狐狩りⅤ
同時刻、先に離脱をしていた尾兎無は、体のあらゆるところから汗を拭き出して走っていた。
後ろから敵が追ってくるかもしれないという焦燥感による冷や汗が、全力で走っている汗に混じり、最早、全身が土砂降りにあったかのような様相を呈していた。
だが、尾兎無は笑っていた。二人を刺したという確かな手ごたえが、彼の快楽中枢を刺激し続けている。
「次はしっかりと動ける奴を斬りたいな。逃げてる奴でも歯向かってくる奴でもいい。さっさと、阿上たちと合流して、次の標的を見つけないと……!」
もう尾兎無の頭の中には、まだ見ぬ次の犠牲者のことしか存在していなかった。どうやって殺すか。ただそれだけをシミュレーションし、悦に浸っている。
走りながらもその右手は握っては開かれ、左手は腰の刀の柄を撫でていた。まるで刺した時の感触を思い出そうとしているようだが、本人はそのことに気付いている様子はない。
阿上から出されている指示は、北にある村に各自向かうということだけ。それまでに確実に雛森村の追手を撒いておかねばならない。
「この体は軽くていいな。随分と早く走れる」
雀蜂の体を賞賛しながら、後ろを振り返る。少なくとも、見る限りでは追手が迫っている様子はない。阿上が上手いこと相手をして時間を稼いでいるのだろうと想像した尾兎無は、ここで少しばかり速度を落とした。
歩きながら呼吸を整えていると、あるものを目にしてその足を止めた。
「(……あの村の連中か?)」
息を潜めて、木の幹で体を隠す。顔を半分だけ出して確認する限り、若衆の人間のようだ。
何故、このようなところに若衆が一人でいるのか。それを深く考えずに尾兎無は刀の鯉口を切った。一人ならば、いくら殺してもバレる可能性が低い。なにより、先程の快感が忘れられなかった。
とにもかくにも、尾兎無は無防備な背中を晒す若衆を襲うべく、刀を抜き放って、木の幹から木の幹へ、影を縫うようにして近づいていく。
口元を隠すように手拭いを巻いた若衆は振り返るどころか。顔を横に振ることもなく、ひたすら真っ直ぐに歩いているようだった。尾兎無にとって、その周囲を一切警戒していない様子に舌なめずりをせずにはいられない。
刀を前にして、一気に踏み込んで突きを放とうと木の幹から姿を現す。
「(馬鹿め! その命、もらった!)」
一歩、二歩と加速したその体は、音もなく若衆の下へと辿り着く。あと数歩で切っ先が届くという時になって、初めて若衆が振り返った。
「遅いわっ!」
勝ちを確信した尾兎無の視線は、若衆の左目に注がれた。
「――――っ!?」
その瞬間、今までに感じたことのない怖気が雷のように全身を貫く。
同時に若衆の右肺に後ろから突き刺さるはずだった平突きは空を切り、代わりに尾兎無の左頬へ柄頭が減り込んだ。
「がっ!? あ゛ぁ!?」
空中に体が浮き上がり、刀を手放して地面へと倒れ込む。
「――――赤桐の奴の突きは確かに素早かったが、今のお前ほど愚鈍ではないし、油断もしない。聞いていた通り模倣したように見えて、その実、経験不足が祟って劣化している、と」
若衆は手拭いを解いて、地面へと投げ捨てる。ひらひらと手拭いが舞い落ちる中、尾兎無がその露になった顔を見上げて絶句した。
口の端から血を垂れ流しながら、震える右手で指を差す。
「な、ななな――――!?」
「何で俺が生きているか、とでも言いたげだな。簡単だ。最初から俺が死んでいなかっただけだ」
尾兎無の前に立っていたのは、牢から運び出されて殺されたはずの修平だった。
片手で刀の切っ先を突きつけた修平は、表情を一切変えることなく尾兎無を見下ろす。その瞳には感情を見出すことはできず、尾兎無はいつ殺されてもおかしくないという感覚で恐慌状態に陥っていた。
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