雛森村Ⅱ
「……角の有無とかわかるか?」
「角はなし。尻尾は……やっぱり狼とか犬っぽい感じです」
「ここら辺りだと狼くらいしか見ないからな。まぁ、これでも投げ込んでおけば諦めるだろ」
そう言うと正司はダンジョンなどでよく使われるアイテムのうちの一つを取り出した。
それを追ってきているだろう獣よりも前の方に投げ込む。すると一気にその辺りに煙が噴き出て来た。
「臭い玉で鼻をだめにしてやれば、少しは凝りて近づかなくなるだろう。どうだ?」
「そうですね……うん、奥の方に逃げていくみたいです」
勇輝は赤い光が一目散に緑の光の奥へと消えて行くのを見た。走り出す前に首を上下左右に振り回したり、鼻を前脚で抑えたりして転げまわっていたところを見ると、相当ダメージがあったようだ。正司の言う通り、勇輝たちを追って来ることはないだろう。
「もう村もかなり近いはずなのに、ここまで狼が寄って来るか。獲物となる鹿もたくさんいるはずなのに、なんでわざわざこちらに……」
「さてな。逸れ狼が目についた俺たちに着いて来ただけなんじゃないのか? これに懲りて、当分、街道沿いも安全だろうよ」
正司は一仕事終えたと言わんばかりに、その場に腰を下ろして頬杖をつく。そのあまりにも早い気の抜き方に巴は咎めるようなため息をついた。
「おい、流石に警戒を解くのが早すぎじゃないか? 一度、育てられた村で鍛え直してもらったらどうだ?」
「冗談じゃない。死んでも御免だよ。せっかく解放されて、悠々自適な自主鍛錬生活と任務生活を行き来してるんだ。あんな息の詰まる生活は勘弁だ」
二人がやいのやいのと声を交わしているのを聞きながら、勇輝は己の目で見ていた光の違和感に気付いた。
父を探して彷徨う少女アリスと共に現れた狼の光は少なくとも赤色ではなかったはずだ。色が異なることで、その生物や物体などの性質が予測できることを理解してきた勇輝は、自分が見ていたのがただの狼ではなく、何かしらの属性――――例えば炎とか――――を持っていると考えた。
「(或いは狼に似た全く別の魔物、か?)」
しかし、魔物の姿は既に消え失せ、その姿形も見ることはできない。一分ほど警戒していたが、それは無駄に終わってしまった。そこから先では狼どころか、目につく生物を発見できなかった。
「……桜、この辺りで火に関連する魔物とかっている?」
「うーん、火の魔物? どうだろう……鳥とか栗鼠、奥に行くと鹿や猪みたいな野生動物は見かけることがあるかもしれないけど、魔物は私はあまり見たことがないかも……」
桜は申し訳なさそうに言う。ただ常識的に考えて、桜のような少女が家の付近で魔物に遭遇するような状況を家族が――――特に陰陽師である父が放っておくだろうか。
勇輝が視線を正司に送ると待ってましたとばかりに口を開く。
「さっきも話に出たが、雛森村は東雲と南条の家臣たちの子供を育てることが目的だ。一定以上の年齢になったら、数人の大人と共に魔物狩りに出かけることもある。そういう意味では、嬢ちゃんの言うように魔物と出会う機会は村の中にいるとほとんどないだろうな」
「逆に言えば、村を出れば遭遇することはあるということですよね?」
勇輝が質問すると正司は腕を組んで天を仰ぐ。幌の向こう側に広がる空は白い雲が僅かに浮かぶばかり。
こちらに来てから雨が降った様子がほとんどないので、勇輝としては大丈夫なのかと不安になる。そんな少し脱線したことを考えていると正司が質問に答えた。
「魔物がいることにはいる。それこそ、小鬼だったり猿や狼の姿をした別物の魔物だったりな。さっきの獣も魔物の可能性は否定できない」
「その中に火に関する魔物は?」
「……うーん、あまり火を使う奴が森にいるのは見たことがないな。そんな奴がいたら真っ先に森や山が燃えちまうからさ。仮にいたとするなら結構大事になるぞ」
至極当然の答えに勇輝は、そうですか、と言ってもう一度背後を振り返る。そこには深緑の鮮やかな光が満ちているだけだった。
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