28.おじさまの臨時教室1
――白竜神殿客間。
私は学院後、クラブ活動を休んで神殿に滞在する赤竜おじさまを訪ねていた。フィルやナディアたちも当然一緒だ。
おじさまはソファに座りながら、いつもの陽気な微笑みを浮かべている。
「そうだね。恋や愛もまた、加護に強い影響を及ぼす要素だ。深い信頼関係にあるナディアが五割しか加護の力を引き出せないのは、ナディアに対してそういった感情が無い事も影響しているだろう」
私は小首を傾げる。
「私はナディアの事もとっても大切な人だと思ってるけど、それは愛じゃないのかな?」
赤竜おじさまは大きく笑いながら応えた。
「はははっ! 家族愛に近いものをゲルダは持っているね。だがお前たちはお互いが線を引いてしまい、それ以上近寄ろうとしていない。それでは育める限界というものがある。だが人間の関係は簡単に割り切れるものでもない。そこは、しょうがないところだね」
だって私は第二王女で、ナディアはその傍仕えだもの……あ、なるほど。こう思ってしまう事を”線を引く”というのか。
でも、そうではなくなった私たちっていうのも想像つかないしなー。
ティナやアーネに加護が乗りにくいのも、彼女たちが私の侍女見習いであり護衛であることを第一に考えてるせいなのかもしれない。
お互いがそう在るように生きてきたから、今更簡単に関係を変える事も出来ない気がする。
悩む私を赤竜おじさまが笑い飛ばした。
「ははは! 今はそれでも構わないさ。いずれ時期が来れば、その関係が変化する事もあるだろう――それより、せっかく来たんだ。おいちゃんが見ていてあげるから、≪火竜の息吹≫の練習をしていきなさい」
「はーい!」
****
神殿の内庭は神官や巡礼の巫女たちしか入ってこれない場所だ。一般の信徒の姿はない。
神殿内で唯一空が見通せる場所でもある。芝が植えられ、みんなが時々組手を行える程度の広い空間だ。
普段は神官たちの休憩場所として使われているらしく、あちこちに木のベンチが置いてある。
「まずはおさらいだ。空に向かって全力で≪火竜の息吹≫を使ってみなさい」
私は頷いてから、≪火竜の息吹≫の魔導術式を展開して魔力を込めて思いっきり空に向かって息を吹きつけた。
巨大な炎が私の口から放たれ、内庭一杯に広がり空に昇っていった。
「……あれ? 特訓では小さい炎しか出せなかったのに、なんで?」
呆然とする私、そして周囲で見守っていたナディアたちや神官たちを余所に、赤竜おじさまは笑いながら教えてくれる。
「ははは! 思った通り、 ゲルダの能力が上がっているね! 前は部屋の中で基礎を覚える為に魔力も抑えていたのもあるが、ゲルダが竜の魔導術式に慣れてきたのが一つ。もう一つは前回奇跡の祈りを使った事で、ゲルダの魔力が成長したんだよ」
確かに、あの特訓では術式の制御に意識を向けるために”魔力は少しだけ込めればいいよ”と言われていた。
それでも一割くらいの力は込めていたはずだ。
今私が吐いた炎は、特訓で吐いてみせた小さい炎の十倍どころじゃない大きさだった。
竜の魔導術式は、前回≪水竜の水鏡≫を頻繁に長時間使っていたから慣れてきた、ということかな?
学校の授業で受ける魔導術式の基礎と、赤竜おじさまが教えてくれた魔導術式の基礎は結構違うところがある。
人の魔力を前提とした技術と、竜の魔力を前提とした技術の差だと、赤竜おじさまは言っていたけれど。
竜種に匹敵する魔力を持つ私は、竜の魔導術式の方が相性が良いのかなって気がする。
――私の全力があの大きさなら、赤竜おじさまだとどうなるのかな?
ふと疑問がよぎったので尋ねてみる。
「赤竜おじさまが全力で≪火竜の息吹≫を使ったらどのくらいの大きさの炎になるの?」
赤竜おじさまは困ったように笑った。
「うーん、見せてあげられれば一番早いんだけど、おいちゃんが全力を出したらこの街が丸ごと吹き飛んでしまうからね。そのぐらい大きな炎だと思ってくれればいいよ」
……街が丸ごと?
この大きな街が?
全部飲み込まれるくらいの炎?
