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File.4:七ツ目之不思議

ー西暦2030年11月16日午前1時48分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー


side.桜乃 薫(警察官・怪異対策部第一課特捜班”旭”)

 応援に来てくれた千葉県警のパトカーやバスのサイレン音を聞きつつ、膝の上で寝息をたてる…さっきまで暴れていた神格とは思えないが…彼女の頬を突っつく。

「ごめんなさい、起きてくれませんか…?」

「んん……」

 …あまり効果はないらしい。しかし、よく眠るなぁ…まぁ、多分疲れてるのは間違いないだろうけど。

 どうしたものかと困っていたが、先に痺れを切らしたのか瑠璃が手先に数粒氷の結晶を浮かべる。なんとなくやることはわかるけど、強引だなぁ…

「…えぇい!さっさと起きぬか!」

「んゆ!?……んぇ……?」

 なんて思っているうちに、予想通り瑠璃は結晶を少女の頬にぶつけ、流石の冷たさに目が覚めたのか少女が肩を震わせた後にゆっくりと目を開ける。

 だが、状況を飲み込めていないのかぼんやりと僕の膝の上で頭を軽く回して周りを見る。

 瑠璃と紅葉をぼんやりと数秒見たあと、こちらに目線が戻ってくると彼女の明るいオレンジ色の瞳と目が合う。

「……えぇと、おはようございます。身体の方は大丈夫ですか?」

「え?……あ、え、あ!?っ……!」

 どうすればいいかわからないが、とりあえずそう尋ねると、理解が追いついていないような顔を経由した後、真っ赤に顔が茹で上がったように染まる。

 ……多分、状況をやっと理解してくれたかな。

 そんなことを思っているうちに彼女が飛び起きて、僕から数歩慌てて距離をとる。まぁ、ちょっと下がる勢いで心にクルけど…

「お主、流石にその反応は失礼ではないか?」

「そーだよ、薫がアナタを助けたんだからもうちょっと…」

 考えがぐるぐる回りだした後、ちょっと反応にショックを受けたのが伝わったのか、瑠璃と紅葉が不機嫌そうに呟く。が、若干神威が出ているのが彼女に感じられたのか、身体を少し小さくして泣きそうな表情になるのが目に入る。

 あぁ…マズイぞコレは。今、瑠璃と紅葉がこの子に怖がられるのは宜しくない気がする。

「瑠璃、紅葉、大丈夫。僕もちょっと近すぎたのが悪いから……ごめんなさい、気にしないでいいですから」

「あ、あぅ……ごめんなさい。迷惑を…たくさん…」

 顔を赤くしながら目に小さな涙を貯めていたが、それ以上に申し訳なさそうな声で彼女が呟く。

 …なんか萎縮してたり、恥ずかしがってたりよりもあるが、それ以上に申し訳なさ気なのが気になった。もしかしなくても、暴れてた時の記憶が残ってるのか…?

 そうなると、この子の復帰は大変になりそうだが…代わりに喰った人が何処に行ったのかはわかるはず。とりあえず今はそっちの方を優先か…

「桜乃警部補!大丈夫ですか!」

「ひゃっ…?!」

「っ!?…び、びっくりした……はぁー…ふぅ…よし、大丈夫ですよ。もう脅威の無力化は成功しています」

「……お主ら、もう少し静かに入って来ぬか…」

 考え事をしている内に、突然体育館の金属扉が勢い良く開く音が響いた後、館内にそれを掻き消すレベルの大声が響き渡る。

 思わず肩が跳ね、目の前の彼女も肩を跳ね上げてさっき以上に泣きそうな表情になるが、とりあえず振り向いて深呼吸してから返事を返す。

 多分その様子を見ていただろう瑠璃が呆れたような声をあげるが、あまり気にしていないのか飛び込んできた警官がズンズンとこちらに歩いてくる。

 あぁ、いや…これはもしかして…

「警部補!私は調査課の波津、巡査部長です!予備部隊指揮を執っております!鹿島警部補らの捜査隊が行方不明と聞いております、どちらを捜索すればよろしいでしょうか!」

「あ、あぁ……そ、そうですね。本校舎や体育館の別の部屋を探してきてほしいです。お願いできますか?僕たちはここを対応します。ただ、見れば分かりますが…戦闘であちこちが劣化しているので注意してください」

