言之葉家Ⅱ
屋敷の四方を囲む塀に門は、北を除く三方向のみ。桜はその中で西にある門に馬車を止めるように案内していた。
門は大きく、装飾も立派で、見る者を圧倒させる。その前に門番と思われる者が槍を片手に仁王立ちしていた。思われる、という言葉で言い切ることができないのは、その姿があまりにも異様だったからだ。
体格は良く、華美ではないが、死線を何度も潜り抜けて来たような貫禄のある防具を纏っている。まさに常在戦場と言った出で立ちで、この村で一番異質な格好だろう。兜以外の全ての装備を纏い、腰には左右にほぼ同じ長さの刀を差していた。
これだけならば、すぐに門番であると言い切ることもできたのだが、問題は兜をかぶっていない頭部にあった。
「まーさん! お久しぶりです!」
「ひひーん!! これはおっ嬢! おっ嬢ではありませんか!? ついに大陸から戻られたのですね?」
桜がまーさんと愛称でらしき名で呼んだからには、親しい間柄に当たると推測できる。きっと信用して大丈夫なのだろう。しかし、どう考えても、その頭部に勇輝は視線が引き寄せられてしまう。
「馬……の頭……!?」
今まで獣人っぽい人物は何度か見かけたことがある。しかし、それは角であるとかとんがった耳であるとか、或いは尻尾であるとか。体のほんの一部に特徴が出ていた。
それに対して、目の前にいる「まーさん」は頭部が丸ごと馬なのだ。風にそよぐ鬣、長く上に伸びた首、そして、ぎょろっと飛び出そうな目。どこをどう見ても馬の首から上をそのまま人間に着けたようにしか見えない。これを果たして門番と呼んでよいのかは些か疑問が残る。
「わずか半年とはいえ、このゴシキ。おっ嬢がいなくなってから寂しくて寂しくて、お帰りになるのを一日千秋の思いで待っておりましたぞっ! 急に門番の順番を変えられた時には怒りで駆けまわるところでしたが、おっ嬢を一番にお迎え出来て素晴らしい日になりました」
「もう、まーさんったら大袈裟なんだから」
桜は嗤いながらゴシキの鎧を平手で叩く。
「そして、何やら他の客人もお連れのご様子。ご学友というには少しこの国寄りですし、もしや護衛の方々ですか?」
「うん。話すと結構複雑になるから、今はその認識で大丈夫。この後、家に上がってもらうつもりだから、お父さんに許可を貰ってきてもらっていいかな?」
「一切合切承知しました。このゴシキ、すぐに主のご許可を貰って参ります。この自慢の足で! 今、すぐに!」
「あ、そんなに慌てなくても……」
桜の静止を振り切って、馬頭の門番は開いていた門の中へと勢いよく駆けて行く。
「速さは正義ですぞ――――」
土煙を上げて、一瞬で姿が見えなくなってしまい、桜は呼び止めようとした片手を中途半端に上げたまま苦笑するしかなかった。
「ご、ごめんね。まーさんって少し陽気な人だから」
「いや、陽気かどうかの前にもっと説明することがあるだろ……」
正司が目を見開いたまま、ぼそりと呟いた。
あの怪生物の存在にも驚きであるし、それを違和感なく話しかけられる桜にも驚きである。そもそも、あれを人と呼べることにも驚きで、驚きという言葉のバーゲンセール状態だ。
それは正司だけでなく巴も一緒だったようで、胸を軽く押さえながら呼吸を整えていた。
「良かったですね。これで牛の頭の方がいたら……いつの間に地獄に来てしまったのかと、自分を殴っていたかもしれません」
仏教で馬の頭ときたら牛の頭。牛頭と馬頭の地獄の極卒が有名だ。いくら異形の魔物を狩ったことがあるとはいえ、ゴシキの存在は心臓に悪かったようだ。
だが、そんな彼女の肩がびくりと跳ね上がる。
「んー、牛の頭っておらのことだか?」
「――――っ!?」
隆三もかくやと言うような大男がのそりと門の向こうから姿を現した。大きな金棒を肩に担いでおり、その頭部はやはり牛の頭であった。
「もーさん! 今日は寝てなかったんですね」
「いんや。さっきゴシキの嘶くのが聞こえたから目を覚ましただ。嬢が出て行ってからあいつが嘶くことなんてなかったから、主の手紙を見て帰って来たのかと思って来てみただあよ」
おっとりとした話し方で桜と話す姿を見ながらも、巴はすっと正司の影に隠れた。どうやら、彼女にとって蟷螂以外の苦手な物が発覚した瞬間かもしれない。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




