はじまりの晩餐と、新たな力の片鱗
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「……うまっ!! なにこれ、最高なんだけど!!」
蒼汰が顔をほころばせて叫ぶと、張り詰めていた森の空気が一気に解けた。
乃亜の目から大粒の涙がこぼれ落ち、楓菜はその場にへたり込んで「……バカ! ほんとに死ぬかと思ったじゃん!」と泣き笑いした。
理人も痛む舌と左腕を庇いながら、「……まったく、世話の焼ける燃費構造だ」と、安堵の笑みと共に眼鏡を押し上げる。
「多目くん、まだお肉もご飯もあるから、ゆっくり食べてね。
……いっぱい、あるから」
乃亜が涙を拭いながら、鉄兜の鍋から次のおにぎりを握る。
「ああ。……ってか、お前らも食えよ。腹減ってんだろ?」
蒼汰に促され、3人も恐る恐る自分たちが作り上げた『魔物の肉巻きおにぎり』を口に運んだ。
焚き火の熱で、肉の表面から黄金色の脂がじゅわりと滲み出し、香ばしく焦げた醤油と、野生肉特有の力強い香りが鼻腔を暴力的に突き抜ける。
その瞬間、全員の目が丸くなった。
「……っ、おいしいっ! これ、本当にさっきの熊!?
噛んだ瞬間、繊維がほろりと解けて……中から、信じられないくらい濃厚な肉汁が溢れてくる!」
乃亜が頬を染め、熱さにハフハフと息を漏らしながら歓喜の声を上げる。
楓菜も、溢れそうになった肉汁を慌てて吸い込みながら、夢中で二口目に食らいついた。
「マジで……!? 脂が甘い! この肉のパンチ力、ファミレスのハンバーグなんか比較にならない……!
しかも、その旨味を全部お米が吸い取ってて、噛むたびに口の中が『幸せの飽和状態』だよ!」
理人も、自分が調合した『旨味成分』の完璧な出来栄えに、眼鏡の奥の瞳を満足げに細めた。
現代の家畜にはない、生命力そのものを喰らっているような、荒々しくも気高い野性の旨味。
それが理人の理系的なアプローチによって、極上の美食へと昇華されていた。
極限状態で食べたその味は、間違いなく彼らの人生で一番美味いメシだった。
ふう、と。
全員が腹を満たし、一息ついた時のことだった。
「……あのね。一つ、提案があるんだけど」
乃亜が、膝の上で少しモジモジとしながら口を開いた。
「どうした、冨永さん?」
「その……『冨永さん』って、もうやめない? 名字で呼び合うの」
乃亜は、蒼汰たち3人の顔を真っ直ぐに見つめた。
彼女は学園で『高嶺の花』として扱われ、男子からは勝手に神聖視され、女子からは少し距離を置かれていた。
だが、彼女自身は決して壁を作っていたわけではなく、誰とでも気さくに話したい普通の女の子だったのだ。
「私たち、一緒に死線を越えて、一緒にご飯を作って食べたんだよ?
だから……もっと普通の友達みたいに、下の名前で呼び合いたいな」
心からの嬉しそうな提案に、蒼汰はニッと笑った。
「賛成。俺は『蒼汰』でいいぜ。
呼び捨てにしてくれ。俺も、乃亜って呼ぶからさ」
「私も『楓菜』でいいよ! 乃亜、蒼汰、理人!
……うん、なんかサバイバルチームっぽくていいね!」
楓菜も賛同し、理人も「……合理的だな。緊急時の伝達速度も、文字数が少ない方が有利だ」と頷いた。
「ふふっ、ありがとう。……それじゃあ、蒼汰くん、理人くん、楓菜ちゃん。これからもよろしくね」
乃亜が花が咲くような笑顔を見せる。
「あ、ああ……よろしく、乃亜」
「よろしく」
蒼汰と理人は、いきなり下の名前で「くん付け」され、顔を見合わせて少しだけ頬を掻いた。
◇ ◇ ◇
「さて、腹も膨れたしこれからどうするかだけど……」
蒼汰が木々の隙間から空を見上げた。日は傾き始めているが、森の中はまだ十分に明るい。
だが、蒼汰は限界までカロリーを消費したばかりで、理人も左腕に深い怪我を負っている。
「まだ明るいけど、今日は無理に動かず、ここで野宿にしよう。疲労回復を優先すべきだ」
蒼汰の決断に、楓菜が不安そうに鬱蒼とした森の奥へと視線を向けた。
「……でも、ここに留まって大丈夫かな?