「はい、無論であります!失礼しました!」

 そう言うと調査課の波津さんは部下が待っているのか、また走って扉から出ていく。

 …多分というよりほぼ確信した。

「…あの人、うちらのこと見えない人だったね」

「うむ、まるで妾らのことを無視しおったでな。あそこまでのは久々に見たがの」

「……いいのか悪いのか分かんないけど…まぁ、戦闘中とかじゃなくて良かった」

 よく怪異が見えないという人はいる。警察、それも怪異対策部と言えど調査課とかだと計器を使うことも多いからか、見えない人は多いらしい。とはいえ、神格並に霊力がある怪異が見えない人というのは珍しいが…

 ただ、今は今であんまりタイミングが良くない。完全にビビっちゃった彼女が小さく震えてるし…

「えぇと……すみません、大丈夫ですか…?」

「ふぇ!?あ、あぅ…大丈夫です……」

「…お主な、見たところ土地神ではないのか?なにをそんなに恐れておる。そこの薫は人間じゃぞ?」

「確かにそうですねー…アナタ、何があったのか、始めっから話してほしいかも」

 僕が尋ねると、まだ彼女は警戒が増したような返事を返してくる。うぅん、これは……

 と、思っていたのだが、瑠璃と紅葉が尋ねると、今までより数割増しで表情が暗くなる。しばらく黙り込んでいたが、ガタガタと身体が震えだしたの目に入る。それから、あの表情。多分、典型的なトラウマのフラッシュバックか…

「あ、あの!大丈夫ですから…よろしければ、話せるところから話していただけませんでしょうか?」

「……あ、あぅ……あ、の……わ、たし…わたし…」

 嫌な予感がして、とりあえず彼女の回想を止めさせるべく尋ねる。だが、彼女はボロボロと涙を流しながら、縋るような目をこちらに向けてきていた。

 なんだか…それが、どこかで見たような景色と重なっていく。…病院のベッドの上…赤に染まった秋の山…見慣れた畳の和室……色々な景色が流れた後、現実に戻ってくる。

 その時には、身体が勝手に動いていた。

「…!……嫌なら、突き飛ばしてください」

「薫…?って…!」

「ちょ、薫……!」

「っ!?……ん…」

 後ろから瑠璃と紅葉の声…なぜだか嫉妬というか、なんだか聞き慣れない声音の声が聞こえたが、気にせず彼女の頭を胸元に抱き寄せ、ゆっくりだが頭を撫でる。

 一瞬ビクッ!っとわかりやすく身体が震えるが、しばらくすると胸元にかかる重さが重たくなり、体重をかけてきているのを感じる。

 …これ、自分でやっておいてなんだが、続けないとダメそうだな。後ろからの視線がめちゃくちゃ痛いし、行方不明の人達のことを早く聞かないとという焦燥感が胸を少し塗り上げるが…気づいたら動いていたから仕方ない。

「……大丈夫です。あまり、焦らなくていいです。よろしければ、お話しを聞かせてください。アナタは誰なのか、なにがあったのか…」

「……ん」

 彼女に話しかけつつ、彼女のオレンジ色のメッシュを所々に入れたような黒髪をできるだけ優しく撫でる。…こういう時、瑠璃や紅葉の世話をしていて良かったと心から思う。こんな事をしていると、後が少々怖いが…

 そんなことを考えていると、彼女がゆっくりと、小さくこくりと頷いてくれる。

「……わた、し…多分…元々、土地神…でした」

「ふむ、やはりか…じゃが、多分とはなんじゃ、己のことではないのか?」

「元…ってどういうこと?」

「は、はい…あの、えと…」

「瑠璃、紅葉、ちょっとストップ。ゆっくりで、大丈夫ですから。一つずつ、教えてください」

 ゆっくりと彼女が話し出してくれて、ポツリポツリと言葉が聞こえ始める。それを聞いた瑠璃と紅葉が考えるモードに入ったのか、真剣な声で彼女を問いただす。

 彼女が言葉に詰まり始めたのを聞いて、嫌な予感を察して瑠璃と紅葉を止めつつ、彼女にそう声をかける。

「…はい。え、と……記憶、あやふや……なん、です。自分が誰だったのか…あんまり……」

「……そうじゃったか。すまぬな」

「いえ……」

 僕の声を聞いた彼女がゆっくりと話してくれるが、思ったより状況は深刻かもな…神格の記憶が曖昧なのは、中々記録でも聞かなかったような…

「それ、から……多分、今、カミじゃ、ない……です。もう、神域も……眷属、も…ない、です。名前も……ないです」

「名前を…?」

「え?そんなことあるの?」

 あまり下手なことは言わないようにと気をつけていたが、それが出てくる前に、喉から声が出ていた。紅葉も同じことを思ったらしいが。

 神が自らの名を忘れることは普通ない。例外こそあるが…完全に信仰が失われ、誰からも忘れ去られ、自らも自分が誰か忘れられた元神格怪異という場合。あるいは…飛び切り強力な記憶改竄術とかを行った場合。