「言われても全然想像つかないや……さすが第四位の竜種だね……」
「ははは! まぁそういう使い方はあまりしないけどね。昔、弱い悪魔や崇拝者を薙ぎ払うのに使ったくらいかな。高位の竜種は、竜の息吹をそのまま使う事が少ないんだ。収束させて使うのが普通だね」
初めて聞く単語に、私は小首を傾げて尋ねる。
「収束? 術式をアレンジするの?」
「まぁそうだね。アレンジというより合成術式かな。≪収束≫の術式と組み合わせる。狭い範囲に息吹を押し込めてしまうんだ――少しみせてあげよう!」
そういうと赤竜おじさまは空をむいて口を開けた。
その口から真っ青なとても太い光の帯が迸り、空に向かって真っすぐ伸びて行った。
その威力で空気が震え、傍で見ていた私たちにまで灼熱の空気が伝わってくる。
内庭全体を熱風が吹き荒れた後、赤竜おじさまの口から放たれた光の帯が空に消えて行った。
「――とまぁこんな感じだ。火竜の息吹だと、今みたいなことになるね!」
私は呆然とした後、赤竜おじさまに尋ねる。
「赤竜おじさま、今のでどのくらいの力なの?」
「そうだなぁ。全力の百分の一より小さいぐらいかなぁ。人の姿をしていると、あまり強い力も使えないしね! まぁこれは消耗も大きい術式だ。そうむやみに連発するものでもないけどね!」
あの眩しい光の帯が炎なのか……収束すると形だけじゃなくて性質も変わってそうだ。
でも物凄い熱だったのは、離れていても伝わってきた。恐ろしく大きな炎を、あの小さな光の帯に集めたんだ。
……”なんとなく”それだけじゃない気がした。今の赤竜おじさま、二つ以上の術式を使ってなかった?
「ねぇ赤竜おじさま、今のは≪火竜の息吹≫を≪収束≫しただけじゃないよね? もうひとつくらい使ってなかった?」
「ははは! さすが、よく気が付いたね。ついいつもの癖で、≪増幅≫も使ってしまったね! 収束した息吹は消耗が大きいから、増幅して使うのが普通なんだ」
「なんだかその二つは覚えておくと便利そうだね。私には教えてもらえないのかな?」
私は小首を傾げて尋ねてみた。
赤竜おじさまは困ったような微笑みで唸っている。
「う~ん……この二つは制御が難しい術式だ。特に増幅は、膨れ上がった術式の制御がとても難しくなる。できれば今は、教えたくないんだが……ゲルダは放っておくと”なんとなく”で使ってしまう気もするしなぁ。きちんと使い方を教えておいた方がいいかもしれないね――ただし、おいちゃんが見ていない場所で使ってはいけないよ?」
「やった!」
私はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいた。
まずは≪収束≫を教わる事で、私も赤竜おじさまのように赤い光の帯を口から吐けるようになった。
私が一割で出した炎でも、収束すると周囲を熱が包み込み、熱風が巻き起こるくらいの威力だ。
私は思わず感嘆の声を上げてしまった。
「うわぁ……凄いね、細い光の帯なのに、あんなに熱い炎なんだね」
「それが収束の威力なんだ。この≪収束≫の術式も≪増幅≫の術式も応用範囲が広いからね。他の術式や祈りに使うこともできる。アレンジ能力しだいで、様々な術式の性質を変える事もできる術式だ」
収束する事で術式に指向性を与えることが出来るらしい。
真っ直ぐ進ませる事が難しい炎を、真っ直ぐ進む一本の光の帯にしてしまうように。
「そんな便利な術式なら、人間の魔導術式にも似たようなものがあるんじゃないのかな?」
「ははは! あることはあるが、竜の魔導術式に比べるととても効率が悪いんだ。人の魔力を前提とした魔導理論では、あまり実用的な術式ではないね」
ふーん、やっぱり竜種に匹敵する竜の寵児は、竜の魔導術式の方が合ってるのかなー。
魔力の大きさだけじゃなく、色んな所で学院で習う魔導術式は”無理をしてる”感じがする。小さい存在容量をやりくりしながら術式を成立させているような、そんな印象を受けるんだよね。
魔力の扱い方だけは共通みたいなんだけど。