さっきのあの巨大な化け物……あんなのがまた来たら、今度こそ全滅だよ。血の匂いだってすごいし……」
楓菜の懸念に、乃亜も身を縮ませる。
あの絶望的な質量と、殺意に満ちた六つの赤い眼球を思い出し、恐怖がぶり返してきたのだ。
「確かに、同じ個体やさらに強い魔物が血の匂いに引き寄せられてくる可能性は否定できない」
血に染まった左腕を押さえながら、理人が冷静に状況を分析する。
「だが、暗くなり始めたこの未知の森を、ろくな光源もなしに移動するのは自殺行為だ。
木の根に足を取られるかもしれないし、視界が奪われれば奇襲にすら反応できない。
それに、蒼汰は限界以上のカロリーを消費した直後で、僕もこの怪我だ。
……リスクを天秤にかければ、ここで防御を固めて休息を取るのが最も生存確率が高い」
理人の合理的な説明と、蒼汰の「俺が絶対に見張っておくから」という力強い言葉に、楓菜と乃亜も「……わかった。無理に動くのはやめよう」と頷いた。
「それなら理人くん、もう一度腕を見せて。
さっきは取り急ぎ洗っただけだったから」
乃亜が、理人の血に染まった左腕にそっと両手をかざした。
「……お願い。痛いの、飛んでいって……っ」
乃亜が祈りを込めた瞬間、彼女の手のひらから、先ほどまでとは比べ物にならないほど温かく、強く清らかな光が溢れ出した。
「なっ……これは……」
理人が目を見開く。
深くえぐられていたはずの左腕の傷口の細胞が、凄まじい速度で結合し、あっという間に塞がってしまったのだ。
「すごい……!
乃亜、魔法使いみたいじゃん!」
楓菜が身を乗り出して驚く。
「うん、なんだか真ジョブになってから、力がすっごく澄んでるのがわかるの。
……この感じなら、虫や魔物を遠ざける『結界』みたいなものも張れそう。
まだ、あんまり強くはないかもしれないけど……」
「いや、十分すぎる! 乃亜のおかげで、夜も安心して眠れるよ。
結界が血の匂いも消してくれるなら、魔物も寄ってこないはずだ。すげえよ乃亜!」
蒼汰が手放しで褒めちぎると、乃亜は「えへへ」と嬉しそうにはにかんだ。
「驚異的な細胞再生速度だな。僕の『解析』で見ても、傷跡の炎症反応すら完全に消えている」
理人は治ったばかりの左腕を何度か動かして確かめると、すり鉢を引き寄せた。
「僕の力も劇的に向上している。魔物の死骸から取り出したこの毒腺も、分子構造を組み替えれば……ほら」
理人が薬草を混ぜ合わせると、ドロリとした毒液が楓菜の木の矢の先端に纏わりついた。
「即効性の猛毒の鏃だ。君たちを癒やすのが乃亜の『巫女』なら、僕は君たちの敵を排除する『陰陽師』というわけだ」
「頼もしすぎるでしょ、それ。……あ、なら私も提案があるんだけど」
楓菜が、真っ二つになった巨大な獣の死骸を指差した。
「さっきはお肉を取ることしか頭になかったけど、『叉鬼』の目で見ると、あの化け物、素材の宝庫だよ」
「素材、というと?」
理人が眼鏡の奥の目を光らせる。
「うん。例えば、あの鋼鉄みたいに黒光りしてる分厚い毛皮。
めちゃくちゃ硬かったけど、内側の筋繊維を正確に断ち切れば綺麗に剥げると思うの。
私の短刀と理人の薬品を使えば、上手くなめして防具にできるんじゃないかな。
私たちが王宮から押し付けられたこのボロボロの服なんかより、よっぽど防御力高いし暖かいよ。
乃亜や理人みたいな後衛職には絶対に必要でしょ」
「なるほど。あれだけの物理耐性を持った天然の装甲服というわけか。
それは極めて有用だ。防寒具としても申し分ない」
「それだけじゃないよ。あの太い骨と牙!
あんな重たい巨体を支えてたんだから、めちゃくちゃ頑丈なはず。
蒼汰のなまくら刀の柄や鍔を補強したり、削り出して私の新しい短剣や、理人が使う強力な矢尻にも転用できると思うの」
楓菜の言葉に、蒼汰がハッと顔を上げた。腰に差した剣の柄を握りしめる。
「マジか!
この刀、さっきのあいつの脳天をかち割った一撃で、かなりガタが来ちゃってて不安だったんだ。
あのバケモノの牙や骨で作った武器なら、絶対に強いじゃん!」
「でしょ? 命を余すところなく使い切る。
肉を喰らい、骨と皮は生きるための道具に変える。
それが山のルールの基本だからね。
……明日の朝、出発する前に絶対解体して持っていこう」
楓菜が自信満々に胸を張る。狩人としての知識が、単なる食料調達から武具の錬成にまで広がっているのだ。
「すげえな、お前ら……。
なんだか、本当にやっていけそうな気がしてきた」
蒼汰が心の底からの感嘆を漏らすと、楓菜はさらに目を細め、鼻をひくつかせて森の空気を深く吸い込んだ。
『叉鬼』として覚醒した彼女の五感は、風の通り道や微かな匂いの粒子を、ハッキリと捉えていた。
「……うん。獣の匂いも、危険な気配も今のところないよ。
それどころか……これ」
楓菜が嬉しそうにパッと顔を輝かせる。
「馬の匂いが近づいてきてる!
あの子、私たちを探して戻ってきてくれてるみたい!」
「本当か!? やった、これでテントも毛布も手に入るぞ!」
蒼汰の声に、4人の間に安堵の笑い声が広がった。
やがて、傾いていた太陽が完全に森の地平へと沈んでいく。
それと入れ替わるように、木々の隙間から姿を現した優しい月明かりが、乃亜の張った淡い結界と共に、身を寄せ合う4人の姿を静かに照らし出していた。
絶望から這い上がり、確かな絆と力を手に入れた彼らの、奈落の森での初めての夜が始まろうとしていた。
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