 ただ、少なくとも前者はない、はず。神が人から完全に忘れ去られるというのはレアケースだし、なによりここまで人里の中なのに、地域の土地神を誰もが忘れるなんて都合いい事が起こるか?とは思う。

 それより多分疑うべきは、記憶の改竄。あのフードの男の、あの言葉…『…おいおいやだなぁ!もう忘れちゃったのかい?それ、前あげたじゃん!……君の、ご主人だよ。いい加減覚えろよ…』…アイツは、そんなことを言っていたし…

「はい…ほとんど、なにも……」

「…でしたら、覚えてらっしゃることだけで良いので…よろしければ、話していただけませんか?どんなことでも、今関係のなさそうなことでも構いませんので」

 彼女の声からみるみるうちに元気がなくなっていくのを感じて、なにより服を引っ張られる力が強くなるのを感じて、思考を中断してとりあえずそう声をかける。

 すると少し間を開けた後に、どこか怯えたような声で再び話し出してくれる。

「…あの、男の人間。思い、出した、気がします…」

「…ぜひ、お聞きしたいです」

「……多分、五年くらい…前です」

 彼女は、そうゆっくりと話しだしてくれた。


ー西暦2025年■月■■日午後9時32分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー


side.Non

 とある日の夜中のこと。普段は静かな高校の校舎も、肝試しに来る生徒がいると少しにぎやかになる。

 だが、そんな日のことを彼女は楽しみにしていた。

 もはや存在もほとんど忘れられ、神域のほとんどが高校と付属中小校の敷地になってしまい…力も信仰も失って久しかったが、地域の子供たちを見守るのは彼女の数少ない楽しみだったのだ。

 そんな彼女の周りには、色とりどりの鳥や犬、猫、狐、狸…地域の動物霊たちが集まっていた。

「ふんふんふーん、今日はどうやって驚かせてあげよっかな〜?」

「バウッ……!」

「ん〜?皆、今日はシンプルにわっ!てしたいの?」

「ワウっ!」

「そっか〜、じゃっ、そうしよ!」

 ニコッと少女が人懐っこい笑みを浮かべると、動物たちも嬉しそうな笑みを浮かべて武道館へと移動する。

 この頃は外で大きな病気が流行っていたらしく、時代の流れとともにただえさえでも減っていた肝試しを行う生徒が久方ぶりに居たことは、嫌でも彼女たちの気分を高揚させていた。

 しばらく彼女たちは文字通り息を潜めていたが、カツカツと足音が近づいてきていた。

「おいおい、押すなよ!」

「いいじゃねぇかよ、ほら、『武道館の笑い声』気になるだろ!」

「怖がるとかだっさーい」

「る、るせぇ!なんかこれだけうちの学校オリジナルだから余計にこわ…」

 そんな声を聞きつつ、扉がゆっくり開いてくるのを、武道館内に放置されていた剣道用の標的マネキンの後ろに隠れて彼女たちは待つ。

 そして、男女4人が全員入ってきたタイミングを見計らって、お互いに目配せして同時に飛び出す。

「わぁー!」

「「うわぁぁぁ!?」」

「「いやぁぁぁ!?」」

 そして彼女と、動物たちが精一杯の大声で生徒たちの前に立つと、突然現れた少女と動物たちの姿に驚愕した生徒たちが悲鳴をあげながら武道館から逃げ出していく。

「ふふふっ!大成功だね!」

 男女関係なく武道館から飛び出して逃げ行く様子に、笑い声を上げながら少女も、動物たちも満面の笑みに包まれる。

 しばらくの間、武道館からは嬉しげな笑い声が響いていた。

 だが、その声も再び武道館外より聞こえだしたカツカツとした規則正しい足音によって止められる。

「…?誰だろ、警備員さんかな?」

「くぅん…」

「どうしたの?…なんか変?そうかなぁ…?」

 足音を聞いた少女が不思議そうな声をあげ、扉を見るが、動物たちは一部は警戒したように扉を見つめ、一部は怖がったように少女の後ろに隠れながら扉を恐る恐るといった様子で見つめる。

 少女は動物たちの声を聞いても、不思議そうな顔こそ表面上はしていたが、内心は動物霊たちの様子に、何か嫌な予感を感じつつあった。

(……なんだろ、この甘ったるい匂い。邪気っぽいけど…それにしては甘さが濃すぎるし、なにより発生源がわからない……扉の、向こう…?)

