巳式の試練Ⅲ
「主殿。そろそろ本気を出すぞ」
「ほどほどにしておいてください。あなたの力を制御するのは難しいのですから」
「そこらへんを上手くやるのが主殿の役目だろ?」
巳式は鉄扇を地面に平行になるよう広げると、その上に一握りの炎を生み出した。真っ赤に、静かに燃えるそれを、巳式は水を零すように鉄扇から滑り落とす。
「そっちも武器以外の攻撃を使ってるんだ。当然、私も使っていいに決まってるよな?」
不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと地面に落ち行く炎へ鉄扇を横に薙ぐ。すると唐突に玉砂利が吹き飛ぶのではないかと言う程の強い風が吹き荒れた。
小さな砂や土が腕や体に叩きつけられる。身体強化や防御の魔法がかかったコートが無ければ、鋭い痛みの嵐が襲い掛かって来ていたことだろう
「――――!?」
目の前にいたのは巳式を囲むようにぐるりと弧を描いた紅蓮の炎。しかも、それは意志を持っているかのように揺れ蠢き、その先端は大きく口を開いた蛇のようにも見える。威嚇するかのように更に口を開け、勇輝の方へと顔を近付けようとしている。
火の粉が頬の横を通り過ぎ、熱が勇輝の肌を焼く。ほんの少ししか相対していないのに、勇輝の眼や口の中が乾燥していくのが感じられた。
「これくらいなら、火傷程度で済むだろう。まったく、主殿が手加減しなけりゃ消し炭にしてやれるんだがな」
「巳式。殺生は許しません。私が見ていなくとも。……まったく戦闘になると本当に見境が無くなりますね」
「それが俺だからな。いいじゃねえか。それ以外の時には暴れずに大人しくしてるんだからよ」
最初に現れた時と違い、使役している広之にさえ、巳式は敬語を使うことをやめている。辛うじて、主殿と呼んでいるのが彼なりの敬意なのだろうが、傍から聞いていれば、本当に制御下にあるのか疑わしくなる。
コートに掛けられた耐熱・対魔法の術式は、あくまで補助的な効果しかない。まともに喰らえば相当なダメージを負うことは必須。勇輝は何とも言えない汗を滴らせながら、倒す道筋を考える。
「(明らかにあの炎の蛇には刀は効かない。ガンドも微妙そうだ。あいつの攻撃を掻い潜って接近戦に持ち込むしかないか?)」
炎の蛇越しにガンドで狙い撃つという作戦もあるだろうが、鉄扇で弾き飛ばされる未来しか想像できなかった。それならば、炎の蛇を操る暇を与えないくらいの猛攻を仕掛ける道しか残されていないように思える。
流石にこんなものを持ち出されたら、命の危険を感じざるを得ない。勇輝の心のどこかにあった模擬戦などという言葉が吹き飛び、脅威との戦闘に意識が切り替わった。
「(殺すつもりでやらないと、こっちがやられる……!)」
刀を八相気味に構えて、距離を詰める。
それに気付いた巳式は、面白そうに笑みを浮かべた。
「いいぞいいぞ! これを見ても、前に進もうとすぐに構えるとは、肝が据わってるじゃねえか。その根性だけは褒めてやるぜ! おら、近付けるもんなら近付いてみろ!」
鉄扇を振り払うと、風と共に炎の蛇が距離を詰めてくる。地を這うような移動ではなく、一撃で獲物をしとめるように細かく左右にうねりながらその咢が迫る。勇輝を丸のみに出来そうな口を横跳びで避けると、炎の蛇は一度上空に仰け反り、そのまま落下してきた。
「(同じところにいると炎に囲まれて焼かれる。さっさと接近しないと……!)」
「はっはっはっ、無駄だ」
勇輝の一手、二手先を行くように蛇がうねり、行く手を塞ぐように回り込む。殲滅するにも威嚇するにも火の魔法が適しているということは、ファンメル王国で聞きかじった知識だが、実際に目の前にすると何と戦いにくいことか。
ただ、そこにあるというだけで、通るという考えが掻き消される。時間が経つにつれて体力も選択肢も消えて行く。勇輝に残された時間は、そう多くはなかった。
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