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追放の荷車と、仕組まれた罠

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

「……これが、王家の慈悲ってやつかよ」


 王都を出発して二日目の昼。


 未舗装の街道を歩きながら、蒼汰は呆れたようにため息をついた。


 宰相が恩着せがましく用意した「馬車」。


 それは、今にも車輪が外れそうなボロボロの木製荷車と、一頭の馬だった。


 決して老馬ではない。


 まだ若い馬なのだが、生まれつき病弱なのか骨と皮だけになるまで痩せ細り、よたよたとうつむき加減で歩く、いわゆる『駄馬』だった。


 蒼汰たち4人が乗るどころか、少しでも荷物を積めば馬の方が先に倒れて死んでしまいそうな有様だ。


 結局彼らは、荷車を引く若い駄馬のペースに合わせて、自分たちも徒歩で進むしかなかった。


「ひどいね……。この子、まだ若いのに、息をするのも苦しそう」


 乃亜が、ハァハァと荒い息を吐く駄馬の首筋を、自分たちと重ね合わせるように悲しそうに撫でる。


 これが、王国が「無能」に与えた最後の扱いだった。


「――おい、お前ら。案内はここまでだ」


 護衛という名目で少し前を歩いていた王国兵士が、不意に立ち止まった。


 見れば、道が左右の二手に分かれている。


「いいか。この分かれ道を『右手』に真っ直ぐ進めば、クレマン領だ。

 あとは一本道だから迷うことはないだろう。

 ……せいぜい、辺境の泥水でもすすって長生きするんだな」


 兵士はそれだけ言うと、蒼汰たちの返事も待たずにきびすを返し、鼻で笑いながら王都の方角へと去っていった。


「……なんだよ、あいつ。最後まで胸糞悪いな」


 蒼汰は遠ざかる兵士の背中を睨みつけた後、ふと昨晩の萌音の言葉を思い出した。


『多目くんには間違いなく、規格外の火の魔法の適性があるはずだよ』


(……火の魔法。MPもない俺が、本当に使えるのか?)