 そんなことを考えつつ、どこからかともなく湧き上がってきた嫌な予感と、むせ返るほどの甘い匂いに自然と脚が動いて彼女たちは扉から遠ざかる。

(…どうしたらいいの?私は…戦えない。眷属も、いない。元々戦闘向きの術も使えない……)

 気付けば、彼女の身体は小さく震え、それに気づいた一部の動物霊たちは彼女を護るように扉との間に割ってはいる。

 そして扉がゆっくりと、金属が擦れる音ともに開き、真っ黒な影のような、目元までも見えない人間が武道館に入ってくる。それからぐるぐると武道館を見回し、彼女を見つける。

 すると人間は肌のうえに浮かぶようにニタァと笑みを貼り付ける。

「お、見ぃつけた。いやはや、探したぜー…使いやすそうな、適度に忘れ去られた土地神ちゃん…」

「ひっ……」

「グルルル……」

「キィ…!」

 嬉しげな、ネタっとした男の声で、読み上げられたようなセリフを理解した瞬間、彼女は怯えたような声を上げながら数歩下がる。だが、既にそこには壁しかなく、下がる場所はなかった。

 しかし、彼女を守るように立ちふさがった動物霊たちが怒りの表情を浮かべつつ威嚇の声をあげる。

「おぉ、怖い怖い。ほら、かかってこいよ」

「ウォーン!」

「待って、だめ…!」

 男が挑発するような声を出すと、動物霊たちが一斉に駆け出して男を包囲しつつ攻撃せんとする。

 だが、彼女がそう声をあげたときには、全てが手遅れだった。男が虚空から短刀を取り出し、構えを取る。

「はっは!…死ねぇ!」

「ギャン……」

「キャウン……」

 そして次の瞬間、円を描くような軌道で刀を振るい、全周から迫っていた動物霊たちが斬り裂かれ、血と霊力が噴き出す。

「あ、あぁ……みん、な……」

「おいおい、歯ごたえがないってレベルじゃないぞ…お姫様を守る騎士がこんなんじゃあ、燃えないってもんだな…」

「いや…来ないで…!」

 目の前に映った、見たくもない光景に彼女は動けなくなっていた。

 だが、ニマニマと笑顔を張り付けながら歩いてくる男を見て叫ぶと、空中に突然岩の塊が現れ、男の方に飛んでいく…

「おいおい、物騒だなぁ。危ねぇだろ?」

 しかし、飛翔速度が大したこともなかったためか、身体を捻って避けられ…気付けば彼女の前に立っていた。

「いや…いや…!私、まだ……死にたく、ヒッ…!」

「おいおい、殺さねぇよ。仮にもカミだよなぁ?なっさけねぇ……ま、死ぬかもしれねぇがな!」

 ボロボロと溢れる涙も止められない彼女が叫ぶが、男が首元に刃を寄せると、音もなく息を吸って黙り込む。

 男はヘラヘラとしながら、ポケットから赤い宝石が埋め込まれた首飾りを取り出す。

「呪具・傀儡ノ首飾。まだ試作品だが…カミも使役できるっていう話だしなぁ…おめぇで試させてもらうよ」

「嫌……やだっ……!誰か…たすけ」

 首飾りが強引に彼女にかけられた瞬間、彼女の意識は泥のなかに沈むように消えていく。

(やだ……私…死んじゃう、の……?いやだ…こんな、ふうに、死ぬのは……いやだ…)

 やがて彼女の意識は、溶け消えていった…


ー西暦2030年11月16日午前2時04分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー

 

side.桜乃 薫(警察官・怪異対策部第一課特捜班”旭”)

