星空の野営と、不器用な語らい
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「……来るよ。あっちの茂みから」
結界の境界線ギリギリで、楓菜が指差した暗闇の奥。
ガサガサッと大きく草葉が揺れた。
蒼汰が念のためなまくら刀の柄に手をかけた直後、ひょっこりと顔を出したのは――申し訳なさそうに耳を伏せた、一頭の若い茶色の駄馬だった。
「ブルルル……」
「カヌレ!」
乃亜と楓菜が弾かれたように駆け寄る。
カヌレは「逃げてごめんなさい」と言わんばかりに、乃亜の肩にすりすりと顔を擦り付けた。
その後ろには、奇跡的にも無傷のボロ荷車がしっかりと繋がっていた。
「お前、俺たちを探して戻ってきてくれたのか。……えらいぞ、カヌレ!」
蒼汰がカヌレの首筋を撫でると、理人も安堵の息を吐きながら眼鏡を押し上げた。
「帰巣本能か、あるいは『群れ』の仲間として僕たちを認識したか。
……いずれにせよ、これで凍えずに夜を越せる」
4人は荷車からテントと毛布を引っ張り出し、急いで設営を行った。
理人が周囲に撒いた魔除けの強烈な匂い成分と、乃亜が張った清浄な結界。
この二つの『和風ジョブ』の力が掛け合わされたことで、奈落の森という死地にあって、彼らの野営地だけは驚くほど静かで安全な空間が保たれていた。
木々の隙間から見上げる空には、地球では見たこともないような満天の星が冷たく瞬いている。
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、夜の森の不気味な沈黙を優しく埋めていた。
交代で見張りを立てることにし、蒼汰と乃亜のペアが前半を受け持った。
結界の淡い光に照らされた乃亜の横顔は、昼間の泥と汗にまみれた姿とは別人のように神聖で、それでいてどこか儚げな美しさを湛えていた。
「……ねえ、蒼汰くん。結界があるからって、あんまり過信しちゃダメだよね」
乃亜が、丸太に座って膝を抱えたまま、小さな声で切り出した。
「ああ。理人も言ってたけど、これはあくまで『魔除け』だ。
どの程度の力があるかもまだわからないからね。
本当に強い魔物が力任せに突っ込んできたら、破られる可能性だってある。
……俺が、ちゃんと見張っておくよ」
蒼汰は膝の上に置いたなまくら刀の柄に手を置き、森の闇へと鋭い視線を向けた。
「そういえばさ」
ふと、蒼汰が視界の右下で点滅することなく静かに灯っている数字に目をやった。
「俺の満腹度ゲージ、今いくつだと思う?」
「えっ? うーん……あの巨大な魔物を倒した時がゼロで、おにぎりを食べた直後が限界突破の百二十パーセントだったよね。
あれから数時間経ってるし……半分くらい?」
「それがさ、『八十五パーセント』もあるんだよ」
「えっ! まだそんなに!?」
乃亜が驚いて目を丸くする。
「ああ。王宮で出されてたパンやスープなんか、食べてもすぐに減ってたのに。
乃亜たちが作ってくれたあのおにぎり、めちゃくちゃ腹持ちがいいみたいだ。
お米の甘みと肉の脂が、身体の芯でずっと熱を持ち続けてるのがわかる」
「そっか……よかった。巫女の浄化と、理人くんの旨味抽出、それに楓菜ちゃんが選んだお肉の部位が、全部完璧に合わさったからかもしれないね」
ほっと胸をなでおろす乃亜を見て、蒼汰は柄を握る手にぐっと力を込めた。
その指は、中学時代からの毎日の素振りで出来た豆でゴツゴツとしていた。
それを見た乃亜が、ふふっ、と小さく笑う。
「蒼汰くんって、思っていたよりずっと逞しいし、優しいし本当に話しやすいんだね」
「えっ、そうか?」
「うん。中学の時、もっとちゃんとお話しできていればよかったな。
……蒼汰くん、部活は何やってたんだっけ?」
「俺は、剣道部。ずっと補欠で、試合にも出られずに体育館の隅っこで素振りばっかりしてたけどな」
「そうなんだ。だから、あんなに鋭く剣を振れるんだね。
さっきの魔物を倒した時、すっごくかっこよかったよ。
……あの巨大な化物から、一歩も退かなかった蒼汰くんの背中」
学園一の美女から真っ直ぐに見つめられ、蒼汰はボンッと顔から火が出そうになった。
「そ、そんなことないって!
