泥に咲く工夫と、手向けの銀貨
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10日後の夕刻。
泥臭い特訓を終え、滝のような汗を拭いながら納屋へ戻ろうとしていた蒼汰たち4人の前に、冷たい影が立ち塞がった。
「――ご苦労なことだな、ゴミ拾いども」
王の側近である宰相が、数人の武装した兵士を引き連れて見下ろすように立っていた。
「貴様らのような非戦闘職にも、ついに王国のために役立つ時が来た。
明日、魔物被害が頻発している辺境の『クレマン領』へ、治安維持部隊として赴いてもらう」
「は……?」
突然の通達に、蒼汰は耳を疑った。
クレマン領。
地図すら見たことがないが、魔物被害が頻発している辺境だと言う。
そんな危険な場所へ、戦闘職の神宮寺たちではなく、非戦闘職の自分たちが行けというのか。
「待ってください! 俺たちのこのボロボロの装備で魔物と戦えってことですか?
行くなら、せめてまともな武器と防具を支給してください!」
蒼汰が、手にした刃こぼれだらけの鉄剣を示して抗議する。
しかし、宰相は鼻で笑い、汚物を見るような目で蒼汰を睨みつけた。
「身の程を知れ。豚に真珠、無能に名剣だ。
貴様らのような低いステータスの者に上等な武器を与えても、まともに使いこなせるわけがなかろう。
王国の貴重なリソースを、貴様らのような不良債権に割く余裕はない」
「なんだと……っ!」
食ってかかろうとした蒼汰の肩を、理人が無言で掴んで制止した。
ここで兵士に反抗すれば、最悪その場で斬り捨てられかねない。
「……案ずるな。徒歩では長旅になるゆえ、移動用の『馬車』は特別に用意してやろう。
王家の慈悲に感謝することだな」
そう言った宰相の口元が、三日月のように邪悪に歪んだ。
そのあからさまな「意地悪な顔」を見た瞬間、蒼汰は背筋に冷たいものを感じ、直感的に悟った。
(……罠だ。まともな馬車なんか用意されてるわけがない。間違いなく、ただのポンコツだ)
これは任務ではない。
厄介払いの『追放』、あるいは事実上の『死刑宣告』だ。
宰相は「明日の朝、裏門に集合しろ」とだけ言い捨て、冷笑を響かせながら去っていった。
その夜、王宮の豪華な食堂は、いつも以上に悪意に満ちた歓喜の空気に包まれていた。
上座の特別席で、宰相から「無能4人を辺境へ送り出す」という報告を受けた『勝ち組』のクラスメイトたちは、一様に安堵と嘲笑の声を上げた。
「ふっ……妥当な判断ですね」
『司令塔』の山城翔也が、口元を歪めて暗い笑みをこぼした。
「無能が視界をうろついているだけで士気に関わります。
不良債権を処分するには、ちょうどいい厄介払いです」
「あははっ、山城くん言い過ぎー!
でも確かに、乃亜ちゃんたちがいなくなれば、王宮の空気ももっと綺麗になるかもねー」
『聖女』の西園寺美海も、悪びれる様子もなく手を叩いて笑う。
神宮寺勇輝に至っては「あいつらにも、あいつらなりの任務があるんだろ」と、完全に興味を失ったように豪華な肉を頬張っていた。
その残酷な笑い声は、少し離れた【生産・非戦闘職席】に座る、遠山刀真と北条萌音の耳にもはっきりと届いていた。
「……っ」
刀真は、テーブルの下でギリッと拳を強く握りしめた。
隣に座る萌音が、その震える拳を、隠すようにそっと両手で包み込む。
「……刀真」
「クソッ。同じクラスの連中が死地に送られるってのに、なんであんな顔で笑えるんだよ」
刀真が押し殺した声で吐き捨てる。萌音もまた、顔を青ざめさせて身震いした。
「怖いよ、刀真。……あの人たちにとって、戦えない人間はただのゴミなんだよ。
今は私たち、少しだけ役に立つと思われてるけど……もし、私たちより優秀な職人が見つかったら?」
「……俺たちも、多目たちと同じように森へ捨てられるってことか」
疑心暗鬼と恐怖が、二人の胸を締め付ける。
異常なのは王宮だけではない。
絶大な力を手に入れ、完全に感覚が麻痺してしまった神宮寺たちもだ。
このまま何もしなければ、自分たちもいつか確実に使い捨てられる。
