決して色褪せない大切な宝物となるのだった。
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