続いて≪増幅≫も教わった。
さっきと同じ≪収束≫した炎が、夜空へ向かって白い太い光の帯になって空に昇っていく。
赤竜おじさまが言う通り、≪収束≫した≪火竜の息吹≫は制御が難しかった。
更に≪増幅≫を加えると、ちょっとでも気を抜くだけで炎が暴れ回ってしまいそうな感覚を覚えた。
「うわぁ……本当に制御が難しいや。ところで赤竜おじさま、なんで収束した炎と、増幅を加えた炎の色が違うのかな? それに、赤竜おじさまは口から出した炎は青かったよね?」
「炎は熱くなるほど赤から白、そして青へと色が変わっていくのさ。今のお前でも強い魔力を込めれば青い炎を吐けるはずだが、今は止めておいた方がいいね――よし、それじゃあ食事休憩を挟んだら次のステップに進んでみよう」
「はーい!」
一度屋内に戻り、 赤竜おじさまと私、フィル、そしてナディアたち三人。合わせて六人で神官が用意してくれた晩御飯をお腹に入れた後、次のステップを覚えるために再び中庭に戻ってきた。
「では次のステップだ。一割の魔力で≪火竜の息吹≫を自分の拳に付与してみようか。やり方はわかるかい?」
やり方……魔力を拳に込める感じでいいのかなって気がする。
「なんとなくわかるー! やってみるね!」
私は≪火竜の息吹≫の術式を拳に展開してみた……途端に拳を炎が包みこむ。けど別に、自分が熱い感じはしない。
私はまじまじと燃えている自分の拳を眺めながら、赤竜おじさまに聞いてみる。
「ねぇ赤竜おじさま、この拳で正拳突きをしたらどうなるのかな?」
「口から吐き出すのと同じだよ。拳から炎が噴き出す。試しに空に打ってごらん」
私は頷いて、空に向かって正拳突きを放った――拳から大きな赤い炎が噴き出され、夜空に消えて行く。
私は呆気に取られて消えて行く炎を眺めて居た。
「これって……込めた魔力より炎が大きくなっているような?」
「拳の威力が炎に宿るんだ。その意味は分かるかい?」
加護を使っていない私の正拳突きは、普通の女の子の拳だ。
拳の打ち出し方はきちんとクリスさんから習ったけど、「ぺちっ!」と相手に当てるだけの、試合でしか通用しないような弱いもの。
それでも込めた魔力から想像される炎より、一割近く大きな炎が出せていた。
「私の正拳突きでもこれって、じゃあナディアが全力で拳を打ちだしたらどうなるんだろう?」
「ははは! やってみるといいね! 今と同じ魔力量でナディアの拳に付与してごらん! ――さぁナディア、内庭の真ん中に行って構えておいで」
ナディアが内庭の中央で構えるのを見てから、ナディアの拳に先程と同じ≪火竜の息吹≫を付与してみる。
ナディアは燃え上がる拳を確認すると、目付きを鋭くする――その直後、ナディアの拳が天に向かって鋭く打ち出され、その先から真っ白な特大の炎が夜空に吸い込まれて行った。
あまりに大きな炎の余波で、内庭全体が燃えるかも! と思うくらい熱い熱風が周囲に吹き荒れている。
熱風が収まると、ナディアは天に向かって撃ちだしていた拳を納め、大きく息を吐いた。
「――はぁ。驚きました。今ので殿下が正拳突きをした時と同じ魔力量でお間違えありませんか?」
「うん、間違いなく同じ量だよ? 私は赤い炎だったのに、ナディアは白い炎だったね。なんでこんな違いが出るんだろう?」
赤竜おじさまが笑いながら説明をしてくれる。
「ははは! それだけ拳の威力が違う、ということさ! 付与した場合、闘気や殺気に応じても威力が上がっていく。今のゲルダが魔力を全力で付与した≪火竜の息吹≫をナディアが本気で放てば、低位の悪魔ぐらいは簡単に滅ぼせる。中位の悪魔でも、深い手傷を負わせられるだろう。そのぐらいの威力だね」
「でも赤竜おじさま、一割の魔力で今の威力なのに、全力で付与していたら付近が燃え尽きちゃうよ?」
「そこが難しい所だね。周りに居る仲間たちも、炎から庇えないと被害に遭う。巫女のローブを着ているゲルダは大丈夫だけどね!」
あ、このローブってそんな力があったんだ?