俺なんて、ただがむしゃらに刀振っただけで……!」
蒼汰はしどろもどろになりながら、必死に言葉を探した。
「そ、それより、乃亜こそ!
おにぎり握る時の動きとか、さっき結界を張る時の所作とか、すっごく綺麗だなって思ってて……。
茶道部、だったよな?」
「えっ、よく覚えてたね。……お茶を点てる時の精神統一と、巫女さんの『祈り』って、どこか似てる気がするの」
乃亜は少し照れくさそうに微笑むと、焚き火を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「……あのね。ジョブ判定の儀式でのこと、覚えてる?」
「え? あ、ああ……」
「私、『清掃婦』って判定が出た時……頭が真っ白になったの。
神宮寺くんや山城さんたちはみんな、あからさまに見下したような、冷たい視線を私に向けてきて……。
今まで『高嶺の花』だなんてチヤホヤしてくれてたのに、一瞬でゴミを見るような目に変わった」
乃亜の小さな肩が、微かに震えていた。
「すごく怖くて、悲しくて……一人ぼっちになっちゃったって思った。でもね」
乃亜はゆっくりと顔を上げ、蒼汰の瞳を真っ直ぐに捉えた。
「その時、まだジョブが決まっていなかった蒼汰くんだけが……私のこと、すごく優しい、心配そうな視線で見守ってくれてたの」
「えっ……」
「そのあとも、ずっと私の傍に寄り添って、気遣ってくれたよね。
……それが、本当に嬉しかった。蒼汰くんがいてくれたから、私、心が折れずに頑張れたんだよ」
乃亜の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみの涙ではなく、張り詰めていた心が温かさに触れて溶け出したような、純粋な涙だった。
「私……これからも、蒼汰くんたちと一緒に頑張っていきたい。
みんなの役に立てるように、もっと強くなるから」
「……乃亜」
蒼汰は、胸の奥が熱くなるのを感じた。柄を握る手に、さらに強い決意がこもる。
「ああ。俺も、これからも命懸けでみんなを守る。
……絶対に、ここを抜け出して、一緒に生き延びよう」
焚き火の爆ぜる音が、二人の不器用で温かい約束を祝福するように高く響いた。
◇ ◇ ◇
数時間後。交代して、後半の見張りは理人と楓菜のペアになった。
理人は焚き火の光を頼りにすり鉢で薬草をいじり、毒の鏃のコーティングを進めている。
その横で、楓菜は夕方に回収した魔物の牙や骨を短刀で器用に削り出し、新たな矢のシャフト(軸)や手製の罠のパーツを組み立てていた。
「……理人、少しは休んだら? ずっとそれやってるじゃん」
骨を削る手を止めず、楓菜が呆れたように声をかける。
「合理的判断だ。しかし明日の生存率を〇・一パーセントでも上げるには、この武装強化が不可欠だ。
……自分でも言うのもなんだけど、僕のような変わり者の隣にいて、居心地が悪くないのか?」
理人の斜に構えた問いに、楓菜は「あはは!」と声を上げて笑った。
「全然。私さ、男兄弟ばっかりのガサツな家で育ったから、男の人の変なこだわりには慣れてるんだよね。
あんたみたいな理屈っぽくて面倒くさいタイプも、ただの『ちょっと凝り性の兄貴』くらいにしか思わないし」
「兄貴……だと。僕はこれでも繊細な一人っ子なのだが」
「はいはい。でもさ、あんたが変人なのは確かだけど、その変なこだわりのおかげで私たちは今日、生きてるんだもん。
……ありがとうね、理人」
楓菜はマイペースに語りながら、削り出した鋭い骨の鏃を、丈夫な蔦を使って木の枝に寸分の狂いもなく巻き付けて固定していく。
その淀みない手つきを見て、理人はすりこぎを動かす手をふと止めた。
「……楓菜。君、驚くほど手先が器用だな」
「ん? そうかな。
弓の手入れとか、昔からおじいちゃんに見様見真似で教わってたから」
「いや、ただの真似事でできる精度ではない。
先ほどの解体技術といい、今のクラフト作業といい……『叉鬼』のスキルの補正もあるのだろうが、見事なものだ」
理人は眼鏡を指で押し上げ、真剣な眼差しで楓菜を見た。
「僕の『陰陽師』としての調合や実験には、理論だけでなく、ミリ単位の精度が要求される手先の器用さも極めて重要になる。
……今後、僕の薬品開発や武具の錬成の際、君に手伝ってもらえると非常に助かるのだが」
「えっ、私が理人の助手を?」
「嫌か?」
「ううん、全然!
