14.胎動
――朝の馬車。
私はうつらうつらと馬車に揺られていた。
「隈が出来てますね。まさか緊張して眠れなかったとか――」
「悪い? 私にとって初めての学校なの。緊張ぐらいするよ」
むすっと私は返した。眠ろうとしても胸がどきどきして、全然寝付けなかったのだ。
横でナディアがクスリと笑う。
「到着したらお知らせ致します。それまでお眠りください」
私は返事をする事もなく、コテンとナディアに頭を預けた。
なんだか身体がふわふわしてる。
――ああ知ってる。この浮遊感。もう何度目かな。
きっと目が覚めたら馬車から降りて礼拝堂まで歩いているんだ。
「よお、朝から見せつけてくれるな」
「お前ら、武錬クラブでは抑えておけよ?」
……なぜフレドとフリードマンさんの声が聞こえたんだろう。
重たい瞼をえいやっと開けて、周囲を確認してみる。
――そこは、魔導学部の校舎内。その廊下だった。
フィルにお姫様抱っこされたまま、私は教室の中に入る――その途中だったのだ。
そのまま教室の入り口をくぐり、フィルは座席に着いた。私を抱えたまま。
私が茹だった頭で口をパクパクさせていると、その周囲にティナとアーネも着席した。
「おや? 目が覚めてしまいましたか? まだ教師は来ません。眠っていて大丈夫ですよ?」
「眠っていられる訳がないでしょう?!」
生徒たちの視線を浴びる中、私の声が教室に響き渡った。
私はフィルの隣に着席し、真っ赤に茹だった顔を必死に手で扇いでいた。
私の席は一番後ろの左隅で、右隣りにフィル、前にティナとアーネが座っている。
周辺にはフレドとフリードマンさんも座っていた。どうやら同じクラスになったみたい。
フリードマンさんが呆れたように私たちに告げる。
「新学期早々、竜の寵児を教室までお姫様抱っこか。いくらなんでもやり過ぎじゃないか? 悪目立ちにも程があるぞ」
「これでゲルダが僕のものだと、きちんと周囲に知らしめることが出来た。すっきりしたよ」
平然と言ってのけるフィルの肩を、私は無言でぽかぽかと拳で叩いていた。
起こすって言ったのに! 学校での朝の礼拝もできなかったし! 魔導学部のみんなにきっと見られてるし! っていうか僕のものってどういう意味かな?! 私がいつ君のものになったんだい?!
そんな私の無言の抗議も、フィルは爽やかな笑顔で受け止めている。
フリードマンさんがフィルに応える。
「お前らはとっくに恋仲だと評判だ。第三王子と恋仲の王女に横恋慕しようなんて奴は、そこのモフィス侯爵子息ぐらいだろうよ」
フレドがニヤリと不敵に笑う。
「俺は食いついたらしつこいぜ? 王族が相手だろうと遠慮はしない。必ずゲルダを頂く」
フィルが半笑いを浮かべてそれに応える。
「お前のしつこさは、組手で嫌という程味わっている。だが僕もゲルダを渡す気は微塵もない。お前が相手だろうと容赦はしないからな?」
そして私の目の前でまた拳が打ち合わせられる――のを私がフィルの腕を持ち上げて阻止した。フレドの拳が空を切る。
私が頬を膨らましフィルの目を見つめて不平の眼差しを送る。
横でフレドの失笑が聞こえた。
「どうやらお姫様は、未だに男同士の交流すら許してくれないらしい」
途端にフィルとフレド、フリードマンさんが笑い合い始めた。
私は一人、むすっとフィルを見つめている。
私の周囲で三人の男子が笑い合ってる中、教師が入ってきて始業の鐘が鳴る。
「では魔導学部、最初の授業を始める――教本を開いて」
****
最初の魔導学部の座学の間、私はずっと感動に包まれていた。
噂に聞いていた学校という制度の中に身を置く。そんな事が私に許されたという事実。
教師が進める授業という、初体験の空間。
ああ、私は今、学生なのだという実感を噛み締めていた――もちろん、授業は半分上の空だ。
隣に居るフィルにサポートされていたおかげで、授業の内容自体には、なんとか付いて行けてたみたい。
魔導とは、魔力を扱う技術全般を指す総称らしい。
時にそれは魔導術式を指していたり、魔導機器技術を指していたりと文脈で変わるのだとか。
魔力は生物全てが体内に持つ力で、その強さは個人で変わる。
魔導学部に居る人間は、ある程度の魔導術式を起動させるだけの力を持っている、などなど。
私は魔導術式がどういう概念なのか、という曖昧な事ぐらいしか知らなかったので、その知識も新鮮だった。
半ば一般常識だったらしく、私以外の生徒は気が抜けた様子で授業を受けていた。
最初の授業が終わると、みんなが立ち上がり始めた。教師と共にどこかへ移動を開始する。
「どうしたの? みんなどこ行くの?」
私がキョロキョロとあたりを見渡していると、またしてもふわりと抱きかかえられていた。
「これから魔導教室に移動して魔力を使う実習ですよゲルダさん」
「わかった! 自分で歩く! 歩けるから降ろして!」
「検討しましたが、降ろしたくないのでこのまま連れて行きますね」
そうして私はクラスのみんなの視線にさらされながら、魔導教室へと移動していった。
さすがに恥ずかし過ぎて、ずっと顔は両手で隠していた。
****
最初の実習――それは魔力を水に浸透させて動かす事だった。
見えない魔力を自在に動かすのは、慣れていないと難しいらしい。
なのでまず、水に魔力を溶け込ませてから、その水を動かすことで思った通りに動かしている実感を修得するのだとか。
慣れてくると火や風、土にも同じようなことが出来るらしいけど、水は目で分かり易い上に、形を変え易く最も安全なので、最初は水が選ばれるのだと口頭で説明があった。
