巳式の試練Ⅴ
生まれたての小鹿のようにな勇輝を見て、巳式が持っていた刀を持ち直す。
「ま、これがお前さんの実力ってことだ。悪いがこれ以上は縁が無かったと諦めやがれ」
「…………」
振り上げられた腕を虚ろな目で勇輝は見るしかできなかった。
武器はなく、ガンドの再装填もままならない。身体強化も魔力が上手く回り切らず解除寸前だ。
これ以上の反撃は不可能。誰もがそう判断できる状態だ。そんな中で、隆三が広之に近づく。
「――――言之葉家当主さん。流石に俺の前でこれを続けるなら黙っていないぞ」
「……そうですか。もう少し、やれると思ったのですが、残念です」
広之はそれ以上、何か行動を起こすわけではなく静かに目を瞑るだけだった。
それを見た隆三は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませて背中の魔弓を手に取る。構えてから弦を引き絞るまで一秒と掛からなかった。
指を離そうとした時、彼の横を影が通り過ぎる。思わず構えたまま、影の正体を確認しようと動きが止まってしまった。特徴的な頭のシルエットに、隆三はすぐにそれが何者か気付く。
「おい、午式。何のつもりだ?」
巳式は突如、己と勇輝の間に割り込んだ者に問う。
「いやいやいや、それを言いたいのは拙者の方ですぞ。おっ嬢の護衛を務めてくれた少年に対して、この非道。お主にとっては当たり前でも拙者にとっては非道の一言。これ以上、彼が傷つけばおっ嬢が悲しむ」
「だから庇おうってか? 一応、主殿の許可はあるんだが?」
「主殿が止めるならば、潔くここを退きましょう。しかし、そのような指示は受けていないので、退く理由にはなりませんな」
馬頭の式神。午式が槍をその場に突き刺すと、ゆっくりと二つの刀を抜き放つ。それを見て巳式の表情が強張った。即座にその場を飛び退いて、落ちている鉄扇を拾い上げる。
「――――本気か?」
「拙者はいつでも本気ですとも。みなさん、よく勘違いされますがね」
「そいつはいい。久しぶりに本気で戦えるってことだな」
片や二刀流。片や刀と鉄扇の変則二刀流。二人の間に火花が散っているのが隆三には見えた。
少しずつ二人の距離が縮まり、互いの間合いが近付く。午式は一方の刀を顔の横に、もう一方の刀を正中線沿いに持ってきて切っ先を共に巳式へと向ける。
対して巳式は鉄扇をまっすぐ午式に向け、勇輝の刀を肩に担ぎ上げている。
「――――っ!」
「――――らぁっ!」
二人が同時に踏み込む。足元の玉砂利が吹き飛び、甲高い音が鳴り響く。
初撃は互角。午式の刀が鉄扇を逸らし、巳式の刀が午式の二刀目の突きを逸らす。互いに片腕ずつ内側を取り、膠着状態となった。
「ちっ、お前相手じゃ火は効かねえからな。面倒だ」
「それは私もです。ですがよろしいのですか? 相手は私一人とは限りませんよ?」
「あぁ? あんな面識もないガキを助ける奴なんて、卯式以外に誰が――――」
そこまで言って、巳式は両腕を跳ね上げて午式の両腕を弾き飛ばすと、攻撃ではなく後退を選んだ。その直後、巳式と午式の間を目にも止まらぬ速さで槍が二本突き刺さる。
玉砂利のいくつかは砕け散り、破片が宙へと舞い散った。
「――――よく来た。亥式」
広之が目を開けると、二本の槍を引き抜いて、亥式と呼ばれた式神が振り返る。
午式たちの例に漏れず、頭は牙の小さい猪であった。ただ一点、隆三たちは思わず呟いてしまう。
「お、女?」
式神たちは首から下が一応、人間の体をしているように見える。亥式と呼ばれた式神の胸には、今にも服から零れ落ちそうなほどの豊満な双丘が揺れていた。当然、女の体を持っていてもおかしくはないのだが、先程の槍の投擲を見せられては動揺してしまうのも無理はない。
「主、これは一体どういうことですかな?」
「午式、悪かったね。本当ならば私が止めなければいけないところだったのだが、北御門の御子息がいらしていたのでね。式神たちが各々の自我をもって、行動しているということを理解しておいてもらおうと思ったのだよ」
批難の色を滲むませる午式に広之は申し訳なさそうに話す。それを聞いて午式は、「そうであるならば仕方がない」と鞘の位置を調節して刀を一本ずつ納め始めた。
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