巳式の試練Ⅰ
勇輝はふっと軽く息を吐いて、僅かに鯉口を切る。
相手は近付いて来ることもなく勇輝の出方を伺っているだけ。しかし、相対しているだけで胸が詰まるような圧迫感を覚えてしまう程の迫力が滲み出ていた。
「どうした? 抜かないのかい?」
「……抜いたら、そこから先は止まれなくなります。心の整理くらいはつけさせてください」
「彼が痺れを切らさない程度にしておくといい」
鉄扇で広之と同じように口元を隠しているが、蛇の頭部であるが故に、その裂けた口すべてを隠すことは敵わない。
勇輝はほんの少しだけ躊躇った後、魔眼を開いた。
同時に、網膜を焼くような閃光が叩きつけられる。炎の様に揺らめく其れは、もはや巳式の輪郭を失い、中心部は色の認識ができないほどに輝いていた。
「(――――ほぼ真っ白だ。こんな式神を使役しているだなんて、この人は一体……!)」
「おい、そろそろ準備はできたか? できてないなら、無理矢理にでも――――」
十秒もしない内に巳式が鉄扇の開閉を止めて、一歩踏み出した。
それを見た勇輝の中でスイッチが切り替わる。即座に刀を抜き、正眼に構えて僅かに右足を踏み出した。距離はまだ一足一刀の間合いには程遠く、巳式の鉄扇はおろか、勇輝の刀でも遠いと思える距離だ。
「では、いきます」
「はっ、律義だねぇ。――――それとも、馬鹿にしてんのか?」
鉄扇を降ろし、だらりと腕を下げたまま巳式はさらに一歩前に出る。蛇の頭が鎌首をもたげ、勇輝を睨みつけた。
「……ふっ!」
巳式の言葉に返すことなく、勇輝は刀を振り上げ、真向から斬り下ろす。そこには油断は微塵もなかった。相手が式神だというのならば、遠慮なく斬ると覚悟を決めて踏み込んだ。
「……随分と鈍いな」
「――――っ!?」
頭頂部から股の下まで一刀両断にしたつもりだったが、わずかに巳式は体を横にずらして躱していた。それだけではない。鉄扇で避けた刀の峰を叩いて、地面へと加速させると同時に、その反動で勇輝の額にお返しとばかりに叩きつけた。
あまりの威力に前のめりになっていた体が宙を浮き、首が仰け反って音を立てる。辛うじて、自らその鉄扇を避けようと動いていたこともあって、派手に仰向けに転んだが、ダメージは少ない。
すぐに横へと体を転がすと、先程まで胸があった場所を巳式の足が踏み抜いた。
「ちっ、面倒な奴だ。そのまま寝てれば、今ので終わりだったのによ」
苛立たし気に玉砂利を蹴り飛ばす巳式。その玉砂利は勇輝の足元まで転がって来た。
「(今まで経験のない足場で、踏ん張りが効かない……。ここは後の先――――)」
膝立ちからすぐに立ち上がった勇輝だったが、すぐに巳式が歩いて向かってくる。今度こそ、外すものかと振り上げると、巳式の目がつまらないものを見るような蔑みの色を帯びた。
「だから遅いっつってんだろ!」
一瞬で逆手に持ち替えた鉄扇で、一気に懐に飛び込んでくると、振り下ろされる刀の柄――――勇輝の右手と左手の間――――に当てて、動きを止めてしまう。勇輝があっと思う間もなく、右の肘が一気に曲がり、右肩に己の刀の峰が食い込んだ。
「うっ……!?」
そのまま、膝立ちに戻されると勇輝の心臓が跳ね上がる。完全に武器を抑えられるどころか。自分の首筋に刃が押し当てられていた。
刀のヒヤリとした感触では済んでいない。薄皮一枚以上、首に喰い込んでいる痛みがあった。このまま刀が前後にずれれば、そのまま斬れてしまうだろう。右の肘が完全に上がり切り、相手は無防備な脇腹に蹴りを入れることもできる。
完全に巳式に敗北している状態だった。
「ま、参りました」
「あん? 聞こえねぇな!」
巳式は一度、勇輝の首から刀を逸らすと、思いきり突き飛ばす。地面へと再び仰向けになる勇輝に巳式は鉄扇を向けて言い放った。
「俺が満足いくまでやるぞ。かかってこいや」
「(くっそ、全然、動きが読めない。こんな奴相手にどうしろってんだ……!?)」
勇輝は手をついて立ち上がりながら、隆三に視線を向ける。しかし、そこには腕を組んだまま、行く末を見守る姿勢を崩そうとしない隆三の姿があった。
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