朽ちた和風の廃村(前編)〜命を練り上げる道中〜
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奈落の森の奥深くに迷い込んでいた蒼汰たち4人が、カヌレの足跡を頼りに『運命の分岐点』まで戻り、正しい街道らしき獣道を見つけ出してから――早くも6日が経過していた。
その間、カヌレが引くボロ荷車の上は、王都を出発した時とは見違えるほど賑やかな『移動工房』へと変貌を遂げていた。
「よし、こっちの赤い草は完全に水分が抜けたな。毒性が三倍に濃縮されているはずだ」
ガタガタと揺れる荷車の荷台で、理人が満足げに眼鏡を押し上げた。
彼の周囲には、道中で発見した色とりどりの薬草や毒草が、種類ごとに綺麗に仕分けられて天日干しにされている。
『陰陽師』の解析スキルを持つ理人にとって、この未開の森はまさに宝の山だった。歩きながら次々と未知の植物を採取し、干して成分を濃縮させ、すり鉢で調合しては新たな『毒の鏃』や『傷薬』を量産していく。
「理人くん、荷車がすっかり怪しいお薬屋さんの屋台みたいになってるね」
荷車の横を歩きながら、乃亜がクスクスと笑う。
「笑い事じゃないぞ、乃亜。
この数日で遭遇した魔物たちを無傷で処理できているのは、僕の調合した即効性の麻痺毒と、そして彼女の弓のおかげだからな」
理人が視線を向けた先では、楓菜が荷車の端に腰掛け、短刀を器用に操って何やら作業に没頭していた。
「……よしっ、縫い終わり!みんな、ちょっと集まって!」
楓菜が誇らしげに掲げたのは、あの奈落の森に迷い込まされた初日に倒した、巨大な魔物『凶暴熊猪』の漆黒の毛皮だった。
理人の薬品で完璧な防腐処理・なめし加工を施したその毛皮を、『叉鬼』の手先の器用さをフル活用して裁断し、魔物の丈夫な腱を糸代わりにして縫い合わせていたのだ。
「はい、これ! 特製・黒毛皮の簡易鎧、四人分!」
「うおっ、すげえ!!」
蒼汰が歓声を上げ、受け取った毛皮のベストのような鎧を羽織る。
王宮で押し付けられたペラペラの麻布の服とは比べ物にならない。
驚くほど軽く、そして鋼鉄のように硬い毛皮が急所をしっかりと守り、森の夜の冷気も完全にシャットアウトしてくれそうだった。
「それだけじゃないよ。ほら、蒼汰、あんたの剣」
楓菜はさらに、魔物の太い牙と骨を削り出して作った真新しいパーツを取り出した。
それを、蒼汰のなまくら刀の柄と鍔の根本にカチリとはめ込み、丈夫な蔦でガチガチに固定する。
「これでカロリー燃やして全力で斬り合っても、簡単には折れないはずだよ。……それと、乃亜」
「えっ、私?」
楓菜は荷車の奥から、一本の長柄の武器を取り出した。
真っ直ぐで丈夫な木の枝の先端に、以前狩った『一角うさぎ(ホーンラビット)』の鋭い角が、美しい弧を描く刃のようにしっかりと固定されている。
「乃亜用の護身武器、『角の薙刀』だよ!
乃亜は茶道部だったし、体幹がしっかりしてるから、短いナイフより長柄の武器を振る方が向いてると思って」
「わあ……! すごい、手によく馴染むね」
乃亜が薙刀を受け取り、軽く構えてみせる。
背筋がピンと伸びたその姿勢は、巫女の神楽舞を思わせるような凛とした美しさがあった。
「……なるほど。重心のバランスも申し分ない。これなら、いざという時の自衛には十分すぎるな」
理人も感心したように頷き、ふと、蒼汰へと視線を向けた。
「ところで、蒼汰。さっきからその重たくなった刀を何度も素振りしているが
……腕に筋肉痛や疲労感はないか?」
「え? いや、全然ないな。
……そういえば、ここ数日ずっと道なき森を歩き通しなのに、足も痛くないし、マメ一つできてないぞ」
蒼汰が不思議そうに自分の腕や足を見下ろすと、乃亜と楓菜も「確かに……」「全然疲れてないかも」と顔を見合わせた。
「そうだろう? 僕たちのような普通の高校生が、こんな過酷な環境で連日動き回って、身体が悲鳴を上げないのはどう考えてもおかしい」
理人は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、少しだけ歯切れの悪い、探るような声を出した。
「……まだ推測の域を出ないし、僕の口からこんな非科学的なことを言うのは癪なんだが……思い当たる節が一つある。
あの、初日に食べた『凶暴熊猪』の肉だ」
「えっ、あの巨大な魔物の?」
乃亜が目を丸くする。
「ああ。僕の『解析』で君たちの筋肉組織を視ると、王宮にいた時より明らかに筋繊維が太く、強靭なものに書き換えられているように視えるんだ」
「食べた肉で、身体が書き換えられたってこと?」
「……うまく表現できないんだが」
理人は腕を組み、難しそうに眉間を寄せた。
「楓菜がもっとも栄養のある部位を切り出し、僕が毒を抜いて薬効に変え、そして乃亜が穢れを完全に浄化した
……あのプロセスが、結果的に魔物の『異常なタフネス』という生命力だけを、僕たちの細胞が受け入れやすい形に変えていたんじゃないかと思うんだ」
「じゃあ、もしかして……」
蒼汰が息を呑む。
「……あくまで仮説だよ。でも、僕たちのこの『4人の調理工程』を踏んで魔物を食べ続ければ、その魔物が持っていた『特性』を、少しずつ自分たちの身体に取り込んでいける……そんな法則が、この異世界にはあるような気がするんだ」
