狐狩りⅢ
勇輝たちの視線の届かぬ場所になっても、阿上は走り続けていた。
「くそっ、仲間も少なくなって、手に入れた式神も奪われた。ちくしょう! どうしてこうなった!?」
走りながら喋れば体力を消耗する。わかっていても、愚痴を漏らさずにはいられなかった。
両腕を振って草をかき分け、少しでも村から離れようと必死になるが、慣れない沓に足をとられて地面を滑る。
「ええい、こんなものっ!」
沓を投げ捨てると、裸足でそのまま駆け始めた。足の裏に小石や枝が刺さるが、そんなことを気にしていられるほど、阿上は冷静ではない。下唇を噛んで血走った目で警戒しながら、少しでも追手から逃れようと体を動かす。
「ま、まだだ。この体の持っている知識を活かせば、いくらでも挽回できる。金囲の能力もあれば今まで以上に騙すのは簡単なはずだ。お、俺はこんなところで終わるわけにはいかないんだっ!」
「――――いや、そのような輩。世に放り出すわけにはいかぬ」
すぐ近くで聞こえてきた声に、阿上の顔から血の気が引いた。
慌てて周囲を見回しながら立ち止まるが、近くに人の姿は見えない。だが、耳に届いた声は確実に聞き間違いではなかった。
額から頬へ、頬から顎へと伝った汗が地面へと落ちて、足下の草を揺らす。慌てて、袖で汗を拭い去ると木の陰から一人の男が姿を現した。
「だ、誰だ。お前は!?」
少なくとも、阿上は見たことがない男だった。先程、戦っていた村の人間は誰もが身が引き締まった兵の体であったが、目の前の男はそれよりもやや瘦せた身体で、控えめに言っても強い武人という雰囲気は感じられなかった。
「貴様のような卑劣漢に名乗る名など無いと言いたいところだが、息子が世話になったのでな。非常に不本意ではあるが、名乗らねばなるまい」
半歩後退する阿上に対し、迫ることなく正対して男は告げた。
「南条家家臣。朝凪真達、参る!」
「ひっ!?」
朝凪という言葉と放たれた殺気に、阿上は己の背骨が氷柱にでも置き換わったような錯覚に陥った。
それも当然だろう。何日間も自分の息子を拉致監禁し、暴行を加えた一団の首魁を親族が放っておくはずがない。ましてや、それが父ならば当然だろう。しかし、表情を強張らせた阿上に諭すように真達は告げた。
「勘違いをするな。お主らに捕まったのは、息子の至らなさが故。その点に関しては、むしろ腹を切るのはあやつ自身だとすら思っている」
「だ、だったら、何故っ!?」
そこまで殺気を放って近づいて来るのか、と。
阿上が緊張しながら問うと、真達は刀を右上段に構えながら淡々と答えた。
「一度、悪に染まりて罪を暴かれ、責められし後も省みることなく、再びこれを犯さんとする者。即ち、これ真性の悪なり。悪なれば世に害をなす前に斬って捨て、万人を救うべし。――――お主を放っておけば、必ずや災禍の種となる。ここでその命、終わらせてくれようぞ」
「(ま、まずい……な、何か逃げる手段は――――)」
広之のもつ知識から使えるものは無いか。探そうと試みるものの、焦っている状況ですぐに良い手段が思い浮かぶはずがない。
咄嗟に浮かぶのは、自身が実際にとったことがある行動や思考したことがあるものに限られる。結果、阿上が選んだのは、伊俱を焼き殺した炎を放つことだった。
「燃え――――」
「――――遅い」
阿上が印を結んで、気を流そうと考えた時には、既に真達の体は、その脇をすり抜けていた。
「――――ろっ!?」
遅れて空中に真達の上半身を焼き尽くす炎が出現するはずだったが、行燈の光にも満たない火が僅かに煌めいただけだった。
「我が家は先手必勝を旨とし、先の先を以て敵を制する。読み間違えば命を危険に晒すが、正しく扱えばこの通り」
真達が言い終えると同時に、阿上の上半身は地面へと倒れていく。遅れて、立っていた下半身がほんの少し繋がっていた上半身に引っ張られて傾いた。
「い、いや、だ。死に、たくな――――」
腹が熱い。それに反して、どんどん体自体が冷たくなっていく。そんなことを考えているのも束の間、阿上の意識は闇の中へと落下していった。
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