「……そこから、は……記憶が、あいまい……で…身体が、勝手に動く感覚と……誰かを傷つけ、てるのは…わかってるのに…なにも…見えなくて…聞こえなく、て……」

「そう、でしたか……」

「うっ……うぁぁぁ…!誰も…何も…守れ、なかった……!いっぱい、傷つけた…!私…!わた、しは…!」

 その話が終わった時、彼女は半分泣いているような声で話しており…やがて、完全に泣き始める。それと同時に、いつの間にか背中に回された彼女の腕が痛いくらいに僕を締め付ける。代わりに、僕はゆっくりとできるだけ優しく彼女の頭を撫でる。少しでも安心できるように。

 …友人の死と、自分が死にかけるような経験…トラウマになっても、仕方のない酷い仕打ち…

 ……嫌に自分の記憶と重なっていき、思い出したくもなかったことが勝手に思い出されていく。…燃える神社と、倒れた人達、目の前に刀を構えた、鎧の男…

「…おる!薫!お主、大丈夫か…」

「え…?」

 いつの間にか、瑠璃と紅葉が目の前にいて、僕を見つめていた。そして胸元の彼女も、涙を浮かべた、泣きそうな顔ながらも、そのオレンジの瞳は『大丈夫?』と問いかけているのが見えた。

「…薫、泣いてた。うちらの言葉も聞こえてなかったぽいし…ねぇ、大丈夫…?」

「あ、あぁ、うん……大丈夫。ごめんね、瑠璃、紅葉。それから、ごめんなさい。貴方が一番、今辛いのに…」

 紅葉の本気で心配する声に、少しばかり申し訳なく思いながら瑠璃と紅葉に謝りつつ、濡れた目元を慌てて拭う。それと…胸元の彼女にも、謝る。僕以上に色んなモノを奪われた彼女に心配させるのは…

「うちはいいの、薫。ほら、笑って!」

「うむ、妾も気にせぬでよい」

「うぅん…だいじょぶ、です……私…多分、アナタみたいな…人の、声……好き、です。聞いてて、思い出しました…」

「はぁっ??」「なんじゃと?」

 紅葉が元気に、瑠璃がいつも通り微笑を浮かべながら、それぞれ僕にそう言ってくれる。…胸元の彼女が見上げながら言ってくれた言葉を聞いた瞬間、不機嫌を通り越した顔になった気がするけど…

 まぁ、彼女には聞こえなかったようでぽかんとした顔をしていたので、僕も聞こえなかったことにしよう。

「……ごめんなさい。本当にありがとうございます…」

「……あっ、あの…」

「…?どうか、されましたか?」

 謝ると同時に感謝を伝え…広い体育館内は沈黙に包まれるが、なにかを思い出したように彼女が言う。

 どうかしただろうか?

「え、えと……その……たべ、ちゃった、人……」

 そう言いつつ、彼女はまた目元に涙を貯めていくが、口がぱくぱくと開いて言葉を紡ごうとする。

 それを僕も、瑠璃も紅葉も、強引に促そうとせず、彼女の速度に任せる。しばらく待つと、彼女は次の言葉を出してくれた。

「あの……多分、ばしょ……ここの、地下……」

「地下…ですか?」

「ん……階段、倉庫奥……術と封印で、隠されて、ます。私の…元々、いた……どうくつ、です」

「…!わかりました。教えてくださり、ありがとうございます。…よろしければ、ですが…ついてきていただいてもよろしいでしょうか…?」

「……はい。行き、ます…」

 ゆっくりと、少しずつの言葉であったが、彼女が紡いでくれた言葉は、これからの行動のためには不可欠の情報だった。

 …色々聞いた甲斐があった。彼女がある程度安定したっぽいのもありがたいが、なにより捜査目的が果たせそうだ。とはいえ、住んでいた場所…恐らく神域に当たる場所に勝手に入るわけにもいかないから…辛いかもしれないが、ついてきてもらう他になかった。だいぶ迷ったっぽいけど、承諾してくれて助かった。

