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15.疑心暗鬼

 武錬クラブで、みんなの動きを眺めながら考える。

 怪しい行動って何だろう。

 巫女の直感って、どういうもの?

 怪しいと思えば誰も彼もが怪しく感じてしまう。

 誰を信用していいのかな。


『我々三人の護衛は信用して頂いて構わないと思います』


 大きく安堵の溜息をつく。


 ――フィルが信用できる相手で良かった。


 これでフィルすら信用できないと言われていたら、私は泣いて戸惑う事しかできなかっただろう。

 魔導学部に正式に入学した今、傍にナディアは居ない。

 一番信用出来て頼れる存在は今、王宮で私たちの帰りを待っている。


 壁際で俯いていると、左隣に誰かが座り込んだ。

 顔を上げると、そこにはクリスさんの顔があった。


「どうしたんですか? 休憩ですか? でもあんまり汗をかいてませんね」


 クリスさんが微笑みながら頷いた。


「今日は集中できないからね。流す程度の動きしかしてないかな」


 武錬クラブの仲間意識が強そうなクリスさんは、仲間すら信用できない今の状態が居心地悪いんだろうな。

 私と同じように、クラブの仲間の全員が疑わしく見えてしまって、そんな自分に自己嫌悪に陥る――そんな状態なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、ぼーっと床を眺めていると、クリスさんがぽつりと呟いた。


「この学院で悪魔崇拝者が捕まったって話は聞いたわ」


 ああ、最初の白竜信仰クラブの奴かな。

 大騒ぎになってたしなぁ。

 知ってる人は多そうだ。


「ねぇ、白竜信仰クラブに、悪魔崇拝者は一人だけだったのかしら」


 その言葉に私は、顔を上げてクリスさんの目を見た。


「それは……どういう意味ですか?」


 クリスさんは言いづらそうにしていた。


「……白竜信仰クラブから、不自然な時期に武錬クラブにやってきた人が一人、いるじゃない?」


 ……フレド。

 普通、あの時期にクラブを移動する人は居ないんだって後から聞いた。

 学校側が忙しい時期で、嫌がるんだって。手続きが後回しにされるから、あの時期を避けると言っていた。

 私の武錬クラブへの入部も、ナディアが無理を押したんじゃないかって。本当は白竜信仰クラブに入るだろうと学校は思って手続きを進めていたはずだって。

 ――そりゃそうだよね。神に祈りを捧げる巫女である竜の寵児が武錬クラブだなんて、普通は思わない。私も思わなかったし。


「クリスさんは、フレドが怪しいと思うんですか?」


「直近で一番不自然な動きをしたのが彼だ、という話よ。貴方を追いかけるのだって、本当は命を狙っているのかもしれない。彼を無条件に信用しない方がいいわ」


 ……そうなんだろうか。

 私が嫉妬するくらいフィルと心を通わせるようなフレドが、本当は私の命を狙っている悪魔崇拝者なのだろうか。

 なにが嘘で何が本当なのか、もう私には分からない。


 クリスさんの視線の先を追う――そこでは普段と変わらず、フィルとフレドが組手をしていた。

 彼が信用できない人なのだろうか。巫女の直感とかですぐに教えてくれないのかな。

 大きな溜息をついて、私は項垂れた。

 そんな私の肩をクリスさんの手が叩く。


「そんなに落ち込まないで。武錬クラブのメンバーに悪魔崇拝者が居ると決まった訳じゃないわ。学院関係者は他にもたくさんいる。今はそちらに目を向けましょう」


「そう、ですね……そうします」


 信用したい人たちを疑うのは、心がとっても疲れる。

 今はそれをしたくなかった。





****


 王宮に戻り、ナディアに今日の事を報告した。


「……ティナ、アーネ。貴方たちの負担が大きくなるわね。私もできるだけの事はしたいけれど、学院内には手出しが出来ません。中では頼みましたよ」


「はい!」

「……お任せください」



 私はナディアのお腹に抱き着いて呟く。


「私は……どうしたらいいのかな」


 ナディアの腕が、優しく私を包み込んだ。


「今は魔導を修める事に専心してください。それは創竜神様の加護を操る事に必ず活かされます。御身を守る為にも、魔導をお修めください。後は不用意な行動を慎み、ティナやアーネの言う事に必ず従っていればいいのです」