生徒たちの前には直系一メートルぐらいの水の入った桶が置いてある。
これに手を付けて魔力を浸透させて、自由に水を動かしてみろ、というのが最初の課題だ。
周囲を見渡してみると、手を水面に着けた途端、水を様々に変形させている生徒ばかりだった。
「なんだかみんな、慣れてるね」
「このくらいは貴族子女なら、家庭内で幼いうちに修得する範囲ですからね。未経験はゲルダさんくらいですよ」
そう言われると緊張してしまう。
そっと水面に手のひらを付けて、魔力を水に浸透させようとして、はたと気づく。
「ねぇフィル。魔力ってどうやって操るの?」
「座学で習ったでしょう? 意識を集中させてください。そしてイメージしてください。見えない自分の中の力が水に溶け込むイメージです」
うーん、そんなこと言われてもよく分からない。
意識を集中? うーん……
一生懸命それっぽいことをしてみるけど、私の前にある水はうんともすんとも言わない。
フィルが私の様子を見ながら助言に困っているようだった。
「どう言えば良いかな……そうだ、いつもやっている巫女の祈りがあるでしょう? あんな感じですよ。創竜神の代わりに、水に意識を向けるんです」
あー、なるほど。意識を集中ってそういうことか。それなら慣れたもの。私は十年以上やり続けてきたベテランだぞ?
聞こえてくるフィルの声に従って、私は水に対して祈りを捧げ始める。
――突然、私の前の水が爆発した。
たった直系一メートルしかない桶に入った水が、魔導教室全体を水浸しにしていた。
間近で水の爆発を受け、水に濡れそぼった私は、きょとんとして手元を見る――桶は跡形もなく粉砕されていた。
周囲を見渡すと、爆発の余波で生徒全員が水に濡れそぼって呆然としている。
「あーと、その、えっと……ごめんなさい」
私はとりあえず、頭を下げた。
教師が傍について、口頭で教えてくれる。
「貴方は持てる魔力を全て込め過ぎですね。少しずつ、加減して魔力を込める練習をしましょう。小さな力を送り込むイメージです」
そんなこと言われても、祈りは一心に集中するものだからなぁ。
少しずつと言われても加減とか知らないし。
何度も爆発を繰り返しながら、必死に加減を練習していく――今は私の周囲に小さな結界を教師が張っているので、濡れるのは私一人だ。
「魔力を送り込む存在の大きさを感じ取ってください。その大きさから溢れないように魔力を注ぐんです」
存在の大きさ? この目の前の水の? ――とっても小さくて、すぐに溢れてしまう量しか無い気がする。
これに溢れない様にということは、とてもとても小さな、それは祈りとも言えないくらい小さな力を送り込まないといけない。
なんどか水の爆発を繰り返すうちに、段々と爆発が小さくなっていくのが分かってきた。
「そう、その調子です。ですがまだ全然大きいですね。もっとずっと小さくしてください」
少しずつ爆発が小さくなっていき、だんだんと水が零れる程度の変化に代わっていく。
――そうして私は、ようやく桶の水を零さずに魔力を通すことができるようになっていた。
魔力が通った水は自分が思う通りに動かせて、面白くて空中で様々な形に変化させて遊んでいた。
教師の嬉しそうな声が聞こえてくる。
「上出来です。貴方の様に魔力が大きすぎる生徒は稀に居ますが、これほど早くそこまで魔力を操れる様になる生徒も珍しい」
なんでかな? その辺は今度、創竜神様に聞いてみようかな。
****
実習の終わりに、教師がローブを魔導術式で乾かしてくれた――他の生徒たちも教師が乾かしたらしく、みんなの制服も濡れている様子はなくなっていた。
お昼を告げる鐘が鳴り、みんなが学食へ移動していく。
歩いている私の後ろから、フレドが笑いながら話しかけてきた。
「それにしても、とんでもない爆発だったな。あれほど派手な爆発は魔力暴走でも滅多にないはずだぞ」
ティナの笑い声も聞こえてくる。
「あれが治癒術式だったら、術式をかけられた人間が破裂してましたね――どうですか? 魔導の恐ろしさを少しはお分かりになられましたか?」
なるほど。創竜神様が私に加護を使わせない訳だ。加護をかけた人間が破裂しちゃってたって事だ。
”魔導で人を癒せるようになったら加護を使っていい”というのは、人間相手に魔力の加減をできるようになったら、という意味なんだろうな。
私はお昼を急いで食べ終わり、紅茶もカップを呷って空にした。
立ち上がる私に、フィルが不思議そうに話しかけてくる。
「そんなに急いで、どうしたんですか?」
「朝の礼拝が出来なかったから、お昼休みが終わるまで祈りを捧げてくるよ」
それを聞いたティナとアーネも立ち上がった。
「そういう事ならお一人で行動なさらないでください。我々も共に移動します」
二人の手元のトレイを見る――まだ半分くらい残ってる。
「でも、二人とも食事が途中だよ?」
「我々は魔導を学習しに来たのではなく、殿下の護衛の為に居る事をお忘れなく――フィリップ王子はごゆっくりどうぞ」
「いや、僕も移動しよう。ナディアさんからも我々三人で護衛する事が期待されている」
なんだか悪いことをしちゃったかな……
****
「――それで、なんでフレドやフリードマンさん、更にはクリスさんも一緒に来てるんだい?」
「あら、同じ武錬クラブの仲間じゃない。大丈夫よ。クラブの前に少し軽食を取れば身体を動かすのには足りるから」
うーん、仲間意識、という奴なのかな。
こういう関係も初めてだからよく分からない。
とにかく私は祭壇に跪き、祈りを捧げ始める。
――あれ? 創竜神様? なんだか創竜神様を遠く感じる?