「……萌音。俺、少しでもあいつらの助けになることをしたい。
保身のためにただ黙って見殺しにするなんて……絶対に後悔する」
刀真の決意を込めた瞳を見て、萌音は小さく、けれど力強く頷いた。
「うん。私も、同じこと考えてた」
◇ ◇ ◇
深夜。
明日には王都を追放される蒼汰たちが、ボロボロの納屋で重い沈黙に包まれていると、コンコン、と控えめなノックの音が鳴った。
楓菜が警戒しながら扉を開けると、そこには分厚い布の包みを抱えた刀真と萌音が立っていた。
「遠山? それに北条も……どうしたんだよ」
驚く蒼汰に、二人は「声が大きい」と人差し指を立てて、そっと納屋の中に入り込んだ。
「これ。……受け取ってほしい」
萌音が、抱えていた布の包みを楓菜に差し出した。
中に入っていたのは、数日分の干し肉と硬焼きパンと干し飯。
そして、革袋に入った数枚の『銀貨』だった。
「なっ……これ!」
「私と刀真の食事を減らして隠しておいたのと、お小遣いの銀貨。少ないけど……餞別」
萌音の言葉に、乃亜が息を呑んで口元を押さえた。
「それだけじゃないぞ。多目、お前のその剣、ちょっと貸してみろ」
刀真は蒼汰の刃こぼれだらけの鉄剣を受け取ると、懐から取り出した砥石で、シャッ、シャッ、と手際よく刃を研ぎ始めた。
ほんの数分後、蒼汰の手に戻ってきた剣は、歪みや欠けが見事に消え、月明かりを反射してギラリと鋭い光を放っていた。
「すげえ……!こんなに綺麗に研げるの?!」
「『見習い細工師』のスキルだ。……だが多目、過信はするなよ。
元の鉄の材質が悪すぎる。俺の腕で無理やり刃をつけたが、数回硬いものを斬れば、またすぐに刃が潰れて元のなまくらに戻っちまう。気休め程度に思っておいてくれ」
刀真は苦渋の表情でそう付け加えると、懐から見事な装飾が施された一本の『短刀』を取り出し、楓菜の手に握らせた。
「俺が武器庫のガラクタからこっそり打ち直した。福島、お前はその歪んだ弓じゃ接近されたら終わりだろ。護身用に持っておけ」
「遠山くん……萌音……」
楓菜は短刀を胸に抱きしめ、声を震わせた。理人も深く頭を下げる。
「でも、なんで俺たちにここまで……。
バレたら、お前らまで罰を受けるかもしれないんだぞ?」
蒼汰の問いに、萌音は決意を固めたように顔を上げた。
「……私ね、『見習い商人』って判定されたけど、実は隠してるスキルがあるの」
「隠してるスキル?」
「うん。物の価値だけじゃなくて、他人の『能力の輪郭』みたいなものが、少しだけ色として視えるの。
……だから、分かるんだ。多目くんたち4人が、王宮の人たちが言うような『無能』なんかじゃないって」
萌音は、蒼汰の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「特に、多目くん。あなたの奥底には、膨大で真っ赤な『熱』の塊が視える。
神宮寺くんたちの水晶の光なんかより、ずっと強くて純粋な熱。
……多目くんには間違いなく、規格外の『火の魔法』の適性があるはずだよ」
「……火の魔法?」
蒼汰は目を丸くした。だが、隣で聞いていた理人が「なるほど」と口元に笑みを浮かべた。
「圧倒的なカロリー(熱量)の燃焼を、彼女のスキルが『火の適性』として翻訳して視認しているというわけか。面白い」
「なんのことかよく分からないけど……とにかく、絶対に生きてよ。
あなたたちは、こんな所で死んでいい人たちじゃないから」
萌音が涙ぐみながら微笑むと、刀真も力強く頷いた。
「俺たちも、力をつけて王宮を抜け出せるように準備する。
だから……また、生きて会おうぜ」
「……ああ。絶対に、生き延びてやる」
蒼汰が刀真と固い握手を交わす。
武器を与えられず、ボロ馬車での死出の旅を強いられた絶望の夜。
しかし彼らの手には、生産職の二人が命がけで託してくれた、確かな温もりと反逆の手札が握られていた。
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