自分のローブをまじまじと見てみる。
ナディアから”これは身を守る防御結界だからおいそれと脱ぐな”と厳しく言われている服だけど、そのくらい強いものだったのかー。
赤竜おじさまが笑いながら言葉を続ける。
「ははは! まぁこれは切り札、相手を仕留める時に放つような術式だ。使いどころを間違えない方がいいね。ゲルダの魔力も結構消耗するだろう? この術式が使えなくなるほど追い込まれる前に使うんだ。この術式がなければ、強い崇拝者や悪魔と戦わない方が良いくらいだからね。消耗しすぎたら全力で撤退しなさい」
確かに今夜は、≪火竜の息吹≫を何度も使っているから結構魔力が減っている感覚がある。
全力だったら、何度も使えない術式だなぁ。
今夜は全力ならあと一回が限界な気がする。
ふむ……じゃあ試してみたいことがあるなぁ。
「ねぇ赤竜おじさま、≪収束≫と≪増幅≫を組み合わせた全力の≪火竜の息吹≫を本気のナディアが放ったらどうなるのかな?」
赤竜おじさまが困ったように笑いながら応えてくれる。
「やはり、試してみたいかい? ――いいだろう、周囲の防御結界は任せなさい。お前たちにも炎から守る結界を張っておいてあげよう。自分たちの全力を知る事は大切な事だ。私が居るときに知っておいた方がいいかもしれないね」
ナディアが再び内庭の中央で構え、私が全力の魔力を込めて三つの術式をナディアの拳に付与する――制御が難しくて、全身が汗で濡れているのが分かる。頬を汗が伝っていくけど、それを拭う余裕もないや。
赤竜おじさまが声を上げる。
「さぁナディア! ゲルダにお前の全力の拳を見てもらうんだ! そこに悪魔が居ると思って、空に向かって拳を放ってごらん!」
ナディアの目付きが険しくなり、鋭い眼光と共にナディアの燃える拳が天に鋭く突き刺さった――その瞬間、大地を揺るがすほどの振動が巻き起こり、ナディアの拳から特大の青い光の帯が放たれ、空に伸びて行った。
赤竜おじさまが張った防御結界のおかげで、私たちには熱風が届かない。けれどナディアの長い髪と服が激しく風に煽られ、たなびき翻っている。
熱風が収まると、ナディアが掲げた拳をゆっくりと降ろした。
ナディアの周囲は大地が抉れるほどの威力だったみたいで、ナディアはゆっくりと地面に埋まった足を引き抜いていた。
服と髪を整えたナディアが、呆然と呟く。
「……熱くて死ぬかと思いました」
赤竜おじさまが楽しそうに笑う。
「ははは! あれでも、お前にも防御結界は張ってあった。至近距離に居たから、どうしても防げない分はあるね! 加護が無くてもこの威力だ。加護を付与されていればどれほどになるか、私にも想像がつかないね!」
今の光の帯は、赤竜おじさまが口から吐いてみせた光の帯よりも太くて熱かった。
赤竜おじさまの防御結界でも熱くて死にそうになる程の熱――それを遥かに超える威力になるということだ。
加護を付与して全力で三つの術式を組み合わせるのは、それこそ迂闊に使えないってことかな?
「創竜神様の加護は熱からも守ってくれる。そこは心配しなくても大丈夫だが、三つの術式だけでも精一杯のゲルダに更に加護を祈る負荷が乗る。そこは覚えておく方がいいね」
「加護の影響が強いフィルが使った場合、どうなるのかな?」
赤竜おじさまが困ったように微笑んでいる。
「んー、そこは判断が難しい所だ。先ほど言ったように、この形態は拳に込めた闘気や殺気にも強い影響を受ける。戦士として未熟なフィルでは、強い加護があってもナディアほどの威力は出せないんじゃないかなぁ」
つまり、今の私たちで切り札――相手を仕留める役がナディア、ということになるのか。
通常戦力ではフィルやフレドの方が強いけど、切り札としてはナディアに頼る事になる感じかな?
「うーん、じゃあ強い崇拝者と戦う時は、ナディアがやられない様に戦わないといけないんだね?」
赤竜おじさまが微笑みながら頷いた。
「そういうことだね! ナディアが居ない時は、そういった強敵と戦うことも避けた方が良いだろう。ある程度までなら、ゲルダやフィルでも対応は可能だ。そこの見極めは、間違えない様にね」
「はーい!」
私は元気いっぱい、右手を天に突き出した。
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