「ありがとうございます。早速で申し訳ないですが、参りましょう…立てますか?」

 彼女と少し離れて、立ち上がりつつ聞く。

 少し待ったが、彼女が立ち上がるような様子はなかった。

「……だめ、かもです。まだ、ちょっと足が、震えて、て…」

「わかりました。そしたら背中を貸しますので、乗ってください。…あぁ、安心してください。これでも鍛えてますので」

「……あり、がとう、ございます」

 そう言って手を貸して、彼女を背中に乗せて、瑠璃たちのほうを見る。

「じゃあ、行こっか。瑠璃、紅葉……紅葉?」

「うむ、行くとしよう。…じゃが紅葉、お主もう少し表情を隠す努力をせぬか?」

「むぅ……すみません姫様、わかりました。気をつけます」

「ほら紅葉、機嫌直してよ。後でお稲荷さん買うから」

 声をかけると、瑠璃は快く応えてくれたが、どことなく不機嫌で膨れっ面の紅葉が複雑そうな顔をしつつ、瑠璃の咎めに応える。

 それを見て交渉材料を出してみるが、まだ少し悩んでいるような表情をしていた。

 …女の子の見た目した怪異の対応してると、いっつも機嫌悪くなるよなぁ…

「…前のりんごぱふぇつけてくれるならいいよ」

「ふふっ…うん、わかった。じゃあ、行こう」

「え、と……出て、左…2番目の、倉庫」

「わかりました、ありがとうございます」

 紅葉がボソッと呟いたのが、なんだか面白くて思わず少し笑いながら応えたが、紅葉は少し機嫌を直してくれたか…わからないがそっぽを向いてしまう。

 一方で背中の上の彼女は、マイペースに指差しをしながら倉庫の場所を示してくる。

「ふっ…お主も大変じゃな、薫?」

「…?そうかな?」

「ま…お主にはわからんじゃろうな」

 そんなことを言う瑠璃と、一歩前を歩いていく紅葉についていく形で歩き出す。

 …何の話かはよく分からなかったが、とりあえず今は目の前の事件を考えなくては。上手く行けば、鹿島警部補他の捜査班だけでなく、行方不明の人達まで救えるかもしれないのだ。

 …頼むから、無事でいてくれよ。


ー西暦2030年11月16日午前2時11分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー

 

 歩き出してから少し後、体育館から出ると、警官…階級章とかを見るに、多分千葉県警の巡査が霊力計測器と睨めっこしているのが目に入る。多分、向こうはこっちに気づいてないけど。

「すまない、巡査?手を貸してほしい」

「え…?おわっ!?おっとっ!?や、ば…あぶっ!」

 僕が声をかけると、彼は計測器を取り落としそうになりながら、慌てたような表情を見せる。

 申し訳ない…が、あまり時間的な余裕もない。

「あぁ…すまない。だが、時間がない。急いで周りの警官を呼んでほしい。隊長の波津巡査部長に伝えてくれ。あそこの二番目の倉庫に警官を集めるように言ってほしい。鹿島警部補以下の捜査隊と、事件被害者がいる可能性が高い」

「え、あ、えぇと…」

「…お主、とりあえず早う行くがよい。時は一刻でも惜しいのじゃぞ」

「ひっ!?し、失礼しました!直ちに!」

 僕のセリフに巡査はかなり困惑していたようだが、瑠璃が冷たく言うと怯えながら巡査は走り去っていく。多分、計器持ちとはいえ…見える人だったんだろうけど、こうなるとちょっとかわいそうだな…

「姫様、やりすぎたんじゃ…」

「仕方が無かろう…」

「あはは…まぁ、とりあえず行こうか」

 紅葉と瑠璃のやりとりを聞きつつ、倉庫に向かって歩く。少しすると、第4用具庫のプレート、そして大きな赤文字で立ち入り禁止が書かれた扉が目に映る。

 …ここだろうな。

 そう思ってドアノブを捻るが、ガチッ、という音ともにドアノブが止まる。流石に鍵がかかってるか。

「スレッジハンマーは…流石にないか」

「蹴破ればよかろう、少し退くがよい」

「…まぁ、仕方ないか」

 瑠璃の言葉に一瞬迷うが、緊急時だからと自分を納得させて3歩下がる。すると瑠璃が前に出て扉に手を置く。

 次の瞬間、瑠璃が触れた部分からゆっくりと扉が凍っていき、やがて扉の周辺数センチまで凍りつく。

「紅葉、あと頼めるかの?」

「姫様、最近うちの扱いが雑じゃないです…?ま、いいですけ…っど!」

 瑠璃がそう言いつつ下がると、1つ小さくため息をついた紅葉が扉の前に立つ。

 それから小さく息を整えると、綺麗な回し蹴りで扉を蹴り開ける…というか、枠から扉が外れて奥に倒れてゴンッ!と、轟音をあげる。

「あ、やばっ」

「ま、まぁとりあえずいいんじゃないかな?この先ですか?」

「はい…あの、壁に見える……」

「壁…?」

 紅葉が扉を見てポツリと呟くのが聞こえたが、まぁとりあえず大丈夫だろうと伝えて背中の彼女に尋ねる。すると彼女は腕を伸ばして…

 なにもない、壁はないが、札が浮いている…恐らく下に向かっている階段のようなものがある空間を指した。

 …どういうことだ?