「魔物を食って、強くなる……!」
蒼汰はごくりと喉を鳴らし、自分の両手を握りしめた。
レベルやステータスといった数字に頼るのではない。
命を奪い、血肉を喰らい、その特性を自分たちの力へと変えていく。
それはまさに、王宮の連中には絶対に真似できない、底辺職たちだけの泥臭く逞しい生存戦略だった。
その直後だった。
「――っ、来るよ!」
楓菜が鋭い声を上げ、咄嗟に背中の猟弓を構える。
『叉鬼』の嗅覚と視覚が、風上から急速に接近してくる複数の『殺意』を捉えていた。
「足音の数は四! 小型が三匹と、中型が一匹!」
「陣形を組め! カヌレと荷車を守るぞ!」
蒼汰が号令するやいなや、木々の奥から凶暴に血走った目をした魔物の群れが飛び出してきた。
三匹の一角うさぎが左右に散り、中央から、頭部に刃物のような鋭い角を生やした大鹿が、蒼汰めがけて一直線に突進してくる。
「シィッ!」
先陣を切ったのは楓菜だった。
弦が弾かれ、理人の猛毒を塗られた矢が左の一角うさぎの眉間を正確に撃ち抜く。
うさぎは悲鳴を上げる間もなく、地面を転がって絶命した。
「理人、右のうさぎを頼む!」
「了解だ」
理人がすり鉢から一つまみの粉末を取り出し、右から回り込もうとした一角うさぎの顔面めがけて投げつける。
「ピギャッ!?」
強烈な唐辛子と毒草を調合した『目潰し粉』を浴び、うさぎが視界を奪われて激しく悶え転がる。
しかし、その目潰しを避けて跳躍したもう一匹のうさぎが、後衛の乃亜へと鋭い角を向けて飛びかかってきた。
「乃亜っ!」
蒼汰が叫ぶが、大鹿の突進を受け止めている最中で手が離せない。
「……ふっ!」
だが、乃亜は決して怯えなかった。
彼女は茶道の所作とスキルが発現したことで得た、滑らかな足運びで半歩だけ軸足をずらすと、流れるような美しい円軌道を描いて、手にした『角の薙刀』を振り抜いた。
ザシュッ!
鋭い一角うさぎの角の刃が、宙を舞う魔物の胴体を正確に薙ぎ払い、真っ二つに両断する。
「お見事っ!」
「よし、あとはこいつだけだ……燃えろッ!」
乃亜の無事を確認した蒼汰が、大鹿の角を弾き返し、骨のフレームで補強された鉄剣に一気にカロリーの熱量を注ぎ込む。
赤熱した刃が、大鹿の硬い首を一閃のもとに斬り飛ばした。
「ふぅ……よし、全滅だ。みんな怪我はないか?」
蒼汰が剣の熱を冷ましながら振り返ると、楓菜が早くも獲物の血抜きに取り掛かり、理人がカヌレをなだめ、乃亜が薙刀に付いた血を浄化の水で綺麗に流していた。
見事な連携だった。もはや、王宮で怯えていた『無能』の面影はどこにもない。
彼らは確実に、この異世界を生き抜くスペシャリストとして成長し始めていた。
◇ ◇ ◇
そんな充実した旅路の、6日目の昼下がり。
鬱蒼と生い茂っていた『奈落の森』の木々が、急にまばらになり始めた。
「……あ」
先頭を歩いていた楓菜が、足を止める。
森を抜けた先。そこには、ぽっかりと開けた広大な土地が広がっていた。
「おい、あれ……!」
蒼汰が息を呑んで指差した。
広大な土地の奥に、いくつかの人工物が見える。
土を耕した田畑の跡と、十数軒の家屋が身を寄せ合うように立ち並んでいるのだ。
「人里だ! ついに森を抜けたんだ!」
「やったぁっ……!」
乃亜と楓菜が歓声を上げて抱き合い、蒼汰も理人の肩をバシバシと叩いて喜びを爆発させた。
「よし、急ごう! このまま日が暮れる前に村に入って、休ませてもらおうぜ!」
蒼汰がカヌレの手綱を引き、逸る気持ちを抑えきれずに足早に村へと向かっていく。
しかし、村の全貌が近づくにつれて、理人が怪訝そうに眉をひそめた。
「……おい、何かおかしくないか?」
「え?」
「あの家屋の構造だ。王都で見たような石造りやレンガ造りの西洋風建築じゃない。
木造の平屋に、あれは……『茅葺き屋根』か?
まるで、日本の古い農村地帯そのものだぞ」
理人の言葉に、蒼汰たちもハッと気づく。
確かに、遠目に見える村の景色は、歴史の教科書で見たことがあるような旧い日本にあった集落のようだった。
王都の煌びやかなファンタジー世界とは、完全に文化圏が異なっている。
さらに不気味なのは、その静けさだった。
村に近づけば近づくほど、人の気配が全く感じられない。
田畑は荒れ果てて雑草が生い茂り、いくつかの家屋は屋根が崩れ落ち、外壁には巨大な爪痕のようなものが生々しく残っている。
「……活気が、全然ない。誰もいないのかな……?」
乃亜が薙刀を杖代わりにしながら、不安そうに蒼汰の背中に隠れる。
「わからない。でも、誰かが生活している痕跡は微かにあるよ。
……ただし、ひどく怯えているような匂いがする」
『叉鬼』の嗅覚を研ぎ澄ませた楓菜が、警戒するように弓を握り直した。
村の入り口。
そこには、風雨に晒されてボロボロに朽ち果てた、木製の『鳥居』が寂しげに立っていた。
異世界の森の奥深くに存在する、朽ちた和風の廃村。
蒼汰たちは息を呑み、静まり返った村の入り口で足を止めた。
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