私で役に立つならいくらでも手伝うよ。
……よろしくね、理人先生!」
楓菜がニカッと笑って応じると、理人は内心で戸惑いながらも、口元に微かな笑みを浮かべた。
自分のペースを握られるのが、これほど心地よいものだとは。理人は治ったばかりの左腕の調子を確かめながら、すりこぎを動かす手を少しだけ速めた。
――その時だった。
「……理人、静かに」
楓菜の声のトーンが、唐突に一段階下がった。彼女はゆっくりと立ち上がり、手にしていた猟弓を構える。
「来るのか?」
「うん。風下から、足音を消して近づいてきてる。……そんなに大きくないけど、素早いよ」
理人は無言ですり鉢を置き、先ほど完成したばかりの『毒の鏃』が塗られた矢を、楓菜の手にそっと握らせた。
カサッ……。
結界の境界線ギリギリ、暗闇の茂みが僅かに揺れた。
現れたのは、犬ほどの大きさを持つ丸々とした獣だった。
額には、鋭く尖った一本の禍々しい角。ホーンラビットと呼ばれる、俊敏で凶暴な魔物だ。
「……そこっ!」
楓菜の指から、弦が弾かれた。
ヒュッ!
という鋭い風切り音と共に、理人の作った毒矢が闇夜を切り裂き、角うさぎの首筋に深々と突き刺さった。
「キィッ……!?」
角うさぎは地面に激突し、ビクビクと数回痙攣しただけで完全に動かなくなった。
強烈な神経毒が、一瞬にして魔物の息の根を止めたのだ。
「すごい……! 理人の毒矢、即効性ハンパないね!」
「君の精密な射撃があってこそだ。
……さて、せっかくの獲物だ。血が回って肉が臭くなる前に処理しよう」
楓菜は手際よく角うさぎの血抜きと解体を始め、理人はそこに防腐作用のある薬草を擦り込んでいく。
「見事な脂の乗りだ。
これで明日の朝飯、いや、保存食としての備蓄も確保できたな」
「うんっ!
蒼汰の満腹度をキープするためにも、お肉はいくらあっても困らないもんね」
二人は血塗れのナイフと手を見合わせ、静かに、しかし確かな達成感に満ちた笑みを交わした。
◇ ◇ ◇
やがて、森の空気が青白く白み始めた。
木々の隙間から眩しい朝日が差し込み、奈落の森に朝が訪れる。
「ふわぁ……見張りありがとう。おはよう、みんな」
目を擦りながらテントから出てきた蒼汰は、木の枝に吊るされた解体済みの肉塊を見てギョッと目を剥いた。
「うおっ!? なんだこれ、いつの間に肉が!?」
「おはよう、蒼汰。昨日の夜、私と理人で狩ったんだよ。角の生えたうさぎ」
楓菜が誇らしげに胸を張り、乃亜も起きてきて会話に加わる。
「すごーい、お肉が増えてる! それじゃあ、朝ごはんの準備するね」
乃亜が鉄兜の鍋に水を張り、萌音からもらった硬焼きパンを戻そうとする。
「待て乃亜。ただ水で戻すより、昨夜の肉の端材を少し煮込んで、そのスープに浸すべきだ。アミノ酸の相乗効果で、ただの硬いパンが極上の朝食に化ける」
理人の提案に、蒼汰と楓菜が「おおーっ!」と拍手喝采を送る。
「理人くん、朝から冴えてるね!
じゃあ、さっそく煮込んでみる!」
乃亜が楽しそうに火を起こし、あっという間に野営地には肉の焼ける香ばしい匂いと、出汁の効いたスープの香りが漂い始めた。
とても「奈落の森」のサバイバルとは思えない、まるで休日のキャンプのような賑やかでわちゃわちゃとした朝食。
スープをたっぷり吸い込んだパンと、旨味の詰まったうさぎ肉を口いっぱいに頬張りながら、4人は穏やかな気持で朝を過ごした。
「よし、腹も満たされたし、出発だ。カヌレ、頼むぞ」
蒼汰がカヌレの背中を叩き、4人は昨夕に荷車から回収した「魔物の骨や毛皮の素材」を積み込むと、再び奈落の森の奥へと歩き出した。
目指すは、あの運命の分岐点。
そして、その先にあるはずのクレマン領。
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