「あれ…?あ、もしかして…洞窟、見えますか?あれ、目くらまし…」

「僕にも見えてますね。多分、僕たちには効かないんじゃないですかね…」

「妾の加護があるでな。この程度の目くらましなら容易に破れよう」

 彼女が背中から不思議そうな声が聞こえるが、僕の後に瑠璃がそういうと、背中から声にならない声が聞こえた…ような気がする。感心なのかなんなのかはわからないが。

 そんなことを思っているうちに、紅葉が無言で狐火を浮かべて空間に浮かんでいたお札を焼き尽くす。

「よし、薫。行こう」

「わかった…構いませんか?恐らく、貴女の神域に入ることになります。穢さないことは保障しますが…」

「大丈夫、です……あなた、なら」

「…ありがとうございます」

 紅葉が入ろうと促してくるが、一応背中の彼女に確認する。

 なんとなく、彼女の言葉がさっきまでより熱が籠っているように聞こえたが…多分気のせいだろうということにして、目の前の暗闇に向かって歩き出す。

「”吹けよ、秋風。駆けよ我の炎狐たち。舞え、椛狐”」

 自然に腰のポーチに手が伸びて、中から一枚のもみじの葉っぱを取り出して祝詞を唱える。すると葉が燃え上がって狐を作って僕の周りを駆け始める。

「炎狐ちゃん、灯りをお願い」

「…きれい……」

「ふふっ、ありがとうございます」

 背中の彼女の言葉を聞きつつ、狐ちゃんの灯してくれた灯りを頼りに、無限に続きそうな闇の中に続く階段を下る。後ろから瑠璃と紅葉の下駄の足音が聞こえるから、彼女たちは多分大丈夫だろう。

 …ただ、この暗闇で沈黙は気まずいかなぁ。…あぁ、いや、これだけ聞いておくべきか…

「……そういえば土地神様。なんとお呼びすればよいでしょうか?」

「……わたし…名前、わかんない、です…」

「勿論、理解しています。辛いことを思い返させてしまい申し訳ないのですが……お呼びする方法がないのも、少々不便かと思いまして」

 そうは言うが、彼女は黙り込んでしまう。

 …やっぱ、ミスだったか。完全にやらかし…

「…なら、アナタが…名付けて、くれませんか…?」

「え?」「なぬ?」「はぁっ!?」

 彼女が言い切ると同時に、僕、瑠璃、紅葉がほぼ同時に素っ頓狂な声をあげる。

 いや……え?理解が追いつかないんだが…

「…え、えぇと…?」

「お主、人間の神格怪異に対する名付け(それ)がどういう意味を持つのか分かっているのか?」

「ちょ…は…?え…?いや、え…これ実質……あれ、もしかしてこの子も…?…でも、薫を取られるわけには…」

「……?」

 なんとか留まりかける足を前に進めるが、その中でも瑠璃は冷静に彼女に問いただし、紅葉は困惑を隠しきれない声をあげる。…紅葉、最後なにかボソボソと呟いていたけど、何を言ってたんだろ?