『あー、なんかやられてる感じだなー。気を付けなー』
――やられてるって、どういうこと?
『悪魔崇拝者だなー。隠れてるからわからんけどなー。ちょっとまずいなー。覚悟だけはしときー』
――覚悟って、なんの覚悟?
『お前が戦う覚悟だよー。戦わせたくないんだけどなー。こっちも色々やってるけど、間に合わなかったらそうなるなー』
――私、どうなっちゃうのかな?
『多分、お前の傍に悪魔崇拝者が隠れてるなー。そんな気がするなー。信用する相手は選べよー』
――相手を選ぶって、どうしたらいいの?
『巫女の直感を信じるしかないなー。失敗すると殺されるからなー。ほんとに気を付けろよー』
――はーい。
「――って言われた」
私の言葉に、その場に居たみんなが凍り付いていた。
「ゲルダさんの傍、つまりもしかすると僕らの中に悪魔崇拝者が居る――そういう事ですかね」
それは……どうなんだろう?
今居る人たちで、信用できない人は居ない……と、思うんだけど、自信はない。創竜神様も騙すくらい巧く隠れてるとしたら、私に判断する事は無理だろう。
武錬クラブのメンバーに居るのかもしれないし、魔導学部の同じクラスに居るのかもしれない。それは教師かもわからない。
巫女の直感を信じろと言われてもなぁ……さっぱりわからないや。
私が俯いて悩んでいると、フレドがポンと私の肩を叩いた。
「あんま悩んでも仕方ないだろう? 直感を信じろというなら、お前はその通りにすればいいだけだ。怪しいと思う奴が居たら俺たちに言え。俺たちもそいつがお前に近づかないか警戒しておいてやる。俺たちは武錬クラブだ。そう簡単にやられたりはしないさ」
「……ナディアですら相手が出来るか分からないと断言した悪魔崇拝者を相手に、簡単にやられないと言い切れるの? フリードマンさんをあっという間に倒したナディアが言ったんだよ? ナディアよりずっと弱いみんなじゃ、逃げる事も出来ないんじゃないの?」
私の言葉に、みんなが押し黙ってしまった。
ナディアの強さはみんなよく知ってる。その圧倒的強者の言葉なのだから、重みがわかるんだろうな。
「……ともかく、フリートベルクからきている私とティナは除外できるでしょう。フィリップ王子が悪魔崇拝者である可能性も低いと思います。王子が悪魔崇拝者であったなら、殿下を手にかける隙はいくらでもあった。我々三人の護衛は信用して頂いて構わないと思います」
アーネの言葉に、フレドが片眉を上げた。
「それじゃあ、この学院で知り合った俺たちは信用できない――そう言いたいのか?」
「無条件に信用することが出来る状態にない、という事です。我々も疑いたくて疑っている訳ではありません。ですが殿下に危険が及ぶ可能性を極力排除する責務が、我々にはあります。皆様もその事はご承知の上で行動なさってください。怪しい動きをすれば、こちらの独断で排除させて頂く事も有り得ます」
フレドが不敵な笑みを浮かべた。
「念のために聞いておくが、排除ってのはどういう意味だ?」
「今後の行動を確実に不能にする――つまり、命を奪う事になります。我々が殺す気で動けば、今のあなた方の実力でそれを防ぐ事は難しいでしょう。無論、我々もそれを望んでいる訳ではありません。迂闊な行動は自重なさってください」
冷静に淡々と告げるアーネの言葉を、フレドは不敵な笑みを浮かべて聞いていた。
「……なるほどね。自重か、俺には縁遠い言葉だな。だが精々、排除されないよう気を付ける事にしよう」




