すり替えⅥ
アルトは顎に手を当てて、何か思案した後、笑顔で頷く。
「衛兵さんたちの様子を見るに、幻覚魔法の効果は確かなようです。若干、私と髪や瞳の色彩が異なるのは、彼女の元の体が影響しているのか、イメージの問題でしょうね。ともかく、一瞬で見破られない程度の精密さはあるのですから、これからの旅で役立つことは確かですね」
「普段から近くにいる私の目は誤魔化せませんが、情報をろくに持たない暗殺者程度なら十分に騙せるでしょう。仮に魔法の存在がバレても、本物かどうかを疑って躊躇させる効果はあるでしょう」
偽者を攻撃してしまった場合、殺害しても意味はなく、自分たちの存在を知らせることになってしまう。そのような愚行をプロの暗殺者がするはずがない。敵の能力が低ければ見抜けず、高ければ抑止力になる。聖女本人の命を守るという点においては、有用な魔法であることは確かだった。
「えっと、では、この女――いえ、この方たちは……?」
「はい。通していただいて構いません。何か重要な用事があって出かけるのでしょう。戻って来た際に騒ぎにならないよう、交代時に必ず情報共有をお願いします」
アルトの指示に衛兵たちは姿勢を正し、敬礼をする。そして、すぐにリシアたちにも向き合って、謝罪の言葉を口にした。
「事情を知らずとはいえ、礼を失する数々の言動。誠に申し訳ありませんでした。どうぞ、お気をつけてお出かけください」
「いえ、私も魔法のことはすっかり忘れていましたし、レナが自分の姿がどうなっているか知っているのに何も言わなかったのが悪いんです」
「……不本意」
リシアの指摘に不本意そうにするアルト顔の少女。その余りのギャップに、事情を知らない人が見れば何事かと卒倒したことだろう。
改めて、リシアたちは礼を言って、神殿の敷地の外へと歩いて行く。
「お疲れ様です。この件は、あなた方の善意と己に課せられた任に忠実に従おうとした結果です。もしも、誰かから何か処分が下されるようなら、私が盾になります。枢機卿たちにも、そのことは伝えておきましょう。何より、星神様があなたたちの正しい行いを見ておいでです。何も恐れることはありません」
アルトの声がリシアたちの背後から響く。坂を下りながら、彼女たちは一瞬だけ肩越しに振り返った後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「リシアさん、上手くいきましたね」
「えぇ、まさかここまで上手くいくとは思っていませんでした。あー、さっきの衛兵さん、怖かったー!」
小声で二人は言葉を交わす。
アルト顔の少女は、レナが魔法で化けた姿ではなく、本物の聖女アルトだった。彼女が神殿を脱出した理由は、もちろん、「星神の託宣の妨害を受けないようにする為」だ。
「でも、これで何もなかったら大問題になりますよ? 流石の聖女様でも大変なことになるのでは?」
「そうなったら、その時です。『では、新しい聖女をお探しください』と言い返して終わりです。星神様が指定しない限り、聖女は選ばれませんから」
聖女を選ぶには星神の声が聞こえる必要があるが、肝心の星神の声が聞こえない。もしも、聞こえるようになるのならば、それなりに重要な情報が与えられる可能性が高い。
裏切り者が妨害しているのならば妨害を止めないと星神の声は聞こえないが、聞こえてしまえば自分に不利になる可能性がある。
「なるほど、妨害し続けてもしなくても相手が困るだけ、と」
「まぁ、私が枢機卿たちの判断で辞めさせられる可能性はありますが、それを良しとするような方々ではありません。一人、二人の裏切り者が出た程度では揺らぐことはないと信じたいものです」
逆にそうなってしまった場合は、どうしようもない。そんな諦めが見え隠れする。
既に下っている未知の先は、最低限の明かりで足元が暗い。行き交う人々も杖先に小さな光を灯して、家路を急いでいる。アルトはフードを元に戻して顔を隠すと、リシアと手を繋いだ。
「目的地は、どこですか?」
「私が初めて星神様の声を聞いた場所。誰にも教えていないので、追手がかかっても捜索場所の候補として挙がることはないはずです。方向は私が指示を出します。ただ、このままだと周りが見えないので……」
「大丈夫です。私がしっかりと手を引いて安全を確保しますから」
「では、行きましょう」
アルトはリシアの手を軽く握り返した。空が紺色に染まり始める中、二人の姿は街の中に溶けるように消えて行った。
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