 蒼汰は右手を前に突き出し、意識を集中させた。


「出ろ……っ、火球ファイヤーボール!」


 ……しん、と静まり返る空間。


 指先からは火花一つ出ず、ただ右下の満腹度ゲージが『3%』ほど無駄に減少し、強烈な空腹感と疲労が襲ってきただけだった。


「ははっ……やっぱ無理か。

 そもそも魔法の使い方も分かんねえし」


 蒼汰が肩を落とすと、乃亜が「お疲れ様、多目くん」と微笑みながら、水筒を差し出してきた。


「はい、これ。昨日までの特訓で、頑張ってコップ二杯分くらい浄化ようになったんだ。

 みんなで分けよう」


 それは、乃亜が『清掃婦』のスキルで泥水を完全浄化した水だった。


 蒼汰が一口飲むと、驚くほど透き通った冷たさが喉を駆け下りていく。


 それだけではない。魔法に失敗して重くなっていた体が、ふわりと軽くなったような気がした。


「すげえ……! なんだこれ、ただの水なのに、すげえ疲れが取れるぞ!」


「本当だ。細胞の隅々まで水分が浸透していくような……明らかにただの水ではないな。

 ポーションに近い疲労回復効果がある」


 理人も目を丸くして分析し、楓菜も「おいしーっ!」と笑顔を弾けさせる。


「えへへ、よかった」と乃亜も嬉しそうに笑った。


 しかし。


 右手の道を進めば進むほど、周囲の様子が明らかにおかしくなっていった。


 いつの間にか空を覆い隠すほど木々が鬱蒼と生い茂り、空気は湿り気を帯び、カビと腐葉土の生臭い匂いが鼻を突き始めた。


「ねえ……本当にこの道で合ってるのかな?」


 楓菜が、周囲の淀んだ空気を警戒するように辺りを見回す。


「なんか、嫌な気配がする。動物の匂いが全然しないのに、得体の知れない視線だけを感じるっていうか……」


「僕も同感だ。植生の分布が、あきらかに異常だ。道沿いにしては毒草が多すぎる」


 理人が、道端に生えていた草をむしり取り、パクッと口に含んだ。


 彼は森に入ってからずっと、植物を手当たり次第に口に入れては『毒見』を続けていたのだ。


「……ん? なるほど。これは面白い」


 理人は木の根元に生えていた、白く産毛の生えた丸い葉の雑草を口に入れると、目をカッと見開いた。


「蒼汰、すまないがさっきの冨永の水を少し貸してくれ。

 冨永、この白い草を集められるだけ集めてくれないか」


 理人は薄汚れたすり鉢に白い草を放り込むと、水を加え、一心不乱にすりこぎで潰し始めた。


「特効薬さ。この草には、強力な『抗生物質』に似た成分と、造血作用を促す成分が大量に含まれている。

 ……ほら、食べてみろ」


 理人が、その緑色のペーストを病弱な駄馬の口元に差し出した。


 一口それを舐めた瞬間、若い馬はブルルルッ! と鼻を鳴らし、理人の手から奪い取るようにガツガツとペーストを平らげた。


 さらに「もっとくれ」と言わんばかりに、理人の服の袖を引っ張る。


「えっ……嘘、あんなによろよろだったのに。急に元気になった?!」


「よし、少しここで休憩にしよう。

 この草をもう少し集めて、こいつに腹一杯食わせてやる」


 乃亜と楓菜が集めてきた白い草を、理人が次々と薬効ペーストに変え、馬に食べさせる。


 倒木に腰掛けた蒼汰は、ぐぅぅぅぅ……と盛大に腹の虫を鳴らした。


「あー……腹減ったな。俺、ハンバーグ食べたい。

 肉汁たっぷりのやつに、デミグラスソースがドバってかかって、チーズが乗ってるやつ……」


 空の彼方を見つめながら呟く蒼汰に、楓菜がジロリと鋭い目を向けた。


「ちょっと多目、やめてよ。

 こんな干し肉しかない所で、飯テロしないで! 

 想像しただけで胃袋が爆発しそうなんだけど!」


「あははっ。でも、帰ったらみんなで美味しいもの食べに行きたいね」


 乃亜が苦笑いしながらとりなす。


「ふうっ……しかし、怒涛の数日だったな」


 蒼汰が息を吐く。


「同窓会から異世界に飛ばされて、無能扱いされて、ついには追放だぜ。

 でも……刀真と萌音がいてくれて、よかった」


「うん。あの二人がいなかったら、今頃どうなってたか」


 楓菜が、腰に下げた見事な短刀の柄をそっと撫でる。


「それにしても、理人はすげえな。

 ただの雑草から、一瞬で薬を作っちまうなんて」


 蒼汰が感心したように言うと、理人は「魔法なんていう非論理的な奇跡に頼らずとも、化学反応は嘘をつかない」と眼鏡を押し上げた。


 ペーストを大量に食べた若い駄馬は、先ほどの死に体とは打って変わり、力強く足踏みをしていなないていた。やはり理人の力は本物だ。


「おっ、すっかり元気になったな。せっかくこれから一緒に旅するんだし、こいつにも名前つけるか」


 蒼汰が首筋を撫でながら言うと、理人も「個体識別は必要だな」と頷いた。


「じゃあ……『疾風はやて』とかどうだ? それか直球で『ダービー』とか!」


「可愛くない。即却下」


 蒼汰の自信満々な提案を、楓菜がジト目で一刀両断した。


「だいたい多目、ネーミングセンスがおっさんくさいんだよ。よく見なよ、この子、女の子なんだからね」


「えっ、メスだったのか」


「うーん……毛並みも綺麗な茶色に戻ってきたし、『カヌレ』なんてどうかな?」


 乃亜が嬉しそうに提案すると、楓菜も「あ、可愛い! それに美味しそう! 今日からあんたはカヌレだよ!」と馬の鼻面を優しく撫でた。


「ブルルルッ!」


 カヌレと名付けられた若い馬は、その可愛い名前を気に入ったのか、乃亜と楓菜の手のひらに嬉しそうに顔をすり寄せた。男子二人は、女子のペースに完全に圧倒されて苦笑いするしかなかった。


「……よし。カヌレの体力も戻ったし、そろそろ出発しよう」


 蒼汰が立ち上がり、剣の柄を握り直す。


 しかし、森の奥へと進み始めた彼らの足取りは、すぐに重くなった。


 ◇


 明らかに、道がおかしい。足元には泥と腐った葉が深く積もり、馬車の車輪が何度もぬかるみにはまる。


「……なあ。やっぱりあの兵士、わざと間違った道を教えたんじゃないか?」


 蒼汰が、冷や汗を拭いながら呟いた。


「戻るべきかもしれない。こんな鬱蒼とした森、どう考えても――」


「――待って。静かにして」


 不意に、最後尾を歩いていた楓菜が、鋭い声で3人を制止した。


 彼女は腰の弓に手をかけ、目を細めて鬱蒼とした木々の奥を睨みつけている。


 『鷹の目』を持つ彼女の顔は、これまでに見たことがないほど青ざめ、恐怖に引き攣っていた。


「……何か、来る」


 ズシン。


 大地が、微かに揺れた。


 生臭い風が、森の奥から吹き抜ける。


 それは明らかに、ただの野生動物が立てる足音ではなかった。


 圧倒的な質量と、明確な『殺意』を持った何かが、真っ直ぐにこちらへ向かってきている。


 ――王国の兵士は、意図的に彼らを『奈落の森』へと迷い込ませたのだ。


 木々がメキメキとなぎ倒される音が、すぐそこまで迫っていた。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

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