勇者の記録Ⅵ
紹介してもらった本は良心的な値段で、ファンメル王国で買う教本に比べると二割ほど安かった。
当然、それを見逃すはずのない桜は、喜んですべて購入する旨を老婆へと伝える。
「ほう、魔法を学ぶのが本当に好きみたいだね。それじゃあ、少しオマケという訳じゃないけど、これをつけてあげよう。持ち運ぶのに大変だろう?」
カウンターの裏から老婆が取り出したのは本を入れるための鞄だった。茶色いの革製で、ずいぶんと使い古している。何カ所か縫った跡が残っているのも仕方のないことだろう。
丁寧に本を仕舞うと、老婆は硬貨と引き換えに桜へと鞄を手渡した。一冊一冊は大した厚みではないが、六冊も集まれば辞書にも届く。受け取った腕が重さに引かれて、落としかける。
慌てて、桜が鞄の紐を肩にかけ直し、安堵のため息を付いた。
「良いんですか? こんなに立派な鞄をいただいてしまって」
「構わんよ。家族の誰も使わなくなった鞄さ。使える人の手にある方が、どんな物も喜ぶってもんだよ」
ウィンクをした老婆に再度お礼を告げて、勇輝と桜は店を後にする。
石像作りに夢中になる人もいれば、見知らぬ人に親切心を全開にして接してくれる人もいる。カルディアの街の人々の活気あふれる姿に、勇輝の心は温かくなっていた。
「何か、ここに住んでいる人たちって、楽しそうだよな」
「そうだね。毎日を一生懸命生きてるって感じがするのに、心に余裕があるというか……」
上手く言葉に言い表せられないが、二人は何となく、幸せな人生というものを垣間見た気がしていた。
羨ましい、というものとは少し違う。ただ、それを知って、自分たちの今の生き方を知らず知らずの内に振り返ってしまう何かがあったことは確かだ。
「どうする? 荷物もあるから、神殿に戻る?」
「ううん。せっかくだから、この鞄で本の重さを感じながら歩き回ってみたい」
「そうか。じゃあ、どこまで行こう……」
坂道を下りながら、勇輝はちょうど目の高さにあった外壁に視線が行く。
北側の聖剣が安置されていた森には踏み入れたことがあったが、海のある南側には足を運んだことがない。加えて、南西にはバジリスクによって刻み込まれた痕が、未だに残っていると聞く。
「桜が良いんだったら、外壁から海とかを見てみない? 神殿からとは違った景色が見れるかも」
街中に勇者に関連するものが存在しないかとアルトたちの案内で見て回った際に、ソフィアから何度か街の説明を受けていた。
その中の一つに、一般人でも外壁の上から周囲を見渡せるという話が合ったことを勇輝は覚えている。当然、街の守りとして重要な場所なので、見学料を払うのはもちろん、厳重なチェックをした上で武器を預ける必要があるのだが、行く価値はあるだろう。
「じゃあ、それを見て、お昼ご飯かな? 前に食べたところとは区域も離れているし、違う料理が味わえそう!」
「こっちに来て、デザートはあまり食べてないから、そっち系を探しながら行くのも良いかもしれないな。坂道を登って帰るための力を補給しておかないと」
目的ができたからか、足取りが軽くなった。ざらざらとした摩擦が強くかかる石畳を踏みしめ、外壁へと向かいながら、様々な店に視線を奪われていく。
帰る時に覗いてみたい店のチェックリストを脳内で作り上げながら、勇輝は自然と桜の手を掴んで歩いていた。
「あ、そうだ。どうせなら、マリーたちにお土産とか買って行かない? 移動もそんなに時間はかからないから、日持ちしないものでも届けられるし」
「それ、良い案だな。でも、何が喜ぶかな?」
女子が多いので、食べ物ならばやはり甘いものだろうか。しかし、サケルラクリマの名産品の知識などない勇輝は、周囲の店を見回して良い物がないかを探るくらいしかできない。
「それも含めて、探しながら歩くってことでいいでしょ?」
「……久しぶりにゆっくりできるし、それでいいか」
改めて、二人の視線が前へと進む。長年、街を守り続けて来た壁の向こう側の景色を想像しながら。
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