 いやまぁ、紅葉は置いとくとして…この反応を見ると、あんまり名付けの意味をわかってなさそうな感じが…

「えぇと…土地神様。僕が貴女に名付けるのは、実質的に永続する契約です。互いに互いを永久に護ることの。つまりは僕の寿命の限り続く約束になるわけなんですが…」

「…?えと、よく、わかんなくて…」

「……すみません、後で話しましょう」

 とりあえず説明こそしてみたが、背中の彼女が首を傾げたような気配がしたうえに、このセリフだったので一旦諦める。

 …多分、これ以上は長くなる気がする。

 そんなことを思っていると、見えていた階段の段が消える。もしかして…

「あ……あれ、私…の、祠。神体、あそこ…です」

「え、神体?」

「…言われてみれば、首飾を消し飛ばした後から反応が消えたの。薫、一旦後で考えようぞ」

「…わかった」

 彼女の言葉を聞いて思わず振り返るが、瑠璃が顎に手を当てながら考えるような姿勢をとって、僕にそう言ってくれる。

 …どういうことなのだろうか。魂核はともかく、神体が勝手に動くなんて…そんなこと、ありえな…

「ねぇねぇ薫、あれ!」

「え…?あ!」

 思考の沼に入りかけたが、紅葉が自分でも狐火を出してくれたようで周りの視界が一気に開けていく。

 すると、祠の周りには警察の制服姿を着た人達…鹿島警部補たち捜査隊と、高校生っぽい制服の上にパーカーを着た子達、それから…いくつかの怪異の残骸のような砂っぽいものと、人骨が転がっていた。

「見つけた……こちら桜乃、本部、聞こえますか?」

『……〜〜〜〜……』

「クソ、流石に圏外か…土地神様、一度降ろしても構いませんか?地上に助けを呼んできます」

「あ……う…はい、わかり、ました」

 無線から響く耳障りなノイズを聞いて、背中の方に声をかけると、少し躊躇ったような声がしたが承諾してくれる。

 …断られたら、またあの微妙に長い階段を上り下りするときに彼女を背負う必要があったから助かった。重くはないんだけど、落としたら怖いしね…

「瑠璃、紅葉!土地神様お願い!ちょっと行ってくる!」

「うむ、任せるがよい」

「はーい、いってらっしゃーい!」

「ありがとう。土地神様、すみません、少し行ってまいります!」

「……はやく、戻ってきて…ください、ね?」

「わかりました!」

 彼女たちの声を背中に受けつつ、階段を駆け上っていく。

 …急げ、見たところ彼らは生きている。頬に赤みもあったし、呼吸の兆候も確認できた。できるだけ、土地神のあの子が、故意ではないとはいえ…殺す人間は少なくしないと…!

 その思いだけが、僕の胸を支配していた…


ー西暦2030年11月16日午前3時17分・千葉県■■■市■■町 千葉県立■■■■高校ー

 

 全てが終わって、下にいた人と遺骨の回収が終わると体育館前の校庭は、あちこちから集まった救急車や警察車両だらけになっていた。

「ふぅ…こんなものだったかな」

「うむ、先ほど運んだ骨で最後じゃ。お疲れじゃったな、薫」

「瑠璃もお疲れ、ありがとね」

 あちこちで回る赤色灯を見つつ、右隣に立つ瑠璃と話すと、後ろからドンッ!と背中に衝撃がくる。

 ちょっと痛い…

「おつかれ、薫!」

「く、紅葉もお疲れ。ありがとうね」

「ふふんっ!」

 紅葉の声を聞いて後ろを振り向くと、得意げな顔をした紅葉がスルッと自然に左腕に絡んでくる。まぁ、それはいいんだけど突撃しないでほしいかな…

 そんなことを思っていると、パーカーのフードがすごく軽く、ちょんと引かれる。この感じは多分…

「…あ、の。ちょっと…いいです、か」

「はい、土地神様。どうかされましたか?」

「……少し、地下に…来てもらって、いいですか?」

「…わかりました。少し待ってください…羽川警部!少しよろしいですか!」

 案の定、彼女であったが…さっき以上に真剣な声に時間がかかる気配がしたので、先にやるべきことだけ終わらせておくことにして羽川警部を呼ぶ。

「どうした、桜乃警部補」

「少し、例の現場に行きます。後のことはお願いできませんか?」

「構わない…土地神様のこと、頼んだぞ」

「無論です、僕も元は境界課でしたから。仕事は全うします」

「そうか…なら、また明日、じゃないな今日の昼にでも中央署に…あぁいや、県警本部に来てくれ。状況が状況だからな…。まぁ、とりあえず捜査報告書をお願いしたい。こっちは任せてくれて構わん」

「承知しました。ありがとうございます」

「おう、部下も助けてもらったんだ。気にするな」

 そういうと、羽川警部は僕の肩を数回叩いて腕を振りながら、パトカーや救急車が止まっている方へと歩き出す。

 後は羽川警部に任せて、僕は土地神様の対応をするとしよう。話すことは、いくらでもあるのだから。

 羽川警部が歩き出したのを見て、僕も振り返ってあの体育館に向かって、瑠璃と紅葉、土地神様と歩き出した。

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