「……フィルは?」


 ナディアのクスリとした笑い声が聞こえた。


「もちろん、フィリップ王子の言う事もです」


「……わかった」


 ナディアもフィルは信用できると判断した。

 ティナやアーネやナディアと同じくらい信用しても良いんだと、ナディアが認めてくれた。

 零れる涙を、ナディアの服にこすりつけて誤魔化した。





****


 ――王宮、夜の礼拝堂。

 私はナディアとティナ、アーネと共に祭壇の前に来ている。


 なんとなく胸騒ぎがして、祈りを捧げた。





 しばらくして、私は祈りを捧げた姿勢で呟く。


「ナディア、どうしよう」


 背後からナディアの戸惑う声が聞こえる。


「どうされたのですか?」


「創竜神様を、ここで感じ取れないの」


 私は目を開けて、呆然としながら呟いていた。





****


 薄暗がりの石造りの部屋――マント姿の男が、何体目かの穢された白いローブを無感情に見下ろしていた。

 足で踏みにじり、壁際に蹴飛ばす――辺りに血が飛沫となってまき散らされていった。


「ようやく、終わった――さぁ、待っていろよ寵児。次こそはお前だ」


 マント姿の男は魔導術式を展開し、封印を解いていった。





****


 夜の王宮から急いで馬車で飛び出した私は、ナディアから説明を受けていた。


「創竜神様から、霊脈という言葉を聞かされたことはありますか?」


「”調べればわかる”とだけ教えられたよ」


 ナディアが頷いた。


「霊脈は魔力を運ぶ道――大地に巡る血管のようなものです。それがどこへ繋がっているのかは分かりませんが、創竜神様のお力も、霊脈を通じて伝わると言われています」


 私は小首を傾げる。


「それはつまり、どういうこと?」


「創竜神様を感じ取れないという事は、この土地に伝わる創竜神様の力が弱まっているという事です。この土地に繋がる霊脈が穢されている可能性があります。王宮の礼拝堂のような細い霊脈ではもう、創竜神様の加護が伝わってこないのでしょう」


「それで神殿に向かっているの? 神殿はその土地で一番太い霊脈の上に立つんだよね?」


「そうです。神殿でなら、まだ創竜神様の声を聞くことが出来るかもしれません。間に合えばいいのですが――」





 神殿に慌てて駆け込み、ナディアが「緊急事態です。今は通してもらいます」と兵士を押しのけ、中に押し入っていく。

 その後を追って薄暗がりの祭壇前に辿り着き、私は跪いて祈りを捧げる。




 ――創竜神様? 少し気配がある! ねぇ今、何が起こってるの? 聞こえる?


『気を……付けよ』


 ――創竜神様? 気を付けろ?


『……侯……爵……に――』


 ――侯爵? 創竜神様?! 創竜神様!!





 創竜神様の気配が途切れたのを感じて、私は目を開き、項垂れた。

 ここでも、もう気配を感じ取ることが出来ない。

 創竜神様らしくない言葉遣いだった。きっとあれが、巫女たちの言う普段の創竜神様の口調なんだな――そんな、どうでもいいことを考えて逃避していた。


 私はゆっくりと立ち上がり、ナディアに抱き着いた。





****


 帰りの馬車の中で、私はただ夜景を見ていた。真っ暗な空に、ぽっかりと浮かぶ細い月。なんだかとっても心細くなる。


「侯爵、と創竜神様は仰ったのですね?」


かすれて途切れ途切れだったからよくわからない……聞き返しても、もう声は帰ってこなかったし」


 ナディアは少し考えを巡らしているようだった。


「仮に”侯爵”だったとしても、解釈がいくつかあります。身近な侯爵に気を付けろ、という意味なのか、逆に侯爵に身を任せろという意味なのか。そして、創竜神様と敵対する悪魔も、その強さに応じて貴族階級があると言われています。仮にこの土地に封じられている悪魔が侯爵だった場合、殿下に勝ち目は恐らくありません。魔王、大公、公爵に次ぐ地位です。戦う力を持たない殿下の手に負える相手とは思えません」


「でも、創竜神様は前に”戦うことはできる”と言っていたよ? ”勝てるかどうかは分からない”とも言われたけど、”勝てない”とは言われなかった」


「……であるならば、封印の力がまだ残っていて全力を出せないのか、悪魔が侯爵ではないのか。いずれかでしょう。どちらにせよ、確かめる術が今はありません」


 私はナディアに抱き着きながら尋ねる。


「私はどうしたらいいのかな……」


「以前創竜神様が説明した通り、竜の寵児の存在を通じて土地に創竜神様の加護が伝わります。殿下がこの土地で祈りを捧げるだけで、悪魔の力を弱める事に繋がるのです。太い霊脈の上で、毎日の礼拝を欠かさない事。これをお忘れなきよう」


