言之葉家Ⅵ
「北御門の方ですね? 噂はかねがね伺っております。この国に戻っておられるということは、遂に大陸での任務を終えられた、と。喜ばしいことです。おめでとうございます」
「言之葉殿にお褒め戴き恐悦至極にございます。改めまして、北御門の隆盛が三男。隆三と申します。お初お目にかかり光栄です」
いつもの砕けた話し方ではなく、貴族向けの猫を何十匹も被ったような状態の隆三に、思わず勇輝は振り返ってしまう。
こういう姿を見なければ、ただの凄腕冒険者としか見えない。しかし、彼はまごうことなき四方位貴族の血を受け継ぎ、教育を受けた者なのだ。
「堅苦しいのは無しにいたしましょう。皆様、この後はどうでしょう。少しばかりゆっくり――――」
「あ――――!?」
広之の言葉を遮ってちーさんの甲高い声が辺りに響く。
これには流石の広之も表情こそ変えないが、目が冷ややかなものに変わった。勇輝の所まで一足飛びに近づいてきたちーさんを目で追い、どうしてくれようかとでも言いたげに口元を扇子で抑えている。彼の目が次第に細くなっていくのを間近で見ていた勇輝は、冷や汗が噴き出るのを感じた。
「これ、火鼠の毛で作ったやつだな? 絶対にそうだ! こんな立派なやつ、一体どこで――――あいたっ!?」
「こら、ネシキ。お客様が困っているでしょう」
「で、でも、主。この人が持ってる反物。すごい品ですよ。火鼠の皮衣の由来になったアレですよ? 世界を探しても十本あるかどうかで……」
余程珍しかったのだろう。己の主に怒られているにも拘わらず、目をキラキラさせて、既に視線は主ではなく反物に引き寄せられている。
ただ勇輝の心境としては複雑だ。
「(これくれたのもネズミだし、目の前にいるのもネズミ。一応、同族の死体の一部ってことになるんだろうけど、そこらへんどういう感覚なんだろうな)」
人間の毛で作った服です、と提示されたら、抜け毛か切った髪かと考えてしまうが、それ以外の動物だとどうしても狩られてしまう光景が浮かんでくる。
若干、苦笑いしているのは自覚しつつも勇輝は、その反物を持ち直して広之の方へと差し出した。
「えーと、色々とあって手に入れた品です。良ければ桜――――彼女の為にお納めください」
「ほう……これはこれは、どうもご丁寧に……」
少し驚きの表情を浮かべながらも広之は反物を両手で受け取り、その表面を観察し始めた。すぐに片方の手でなぞり、感触を確かめると呆気に取られた表情に変わった。
「なるほど、確かにネシキの言う通り、これは火鼠の皮衣。そう呼ばれるようになった物でしょう。いいのですか? このような珍品を戴いて」
「はい、自分には使い道がありませんから。それなら、彼女の服にでも仕立てた方が価値があるかと」
「これ一本でそれこそ、首都の一区画が家と使用人まとめて買えるくらいの価値ですよ?」
首都の一区画がどれくらいの価値かわからないが、広之の慌てようからすると相当に高価なのだろう。だが、最低限の生きるための金というには十分なほどの金額を稼いでいる。一生を暮らすには心許ないが、半年で稼いだ額として考えれば十分なものを持っている為、勇輝はそこまで惜しいとは思わなかった。
「構いません。ファンメル王国の方では、ある程度は稼いでいましたので、衣食住にはそこまで困りませんから」
「そ、そういう問題ではないのですが……そこまで言うなら一旦、こちらで引き取らせていただきましょう。――――ネシキ、これを塗篭に」
「はい、承りました!」
テンションが上がっているのか、ネシキと呼ばれたちーさんは嬉しそうに反物を受け取ると、軽快な足取りで桜の下まで走って行く。不思議なことに彼女が移動していく際に、玉砂利が動く様子もなければ音がすることもなかった。
「あ、他の荷物もあるんですが――――」
「では某が運ぼう」
「うおっ!?」
ネシキのハスキーボイスとは対極のバリトンボイスが、不意に勇輝の横から響く。いつの間にか、勇輝の隣に犬の頭をした者が腕を組んで立っていた。
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