 私はナディアに抱き着いたまま頷いた。


「つまり、学院があるときは学院の礼拝堂、学院がお休みの時は神殿で礼拝すればいいんだね」


「それで充分でしょう。あとは学業に専心してください。今はそれだけをお考え下さい。時が来れば、創竜神様が使わす者が必ず現れるはずです。その到来を待ちましょう」





****


 王宮に返ってきた私は、ナディアに頼んでコーヒーを入れてもらっている。

 ドアがノックされ、ティナとアーネが扉を開け、フィルが招き入れられる。


 二人でソファに並んで、黒い液体に手を伸ばす。

 ごくごくと美味しそうに飲むフィルの横で、私はちびりちびりと苦い水を舐めていく。


「どうですか? 少しは美味しく感じられるようになりましたか?」


「……苦いものは苦いですー!」


 ははは! とフィルが軽妙に笑う。

 その姿に胸があったかくなって、私は再びちびちびと苦い水を舐めて行く。


 フィルが二杯目を飲み干す頃、ようやく私は二口分の苦いコーヒーを飲み込んでいた。


「あまり無理をしない方がいいですよ? コーヒーは心配事がある時に飲むと体調が崩れます。そういう時はミルクティーの方が体には良い」


「……苦いけど、前より飲めるようになってるね。不思議」


「段々と飲み慣れてきた証拠です。そろそろ、コーヒーの美味しさにも気づけるかもしれませんね。この香りと苦みが良いんです」


 そう言い残して私の頭を撫でた後、フィルは部屋から去っていった。


 私は「香りかぁ」と言いながら、カップから漂う香りを胸いっぱいに吸い込んでから、再びちびりちびりと苦い水を舐めていた。





****


 ――休日。

 私は朝からナディアやティナ、アーネを連れて神殿に向かっていた。

 フィルは「人と会う用があるので、後から合流します」と言っていた。


 私は神殿で祭壇に向かって祈りを捧げる。


 ――正直、創竜神様を感じない状態で祈るのは生まれて初めてだ。

 寵児じゃない竜の巫女が各地の礼拝堂で祈りを捧げる時は、きっとこんな感覚なんだろうな。

 普通の人も、きっとこんな感覚で神に祈っているんだろうな。

 この祈りが届いているのかは分からない。それでも私は、今の務めを精一杯やるだけだ。





 肩を叩かれ、顔を上げる。

 そこには優しく微笑むナディアの顔があった。


「殿下、もうお昼です。今日はこれぐらいにしましょう」


「でも、まだ午後があるよ?」


 ナディアが首を横に振った。


「休日を休日としてお過ごしになるのも、殿下のお役目の一つ。半日はお心とお身体をお安めください」


 私は渋々頷いて立ち上がった。



 神殿から出ると、そこにフィルが待っていた。


「先程、用が終わりました。丁度よかったですね」


 フィルの顔を見ると元気が出る。

 自然と笑顔になって、私は宣言した。


「それじゃあ、またあのカフェテラスに行こうか!」





****


 カフェテラスでは、ナディアが前回と同じオーダーを取った。


 固いパンに燻製肉と新鮮な葉野菜を挟んだ物。そしてストレートのコーヒー。


 私はちびりちびりと苦い水を舐めながら固いパンをもきゅもきゅと味わっていく。


 もぐもぐごくんと飲み込んで、向かいに座るフィルに尋ねる。


「今日は誰と会っていたの?」


 フィルはどこか言いにくそうだ。


 小首を傾げて再び尋ねる。


「どうしたの? 言えない人?」


「武錬クラブのメンバーと会っていました。少し相談があると言われたので」


 そっか。武錬クラブのメンバーか。

 じゃあ私みたいに疑心暗鬼になってる人が相談したのかな。

 誰が誰を疑ってるとか、知りたくない。

 それ以上突っ込む気にもなれなくて、話題を変えた。


「最近のフレドはどう? フィルといい勝負みたいだけど」


「あいつの動きには慣れてきましたからね。そうなるともう、あとはスピード勝負だけです。あいつにスタミナが付いて来ればもっといい勝負が出来るでしょう」


 ふーん?

 なんだろう。変な感じ。


 パンを食べ終わった私たちは王宮に帰ろうと席を立った。

 私の目には、飲み残した琥珀色の液体が映っていた。





 馬車に乗り、私は青い空のような瞳をまっすぐ見ていた。

 見ているだけで心が落ち着くその瞳は、いつものように柔らかく微笑んでいる。

 ナディアやティナ、アーネは窓の外の景色を眺めていた。


「ねぇナディア、ちょっと聞いて良いかな?」


「なんでしょうか」


「悪魔崇拝者って、どんな能力があるの? 知ってる?」


 私は真っ直ぐ、青い空の瞳を見つめていた。

 その瞳は変わらず、柔らかい笑みを私に注いでいる。

 この瞳に見つめられていれば、私には怖いものなんて何もなかった。


「……人より強い腕力や魔力、知力を得ると聞きます」


「……それだけ?」


「人の心を惑わす力を持つとも言われていますが、具体的には私も存じません」


「じゃあさ、例えば”他人の姿を借りる”事が出来たりするのかな」


「……そうですね、そういう伝承がある、とは耳にしたことがあるかもしれません」


「じゃあもう一つ聞いてもいい?」


「……なんでしょうか」


「――この馬車の中で、戦闘できる?」





 その瞬間、ナディアが刹那で襲い掛かった。


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